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わたげうさぎの島にて

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わたげうさぎの島にて

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【3・人を惹きつける人は、自然と大物になる】

 地図についての検証がはじまった頃から、また続々と民家へ来訪者が集まろうとしていた。
 禁猟区と殺気看破で警戒しながら島を歩く樹月刀真と漆髪月夜もその中に含まれる。
 時折、わたげうさぎが近寄ってきたり。毒々しい色の蛇が文字通りからんできたりしそうになったものの。
 月夜の防衛計画と行動予測でうまく避けることができ、特に被害はなかった。ただ……
「刀真。私……島に入ってから、すこし気になってることがあるの」
「気になってること? 何?」
「この島の動物達よ。ほとんどわたげうさぎだけど、みんな意外なくらい警戒心が薄いのよね。なんていうか、動きもすごく単純だし」
「そう言われるとたしかに。人に慣れてるのかな? 兎島っていうくらいだから、住民と触れ合ってるからなのか」
 いくら警戒心の強い動物でも、飼いならされると人に心を許すという。
 べつに悪いことではないし、そこまで気にすることでもなさそうだけれど。いちおう月夜はそのことを記憶術で頭に留めておいた。
 その後、目的の民家を発見したふたりは。
 地図を片手にうなっているリフルに、持ってきた手土産を差し出してあげた。
「……これは?」
「刀真が調理した特製のお弁当です」
「カップ麺じゃ味気ないからな、屋台持ってきている人もいるが……まあ食え、美味いぞ?」
 実際リフルとしては、さっきカレーラーメンを食べたばかりなのだが。せっかくの好意なので軽くいただいた。結構おいしくてわずかに顔をほころばせて、そんな表情を見られるのがなんとなく恥ずかしいリフルだった。
 そのあと現れたのは、わたげうさぎを刺激しないよう光の箒に乗って空からやってきた久世 沙幸(くぜ・さゆき)。救援要請をうけてリフルを助けに来た彼女は、到着早々、
「助けに来たよっ」
 と、言いながらリフルに抱きつき当の彼女を慌てさせた。
 どうやらさっきから善意を向けられすぎて、相当に照れているらしいが、無理にはふりほどかなかった。
「あーっ! ちょっとそこの人、リフルちゃんになに抱きついてるのよ! あたしも混ぜなさいっ!」
 そうこうしていると、今度はリフルの背後から抱きついてきた人物がいた。それはアルマ・アレフ(あるま・あれふ)。続いて入ってきた如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)のパートナーである。
「やれやれ。わたげうさぎを警戒しながら来てみたけど、そう心配することもなさそうだね」
 なにしろふたりはきっちりパワードマスクを装備し、佑也のカタクリズムでわたげうさぎが近寄らないよう気を使ってここまできたのだ。
 どんなことになっているか心配していたのでいくぶん拍子抜けの佑也だが、アルマは嬉しそうなのでまあいいかと安心もした。
 なんだかわきあいあいとなるリフルの周囲。
 その傍らで、花音と話しているローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)上杉 菊(うえすぎ・きく)たちは、すこしげんなりしていた。
 じつは最初に菊が、
「花音様、お告げとは一体、如何なるものなのですか? 委細全てお話し、下さいませんか?」
 事件の手掛かりを求めて、そんな質問をしたのがまずかった。
「よく聞いてくれましたね。実は、一昨日の夜。あたしの元に天からお告げが降り注いだんです」
「……は、はあ。そうなんですか」
 最初の一言で、ジョーとライザは真剣に話を聞くのをやめた。
「内容はこうでした。

 花音、いまあなたに、新たなブライドオブシリーズの情報を与えます。
 ブライド・オブ・ダーツ。これこそが手に入れるべきものの名称です。
 形状は普通のダーツと変わりませんが、黄金色に輝く美しいものです。
 ダーツは、タシガン付近の兎島という名称の島に存在しているのです。
 えーと具体的には……。
 あ、そうそう。その島を治める貴族の別荘に隠されているのですよ

「ちょ、ちょっと待って下さい。なんですかいまの『えーと具体的には』とか『あ、そうそう』とかいう妙な感じの言い方は」
「え? 本当にそういうお告げだったんですから、しょうがないじゃないですか」
 なんの疑いもなくそのうさんくさいお告げを信じきっている花音に、菊は頭が痛くなってきた。ローザマリアも、もう話し半分に聞く程度になっている。
「続けますね。

