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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 突ノ章

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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 突ノ章

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chapter.12 地下五階(2)・攻 


「人の形すら成していない……異形だな」
 晴明が改めてその黒い生物を見て呟く。
 しかし、その異形は一切の反応を見せず、ただ機械のように目に映る人間に襲いかかっていた。
 異形が最初に目をつけたのは、晴明とその付近にいる生徒たちだった。異形の腕は、横からすくい上げるように晴明、そして近くにいた雄軒に迫る。
「主の危機を、守る」
 それをがしっとホールドして押さえ込んだのは、雄軒のパートナー、バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)だった。バルトはヘビーアームズと金剛力を重ねて使用し、その剛力でもって異形の攻撃を押さえていた。しかし、長くは持たないと判断したのか、バルトは加速ブースターを起動させ、疾風突きを放つことで跳ね返そうとした。
「……」
 異形が沈黙と同時に、腕を引っ込める。攻撃が効いたのだろうか。否、そうではなかった。
 異形は先ほどと同じように、またその体積を増し、今度はもう二本、今まで腕があった場所の下にさらに腕を生やし、四本の腕を触手のように唸らせて晴明たちを襲った。
 次に標的となったのは円だった。ここでようやく、彼女の身につけた魔鎧、エレクトラの出番がくる。彼女は魔鎧の状態ながらその技能を遺憾なく発揮し、円とのコンビネーションを見せつける。
 ディテクトエビルでもって敵意を見定め、銃舞で軽やかに触手と化した腕をかわす。しかしこのままでは、彼らは防戦一方であった。
 戦いの中、傷を負わせている感触がまったくないのだ。一体この異形は、何者なのだろうか。



 深守閣の大広間で、異形を囲むようにして彼らは戦いを続けていた。
 しかし何度攻撃を当てても手応えはなく、正体も分からない。もう一度晴明は異形を観察した。体は黒い溜まりのようにドロドロした粘液のようで、どうにもとらえどころない存在である。
 ひとたび攻撃を食らわせれば、その分異形の体積は増えた。ただその繰り返しである。さすがに違和感を覚えた彼らは、手を出すのを一旦中止した。
 
