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リアクション
4.黄金の輝きは邪悪を払う
枝々咲 色花(ししざき・しきか)と高天原 天照(たかまがはら・てるよ)はダンボールでこそこそ移動を続けていた。
「まだ誰も保管庫にはたどり着いていないようですね……」
「しかし、どれもこれも夢に出てきそうなものじゃったの」
素直な尋問、魂と魂のぶつかりあい、汚物がまさかの怪物化、と同じ潜入チームはそれぞれの方法で目的地であるテロリストの着用済み下着の保管庫を目指しているが、まだその場所はわかっていない。
とりあえず、最後のモンスターからは思わず逃げてしまったが、アレは一体何だったのか、謎は深まるばかりである。
そんな二人は、またまた別の潜入チームを発見する。
「さて、あまりにも馬鹿らしい状態でコメントは、差し控えたいが、これも仕事だ……うまくやってくれよ」
「委細承知の助」
かくして、セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)に送り出されたマスク・ザ・ニンジャ(ますくざ・にんじゃ)は予定通りテロリストの前でわざとその身を晒してみせた。
「なんだ貴様」
駆け寄ってくるテロリスト二人組みに対して、マスク・ザ・ニンジャは堂々とした様子で二人が近づくのを待つ。
「同志諸君! ミサイルに追加する下着が冷えないように我が体で温めておいた!」
さっとマスク・ザ・ニンジャは使い古された男ものの下着を取り出してみせた。
「なに?」
「下着を人肌に温めておけなんて命令は聞いてないぞ」
二人は顔を見合わせつつも、持っている十手の先をマスク・ザ・ニンジャに向けておく。
「いやいや、その前に貴様、何者だ。正装せずにいるなどとは怪しい奴め」
「何だと……このありのままの姿が信用できないだと!?」
「男の裸が何の意味があるか!」
「む、確かにそれはその通りかもしれん」
男が裸で立っていようと、誰も喜ばない。
喜ばないよね?
「仕方がない! 他の者達には内緒だが、先ほど捉えた密偵の脱ぎたて女性用下着をお前たちに譲ろう」
マスク・ザ・ニンジャは一体どこからか、使用済み女性用下着を取り出した。
勿論、彼が使い古した下着ではない。相手はよく訓練された上に頭の中がスパークしている変態どもだ、生半可な偽装ではばれる可能性はかなり高い。
この使用済み下着は、ダンボールの中に隠れている一緒に連れてきた部下の後輩くノ一たちから下着をこっそり剥ぎ取った、正真正銘の使用済み下着である。
支援の為に隠れていてくれ、と言われて待機していた後輩くノ一は、どこか見覚えのある下着に気付いてわなわなと震えていたが、この場面では特に動きは無かった。
「なんと、密偵を捉えるだけでなく、パンツまで手に入れるとは」
「恐れ入った、只者ではない様子だったが、そこまでの実力者だったとは、不審者扱いして申し訳ない」
二人はあっさりとマスク・ザ・ニンジャを信用した。
そこでマスク・ザ・ニンジャは、いささか恥ずかしそうに頭をかきながら、
「ところで、おっとこれは内密にして欲しいのだが、実は道に迷ってしまってな。ミサイルのところにはどうやっていけばいいのだろうか」
と言いつつ、二人にそれぞれ一枚ずつ女性用下着を握らせる。
「そうですね、この城は複雑でわかり辛いですものね」
「いま地図を書くので、お待ちください」
ついに二人は敬語になった。
さらさらっと書かれた地図をマスク・ザ・ニンジャは受け取ると「いやいや、すまぬすまぬ」と言って、地図を見ながら二人の横をすり抜けた。
「お達者で」
「ああ、助かった」
角を曲がって二人の視界から消えると、すぐさまマスク・ザ・ニンジャはセリスと合流した。
「あっさりうまくいったな」
「誠意を持って対応すれば、人は応えてくれるものなのである」
誠意(賄賂)の効果は絶大だったのは確かである。
「これがその地図である」
マスク・ザ・ニンジャがセリスに先ほど書いてもらった地図を受け渡した瞬間、近くに転がっていた三つのダンボールから、後輩くノ一が飛び出した。
フライグニー、ドロップキック、サマーソルトキックの三つの蹴り技が、全く同じタイミングでマスク・ザ・ニンジャに直撃した。
「……さて、ミサイルの位置はわかった。三人とも、いけるか?」
一瞬でボロ雑巾のようになったマスク・ザ・ニンジャには目もくれず、後輩くノ一三人に確認を取る。さっきちらりと見えたが、もしもの時の為に三人とも代えの下着を持参していたようだ。
こくりと頷く三人の意思を確認して、セリスは「行こう」と告げた。
マスク・ザ・ニンジャはぴくぴくと痙攣しているので、とりあえず死んではいないようだ。であれば、問題は無い。
「自業自得じゃのう」
「まぁ……そうですね……」
マスク・ザ・ニンジャについては、二人もそう判断して彼の運命には干渉しない事した。
色花と天照はこそこそと裸のニンジャの横を通り抜ける。
「しかし、随分とあっさり情報を聞き出していたのう」
「意外と有能? 単に、波長が似てるだけ?」
「ミサイルの位置はわかったようじゃから、あとは汚物の倉庫を見つけて焼却処分すればいいんじゃな」
そんな二人の姿を見つけた怪しい影が一つ、イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)だ。
