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寝苦しい夏の快眠法

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寝苦しい夏の快眠法
寝苦しい夏の快眠法 寝苦しい夏の快眠法

リアクション

 夜、部屋。

「市販のケーキに見えたからナオにケーキを画像化して貰ったが、なかなか見つからないものだな」
 千返 ナオ(ちがえ・なお)の家族捜しの作業中の千返 かつみ(ちがえ・かつみ)はナオにある出来事で登場した1歳の誕生日を祝う思い出のケーキを画像化して貰った写真を手に取ってり見た。
「購入したケーキ屋が分かれば暮らしていた場所の目安がつくはずなんだが……ナオの1歳の誕生日を祝うケーキとなると二年や三年前じゃないからな。すでに閉店している店の可能性も……」
 写真を使ってケーキに詳しい人に問い合わせたり、自分でもあちこちケーキ屋を調べたり普通に人捜しをしたりと捜そうと決めた時から捜索し続けていたが、成果は芳しくなかった。ナオの1歳の誕生日に経営していたケーキを扱う店という絞られているようで絞られていない条件付きなので。
「……ナオの願い事を必ずこの手で叶えると約束したんだ。必ず……」
 かつみはパラミタ内海の七夕祭りにてナオが“家族が見つかりますように”と願った事、自分の手でそれを叶えてあげるのだと決意した事を思い出す。
 しかし、疲れからか欠伸が洩れ
「……ちょっと仮眠するか」
 ケーキの写真を机に置くなり突っ伏して少しだけ一休みする事にした。
 そこに
「……かつみ、何か分かった?」
 作業の案配を確認しにエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)が様子を見に来た。
「……こんなところで寝てないでちゃんとベッドに行ったら? 疲れ取れないし体が痛くなるよ?」
 机に突っ伏しているかつみに声をかけるエドゥアルト。
「……寝ないって……少し休むだけだ……もう少ししたら起きるから」
 かつみはうとうと気味になりながら途切れ気味に言うだけで顔を起こす様子は無い上に気持ちよさそうな寝息が洩れてきた。
「……そう言いながら寝てるし……はぁ、仕方ないな」
 エドゥアルトは溜息を吐き、そのまま放置するかと思いきや
「……せめて枕使いなよ」
 睡眠を邪魔しないよう気を付けながらエドゥアルトはかつみの頭の下に枕を敷いた。
「……」
 少しかつみの寝顔を眺めていたエドゥアルトは
「あ、そうだ、夢札もらったんだ。これを枕の下にいれて……」
 夢札を貰っていた事を思い出し、貰ってポケットに入れたままにしていた札を取り出しそっと枕の下に忍ばせた。
「かつみ、この前の七夕の海の夢とかいいんじゃないかな。波の音聞きながら、少しリラックスしたらいいと思うよ」
 エドゥアルトは自分が思いついた良さそうな夢をかつみの耳元で囁き、見たい夢を見せるという札の効果を発揮させようとした。
「……」
 エドゥアルトはそっと部屋を出て行った。

 エドゥアルトが出て行って少し経過。
「はいはいー、新しいケーキ屋のリスト持ってきたぞ」
 追加のケーキ屋のリストを手にノーン・ノート(のーん・のーと)が部屋に入って来た。
 しかし、
「って寝てるのか…………まぁ仕方ないか、あれだけのリスト確認してるんだからな。それに……」
 かつみが枕を使って机に突っ伏して寝ているのを確認するやいなや声の音量をすぐに小にしてリストをそっとかつみの側に置いた。
「……かつみはナオの短冊の笹だからな」
 ノーンはエドゥアルトと同じように七夕祭りの事を思い出し笑みを洩らした。
 そして
「よし、見たい夢を見られるというこの夢札を枕の下に入れておいてやろう」
 夢札を貰った事を思い出したノーンは夢札を出してそっと枕の下に忍ばせた。あららな事にノーンは忍ばせた場所のせいか先に置いたエドゥアルトの夢札に気付く事はなかった。
「もう寝てはいるが、夢は見られるだろう……ここ数日こもりぎみなんだ、楽しくおもしろい夢を見るんだぞ」
 ノーンは眠るかつみに優しく声をかけてからそっと部屋を出て行った。