 花音。これはあなたにしかできない、使命なのです。
 必ずや全てのブライドオブシリーズを揃えて下さい。
 健闘を祈ります。頑張ってください。ファイトです。

 ……という感じです。一言一句、ちゃんと記憶してますから間違いないですよ」
 菊は、どう反応しようか考えて。
 結局もう色々面倒になったので、かるくお礼だけ言ってその場を離れた。
 ローザマリア達は、とっくに花音から距離をとってなにやらリフルにひそひそと話をしている。
「私のみたところ、花音は何も分かってないわ。だからここは密かに“リフル特戦隊”を結成して、私たちだけで地図の解明にあたるのよ。そのほうがいいわ」
「……え。そ、そういわれても」
 リフルとしても、花音やエメネアに任せていられないのは理解している。
 とはいえ、自分を中心にされるのはさすがに困ってしまう。
 リフルは沙幸や刀真、佑也たちに視線を向けたが。
「私はリフルを応援してるよっ!」
「べつに俺も反論はないけど」「私も刀真に同じよ」
「俺としても特に問題ないと思うが」「あたしはいつもリフルちゃんが一番よ!」
 全員、リフル寄りの人たちだったのでむしろ賛成意見多数だった。
「決まりね。じゃあそういうことで地図を調べましょうか」
 半ば強引に決められ、意気揚々と地図をテーブルに広げるローザマリアに、リフルはもう反論する気力も無くしつつ。
「……じゃあとりあえず、この地図に関して思いつく疑問をあげてみるわね」
 間宮のものらしきノートに書き込みをはじめる。

 疑問1・そもそもこの地図は本物なのか?
 疑問2・この地図は誰かに狙われているのか?
 疑問3・この地図にはなにか秘密があるのか? あるとしたらなにか?
 疑問4・間宮林蔵が最近作り上げた地図が、なぜナラカに存在したのか?
 疑問5・川口教授が言い残した『その地図にはタシ……』の意味とはなにか?

「すぐに思いつくのはこれくらいよ」
 リフルがそう言うと、刀真が口をはさんでくる。
「疑問1については明白じゃないかな……? これはかなり精巧な地図だし。単なる偽物だとは思えないな」
「2に関しても、ねらわれてる前提で動かないとあぶなくない? ねらわれていないなら、それはそれで安心なだけだもん」
 沙幸も話に入ってきた。
「先に殺された二人は、パラミタの世界地図に関わっていた人物だし。となると、単純に考えると相手の狙いはこの世界地図……いや、リフルさん達が無事なところを見ると、世界地図の不審点に気付いた人間を狙っている……ってことかな?」
 次に佑也が、思っていたことを口にしてみると。
 全員の顔色が若干悪くなる。このまま調査を続けてだいじょうぶだろうかと。
「……この地図に関係して人死にが出ている以上。やはりこの地図は本物で、なんらかの秘密があるからこそ狙われてるということになりそうね。これで疑問3に繋がるわけだけど。みんな、どんな秘密があると思う?」
 今更引き返してもしょうがないと腹を決めながら、リフルは告げる。
 なんとも彼女らしくない、力強い言葉に全員の顔色がわずかにやわらいだ。
「俺も間宮林蔵が殺されたのは地図が原因だろうと考えてる」
 刀真が挙手して、意見を述べる。
「だから殺した犯人にとって、都合の悪い事への関わりがこの地図にあるはずだ。しかもそれは人殺しさえしてしまうほどの重大な秘密なんだろうな」
「そんな恐ろしいものが、本当にこの地図に隠されているの? あたしはちょっと、信じられないけど」
 アルマの呟きは、正直なところリフルとしても同感だった。
 でも現実に死人が出ている以上は、笑い話にするわけにもいかない。
「とにかくなにか、知られたくない地名や場所、そのあたりを注意して見ていこう」
 刀真はそう言って、印かなにかないかを目をこらしてみる。
「刀真達も頑張ってるし、私達も頑張ろう」
 そんなパートナーの隣で、月夜はさきほど写真にとった地図をデータ化し、持ってきた地図データと見比べていた。エシクと菊も興味をそそられ、違いがないかと見ていると。
「菊媛、ここじゃないですか?」「ええ。おそらくそうですね」
 あっさりと、ある違いを見つけた。
「この地図……タシガンが載ってない」
 その隣で今まで出回っていたシャンバラの地図と見比べていた佑也も気がついた。
 わかりやすい違いではあったが、そこで当然の疑問が生じる。

 疑問6・なぜこの地図には、タシガンが載っていないのか?

