波羅蜜多実業高等学校

リアクション

chapter.5　葦原城資料室・謎　


　場面はここで一旦地下から地上へと移る。
　葦原城、資料室。
「ノルンちゃん、見つかりましたか〜？」
「あそこにある文献を調べたいんですけど、高くて手が……」
　そんな会話をここでしていたのは、神代　明日香（かみしろ・あすか）とパートナーのノルニル　『運命の書』（のるにる・うんめいのしょ）だ。さらに、同じ部屋で書物を手に取ることなく何かを思案していたのは、水心子　緋雨（すいしんし・ひさめ）だった。
　彼女たちは、他の生徒たちが一斉に地下へと向かうのを見送り、ハイナの許可を取った上で地上に残り資料室に篭っていたのだ。
　その目的は、もっぱら地下城の真相を突き止めることにあった。
　古王国時代の産物らしいブライドオブシリーズと、同じく古い時代から存在していた城。この関連性を追求することも、面白いかもしれない。
　しかし明日香の興味は、他のところにあった。
「なぜ、元からある城の上に葦原城が建ったのでしょうか……」
　ぼそっと、彼女が呟く。そう、明日香が気になっていたのは、地下城と葦原城の関係だった。
　地下の城が使われなくなった理由。それを知るため、明日香はノルンと資料室に篭ることを決めたのだ。
「何かを隠したかったのでしょうか、それとも封印したかったのでしょうか？」
　明日香は手当たりしだいに文献を漁っていく。ノルンもそれを手伝うが、高いところにある本が取れないのか、脚立をヨタヨタしながら運ぼうとしては重くて諦めたり、必死に手を伸ばそうとしては足がぷるぷるして断念したりと、子供のような振る舞いを続けていた。もちろん本人はいたって真面目で一生懸命だ。
「そこの！　子供がうろついていては緋雨たちの邪魔になるかもしれんのじゃ。わしと一緒に遊……いや、警備でもするのじゃ！」
　そんなノルンに話しかけたのは、緋雨のパートナー、天津　麻羅（あまつ・まら）だった。彼女は緋雨たちが資料室にいる間、不審な者が立ち寄らぬよう警戒しているところだった。
「子供ではありませんっ」
　しかし、子供扱いされたノルンは頬を膨らませた。こう見えても彼女は、五千を超える時を過ごした魔道書なのだ。ただ、外見が幼いだけなのだ。
「そんなものどっちでもいいのじゃ！　ほれ、これを見るのじゃ！」
　麻羅は気にした様子もなく、ハイドシーカーを取り出し遊びはじめた。
「これをつければ……おおっ！　これはすごいのじゃ！　緋雨の戦闘力を測ってやるのじゃ。どれどれ……戦闘力、たったの５！」
「麻羅、遊んでないで手伝いなさいよ！」
　当然のように、緋雨に怒られた。麻羅がおそらくこの中で一番子供なのかもしれない。
「ふ、ふん……本気で遊んでおるわけじゃないからな！　こうやって無邪気に遊んでいる振りをすることで不審者がいても警戒してると気付かれずに……」
「はいはい、分かったからほらこっちの本お願いね！」
　長々と言い訳をする麻羅だったが、緋雨に問答無用で本を渡され、渋々ページをめくるのだった。
　そしてその緋雨は、あることが気にかかっていた。それは明日香とはまた別方向の疑問。
「ブラッディ・ディバインか……おかしいわね」
　それは、ハイナが言っていた寺院の追っ手のことであった。緋雨は、ある事柄が矛盾していると考えていた。
「ハイナさんの情報の精度にもよるけど、地下城のことが分かったのってつい最近よね……？　もし彼らが本当にそれを狙っているのなら、タイミングが早過ぎる……」
　緋雨のその予想はつまり、内通者の存在を示していた。ブラッディ・ディバインがブライドオブシリーズを狙っているのも、その内通者による情報なのではと勘ぐらせるほどそれは濃い予感だった。
「たとえば、ブラッディ・ディバインにこんな思惑があったとしたら……」
　緋雨の推測に、明日香たちも手の動きを止め、聞き入った。
「彼らがブライドオブシリーズを狙っているという情報を得たハイナさんは、準備期間を取らず探索を急ぐはめになった。探索にはもちろん気力も体力も消費する。彼らはその間に万全の準備をして、私たちの余力がなくなるのを待ち構えている、なんてことがあるかも」
　緋雨が考え得る中でそれは、最悪のケースだった。もし本当にそうなってしまえば、ブライドオブハルパーの入手は困難になってしまうだろう。
「仮説通りあっちが情報を操ってるなら、逆にそれを利用すれば、うまくいかないかしら」
　そこで彼女が思い立った策が、情報操作である。
　内通者という存在がいるのだという仮定で話を進めることにした彼女は、ある風説を流布することで相手方の準備期間を奪うことを目論んだ。
「ハイナさんに人を集めてもらって、そうね……『深守閣に先に着いた者をこの武器の主として認める』って書いてる書物が見つかった、とか言えば効果的よね」
　その案には、ハイナの近くに内通者が控えていることが前提という条件がついてしまうが、成功すれば内通者の有無くらいは少なくとも把握できる。
　緋雨はそう考えると、「あとは地下城のことを調べればこっちの準備は万端ね」と口にした。そしてそれは、明日香がちょうど読み解いているところであった。
「今見ているこの資料に、地下城についての記述がありました〜」
　言って、その文が書かれた箇所を広げる明日香。そこには古めかしい字で、こう書いてあった。

