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荒野の空に響く金槌の音

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荒野の空に響く金槌の音

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■ 荒野の空に響く金槌の音【1】 ■



 孤児院『系譜』、学習室。

「あんな大所帯初めて見ましたわ。床に大穴が開きそうですわね」
「ふぇおる、おねーちゃんたちとあそびたいー」
「駄目ですふたりとも。大人しくしないと」
 立て付けが悪くぴったりと閉まらない学習室の扉の前で子供が三人、トーテムポールの様に身長順に顔を縦に並べて室内を伺っている。
 収容人数の限界を遥かに超えた人数の為、中央で書きものをしている二人を除いた全員が立ったままという状態での話し合いは、皆の目的が明確であった為か和やかにトントン拍子に進んでいた。
 この場で中心的に話を進めているのは椅子に座り机に向かっている佐野 和輝(さの・かずき)である。
 本人そのつもりはないのだが、続々と搬入されていく資材と工具の数をリストにし不足がないかチェックを入れ、建物内を歩き空間を認識できるディメンションサイトを使って見取り図を作成、各人の要求を満遍なく取り入れられるように計らいに、細々とした計算を見取り図に書き込んでいく、というともすれば面倒な事務的処理を卒なくこなす姿があまりに自然で、細かいことが苦手な契約者はそのまま自分の意向を伝え、書き込まれる数値に疑問を覚えた契約者はそれはこうしたほうが良いだろうと意見を交えるので、気づけば進行役になっていた。
 見取り図を清書していきながら、結構本格的になっていく図面を眺め、自分の伝手を使ってほんの少しだけ手伝うつもりだった和輝は、全然減らない作業量にどうしてこんなに仕事があるのかと内心頭を抱えそうになった。
 始めこそ、こんな目立つような形で仕事を引き受けるつもりはなかったのだ。ただ、各々が好き勝手にリフォームしたら安全性や利便性、景観美がめちゃくちゃになるんじゃないだろうかという老婆心で、全員の要望と安全・利便・景観等を満たす完成形をと言い出したのがいけなかった。
 ちらりと、人見知りの為小さくなっているアニス・パラス(あにす・ぱらす)を挟んだ隣で同じく椅子に座り、電卓を叩く手引書キリハ・リセンを見遣る。視線に気づいたのかキリハの手が止まった。
「だいぶ纏まりましたね。私は詳しくないので佐野が手伝ってくれて大変助かります。疲れましたか?」
「いや、疲れてはいない」
 経験故に情報の扱いに自信を持っている和輝は、この程度の内容なら苦もなく捌ける。質より量がという状態なので少しだけ面倒と思っただけだ。
「うー、和輝ぃ、まだ終わらない?」
 机に齧りつくように身を縮め、上目遣いにアニスが急かす。和輝の為に我慢してくれているがそろそろ限界なのかもしれない。
 同じく隣にいるからなのか、キリハが「そうですね」と電卓のクリアボタンを押して表示されていた数字を消す。
「幸い専門の方がいらっしゃってますし、設計図はその方々にお願いするのが望ましいですね。パラス、長々と佐野をお借りしてすみません」
「んー」
 アニスから目を反らされたキリハはそのまま席を立ち、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が呼んでくれた施工管理技士と機械修理工の専門家達に席を譲り、和輝から渡された見取り図を彼らに託した。
 話し合いが纏まり一旦解散と契約者達はそれぞれの作業の準備に動き出す。
「おねーちゃん、それなぁに? おねーちゃん、それなーあーにー!」
 机に広げた書類を集めるネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)高天原 水穂(たかまがはら・みずほ)の元に、フェオルが駆け寄った。
「あ、フェオル! 抜け駆けは駄目ですわ」
「とか言いながらヴェラも一緒に邪魔をしちゃ駄目です」
 興味津々むしろ構えと顔を輝かせる獣人の幼女フェオルとヴァルキリーの少女ヴェラに、ふたりのお守りを任されたらしい守護天使の少年ニカはネージュと水穂に困った顔で笑った。挨拶は先に済ませてある。
「見る?」
「うん!」
 ネージュがフェオルに見せるのは、今日の日の為にと持参してくれた、自身がパートナーと共に獣人の村で運営している孤児院や児童館を建設するときに作成した内装やそれに伴うデザインやカタログ類といった見本の数々であった。
「わぁっ」
「わぁっ」
 獣人の幼女とヴァルキリーの少女が二人、頬を寄せ合って広げたページに感嘆の声を上げた。
 そのまま期待の眼差しでネージュを見上げる。建物の改修をするという話は子供達全員に知らせてある。家が生まれ変わると聞いて想像の一つもするだろうし、考えないわけがない。それが、こういうものだ、と差し出されて、目を潤ませるほど感動を覚えるのは、むしろ当たり前だ。まさに、夢を与えられた子供なのだから。
 潔癖な人間なら惨状とも表現されるだろう今の現状から、ネージュが運営する愛らしい形の建物へと、この家が変わるのかと無言で訴えられて、ネージュはふんわりと笑った。
「任せて!」
 ネージュの自信たっぷりな一声に、系譜の子供は互いに互いの両掌を打ち鳴らした。最高潮な盛り上がりを見せる二人に水穂は口元を手で隠すように笑う。
 きちんと期待に添えないととネージュは気合を入れた。
「それで、全室ってわけにはいかないだろうから……ああ、そうだね」
 古い建物で、大きくない。だからといって元からある施設を大きく変更するつもりのないエースは、それでも、大きく手を加えたいと考えている。
 子供達にとって居心地のいい家を作ってあげたいと思ったら、これが意外と大掛かりになりそうである。それもそのはずだ。荒野の一軒家を都心にあるような住宅と同じにしようというのだから、これが大掛かりにならないはずがない。
「あの、これって機晶石の入れ替えって必要ですよね」
「そうだねえ。じゃぁ、その分も計上しようか」
 キリハの疑問に、機械修理工と頷き合うメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は、維持管理費を再計算して改めて弾き出す。
「新しく子供を受け入れる予定はあるのかな?」
 その質問は代表者の破名・クロフォード(はな・くろふぉーど)に聞くべきものであるが、答えるのがキリハであれば特に問題無い。学習室に破名ではなくキリハが居たことがそれを物語っている。だから気兼ねなく質問することができた。無言になりがちな破名とは違い、少女は淀みなく全てに返答をしてくれる。
「多分……無いですね」
「では一番小さいのはフェオルでいいのかな? 確か五歳だったか」
「六歳になりました。基準が二十歳でしたよね」
「施設で一番小さい子が二十歳になるまでの年数分だからね。少しだけ足して最長十五年にしておこう」
 中々にキリがいい数字だ。
 メシエは必要項目を埋めて試算した紙をキリハに渡す。
「あとはこれをどうスポンサーを納得させる内容にするかだが……キリハ、手伝ってくれるかね?」
 これからも継続的にかかる維持管理を含めた費用を今回の改装費用に含めようとメシエは考えている。この試算表を添付し報告書として説得力を持たせるにはスポンサーの事を知っている人間に手伝ってもらうのが一番だ。
「はい。勿論です」
「楽しそうだね」
 図面から顔を上げたエースに問われて、キリハは頷く。
「知らないことを経験するのは楽しいです」