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リアクション
【4・ちゃんと地図が読める人間になろう】
謎の闖入者の正体は、桐生 円(きりゅう・まどか)だった。
その身にパートナーのアリウム・ウィスタリア(ありうむ・うぃすたりあ)を纏いながら。
「美少女迷探偵MADOKA、ここに参上!」
キラッ☆ と、目もとで横ピースを構えて、たいして足があがってないY字バランスみたいな姿勢の適当ポージングを披露するその姿に誰もが口あんぐり。
そのまましばらくポーズを続けたままの円に『あれ? こっちのリアクション待ち?』みたいな空気が流れる。
とりあえず、しばらく話の輪から外れていた花音とエメネアが、思い切って冷静に言葉を叩きつけることにした。
「あのー。窓から入ってきたことに意味があったんですか?」
「それと、そんな格好で、恥ずかしいとかないんですかぁ?」
……しばしの沈黙の後。あっさりポーズを解いて。
「うん、ないね。恥ずかしい」
「円様! ドンマイです!」
うってかわって照れ出した円に、注目していた人達も視線を逸らせて見なかったことにしようと決めた。
が、円のほうは今度は地図を調べている一団にキュピーンと目を光らせ。
「その地図に触るな! その地図からフラワシが発現してたんだよ!」
根拠まったくなしのセリフを叫びながら、テーブルをガッシャアひっくり返した。
「あぶなかった。あと一秒遅かったら、フラワシの攻撃にやられていたよ……たぶん」
「ええっ! そうだったんですか、円様!」
円の妄言を信じる気0%のリフルたちはちょっと迷惑そうな顔になるが。円はおかまいなしで調べていた面々を観察し、フラワシの攻撃がないかと警戒まっしぐらで。
「キミ。そんなに言うなら、俺が確認をしてみようじゃないか」
「イオに任せれば、すぐにことは解決しますよ」
そこへ(もちろん普通にドアから)やってきたイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)とアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)が声をかけてきた。
イーオンはつかつかと歩み寄ると、床に落ちた地図にディテクトエビルをかけた。
そのまま隅々まで妙なところがないか探ってみるが、
「特に害意は感じられないな」
結論は一分も経たずに簡潔に述べられた。
すると当然、場の全員がジト目で円を見つめて。
「ちぇー、また外れたか……」
どうやら本気の推理だったらしい円は残念そうにしながら、ごめんなさいしてテーブルをちゃんと元通りにしておいた。
しかしそれでもこのまま引き下がれないと思ってか、特技の考古学を使用し地図を見てみる。イーオンとアルゲオも改めて地図に目を通していった。
「タシガンが無い……? ナラカにあったんだっけ? これ?」
「そうらしいな、理由は不明だが。ああ、そういえばつい最近暗殺された御神楽前校長の救出に成功した折、空京大学学長のパートナーであるパルメーラがナラカに現れたと聞く。もしかしたら、そいつがこの件にも……いや、いまいちだな」
考えの途中で、あまりしっくりこなかったのか案を否定するイーオン。
「たしか、川口教授は最期に『タシ……』と言ったんだったな」
「え? ああ、はい。そうですけど」
すぐさま話を切り替えてきた彼に、わずかに驚きながら返答する花音。
「と、なると。おそらく『タシガン』と言おうとしたんだろう。そもそも最近当主のウゲン・タシガンなる人物が自らのフラワシを貸し出して作戦を行うという話があった。そこへきて今回の」
と、一旦言葉を切ってもういちど花音に視線を向ける。
「フラワシ使いの気配、そして吸血鬼の館。偶然にしては一致しすぎている。ならば敵は……タシガン家に連なる者か?」
熟考しつつ、警戒もかねての可能性を述べるイーオン。
そうして彼が雄弁する横で、話題にうまく入れず再び孤立しはじめた円は、
「花音くん……フラワシ使いは引かれ合う……そう引力みたいにね」
構ってほしいのでハッタリをかましはじめ。色々と話題を振っていく。
「ダーツぐらい、パッフェルに譲ってあげてよー。もう3個もってるんでしょ?」
「え、でもそれはあたしの使命ですから」
「そういえばさ、お告げってどんな風に来るの? どんな声? どんな感じ? 男の人? 女の人?」
「ああ。それはですね……」
その話題を振ると、ようやく花音は食いついてきた。
ふたたび、天から降ってくるだの、厳かな雰囲気の女性の声だっただのという、電波っぽい解説をはじめる。
そこへ今度は、地図のことを調べに来た火村 加夜(ひむら・かや)が、
「私は花音特戦隊として、地図の秘密を探るのも任務だと思いますよ」
そう進言して話を修正しようとしたものの。花音はお告げ話をするのに忙しく、エメネアも地図には興味ないらしくフラワシ使いとどう戦うか考えるのに忙しいようだった。
表情が落ち込みはじめた加夜を見かねて、残る花音特戦隊であるリフルは声をかけることにした。
「私もなにかの鍵を握ってると思うわ。襲撃者がそれを狙っている可能性もあるし」
「あ、はい。仮に、狙われたのがこの地図なのだと仮定すると。なにかしらの謎が隠されていることになりますよね」
