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寝苦しい夏の快眠法

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寝苦しい夏の快眠法
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「……見たい夢が見られる札ねぇ。どんな夢が見られるのかしら」
 双子に貰った夢札に目を落としたリネン・ロスヴァイセ(りねん・ろすヴぁいせ)は何が見られるのか少し期待しながら夢札を使った。

 ■■■

「……ん、ここは」
 眠りから目を覚ましたリネンは上体を起こして周囲を見回す。
「家、じゃなくて……」
 目に入るのは見慣れた現在住んでいるロスヴァイセ邸の見慣れた一室ではなくこぢんまりとした部屋であった。
 それだけでなく
「……あれ、私……これって、まさか……」
 リネンは小さな両の手を見つめ姿が10歳未満の随分幼い姿である事に気付いた。どうやら見たいと意識した事によって幼少の記憶がよみがえったのか、子供姿で普段は思い出す事も出来ない幼少期追体験の展開となったようだ。
 その時、
「あぁ、アマニ、目を覚ましたかい。朝ご飯だよ。お父さんも待っているから早く着替えて来るように」
 リネンと同じ黒髪黒目の四十前後の欧州かドイツあたりを想起させるような中年の女性が姿を姿を現した。微妙に姿と口調が合致していないのはリネンが再会した時の記憶が混じっているためだ。
「あ、エクルベージュさ……お母さん……」
 自分の姿を確認していたリネンことアマニは弾かれたように顔を上げて母親の姿を認めるなり答えた。現実と同じ呼び方をしそうになった所を慌てて言い直した。今は夢の中、ただの母親と娘なのだ。リネンの本当の名前は『アマニ・エクルベージュ』で実母ランに貰った物である。旧姓の『リネン・エルフト』という名は身売りされた犯罪組織につけられた際の識別コードのようなものでリネンが黄色人種、エルフトが十一号を示す。
 ランは声をかけ終わるなり食卓の方に行った。
「あぁ、行っちゃった。早く、着替えないと(でもこれは記憶? 願望? どちらにしても、私はまだ求めてるのね)」
 母親の背中を見送りながら感慨深い物を感じていた。そして、ランの姿が見えなくなってからアマニはもそもそと寝間着から着替えて食卓に向かった。

 両親が揃う食卓。

「おはよう、お母さん、お父さん」
 アマニはにこにこと食卓に揃った両親に挨拶をした。ただ、父親の姿と名前だけはぼやけていた。おそらくリネンが物心つく前に死んでいて完全に記憶に無いという事が夢にも影響しているのだろう。
「アマニ、冷めない内に早く食べるんだよ」
 ランは現れた娘に早く席に着くように促した。
「はぁい」
 元気な声で返事をして席に着くアマニの前には質素ながらも母親が丹精込めて作った料理が並べられていた。住居や服装や並ぶ料理から見て分かるように貧しいものであったが、どこにもそれを苦にする様子は無かった。
「お友達と遊ぶのはいいけれど、早く帰って来るんだよ。今日は大事な日だから」
 ランはにこにこと優しいお母さんと言った笑顔でアマニに大事な事を言った。
「?」
 心当たりが思いつかないアマニは可愛らしく小首を傾げた。
「もう、この子はまだ寝ぼけてるのかい? 今日はアマニの誕生日だろう」
 ランはアマニの頭を軽く小突いて呆れたように娘にとっても自分達にとっても大事な日である事を教えた。
「あっ、そうだった」
 教えられてようやく思い出した所で玄関から遊びに誘う友達の声がしてアマニは急いで朝食を済ませて席を立った。
「早く帰って来るんだよ」
「分かった!!」
 ランに見送られながらアマニは友達と遊ぶために家を出て行った。
 この後、たっぷりと遊び回りランに言われた通り早く帰宅した。

 アマニ帰宅後の夕食時。
「うわぁぁ」
 普段よりもほんの少し豪華な食事に感動の声を上げるアマニ。
「アマニ、誕生日おめでとう」
 両親は揃って娘の誕生した日を祝った。
「今日はアマニの誕生日だからほんの少し奮発したから食べておくれ。ケーキもあるよ」
 ランは優しい母性溢れる笑みを娘に向けるなり蝋燭が付いた小さなケーキをアマニの前に置いた。
「ありがとう!」
 アマニが嬉しそうにケーキの蝋燭の火を吹き消すと
「お母さんとお父さんからの誕生日プレゼントだよ」
 ランが小さな包みをアマニに差し出した。
「プレゼント? ありがとう。何かな?」
 受け取った包みをまじまじと見た後、中身が知りたくてうずうずするアマニはすぐさま包みを解いて中身を確認する。
「うわぁ、かわいい。ありがとう!!」
 中から出て来たのは乳白色の毛並みをした小さなペガサスのぬいぐるみであった。アマニは嬉しそうにぎゅっとぬいぐるみを抱き締めた。夢のためかそのぬいぐるみどことなく現実でアマニことリネンの相棒のペガサス“ネーベルグランツ”に似ていたり。
「さぁ、アマニ、食べよう」
 ランの言葉を合図に改めて夕食が始まった。
 ささやかながらも娘の誕生日を祝う家族団らんの温かな食卓であった。

 楽しい夕食は終わり、就寝の時間が訪れ、アマニは寝間着に着替え、横になるなりすぐさま眠りに入った。友達と沢山遊び、楽しい誕生日の祝いにすっかり幸せ疲れしてしまったようだ。
「……」
 アマニは余程嬉しかったのかペガサスのぬいぐるみを抱き締めてぐっすり眠った。

 ■■■

 覚醒後。
「……ここは……現実……」
 目覚めたリネンの目に見覚えのある天井が入り、ここが現在住んでいるロスヴァイセ邸の一室だと気付くなりゆっくりと上体を起こした。
 そして
「……まさかあんな夢を見るなんて」
 夢で見た幼い子供と思い出補正なのか自分の願望なのか優しくて立派な母親の姿にしんみりしていた。何せ現実の母親は夫を亡くした際、世話が難しくなったリネンを手放してたりと駄目な人なので。
「お母さん……今度また、会いにいこうかな……」
 夢で見たせいかリネンは急に母親に会いたくなった。数年前に最愛の人と一緒にリネンは再会を果たしてはいるが世界がかみ合わず離縁してしいるのだ。
「……本当に」
 リネンはもう一度夢を思い出し幸せを噛み締めていた。