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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 突ノ章

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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 突ノ章

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chapter.10 地下四階(2)・閉 


 しばらくして一行は、大部屋に到着した。
 前後左右、天地も焦げ付いた石壁。なんともなく漂う不吉な予感。
 そして先ほどから、どこからともなく聞こえる歯車の音が、否応なく緊張の糸を絞っていった。
「火攻めだ……」
「絶対火攻めの部屋だ。間違いない」
「おいおい、そんなビビんなって。こういうもんは何が来るかわかってたら幾らでも対処出来んだよ。ひひっ」
 警戒する学生たちとは対照的に、千住は状況を楽しんでいるようだ。
「どうせ壁とか床から炎が噴き出したりすんだろ。そんなもん気を付けてりゃいくらでも……ん?」
 ふと、左右の壁がゴゴゴと上がった。
 壁の向こうに現れたのは大口を開けた無数の鬼の面。その目がカッと輝くや、一斉に口から火球を吐き出した。
「うおおおおっ!!」
 飛び交う火の玉を前に、生徒たちは右往左往した。
「千住ピンチや!」
 思わず七枷 陣(ななかせ・じん)も打ち切られそうな叫びを上げた。何が打ち切られそうなのだろうか。詳しくはここでは触れないことにする。
「勝手にピンチにすんじゃねぇ、全然ピンチじゃねぇよ」
「あんた、これほんとに想定してたか……!?」
 それでも余裕ぶる千住に一喝する。しかし痴話喧嘩している場合ではなかった。
「そんなことしてる場合じゃないって……!」
 そのことを警告した祐一は、左右に両腕を突き出し氷術で壁を創り出した。氷壁が盾となって、火球からみんなを守る。
「くうう……!」
 しかし、とめどなく直撃する火球にそう長く壁は持ちそうにない。
「しゃあない。行くで、リーズ!」
「うん、陣くん!」
 陣は火術で飛んでくる火球を操作、火の勢いを抑えて威力を軽減。
 気持ち弱まったように思える暴風の隙をつき、リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)が飛び出す。
「んにぃ……これでどうだぁー!」
 剣の風圧をタービュランスで乱気流にまで昇華させ、火球の弾道を強引に別方向に向けさせる。
 台風の目のようにリーズを中心にポッカリと炎の空白地帯が敷かれた。
「今のうちにあの鬼のやつをなんとかして!」
「よっしゃ、しばらくそのまま突風維持や。すぐにこのアホみたいな炎を止めてやる」
 今度は陣の出番だった。彼はブリザードを鬼の面に向けて放つと、吐き出される炎は冷気に掻き消され、容易く消滅した。陣の放った魔術が適切だったのか、みるみるうちに凍結し、空いていた口も氷に閉ざされた。
 両壁の面を全て冬眠させると、部屋にはカラカラと言うからくりの音だけが響いた。
「……凍ったけど、カラクリが止まったわけじゃないみたいやな」
「陣くん、鬼のお面……まだ目がピカピカ光ってるよぉ」
「まったくしぶといヤツや。助かったで、リーズ」
 陣はくしゃりとリーズの頭を撫で、仲間たちに声をかける。
「あの氷が溶けたらまた火の玉が飛んでくるはずや。さっさとこの部屋から脱出すっぞ!」
 今までの状況を見てきた一同は、誰もその意見に意義を唱えなかった。
 ドタバタと急ぎ次の部屋に飛び込んで、炎が入ってこないよう固く扉を閉ざす。
 すると扉の向こうでゴウゴウとまた火球が飛び交うような音が聞こえた。
「間一髪ってとこやな……」
「ねぇ陣さん」
 ふと友達の緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が口を開いた。
