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「……未来の自分への手紙……1年後の自分に書くか」
 想い人である吸血鬼の少女 アイシャ(きゅうけつきのしょうじょ・あいしゃ)の治療に役立つ何かを探してイルミンスール魔法学校の校長や双子に相談しに来たリア・レオニス(りあ・れおにす)は彼らに手紙の事を聞いて書く流れとなっていた。
「そう言えば、未来体験薬と言ったら前にも……あの時は……」
 リアは聞いた説明の中に含まれていた未来体験薬という単語に以前被験者として参加しアイシャとエアカーの旅をした未来を思い出していた。
「……どんな世界でも俺はアイシャを愛する」
 リアはぽつりとつぶやいた後、未来を想像し便箋に染み込ませた匂いを嗅いだ。

■■■

 1年後、鉄道の個室。

「リア、遅いですね。早くしないと発車してしまいますのに……駅弁を販売している場所が見つからないのでしょうか」
 普通の女の子となったアイシャは落ち着かない様子で個室の入り口をじっと見つめ駅弁を買いに行って戻って来ないリアを待っていた。アイシャの体調はすっかり戻り、今は静養のためリアと鉄道の旅を満喫中だ。
「……やはり」
 アイシャが座席から立ち上がり捜しに行こうとした時、
「ごめん、アイシャ遅くなった」
 二人分の駅弁と飲み物とお菓子を抱えたリアが戻って来た。同時に発車の知らせが響き、鉄道の旅が再開した。
「リア、心配しましたよ。何か問題が起きたのですか?」
 浮かした腰を下ろしアイシャは心配を浮かべたまま訊ねた。
「そうじゃないよ。一番人気の駅弁を買おうと列に並んでいて、それでギリギリに」
 リアは向かいの席に座ってから笑顔でアイシャに駅弁と飲み物を渡しながら言った。アイシャのために最高の旅にしなければとリアは頑張っていたのだ。
「……そうですか。何も無くて良かったですが、心配させないで下さい」
 アイシャは駅弁よりもリアに何事も無かった事に安堵してから口を尖らせた。リアの気持ちは嬉しいが心配させられるの嫌だから。
「ごめんごめん。ほら、アイシャ食べよう」
 リアは笑顔で軽く謝って駅弁を開けて食べ始めた。
「……えぇ」
 アイシャは口を尖らせ続けるのを諦め駅弁を食べ始めた。
 移り変わる美しい風景を車窓から眺めながら二人はお喋りを交えつつ駅弁を楽しんだ。
 そんな中、
「……むぐっ」
 リアが突然喉を詰まらせ、緊急事態。
「リア、お茶です! あつ……」
 慌てたアイシャが茶を差し出し警告も付けようとするが、聞こえていないリアは奪うようにお茶を取って一気に口へ流し込んだ。
 途端
「あつっ!!!」
 今度は茶の熱さにむせて咳き込んでしまうリア。
「大丈夫ですか、リア」
 アイシャは急いでリアの背中を優しくさすった。
「……何とか大丈夫。ありがとう、アイシャ」
 数度咳き込みリアは何とか落ち着きを取り戻して軽く笑った。
「……熱いと言う前に飲んでしまうのですから」
 アイシャは呆れを含みながらも微笑ましそうに笑いながら言った。
「苦しくてつい……ほら、助けてくれたお礼に少し早いけど大人気のお菓子でも」
 軽く振り返り、リアはお礼にとお菓子を差し出した。まだ駅弁を食べ終わっていないが、そんなのは関係無い。
「貰います。リアといると本当に楽しいです」
 アイシャはクスクスと笑いながらお菓子を貰って食べた。
「俺もだよ」
 うなずくリアも笑いながら同じくお菓子を食べた。
 それから二人は食べかけの駅弁をあっという間に片付けてお菓子を交えての賑やかな鉄道の旅を満喫した。
 しばらくして二人は目的地でありヴァイシャリーで降りた。

 ヴァイシャリー。
 水飛沫を上げながら水路をゆるりと行く幸せそうな男女を乗せたゴンドラがあった。

「天気も良く、花も咲き乱れ……」
 アイシャは水面に映る自分の姿を見たり風に混じる優しい花の匂いを感じたり流れる賑やかな景色を眺めたりと楽しむ事に忙しくしていた。
「……(アイシャ)」
 リアは美しい景色ではなく隣に寄り添うアイシャの楽しそうな姿に夢中だった。そのためすぐにアイシャの顔色が変わった事に気付いた。
「……アイシャ?」
「リア、本当にごめんなさい」
 気遣うリアにアイシャは突然ぽつりと謝り出した。
「急にどうしたの?」
 訳が分からないリアは首を傾げながら理由を訊ねた。
「つい最近まではこうして出掛ける事など出来ず、リアに心配を掛けてばかりで……」
 アイシャは水面を見つめながら不自由であったつい最近の事を思い出していた。それと共にリアに多くの心配を掛けてしまった事も心苦しくて。優しい性格だから余計に。
「そんな事、気にしなくていいんだよ。今は元気なんだから」
 旅行の不満ではなかった事にリアは安堵するなり笑顔で言った。確かに心配しまくったが、こうして元気な姿が見られれば大した事ではない。
 ゴンドラが橋の下を通過しようとした時、
「……アイシャ、何か降って来るよ」
 頭上から何が降って来る事に気付いたリア。
「あっ、花びらですね」
 リアに促され周囲を見たアイシャは降って来る物が花びらだと気付き、楽しそうな表情に。
「綺麗だ……あの女の子が降らせたんだな……ありがとう」
 リアは橋の上の少女が行き交うゴンドラへのサプライズで花びらを降らせている事に気付くなり手を振りながらお礼を言った。

 ゴンドラが橋の下を通過した時、
「……えと、アイシャ?」
 リアは自分の手を握る感触に気付き、ドキドキしながら隣のアイシャを見た。
「リアとこうしてこの時を過ごす事が出来て私は幸せ者です。ありがとうございます」
 アイシャはリアを見上げ、感謝と愛しさがたっぷりと含まれた最高の笑顔を向けた。
「……あぁ、俺もだよ。この世界で一番の幸せ者だ」
 可愛い笑顔に気恥ずかしくなったリアは直視出来ず、軽く背けるも握られた手をしっかりと握り返していた。今もこれからも自分の手を握る大切な人の手を離さないために。

■■■

 想像から帰還後。
「……やっぱり、1年後の俺もアイシャ一筋だな。想像の中みたいに早く元気になってくれれば」
 リアはアイシャにぞっこんな自分を確信しつつも現実ではまだ見られない心の底からのアイシャの笑顔に胸が痛んだ。早く想像ではなく現実で見たいものだと。
「……早く手紙を書くか」
 アイシャの事を考え少し沈んだ気持ちになりつつも
「……(試験はロイヤルガードしながらだから大変だろうけど愛する人がいるなら頑張れる筈だよな。だから頑張れ)」
 司法試験の結果やアイシャの様子を訊ねる手紙を書いた。
 書き終わると
「……これからどんな世界が来ても、パラミタがどうなっても、俺はアイシャを想っているんだろうな(一年後のアイシャは一年後の俺に任せる。今のアイシャの事は安心してくれ)」
 便箋を見つめリアはアイシャの事をつぶやき、胸中では未来の自分に声をかけていた。