 それからしばらく後。
「かつみさん、おつかれさまです。気分転換にミントティー淹れてきました。良い香りですよ」
 ミントティーを手に笑顔のナオが部屋に現れた。
 しかし、かつみは当然
「……あ、寝てるみたいですね……隅っこに置いておきますね」
 夢の中。ナオはかつみを起こさないよう気を付けて近付き、そっとティーカップを机に置いた。
「……俺のためにありがとうございます」
 ナオは小さな声で自分の家族を捜索してくれているかつみに感謝の言葉をかけた。
 そして
「あ! 夢札……枕の下に入れておこうっと」
 夢札を貰った事を思い出し札を取り出して
「夏で暑いし、山の新緑とか涼しくて気持ちよさそうですよね」
 ナオは手にある夢札に目を落としてつぶやいてから
「♪♪♪」
 楽しそうに愉快な童謡を歌いながら夢札を先の二人のように枕の下にセットした。これまた忍ばせる場所のせいで先の二枚の夢札に気付く事は無かった。
「良い夢見てくださいね」
 ナオはおやすみの挨拶をしてからそっと部屋を出ていた。
 頑張るかつみにいい夢を見せたいという思いやりがまさかの展開になると誰が予想しただろうか。

 ■■■

「何だ、これは……夢の中までケーキだ」
 目の前に広がるケーキの大群に声を上げるかつみ。確実に現実でのここ最近の出来事が影響しているのは明白である。
「しかもものすごくでっかいケーキだな、チーズケーキにアップルパイも……どれも俺の背丈より大きいや……感触はやっぱり、ケーキか」
 自分の背丈よりも何十倍も巨大なケーキ群を見上げてからかつみは手近のケーキに軽く触れてみる。感触はケーキそのもの。
「当然だが味もケーキだな」
 触れて手に付いた僅かな生クリームを舐め取り味も確認する。やはり見た目だけでなく味もケーキそのもの。
「せっかくだから少し楽しんでみるか」
 と言うなりかつみは一際大きく美味しそうなモンブランを見上げるなりそこに向かった。

 そして
「さすが夢だな。全く疲れない」
 かつみは軽快な足取りでモンブラン登山を成功させた。
 頂上に到着したかつみは
「これが本当のモンブラン登頂だな」
 笑いを洩らしながら壮観なケーキ群の風景を見下ろした。
「こりゃ、ナオ達もいたら喜ぶだろうな」
 かつみは仲間の事を思い出した。まさか、こんな夢を見てる原因がその仲間達にあるとは思いもよらず。
「さて、下山はどうするかな。夢の中なら簡単に下山出来るし飛び降りても大丈夫かもしれないな。どうするかな」
 かつみはあれこれと楽しい下山方法に思い巡らせていた時、
「……ん、これは……波の音?」
 どこからともなく波の音が聞こえてきた。
 かつみが音の方向に振り向いた瞬間
「……って、うわっ!? 急に波が襲いかかってきた!」
 激しい波がかつみに襲いかかり強制的に下山させられた。

 モンブランの下に強制的に連れて来られ全身びしょびしょとなったかつみはナオとノーンに悪戯されてびしょぬれになった七夕祭りの事を思い出した。
「……これじゃ、いつぞやと同じじゃないか……ん、この味、塩じゃない、ミント?」
 波にもまれた時に口の中に入った爽やかな波の味が広がり、首を傾げた。
 その時、
「♪♪」
 陽気なハミングが背後から聞こえてきた。
「!?」
 敵を警戒して振り向いたかつみは緑美しい山の麓に広がる森から来るハミングの正体に拍子抜けする事に。
「……何とも陽気だが熊だよな……何なんだ」
 何せ現れたのはハミングしながら軽快なステップで踊る熊だったのだ。現実では人間をも襲う恐ろしい危険動物だが、こちらでは怖いと言うよりは不気味であった。アニメや漫画に出て来るような可愛い熊ではなく現実そのままの強面な熊だったので。
「……何か、こっちに向かって来ているような」
 かつみは真っ直ぐ自分に向かって来る様子に嫌な予感を抱く。
 まさにその予感は的中し
「おいおい、来るなよ」
 熊はハミングも踊りもやめずにかつみ目指して接近するのだった。かつみはともかく逃げた。
 この後、さらなる無茶苦茶な展開がかつみを襲い、何度となく目覚めそうになるがなぜだか夢に繋がれ長々と夢を楽しんでいた。まさか仲間の思いやりのためとは思いもせず。