「なんや、ヨウくん?」
「この部屋、ちょっと変な気がするんですけど……」
「はぁ?」
 釣られて天井を見上げた。確かに彼の言うとおり、何かが変だった。何かというか、明らかに天井が高い。
「これはまずいですよ……!」
 いち早く遙遠は出口の異常に気付いた。
 やたら頑丈な鋼鉄の扉が閉まっている。そう言えば、入口の扉も同じような鋼鉄の扉だった。
「と、閉じ込められました……!」
 天井の四隅が開き、大量の水が流れ出した。紛れもなくここは水攻めの部屋だ。
 グッと天井を睨み付けて、前に出たミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)は念力集中の行動を取った。
「ここはボクがなんとかする……!」
 カタクリズムを放ち、降り注ぐ水を宙に留める。
「おお、すごいっ!」
 遙遠のパートナーの緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)は声を上げた。
「やるじゃないか、ミシェル!」
「えへへ、それほどでも……」
 霞憐に誉められて、デヘデヘと照れるミシェル。
 しかし油断は禁物である。空中で留まってはいるが、注水口から水は流れている。
 つまり、ミシェルが支えなければいけない水量がどんどん増えていると言うことだ。
「お、おい、なんだか天井に尋常じゃない量の水が溜まってるんだけど……」
「……」
「お、おい。返事しろよ」
 ミシェルは顔を真っ赤にして集中していた。
「よ、遙遠! なんとかしてくれ!」
「わかってますよ。僕だってこんな着替えもない場所で濡れるのは御免ですからね」
 そう言うと、全身から冷気を放った。自分を中心に渦巻くそれを次第に収束させていく。
「濡れた靴下を履かなきゃいけない時の憂鬱、あれほど嫌なものはありませんよ。一日テンションがた落ちです」
「靴下なんかどーでもいいよ! 頼むから集中してくれ!」
「集中してますよ。我が身は大事ですからね……」
 遙遠は注水口に目標を定める。部屋の四隅、計四カ所。
「はあああああ……!!」
 遙遠は氷翼を発現させ浮遊した。同時に、身体から吹き出した吹雪が、部屋全体を飲み込む。
 恐ろしい速度で注水口、そして空に留まった水が凍っていく。
 しかし……当然と言えば当然だが、それと同じ速度で仲間たちの体温も奪われていった。
「さ、寒いんですけど……」
「も、もしかしなくても、俺たち巻き込まれてる?」
「あの女装野郎……!」
「ヨウくん、気をしっかり持てよ? 一発だけなら誤射とか都市伝説やからな?」
 陣は遙遠の背中に呼びかける。
 しかし、遙遠は魔法に集中し過ぎててまつで聞いちゃいなかった。
「凍える! 鼻水まで凍るっ!!」
 凍死寸前……というとオーバーだが、急激な気温変化に体がついていかないのは事実だった。千住も、これは想定外だったのか、「さみいよバカ!」と小刻みに体を震わせながら文句を言っている。
 千住は震える手でトントンと壁を叩き仕掛けを探す仕草を見せた。
「おい、ここだ!」
 ガンと強く壁を叩くと、一部がくるりと回転、中からスイッチが出てきた。
 すかさずそれを連打すると水が停止、鋼鉄の扉がガガガと開いた。
「さすがですね、千住さん。さぁ早くこの恐ろしい部屋からでましょう」
 氷翼を解除し、遙遠は真っ白に凍結した床に降り立つ。
 極寒に投げ出され顔面蒼白の一同を見回し、遙遠はグッとガッツポーズを作った。
「……!」
 一言文句を言ってやろうと、霞憐がパクパクと口を動かしたが、寒すぎて上手く言葉が出ない。
 本当に恐ろしいのは水攻めではなく遙遠だった……とはしかし、誰も言えなかった。曲がりなりにも、一同の危機を救ったことには違いないのだから。

 からくも四階の脅威をくぐり抜けた一行だが、下へ続く階段を前に千住はこの階に残ると言い出した。
 また帰りにここを通ることになる。妙なトラップが作動しないように調査をしたいとのことだ。
「分かった、気を付けろよ」
 そう言って晴明は別れを告げた。ただ、気のせいだろうか。去り際、千住の口角が上がっているように見えたのは。