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テロリストブレイク ~潜入の巻き~

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テロリストブレイク ~潜入の巻き~

リアクション


7.そして誰もが空を見上げた


「やっぱり、ギリギリになるわよね」
 コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)は事務椅子から立ち上がらずに、顔だけ入り口に向けた。
 扉のほとんどを襖で構成されている古城の中で、唯一金属製の両開きドア、その片方が付け根から破壊され、逆光を背に受けて仁王立ちする朝霧 垂(あさぎり・しづり)の姿がそこにあった。
「一番乗りだぜ」
 適当に敵の居る方へ足を向け、適当に殴り倒すというまるでクリア済みダンジョンでのレベル上げのような気楽さで、垂はテロリストの占拠した古城の最深部にたどり着いたのだ。
「そっちのボスはもう陥落しちまったみたいだぜ」
 少し前に、テロリストのボスが交渉中に心が折れて降伏したという報告があった。
 とはいえ、話を整理して並べると、協力者として名乗り出たフリーのテロリストが大変有能で、テロリストのボスの仕事がどんどん無くなっていき、自分の存在価値に疑問を持つようになった。という大変個人的な葛藤であった。
 井の中の蛙が大海を知らず。という言葉があるが、パンツを降らすためにテロを計画するという細くて狭い井戸が掘り起こされてしまうとは誰も思わないだろう。なんというか、運が悪かったに違いない。
 ちなみに、その揺らぐ心をへし折ったのは、交渉の席についた元政治家であり、この場にいるフリーのテロリストは原因ではあるものの善意の協力者である事を追記しておく。
「驚かないのね?」
「テロリストに協力者がいるのは、行動予測済みだぜ」
「……単なる推測を、技能みたいに言うのはよくないわ」
 コルセアは席から立ち上がろうとしない。
 と、二人の間をどたどたとした足音を響かせながら、バケツを被った白衣の集団が割り込んだ。
「われらは」「ずのうと」「たいりょくを」「かねそなえた」「しんえいたい」「われわれが」「このふらちな」「しんにゅうしゃを」「げきたいしてみせよう」
「頭脳があるなら、平仮名だけで喋るんじゃねぇよ」
 さっそく、垂に向かってしんえいたいがとりゃーと飛び掛った。
 割愛。
 しんえいたいは全滅した。
「体力は一応あったな、確定一発が二発になっただけだったが」
 交互に攻撃の機会が与えられるのであれば、一撃必殺と二撃の差は果てしなくでかいが、素早さの関係で攻撃の手番が回ってこないような状況では誤差の範囲でしかない。
「って、あれ?」
 垂は突然足の力が抜け、その場に膝をついた。
「しびれ粉のお味はどうじゃ? 痺れるじゃろう」
 姿は見えず、声だけが聞こえる。
 声の主、辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は先ほどの当て馬ごと垂に痺れ粉を浴びせかけたのだ。
「くそ、油断した」
 あまりにも雑魚を相手にし過ぎて、少し気が緩んでいたらしい。見れば殴り倒したしんえいたいの連中も、痺れ粉を受けてぴくぴくもがいている。このような仲間を巻き込む手段は使わないだろう、という考えがあった。
「マスター刹那、仕留めますか?」
「いや、急いてはだめじゃ。相手が相手、慎重にな」
「では―――お行きなさい、わが子たち」
 女王・蜂(くいーん・びー)が毒蟲の群れを垂に向かって放つ。
「くっ」
 僅かに辛そうなのが表情にでるが、垂はそれを横に飛び回避。さらに追ってくる毒蟲から、痺れながらも回避していく。
「援護します」 
 イブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)も逃げる垂に向かって援護射撃を行うが、毒蟲に追われながらも垂は直撃を受けずに回避していく。本当に痺れているのかと疑いたくなるが、反撃できずに回避に専念している辺りにそれが見受けられる。
 刹那は攻撃に参加せず、様子を窺い続けた。中途半端な攻撃は自分の位置を晒して危険を増やすだけだからだ。優位な状況で打てるのはたった一手、大事にしなければならない。
「最後の一人はどこだ」
 垂もまた、最大限の注意を払っているのは、自分を仕留めるために放たれる攻撃だ。痺れてなければ一人ずつ倒していけばいいが、今の状態でそんな動きをすれば攻撃の回避はできないだろう。
 見た目は派手だが、実際にはほんの僅かな一瞬を互いに見出そうとする静かな戦いは、
「雪、楓、月代」
 唐突な乱入者によって一気に瓦解した。
「いきます」「おかくご」「解毒剤を」
 女王・蜂に、イブに、痺れ毒の解毒剤を垂に、三人のくノ一がそれぞれ動く。
 唐突な援軍は、一瞬垂を呆けさせた。このままではじりじりと体力を消耗して不利だ、なんとか手段を考えねば―――という思考をしている真っ最中だったからである。