「ただの書き忘れ……な、わけはないわよね」
 ノートに追加記入しながら、自分で言ってみてダメだしするリフル。
「教授は今際の時に『タシ……』と言いかけたのよね。普通に考えるなら、“タシガン”と言おうとしていた筈。地図とタシガンは、必ず関係があるわ。リフル、あなただけが頼みよ」
 ローザマリアに発破をかけられ、リフルはもう一度考えてみることにする。
 ここで再び刀真のターン。
「タシガンやタシガン空峡あたりで、何か特別な事があったとか心当たりのある人はいないかな?」
 なんらかの手がかりが見つかればと思って意見を出してみたが、みんな首を振るか、あまり関係のなさそうな話を持ち出すくらいだった。
 と、そんななかデータ解析を続けていた月夜が口を開かせた。
「地図にもうひとつ相違点がありました。薔薇の学舎だけは、別の場所に存在しています」
 言われて目をこらせば、確かにタシガンがあった場所から数キロほど離れた位置に校舎の名が記されている。
「他にもなにか秘密とかあるかも……もうちょっとこの地図調べてみたほうがいいのかな」
 アルマは地図を持ち上げ、光にすかして眺めてみたりしていく。
 なにしてるのか疑問顔のリフルに、ライザが解説を加える。
「こうした地図の御約束を知らぬのか? 見えなくとも、火に翳しあぶると隠れた文字や絵柄が浮かび上がって来る寸法ぞ」
 そこからアルマとライザは、本当に火を点してあぶってみたり、地図の表面を撫でてみたりと様々な行為を試していく。
 大人数でやってもしょうがないので、リフルは次の指示を行なうことにする。
「……一度、解消していないべつの疑問に立ち返ってみましょうか」
「この地図は、ナラカにあったのであろ? ならば、ナラカの地図が書き加えられているのではないか?」
 ライザが可能性を挙げてみたが、共に地図を見ているアルマは首を振って否定する。どうやら記述は無かったらしい。
「誰かが地図を持ってナラカへ行ったという事なら、その目的がなんなのか地図から読みとれないものかな?」
 再々度刀真が意見を出すが、地図とにらめっこしているふたりの反応は薄い。
「そういえば。元々あったにしろ、誰かが持っていったにしろ……ナラカにあったものを、どうしてタシガンに持ってきたのかしら?」
「……ナラカにおいて置けない理由があった、とか」
「それか、ナラカにある地図を持ち帰って調べざるをえない理由があったのであろう」
 ローザマリアの疑問にリフルとライザが可能性を示すが、その『理由』についてまでは答えられない。
 疑問に関する可能性などは、すべてノートに記入してはいるものの。これで謎が解けるのだろうかと一同は徐々に不安になりはじめたが。そんな空気を払拭しようと、沙幸はいつも以上に明るめな声で。
「あ! そういえば! タシガンには魔族の一種である吸血鬼が多く住んでいるよね! そして魔族はナラカから上がってきて間もない種族ってことを考えると、タシガンとナラカとで何らかのつながりがあって、それがその地図に記されているとか?」
 その仮説を前提で、地図をくまなく調べてみる一同だが。
 それらしい記述などは見当たらない。これもハズレのようだった。
 やはりそう易々と謎か解明したりはしないよな、と軽く肩を落としながら窓の外を眺め。
「うわっ!?」
 思わず叫んでしまった。
「わぁ! び、びっくりした。どうしたのよ佑也!」
 アルマはとっさにリフルを背にしながら問いかけるが、佑也本人は答えぬまま窓を開け。外へ向かって氷像のフラワシを出現させる。
 放たれる冷気で、コンジュラー以外でも彼がフラワシを使っていることは容易に想像できる。そして、使わないといけない事態なのかと緊張するが。
「……ダメだ。いま、たしかに外にフラワシが見えたんだけど。逃げられたみたいだよ」
 その言葉でわずかに肩の力を抜く一同。とはいえ、相変わらずフラワシ使いはこの民家を狙っているとなれば安心してばかりもいられない。
 わたげうさぎたちが震えているので、すぐに佑也はフラワシを引っ込めて窓を閉めた。
 ふと、これまで話題に入れないでいたエメネアがぽつりと外を眺めながら、
「あれ。わたげうさぎさんたち、すこし離れていたと思ってましたけどぉ。またこっちに集まってきてるみたいですぅ」
「あのわたげうさぎは、我々に何を訴えかけているのでしょうか……」
 ジョーも気になったのか話に加わると、月夜も記憶を辿り。
「そういえば、あのうさぎたち。ずいぶん人に慣れているのよ。まるで誰かに訓練されたみたいに」
「……あれ。そういえばわたげうさぎが姿を見せているとき、決まってフラワシも姿を見せていたような……これって偶然なのかな?」
「でも。わたげうさぎは事件に関係ないって結論はでた筈ですし」
 リフルのつぶやきには花音が反論を示した。
 考えれば考えるほど謎が深くなって、空気がまた重くなりかけた。
 そのとき。
 誰かが窓ガラスパリーン割りながら飛び込んできた。
 わざわざ軽身功と神速を使って勢いをつけながら。