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寝苦しい夏の快眠法

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寝苦しい夏の快眠法
寝苦しい夏の快眠法 寝苦しい夏の快眠法

リアクション

 夜。

「……はぁ、これで追試験の採点も終わりですね。補習授業の準備も済ませましたし……」
 最後の生徒の採点を終えたアルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)は手を止めてやるべき仕事が残っていないか確認し、仕事が終わったと知るなり
「……よく眠っていますね」
 アルテッツァはベッドでぐっすりと眠っている未来から来た娘セシリア・ノーバディ(せしりあ・のおばでぃ)の寝顔を覗き、微笑を浮かべた。
「……あとは自分の余暇を使って、シシィの治療法を……」
 アルテッツァはつぶやいた。教諭としての仕事も大事だが最も重要視しているのは生まれながらに多数の遺伝子疾患に苦しむセシリアを救う事である。最近、医学的アプローチと魔法的アプローチの接点が見え始め少しずつだが症状は改善し物事は良い方に進んでいた。
「……まだ時間もありますし」
 アルテッツァは時間を確認し、セシリアの問題捜索をする時間があると認識するなりさらなる徹夜をしようとする。明日も忙しいというのに体を休めようとはしない。
「……」
 アルテッツァはそっとセシリアを起こさないように離れて作業をするため机に戻った。

「……さて」
 つい先程淹れて貰ったばかりのコーヒーを飲んで目覚ましをしてからアルテッツァはセシリアのための仕事を始めた。

 一方、台所。

「……」
 つい先程アルテッツァのためにコーヒーを淹れた六連 すばる(むづら・すばる)は時計を確認し小さな息を吐いた。
「……明日も忙しいから少しでも休んで欲しいですが……」
 吐いた溜息は明らかにオーバーワークのアルテッツァの体調を心配しての事。何せ教諭の仕事とその合間を縫ってのセシリアの治療法の調べ物をしているから。
「……もし倒れでもしたらワタクシは……」
 アルテッツァが倒れる光景を想像してすばるは胸が苦しくなった。
 そのためか
「……マスターがよく眠れるようにこの札を忍ばせましょう。今の時間なら机に向かっていらっしゃるはず」
 すばるはそっと双子から貰った夢札を取り出し、アルテッツァの寝具にでも忍ばせようと考え、アルテッツァが作業をする部屋に向かった。

 アルテッツァが作業をする部屋。

「……マスター」
 すばるが札を握り締めそっと部屋に入ると
「……眠っていますね」
 アルテッツァは腕枕をして机に伏せて眠っていた。
「……お疲れなんですね」
 すばるはそっと部屋を出て上掛けを手に戻って来た。
 そして
「……いくら温かくなったとはいえ、このようなところで眠ってしまっては、お風邪を召します」
 小声で話しかけそっとアルテッツァに上掛けを掛けてから
「よく眠れますように」
 すばるが夢札をアルテッツァの腕枕の下に忍ばせた。
「目覚めた頃にお夜食を準備致しましょうか」
 すばるはそっと部屋を出て台所へ行き、何を作ろうかとアルテッツァが目覚めるまで料理本片手に考え始めた。

 どれくらい時間が経ったのかは分からないが、
「……ん」
 机に伏して眠っていたアルテッツァはゆっくりと目を覚まして
「どうやら寝ていたようですね」
 上体を起こした。
 途端。
「……ん? 上掛け……ですか……誰がかけてくださったのでしょうか? 取り敢えず畳んで」
 ずるりと背中に掛けられた上掛けがずり落ち、アルテッツァは上掛けを拾い上げて畳んで立ち上がった。
「……コーヒーでも淹れましょうか」
 上掛けを椅子の背に掛けてからアルテッツァは台所へ。