 だが、潜入している仲間は他にも居るのだ。その中には、今回の任務で特命を受けた人物がいる。
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。
「こういうのって、外から落ち着いてみると色々見えるんですよね。岡目八目というものですかね」
「くっ」
「5」
 刹那は紙一重で、自身を狙って繰り出された一閃を回避した。
「途中で吹雪さんが消えたので嫌な予感はしてたんですけどね」
 退いた刹那から視線を外し、コルセアに視線を向ける。
「4」
 彼女の足元には、まとめられたケーブルの類がコンピューターと奥の部屋に繋がっている。
 ここまで、大量の下着は発見されるもミサイルの現物は見つからなかった。とある全裸のニンジャが得た情報の場所には、確かに直前までミサイルが保管されていた様子はあったが、現物が見つからなかったのである。
「3」
 ミサイルは最終調整を兼ねて発射装置に取り付けられていたのだ。
 コンピューターがその調整を行うものであれば、ケーブルの繋がった先にミサイルがあるのが必然である。
「きゃっ」
 楓が尻餅をつき、
「しまっ」
 雪が獲物の忍刀を弾き飛ばされた。
 優秀な後輩ちゃんとはいえ、契約者に一対一を挑むのは少々早かったようだ。
「2」
 だが、「おおっと、俺を忘れてもらっちゃ困るぜ」と復活した垂がトドメをさされそうな二人を一瞬で両肩に担ぎ上げる。
「ところで、さっきから何をしてるんだ?」
 両肩にくノ一を担ぎながら、コルセアの淡々とした数字の読み上げをいぶかしんだ。
 最も、この状況で数字を読み上げる理由について、思い至らない者など一人も居ない。
「1、もちろんカウントダウンよ、ミサイルのね。で、ゼロ、と」
 ぽちっと、キーボードのエンターキーを押すコルセア。
 一枚壁の向こう側から、轟音が響く。
「すまん、後輩ちゃんの事は任せた」
「おう」
 既に道は開いている。
 扉を開けるのはまだるっこしいと、一太刀で切り開くと、既に三発のミサイルが飛び上がっていた。
 天井がある、が火薬が搭載されずにパンツが充満したミサイルは、金属の塊として天井を突き破って空に放たれるのだろう。外からミサイルの発射地点は見当たらなかったが、古城を崩壊させる覚悟がテロリストにはあったようだ。
「はーっはっはっは」
 そしてミサイルの天辺、三基あるミサイルのそれぞれにダンボールがちょこんと乗っかっていた。そして姿は見えないが、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)の高笑いがミサイル発射の轟音に負けじと放たれている。
「一歩遅かったでありますな!」
 ダンボールの内側から、吹雪は唯斗を感じ取ったのか見つけたのか、勝利宣言を行った。
「まだだ!」
 ミサイルが天井に到着、予想通り突き破っていく。そうして零れ落ちる木片を飛び石代わりに唯斗もミサイルを追っていく。
 一番後ろを飛ぶミサイルに到着した唯斗は、爆炎掌を叩き付けた。衝撃でミサイルは真ん中からぼっきりと折れて、詰め込まれた男物の使い古された下着を撒き散らすが、無視。
「一つ目」
 折れたミサイルを足場に次のミサイルへ向かう。既に天井を突破、空中に躍り出る。なんとか間に合った唯斗は、二発目のミサイルを駆け上がる。
 二番目の天辺でミサイルを叩き割り、衝撃を利用して三発目に飛び移るのだ。
「させないであります!」
 ダンボールから飛び出した吹雪が、とび蹴りで唯斗を蹴り落とさんと飛び出してくる。心に余裕がある人には、きちんと折りたたまれたダンボールが吹雪の背中にあるのが見えるだろう。
 二人の交差は一瞬で、高度な攻防が繰り広げられた結果、互いに二発目のミサイルの噴出孔辺りまで滑り落ちた。だが、二人ともミサイルに手をかけ足をかけ、落下は免れる。
「これ以上好きにはさせないであります」
「それは、こっちの台詞だと思うんですが」
 一本のミサイルを間に挟み、二人は対峙する。
 そして二人は、空の彼方へと消えていった。

 地上、飛び上がったミサイルを見上げていた垂ら一行は、ぱんぱんと手を叩く音に視線を引き戻された。
「はい、お疲れ様でした」
 手を叩き、注目を集めたコルセアは、開口一番そう告げる。
「ここにはもう、使い込まれた男物の下着と、変態しかいません」
「そ、そうだな」
 改めて言われると、ものすごく残念な場所である。しかも、作戦開始前から別に状況が変わったわけではない。
「よって、撤収します」
「あ、おい!」
 煙幕が辺り一体を包む。刹那の仕業だ。もともと城が半壊したせいで埃まみれだったのもあり、かなりの広範囲の視界が塞がれてしまった。
 視界を取り戻した頃には、テロリストの協力者達は忽然と姿を消していた。
 煙が晴れて少しすると唯斗のくノ一の一人が、慌てだした。
「ミサイルが発射されてしまったという事は、どこかの学校に……」
「あー、その事なら心配いらねぇよ」
 ちなみに、雪も楓も月代も唯斗が今回のために付けたコードネームなので、垂からは誰がどれだか全然わからない。
「どこに落ちるかは、予測済みだ」