「さっきも色々話してたんだけど……ああ、これ意見とかまとめたノートよ」
渡されたノートを手に取るや、テクノクラートとしてスキルのナゾ究明を行使しはじめる加夜。その中の、とある項目に注目する。
「地図がナラカにあったことへの疑問についてですけど。私としては、可能性はふたつ思いつきますね。誰かに奪われたのか、林蔵さんがナラカに行って置いてきたのか」
「間宮さんが、用もなくナラカを訪れるとは思えないけど」
「ええ。林蔵さんがナラカに行く理由が分からないので、奪われてナラカに持ち込まれた物だと思うんです。完成した地図に価値を見出した誰かに……」
「待った!」
議論に新たな声が届く。誰かと見てみれば、ついさっきやってきて地図を丹念に調べていた御剣 紫音(みつるぎ・しおん)と、そのパートナーの綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)、アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)、アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)たちだった。
「この地図に、本当にそれだけの価値があるのか?」
「せやなぁ。仮に奪われたんやとしたら、奪った側は必死に守りはるんとちゃう?」
「聞いた話では、ただの学生がこの地図を手に入れたそうじゃぞ。なんともカンタンに」
「我らとしては、この地図に価値がある説には異を唱えるしかないのう。そもそもこの地図が本当に完成しているのかも怪しいものじゃ」
「異議あり、です!」
負けじと加夜も強めに反論する。
「なにを仰るんですか。川口教授は『つい最近、間宮林蔵さんが世界地図を作った』と言っていたそうです。つまり、この地図は立派に完成しているんです」
「甘いぜ!」
再び紫音たちが切り返す。
「それは川口教授の意見でしかない筈だ」
「現に、この地図にはタシガンが記載されてへんやないの」
「わらわ達以外にも、未完成品でないかと疑う者はおるじゃろう」
「ナラカに存在した理由はわからんが、もしかしたらこれは単なる失敗作という可能性もありそうじゃぞ」
「それは違うわ!」
なんだか妙なノリになってきたので、とりあえずリフルも声を張り上げてみる。
「未完成や失敗作にしては出来が精巧すぎるわよ。だから、そう……この地図はタシガンが描かれていない状態が正しいのよ。きっと」
「?? 随分自信満々だけど。そうだとしたら、どういうことになるんだ?」
紫音からの当然の質問に、リフルは答えられず沈黙する。
しかし。いま何か核心に迫ったような気がしたのも確かだった。
「とにかく、もう一度詳しく調べてみましょうよ。ごめんなさい、すこし地図を貸してくれますか」
すこし張り詰めた雰囲気を変えようと、加夜は持ってきたテクノコンピューターを使い、地図の分析をはじめていく。特にナラカに関する追加項目などがないかを重点的に。
「あ、そうです。川口教授が最期に言っていた『タシ……』っていうのは、もしかしたら『太死鬼』のことかもしれませんね。ナラカから持ち込まれたものなら、地図に取り付いていてもおかしくはありませんし」
器用に、指を動かしながら会話をする加夜。
「太死鬼……? なんどすか、それは?」
風花は、自分が世間知らずゆえわからないのかと思ったが。他メンバーも咄嗟に思いつかない様子で。リフルだけがやや自信なさげに。
「……えっと、確か。どこかの国に伝わる妖怪よ。食っちゃ寝して太った人間が、死んで鬼になったとかそんな話だわ」
「では、その太死鬼とやらが病の原因かもしれんのか?」
アルスは突っ込んで聞いてみようとしたが。
「あれ。でもそれって、噂が噂を呼んで生まれたただの作り話じゃなかった?」
続いたリフルの一言で空気が一変した。
加夜も、思いつきであったのか愛想笑いをうかべてごまかしている。
「……どうやら、本気にして損をしたようじゃのう。やはり『タシ……』の答えは『タシガン』以外には考えにくいようじゃ」
最後はアストレイアが締めくくり、全員やるせない気持ちになった。
「可能性をひとつひとつ潰していくのは、僕は意味のあることだと思いますけどね」
と、いつのまにそこにいたのか菅野 葉月(すがの・はづき)が地図を覗き込みながら声をかけてきていた。
「あの。間宮さんが、使用していた資料とか日記はないんですか?」
「……それなら、汚したりしないよう部屋の隅に置いてあるわ。あまり大したものはないと思うけど」
なんとも自然な感じで話しかけてくる葉月に、リフルも普通に紙の束が積んである一角を指さしてあげた。
葉月はそのひとつひとつに目を通し、時折地図のほうにも目をむけていく。外国の文字とかで書かれていないかと危惧していた葉月だったが。幸いすべて日本語表記だった。
タシガンが未記入であることは葉月も気がついたが。問題は、それが意味するところ。
地図作成のための資料をあらかた探り終え、次は日記からなにかつかめないかと思ってみたが、
「なになに。12月24日。今日は家でゲームざんまい……? な、なんでこんなどうでもいいこと日記に書いてあるんですか。しかも、クリスマスイヴこれ一文だけ!? どれだけさびしい人だったんですか!」