ダンボールには隠れ身の効果があるが、この作戦にダンボールが活用される事を知っているイングラハムにはその効果は無い。
「やっと獲物を見つけたぞ」
ほくそ笑むイングラハム。
その台詞からわかるように、イングラハムは二人とは対極の立場、テロリストに与する存在だった。
イングラハムは自らもダンボールを被ったまま、二人に接近する。
「おい、そこの二人組み」
「なんじゃなんじゃ?」
呼びかけると、一個のダンボールはあっさり返事をした。
「仲間が下着の保管場所を見つけたんだが、数が多すぎて対処しきれない。手伝ってくれ」
少し焦ったような口調を意識して、そう伝える。
先ほどの二人の会話を聞いているからこその、タイムリーな情報提供だ。
「なんと、そちらも見つかっておったか」
「手伝わないと……」
色花はそう口に出してみるも、焼却処分に援軍が必要なほどの汚物の塊を一瞬想像して、心が折れそうになった。
「道案内は任せてくれ」
イングラハムはそうして、ダンボールのまま扇動を始めた。
慌しい状況は、冷静な判断にひびを入れる。二人はイングラハムが怪しいかどうかを検証する余地もなく、そのあとに続いた。
勿論、イングラハムが扇動する先に、倉庫などはない。この先にあるのは、進入者を迎撃するために用意された罠だ。
ただ、それが一体どんな罠なのかをイングラハムは聞かされていない。すごく効果的だ、というぐらいしか情報を与えてもらっていなかった。
そろそろ罠に領域というところで、イングラハムは立ち止まった。
「二人とも、ちゃんとついてきているな」
「うむ」
ダンボール越しでも、天照が頷いているがわかる。
その横の色花は返事が無い。返事を面倒くさがった、というのではなく、それどころではない事態が色花を襲っていた。
「ね、ねえ、何かダンボールの様子がおかしいだけど」
「ほう、やっとこのダンボールの素晴らしさがわかったようじゃな」
こほん、と天照は咳払いをする。
「天照ちゃん特製七つ道具その1! 『奇跡のダンボール』じゃ! え? どこか聞いたことがある名前? わ、儂は知らないのじゃ。気のせいじゃろう」
仕切りなおしに、もう一度わざとらしい咳をする。
「そんな事よりもこのダンボールの性能は凄いのじゃぞ! 手触りはもちろん、強度、使い心地はダンボールの中でも最高級と、あの吹雪も唸らせる程の一品なのじゃ! ……あ、もちろん無農薬で作ったのじゃぞ?」
「無農……薬?」
色花はまるでダンボールが栽培されているかのような発言に困惑した。いや、ダンボールの素材は紙、紙の素材は植物、栽培的要素は一応内包されてはいる。
「いや、それよりもこのダンボール、どうなって……うわっ」
突然、ダンボールは眩い光を放った。
それに共鳴するかのようにして、天照のダンボールもまた強烈な光を放つ。裸眼でみると目が悪くなってしまいそうな、そんな強烈な光だ。
突然の予期せぬ発光は、イングラハムからも確認できた。
その圧倒的な光量は、まるで光に重さがあるかのように、強烈なものであった。
「うおっ」
閃光弾よりも威力がありそうな光は、しかし一瞬では収まらない。
光に押し出されるようにして、イングラハムは一歩ずつ後退し、その最中、突然床が崩れた。
「へ?」
その間抜けな声を最後に、まるで奈落までありそうな落とし穴の奥へ奥へとイングラハムは落下していった。悲鳴をあげる事も出来なかった。
強烈な光はそれから十秒ちょっとで元に戻った。
「あまりに儂の育て方が良かったのか、途中でダンボール全体が黄金に輝く事があるのじゃが……」
「ダンボールにそんなものを求めても……あれ?」
ふと気付くと、先導していたダンボールの姿が無くなっていた。奈落直通の落とし穴にイングラハムが消えてしまったのを、二人とも気付かないでいた。
「あのダンボールは……」
「奇跡のダンボールの輝きに浄化されてしまったのかもしれんのう」
「そんな、悪霊ではないんですから……」
「ここは、古い古いお城じゃ、亡霊の一匹や二匹、おかしくもじゃろう」
天照はそうに違いない、と一人納得しているようだった。ダンボールを被っていたのだし、亡霊ではないと色花は思うのだが、見渡しても姿が見えないのでそれ以上考えるのは止めた。
「おや、足場が崩れておるようじゃ」
「気をつけましょう」
イングラハムは、暗い穴の底で気絶していた。
落下の衝撃も結構な威力だったが、それ以上に破壊力を発揮したのが、彼の身体を覆う大量の男物の下着だ。勿論、全て使ったあとがあり、醗酵している。
ミサイルに積む分の余りを、罠として仕掛けてあったのだ。
イングラハムが意識を取り戻すのにかかった時間は、わからない。凄く長い間気絶していたようにも思えるし、すぐに目を覚ましたかのように感じなくも無い。
「ぐぬぬ……我ごと罠にはめるつもりであったか」
(全ては大儀の為であります)
幻聴が聞こえる。断じてテレパシーではなく、幻聴である。
なんとか身体を起こそうともがくものの、汚物が重しになってなかなか身動きが取れない。
どしん、どしん、という足音が遠くから近づいてくるのに気付いたのは、間もなくだった。
「な、なんぞ―――」
それは、巨大な人型の怪物だった。
全長三メートルぐらいはあるだろうか、生命体というよりも、土くれの人形のような雰囲気を受ける。
それは真っ直ぐイングラムと汚物の山に向かい、ゆっくりと手を伸ばした。
「や、やめ、うわああああ―――」
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