 台所。

「ふふっ……スバルでしたか、ボクに上掛けを掛けたのは……」
 アルテッツァは椅子にもたれたままうたた寝をしているすばるを発見し、
「ここで寝ているという事は……」
 アルテッツァは椅子の脚の辺りに落ちている料理本を見付けて拾い上げ開いたページを確認してから
「ボクに夜食を作ろうとしていたのでしょうね、腕前はまだまだだというのに」
 テーブルに本を置いて苦笑した。何せすばるの料理の腕前は壊滅的なので。
「……いつもありがとう」
 料理の腕前はともかく自分を気遣い料理を作ろうとしている事が嬉しく小さな声でお礼をつぶやいた。
 アルテッツァは部屋にとって返し上掛けを持って戻り、
「これは、キミが使うべきです、スバル……」
 聞こえないと分かっていても声をかけそっと上掛けを掛けた。
 それから
「さて、コーヒーを淹れて……ん、スバル、今何か」
 アルテッツァはコーヒーを淹れようとした時眠るすばるの口から何か洩れた気がして振り向いた。
 しかし、その続きは目覚めの先に消えた。

「……ん、先程のは夢、でしたか。それにしてはやけにリアルな……この札のせいでしょうか」
 腕枕から顔を上げたアルテッツァは既視感のある状況に口元に苦笑を洩らすなり、ゆっくりと上体を起こして腕の下にあった夢札に目を落としてから側にあるコーヒーを手に取った。
「……コーヒーはまだ温かいですね……それに上掛け……これは見覚えがある状況ですね」
 まだ温かいコーヒーを目覚ましに飲み、体を起こした際に落ちた上掛けを広い上げ、畳んでから立ち上がり
「何か摘むものを取りに行って来ますか」
 上掛けを手に台所に行った。もう台所がどうなっているのか予想出来るから。
 そして、アルテッツァの予想通りすばるは夢と同じであった。上掛けをすばるに掛けて静かに摘みを調達してから部屋に戻った。

 アルテッツァが去った後、途切れた夢の続きが現実で始まる。
「……ん……あ、ワタクシったら、夜食のメニューを考えている間に」
 アルテッツァの夜食を考える内に眠ってしまったすばるがようやく目を覚ました。
 そして
「……あら、この上掛け、ワタクシがマスターに掛けてあげたものでは?」
 アルテッツァに掛けたはずの上掛けが自分に掛けられている事に気付き、小首を傾げるすばる。
「……そうです、マスター」
 すばるは起き上がり、上掛けを畳んでアルテッツァが作業をする部屋に行った。

 アルテッツァが作業をする部屋。

「マスター、目を覚まされたのですね。あの、この上掛けなのですが……」
 すばるは上掛けを手に作業をしているアルテッツァに声をかけた。
「あぁ、それですか。台所で寝こけていたので、ボクが掛けたんです」
 アルテッツァは手を少し止めてすばるの方に振り向き、微笑した。
「ありがとうございます。それとご無理はなさらないで下さい。ワタクシに出来る事ならばお手伝い致しますから……ワタクシにはマスターが、アナタが必要なのですから……」
 すばるは礼を言ってから溢れる心底の心配の一片を口にした。
 それに対して
「……スバル、それは“強化人間だから”思う事では……」
 とアルテッツァが返した。契約者に依存する強化人間故の特徴だろうと。
 しばし、すばるの顔を見た後、
「……ボクもいい加減認めた方がよいのでしょうね」
 種族云々ではぐらしてはいけないとアルテッツァは自分に対して苦い笑いを向けた。
「……マスター?」
 何も分からぬすばるは僅かに小首を傾げ聞き返した。
「スバル、ありがとう、ボクと共に『娘』、シシィの問題に取り合ってくれて……これからも、よろしくお願いしますね」
 アルテッツァは真っ直ぐにすばるを見、気持ちを伝えた。
 実は、セシリア自身はアルテッツァとすばるの娘という出生を最初は二人に話さなかったが、明らかになってからはその存在に引きずられるように二人は力を合わせて治療法探すようになったのだ。セシリアについて二人は“相手との子”だと、恥ずかしくてはっきり言えぬため“自分の娘”という扱いをしていた。
「……マスター……」
 アルテッツァの思いがけない言葉にすばるは嬉しくなった。
 この間もセシリアはぐっすりと眠り、この世界の両親をくっつけたいと願う未娘の思いが通じたのか二人の距離が縮んだかもしれない事などつゆ知らずであった。