なんだか悲しくなりながら他のページをめくってみるが。脳トレにはまっているとか、攻略の選択肢を間違えたとか、ゲームに関する羅列ばかりだった。
「やれやれ。何かの暗号ということもなさそうですし、本当にたわいもないことばかり……おや?」
はらりと、日記からメモ帳の切れ端が一枚落ちた。
どうやら栞にしていたらしい。これにはどんなくだらないことが書いてあるのかと思い、見てみると。
《ルート分岐条件・能力の鍵・地図》
断片的な一文がそこにあった。
これもゲームの攻略法かなにかだろうかと一蹴しかけ、ふと、あることに気がついた。
「ちょっと待ってください。この家に、ゲーム機はありますか? 携帯ゲームでもいいですけど」
「ううん。ないよぉ、あったら暇潰ししてるとこですぅ」
エメネアが首をふりふりしながら教えてくれた。
可愛らしい仕草だが、それを気にしている余裕はもうない。
ゲームうんぬんが、目を逸らせるためのまやかしだとすると。このメモの内容が急に重要性を増したように感じられる。『地図』というキーワードもある以上、これは無視できそうもない。
「どう思います? ミーナ……あれ?」
ここは冷静に、パートナーに声をかけようとしたが。隣には誰もいない。
あれ? と思いながらミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)を探してみれば。玄関先でわたげうさぎを見つめていた。
「わー。やっぱりふわふわもこもこだね! うーん。どの子と遊ぼうかな」
ど、れ、に、し、よ、う、か、な、か、み、さ、ま、の……とやりつつ、
「花音さん。もしかして、この神様ってフラワシのことかな?」
「んー。あたしとしては、神様はお告げをくれる人だから違うと思います。それからわたげうさぎにはまだ近寄らないほうがいいですよ? まだ本当に危険がなくなったかはわからないですから」
花音からそんな警告をされ、葉月からも呼ばれているものの。
ミーナはふわもこうさぎたちの魅力に勝てず、ひときわちいさくてかわいらしい子に向かっていった。それはもうわき目もふらず。
「わー、ふわふわふかふかだよ!」
抱きついたり、ほお擦りしたりして思う存分たわむれるミーナ。
わたげうさぎのほうも逃げることなくすり寄ってくる。
なんとも愛らしく、おだやかな光景――
を、花音が突然引き剥がした。
「わ!? ちょ、なにを……」
なんの前触れもなく、自分とうさぎの間に飛び込んで、両方を突き飛ばしてきた花音に文句を言おうとして。言える場合でないことは彼女の緊張した表情ですぐに理解できた。
ミーナがたわむれ出したときから、花音は同じ轍を踏まないようちゃんと警戒して自分のフラワシ『ストロー・ボブ』を出現させていたのである。おかげで、
敵のフラワシを感知することができたのだ。
先程出現したものと同じ、青白い色の人型が一体。偶然なのか必然なのか、わたげうさぎの背後にそいつはいた。
「ふふふ。もしかして、うさぎさんと一緒じゃないと寂しくて出てこられないんですか? それなら遠慮せずあたしと遊びましょうよ」
挑発しながら花音は後ろに回りこみ、退避ルートを絶ちにかかる。
すると青白フラワシはあろうことか間宮の家へと飛び込んでいった。攻勢に転じるつもりかとわずかに戦慄する花音だが。
「みんな、気をつけて! フラワシが侵入してきた!」
コンジュラーである円が警告を行なってくれたので、全員の対応は早かった。
それぞれ花音、円、紫音らコンジュラーの視線に注目する。そうしていれば、どのあたりに敵がいるかおおまかにでも掴むことができるからだ。
「アル。無理に動かなくていい、俺たちは防御に徹するんだ」
「イエス・マイロード」
イーオンを護るように前衛に立つアルゲオは、野分を軽く振って見えない相手を牽制していく。
「さあ、くるならこっちにきなよ、美少女迷探偵のボクが相手をしてあげるから!」
コンジュラー以外の人間に負担をかけまいと、円は魔道銃をかまえながらフォースフィールドを展開し、さらにミラージュで前方に自分の分身を作り出した。
相手はなんらかの方法で病原体を打ち込んでくるような敵。となれば、近づいてくる相手の動きを行動予測でとにかく避け。その間に叩いてしまえばいい。
「円様! 一気に片をつけましょう」
「わかった!」
円は、青白フラワシが幻に気をとられているうちにアリウムが行使する軽身功と神速の力を借りて、壁を蹴った。
木材が軽く砕ける音を響かせつつそのまま壁を走りまわり、相手を翻弄すさせる。
「ハバネロ・タイラント……! ボクのフラワシはそう甘くはない!」
さらにそこから、焔のフラワシ効果を上乗せした銃弾を5発連続で射出した。
相手の両足と腰のあたりに命中し、ぐらりと体勢を崩したところをねらい、次は氷像のフラワシの効果を付加させた銃弾を撃ち込んだ。
そうして徐々に青白フラワシは、身体を凍りつかせていき。ついには動かなくなった。
「これで、倒したの、でしょうか」
花音は一息ついたが。
それでもまだ、今回の事件は解決には程遠い。そんな予感があった。
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