 対峙する生徒たちの中、異形の伸ばす腕に当たらないよう気をつけながらルカルカ・ルー(るかるか・るー)はおそるおそる異形に話しかけてみた。攻撃が意味のないものだとしたら、対話はできないだろうか。ルカルカは、そう考えた。
「貴方は誰? 何の為にここにいるの? いつからいるの?」
「…………」
 返事は無い。どうも知恵らしきものは異形から感じられない。あるのは、本能のみか。いや、それすら疑わしい。
「もう確認は十分だろう。こいつとは意志の疎通は不可能だ。先へ進むため倒すしかない」
 パートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が言った。
 ゴッドスピードで味方の素早さを底上げするや、自身は後衛に徹し、光の閃刃と鼓動銃で援護射撃を放つ。
 放った攻撃は次々に異形の黒い身体に飲まれたが、しかしそれで異形が呻くことも倒れることもなかった。
 井戸の底に落ちた小石のように、攻撃は深く敵の身体に沈み込んでそのままどこかへ消えてしまった。
「もしかして、攻撃を吸収しているの!?」
「だとしても無限の器など存在しない。限界容量があるはずだ」
 その時、異形が身を震わせた。途端、異形の身体からこれまでにない数の触手のようなものが伸びる。
「う、うねうねのぐにぐに……! いやあっ、触手きもーい!」
「ええい、うるさい! 下がってろ!」
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は裂神吹雪を放ち、壁を作って攻撃から仲間を守った。
 同時に裂神吹雪を分散させ触手を切り刻む。ところが切り落とした傍から影のように触手は床に消えてしまった。
 おまけに切り落とされた部位は、何事もなかったかのように触手が再生を始める。
「……効いてねぇのかよ!?」
 うぐぐ……と唸るが、そこは誇り高き竜人。
 パイルバンカー内蔵シールドで触手を弾きながら接近し、パイルバンカーを至近距離から発射する。
 だが、これも異形には通じなかった。
 そればかりか、その一撃の衝撃にすら身じろぎもせず、むしろ身体に触れたバンカーをどろりと内に取り込んでしまった。
「ま、まるっきり化けもんじゃねぇか……!」
「私にも試させて下さい……!」
 今度はレイカ・スオウ(れいか・すおう)が前に出た。
 その手に握られてるのは欠陥品の魔法弓ディス・キュメルタ。
 近距離で威力が上がり、遠距離で威力が下がる不思議な弓である。とは言え近距離時の反動は使用者にも強烈だ。
 ディス・キュメルタを構え、無表情な異形の面を睨む。
 恋人を助ける方法を探すため、彼女はニルヴァーナに行く必要がある。ここで立ち止まるわけにはいかない。
「いざ、勝負です……!」
 イナンナの加護を使い、敵の触手への反応を高め、異形に向かって駆け出した。
 彼女を守るのはパートナーのカガミ・ツヅリ(かがみ・つづり)
 刀を抜き払うや、蛇のように俊敏に獲物を狙う触手を、卓越した刀捌きで受けるでもなく流し切る。
「攻撃よりも防御が要……レイカの道を切り開くのが先決……」
 呟きながらカガミは、目の前のモノに対して疑念を抱いていた。
 意味もなく、こんな異質なモノが存在しているはずはない。「何かの目的」が根源にあるはずだ。
 襲いかかる触手を流しながらカガミはさらに思う。
 やはり、あの曲刀を守るのが目的か? だとしたら、アレはやっぱり……?
 そこで、カガミは思考を止めた。これ以上頭に力を注いでいたら、守ることすら散漫になる。
 その空気を読み取ったように、ルカルカも援護に加わった。
「悪いけど、こんなうねうねにかまけてる暇なんて、ルカたちにはないんだからねっ!」
 レーザーナギナタを構えた……と思った瞬間、エンドゲームで触手は微塵に刻まれ、空中を舞った。
 おそらくすぐに再生してくるだろうが、そんな暇など与えるはずもなく、ルカルカとレイカは超接近戦に突入する。
「はあああああっ!!」
 まずはルカルカが焔のフラワシを繰り出す。炎の連撃を叩き込むがやはりビクともしない。
 それならばと、今度はナギナタでその胸……だろう辺りをひと突きに、そこから横薙ぎに派生、連続攻撃を放つ。
「ぜ、全然手応えがない……!」
「では、私が……っ!!」
 入れ替わりにレイカが懐に飛び込む。 
 ディス・キュメルタは意図的に魔力を「暴発」させることで尋常ならざる威力を生み出す弓。
 レイカは異形の仮面を正面に捉えると同時に、魔術……氷術を弓に番える。
 最大火力の氷術を撃てる回数は、反動に耐えられる限度を考えても、六発。さながら、リボルバー拳銃ですね。
 心の中でそう言葉を吐くと、レイカは意識を集中させ、そして魔力を暴発させる。
 発動と同時に凄まじい衝撃が突き抜けた。レイカは衝撃を殺しきれず、後方に激しく吹き飛ばされた。
「く……っ! 異形は……!?」
 撃ち込んだ氷術が大気を瞬間冷凍し、ダイヤモンドダストを発生させる中、奴は微動だにしていなかった。
 レイカはがくがくと痙攣する身体を無理矢理起こして、再び弓に氷術をつがえる……!
「だ、大丈夫なの!?」
「る、ルカルカさん……お願いします。もう一度、私に必殺の隙を見せて下さい……!」
「……わかったわ!」
 彼女の気迫に押され、ルカルカも力強く頷いた。
 そして、再びの暴発……だが、やはり異形はなんらダメージもなく、ただそこに在った。
「も、もう一度……!」
 続けて二度、三度とディス・キュメルタを発動させ、気が付けばレイカは五発目まで発動させていた。
 もはや満身創痍。立て続けに反動を刻まれた彼女の華奢な身体は限界を迎えようとしている。
「はぁ……はぁ……そ、そんな……」
「…………」
 異形はこちらに顔を向けた。