 ■■■

 翌日。
 夢札三枚のため快眠効果が倍増されかつみは朝が過ぎ昼近くというのに目覚めていなかった。
 しかも
「うーんうーん」
 妙にうなされていた。
「かつみさん、すごくうなされてますね。もうお昼が近いのに目を覚ましませんし」
 ナオはうなされるかつみの姿に心配の余り顔をくしゃりとしていた。
「この前の七夕の海の夢を見られたらと夢札を使ったのに」
「面白い夢を見られるように夢札を使ったのにどうしてうなされてるんだ」
 エドゥアルトとノーンはかつみがうなされる状態に予想外と言葉を洩らした。厚意が全て裏目になったようだ。
「……楽しい夢が見られるように夢札を使ったのに。起きてくださいー!」
 うなされるかつみにナオは半泣きになりながら揺すって起こそうとするが起きない。

 ここで
「……夢札って、もしかしてみんなかつみに夢札使った?」
 ナオの発言からエドゥアルトはもしやとノーンに話しかけた。
「みたいだな。あららだ。しかし、これでかつみがなかなか起きない理由が分かった」
 ノーンはカラカラと笑いながら言った。
「三枚もあれば目覚めそうになってもすぐに夢に引き戻されてしまう上に快眠効果も倍増だからね」
 エドゥアルトがノーンが言う起きない原因を言葉にした。あくまで推測なので正解であるかは二人には分からないが。

 その時、
「……ん……」
 長い眠りからようやくかつみが目を覚まし、体を起こした。
「かつみさん!!」
 ナオはかつみの目覚めにぱぁと顔を明るくした。
「……どうした、ナオ」
 何も知らぬかつみはナオの表情の変化に心配を向けた。
「かつみさん、うなされてたんですよ」
 ナオが皆を代表して訳を話した。
「そうか。妙な夢を見たんだ。巨大なケーキの群れにモンブラン登山、ミントの味がする波に襲われたり山の麓の森から現れたハミングと踊りをする熊に追いかけ回されたり……その後はもう無茶苦茶だった」
 かつみは長い眠りの間に見た妙な夢の内容を三人に語った。
 それを聞いた三人は
「……」
 少し沈黙し互いの顔を見合わせてから
「ケーキとはナオの家族捜しが影響してだろうな。何か面白い夢を見てくれたらと思ったが」
 と、ノーン。
「……波の音は多分私だね」
 と、エドゥアルト。
「ミントの味は俺が持ってきたミントティーで森と出て来たおかしな熊は俺が歌った歌ですね」
 ナオの三人はそれぞれ自分が原因と思われる夢札を入れる時に行った行為を口にした。
「……何の事だ?」
 何も知らぬかつみは疑問符を浮かべるばかり。
「かつみ、枕の下の札だ」
 ノーンの指示に従い
「……これか……三枚あるな」
 かつみは枕を上げて三枚の紙切れを発見し、手に取った。
「それは見たい夢を見せる夢札という物だ」
 ノーンが代表して夢札の効果を簡単に説明した。
「……夢札か」
 まじまじと仲間の思いやりたっぷりの夢札に目を落とすかつみ。
「うなされたのは各自の望む夢がまとめて反映されたせいかも……まさか私が使った後に二人も使ったとは思いもよらなかったよ」
 エドゥアルトは自分の推測を言ってからまさかの事に肩をすくめた。
「全くだ。入れた先は同じ枕だったというのに」
 ノーンも気付かなかった事が信じられない様子。
「……かつみさん……気付かなくて……」
 ナオは何も気付かずかつみを苦しめた事を謝ろうとするとが、ナオが口にするよりも先に
「……ありがとう、ナオ、エドゥ、ノーン。多少うなされたけど、面白い夢が見られてリラックス出来たよ」
 かつみは自分を気遣ってくれた三人に感謝を言った。夢の内容はともかくこうして自分を心配し優しくしてくれる誰かがいる事はとても幸せだと思いながら。