　――罪ヲ作ル刀封ズル城、不可晒。地上ニ新タナ城を以て可埋立。

「これを見る限り、やっぱりブライドオブハルパーが地下にあるみたいですね〜。そしてそれを封印するため、葦原城が……？」
　限定された情報からどうにか必要なワードを読み取ると、明日香は一旦本を閉じた。
「これは、報告しないといけませんね〜」
　言って、ハイナの元へ向かおうとする明日香。それを見た緋雨も、「私も、偽の情報を流す打ち合わせしないといけないし、一緒に行くわ」
　と立ち上がり明日香に続いた。
　資料室の戸を開け、校長室へ足を向けようとしたその時だった。
「どうでありんすか？　何か新しいものは見つかったでありんすか？」
　現れたのは、ハイナであった。資料室に篭っていた彼女たち、そして地下に潜ってしまった晴明たちには気付く術もないが、そこには決定的な矛盾が生じていた。

　ハイナは、一緒に地下へ行ったはずでは？

　はたしてこのハイナは本物なのか偽物なのか。地下にいる彼女は何なのか。その疑問を持つことすら、今の彼女たちには許されていなかった。

◇

　一方その頃、葦原明倫館からやや離れた空京大学。
　まったく葦原城と関わりのないこの地に、なぜか八ッ橋　優子（やつはし・ゆうこ）は来ていた。それも、もう用事を済ませてきたのか、大学を出てくるところだった。
「肝心な時にいないなんて、使えないったらないなまったく」
　何やら彼女は、愚痴っていた。
　どうやら優子はここに誰かを訪ねてきたようだが、その人物が不在だったようで、機嫌を損ねているらしい。後に彼女はこの時のことを、こう語っている。
「いやだって、地下を探検すんでしょ？　探検っていったら一番ふさわしいのあの人じゃん。むしろ呼ばれてないのが不思議なんだけど。それでいないからわざわざ大学まで出向いたってのに、そこにもいないってありえないし」
　優子は、チッと舌打ちをしてみせた。
　確かに彼女が探していたのは探検家で、職業柄部屋にいなくても不自然ではない。だから彼女が会えないとしても、異常なことではない。そして何より、色々な、主に大人の事情によりその探検家と彼女を会わせるわけにはいかないのだった。
　なんとなくぼんやりと、優子はついさっき訪ねたばかりの部屋を思い出す。
「それにしても、部屋に写真飾ってんの見たら思ってたよりずっと適当な顔の人だったな」
　実物はもっと小学生の落書きみたいな顔なのかな、と優子は思った。

　彼女がいつかその人物に会った時、本人の前で失礼なことを口にしないかが心配である。
　なぜなら彼女は、ゆくゆく大学への進学を考えているのだから。優子はポケットからタバコを取り出すと、不満を煙に変えて霧散させた。