 仮面に空いた目の、どこまでも続く深い暗闇が、ただ静かに彼女を見つめている。それはレイカに絶望を植えつけるには充分だったろう。しかし彼女には、それを上回る強い意志があった。とはいえ意志だけですべてを回復できるほど現実は甘くない。レイカは、最後の一発を放つため、ひとまず前線から離れた。
「次は私たちが相手よ」
「さすが、深い場所にいる敵ほど一筋縄ではいかない、ってね! でも、だからこそ危なくて楽しいんだけどね!」
 入れ替わるように、異形を引きつけたのは魔鎧の那須 朱美(なす・あけみ)をまとった宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)、そして緋柱 透乃(ひばしら・とうの)だった。
「どんな相手だろうと、真っ向からこの炎の拳で殴るのみだよ!」
 言うやいなや、透乃は烈火の戦気をまとい、全力で異形に殴りかかる。が、これまで同様手応えは皆無である。ショックを受けるかと思われた透乃だったが、その目にはむしろ闘志を滾らせていた。
「一撃で足りないんだね! だったら、ぶっ壊れるまで何発でもぶち込むよ!」
 その闘気に呼応するように、彼女の拳に宿った炎もより激しく燃え盛る。灼熱と打撃の波状攻撃。しかし、それらすべてを異形は吸収していった。
「この世が週刊少年シャンバラ……あるいはパラミタクエストなら。攻撃しても効かない敵は、それを無力化する装置があったりするのよね」
 ふっと口の端を上げながら、祥子は透乃の逆側に回りこみ異形に近づいた。
「でも、現実はそんなに都合の良いものがあるわけない。二次元じゃないんだしね。こうなったら、根競べよ」
 言うと、祥子は死角のはずにも関わらず次々と繰り出される触手を、女王の加護と歴戦の立ち回りという二段構えで回避し、姿勢を攻撃へと転換した。朱美の持つスキル「軽身功」のお陰である。
「梟雄剣ヴァルザドーンの力、思う存分味わいなさい」
 彼女が大剣を構えた。その切っ先を何度か異形に当てるが、斬撃の一切を吸収してしまっている。それならば、と祥子はより深く刃を異形へと斬りこませ、めり込んだところでヴァルザドーンからレーザーを放つ。
 どん、と勢い良く空間が揺れ、反動で剣を抜き異形から離れた祥子は攻撃箇所の具合を見た。
「……これでもダメなんて、厄介ね」
 傷つくどころか、逆にまた一回り大きくなっている異形がそこにはいた。
 祥子や透乃の近接戦が効果を示さないのを見て、透乃のパートナー緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)は間接攻撃を主体とした攻撃に切り替えた。そしてそれは、久我内 椋(くがうち・りょう)も同じ考えであった。
 パートナーのホイト・バロウズ(ほいと・ばろうず)を魔鎧としてまとい、ホイトの技能である軽身功を使って椋は壁面を器用に走り抜けると、異形の背面へとたどり着いた。透乃とは逆側、祥子の近くである。
「近づいてくる気配があったら、殺気看破で身構えとけば大丈夫だ! さあ、頑張れよ椋!」
 西洋鎧と化したホイトが、装備主の椋に声援を送る。椋は「静かに」と聞こえるか聞こえないかの声で言うと、ソニックブレードを異形に向けて放った。剣圧がカマイタチとなり、異形に線を刻み込む。さらに神速で動きを加速させた彼は、重ねて当てることで異形に絶え間ない攻撃を当て続けた。
 同時に、陽子も逆側、正面から間合いを空けたまま凶刃の鎖「訃報」で一定の距離を保ちながら斬りつけていく。何度も鎖を振り回しながら陽子が抱いていた感情は、昔の彼女にはない熱いものだった。
 以前なら、目的のため、ただ邪魔なものを排除するということだけを考えていた。でも今は違う。
 透乃ちゃんと、肩を並べて何かを成し遂げたい。陽子はすぐそばに透乃の存在を感じながら、一心不乱に鎖を当て続けた。
 その間、異形はただ攻撃を黙って受けていたのだろうか? 否、そうではない。
 時折異形は、触手を縦横無尽に伸ばし、攻撃してくる者に打撃を与えようとしていた。それを主に防いでいたのは、透乃のもうひとりのパートナー霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)であった。
「せっかく古の城なんてロマンのある場所に来て、謎に迫ってるんだ。こんなところでその謎を逃したくないぜ!」
 絶えず四方八方を警戒し、彼は自身が得意としているその防御能力で異形の触手から周囲の者を守っていた。
 攻撃を当てる。吸収する。触手が伸びる。防ぐ。
 そのやり取りが、何度続いたことだろうか。
 前から、横から、時には後ろから。近距離からも遠距離からも絶え間なく攻撃を行う生徒たち。そのすべてを吸収した異形は、今や最初に見た時の軽く数倍の大きさへと成長していた。てっぺんがどこにあるのかすら、もう分からない。
「どうやら相手は攻撃を吸収するタイプらしいな。それなら逆に、たっぷり喰らわせて限界まで追い込めば良い」
 その様子を見て口にしたのは、椋のパートナーであるモードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)だった。
 モードレットは不敵な笑みを浮かべると、アルティマ・トゥーレの力で槍に冷気をまとわせ、同時に自身が慣らしていたジャガーを異形に差し向けた。
 その牙が異形に食いつくと同時に、モードレットの槍の穂先が異形を捉える。が、これではまだ足りないようだ。異形はさらに横に広がり、このままのペースで肥大していくと広間中に異形が膨らみ、ここにいる全員が圧死してしまうことすら考えられる。
 このままではまずい。
 生徒たちは口にこそ出さなかったが、そんなことを頭に浮かべていた。