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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 突ノ章

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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 突ノ章

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chapter.13 地下五階(3)・破 


「ほぼすべてを吸収するとか、どこのスポンジだよ……」
 圧倒的な体積となった異形を見て、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は呆れたように呟いた。
 ただ、彼は自身で口にしたその単語から、攻略の手がかりを見つけていた。
「ほんとにスポンジのようなものだとしたら、吸収量を飽和させたら、もしかしたら破裂するのか?」
 それは、先ほど同時攻撃を試したモードレットも考えていたことであった。
 無駄かもしれない。逆効果かもしれない。
 そんな懸念も当然片隅にはあったが、このままではどの道ジリ貧である。やってみる価値があるなら、やるしかない。正悟は、同時攻撃に留まらない、「一斉攻撃」を実践すべく、タイミングを合わせることを提案した。
「全員で、一番の威力の技を一気に食らわせるんだ!」
 広間に、正悟の声が響く。
 もちろんそれには不安要素もある。今この現状ですら、近距離攻撃と遠距離攻撃が乱れ飛び交っているのだ。ここでこれ以上威力のある技を全員が一斉に放ったのでは、潰し合い、最悪同士討ちになる可能性だってある。
 ただ、考え得る方法がそれ以外になかったのも事実だった。
 その場で攻撃に参加していた全員が、賭けに出ることにした。
 どうか乗算になるように。正悟の祈りを後押しするように、風森 巽(かぜもり・たつみ)が皆の前に出た。忍装束をまとい、忍の覆面で顔を隠したその姿は、知り合いですら巽と判別できないだろう。彼がその格好をしているのには、わけがあった。
 晴明、宗吾、神海、お華、千住。この仲良しと言われている五人組のことを聞いた時から、巽はもうあるひとつのものしか連想できなくなっていた。
 それは、戦隊もののヒーローである。
 主人公肌の晴明はレッド、頼れる兄貴肌の宗吾はブラック、冷静に戦う神海はブルー、奇抜な千住なグリーン、そして紅一点のお華は差し詰めピンク。
 そこまでを一瞬にして考えた巽が次に思ったのは、こういう話にありがちな「六人目」の存在だった。
 我が、ゆくゆくはそのポジションに。
 言葉を選ばずに言えば、そのために彼は、五人に恩を売る必要があった。つまり、彼らの見せ場を演出し、活躍してもらうということだ。それが後々自らが五人に加わるのに必要だと思ったのだ。素性を隠したのは、ヒーローの先輩として正体を明かさないようにするためらしい。
 一見ふざけているように思える彼の計画だったが、偶然にもその狙いは、正悟の策に見事にハマった。
 そう、巽の「止めを晴明に刺させよう」という考えと正悟の「呼吸を合わせよう」という考えは、抜群の相性なのだ。なぜなら、これだけの人数がただ「タイミングを合わせる」とだけ決めて攻撃してもずれが生じるだろうが、「晴明に合わせる」ということであれば呼吸も揃えやすいからだ。
 あとは異形を足止めすれば。
 そこで颯爽と飛び出てきたのが、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だった。
「こんなにおっきくなって! この目立ちたがり屋っ!」
 美羽は最前線に出てくると、強化光条兵器であるブライトマシンガンを異形に向けた。その銃口には、憎しみが篭っていた。
 目立ちたがり屋の彼女は、自分より圧倒的にその存在感を示している巨大な異形が、許せなかったのだ。
「吸収しきれないくらい、たっぷり食らわせてやるんだから!!」
 弾丸の代わりにSPを消費していく彼女のマシンガン。だが美羽は、気にも留めずトリガーを引くと、リロードすら惜しむように立て続けに光弾を撃ち込んだ。
 その一方では、パートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が式神の術を用い、たいむちゃん人形を式神にしていた。視界にちらりと入ったのは、晴明である。
 本当は、式神の扱い方を手ほどきしてほしかった。
 しかしそんな状況にないことはもちろん、ベアトリーチェにとって男性にそこまで切り出すことは困難なことでもあった。
 だからせめて、彼の使う式神を見て学びたい。そのために、自分は時間稼ぎを。
「少しでいいんです……! 動きを止めてください!」
 ベアトリーチェの放つ人形が、異形の根本にがしっと抱きつく。大きさとしては比較することすらおこがましいが、異形にとっては最も近い敵意と映ったのか、その人形に触手を伸ばし始めた。
「さあ、今のうちに式神を!」
 巽が、晴明に声をかける。晴明も、迷っている暇はなかった。
「使える式神は全部使うんだ。確か十二体までいけたな?」
 彼のそばに来てそう声をかけたのは、同じ明倫館で陰陽師の紫月 唯斗(しづき・ゆいと)であった。確かに彼の言う通り、晴明は十二体の式神を操る。しかしそのすべてが攻撃用、戦闘用の式神ではなかった。
「いや、それよりとっておきのヤツを一体使った方がきっとでかいのをぶちかませる」
「出し惜しみは無しで頼むぜ?」
「惜しんでねえっつの。こいつを使う」
 唯斗との短いやり取りの後、晴明は人型の紙を取り出した。何層かに折り畳まれたそれを広げると、大きな人型が広がった。
 自分の分も含め、式神十三体と術者ふたりの派手なコンビネーションを期待していた唯斗は若干の肩透かしを食らったものの、その人型が放つ神々しい気を感じると、自分の想像を超える破壊力がある技になるだろうという確信を持った。
「こっちも一体だけだが、こいつは結構強いぜ」
 同時に唯斗が出したのは、どこかの女性を模したフィギュアだった。
「さあ、陰陽科コンビを臨時結成ってことで、アレ、さっさと片付けよう。まだまだやることも残ってるしな」
 それに、と唯斗は付け加えた。
「他の連中も頑張ってくれてる。あいつらの頑張りは無駄に出来ないだろ?」
「……ああ」
 晴明が短く頷き、呪印を結んだ。彼が出そうとしている大きな式神は、その面積ゆえ、念を通わせるのに幾分時間がかかる。
「す、すいません、もう……っ!」
 その間に、ベアトリーチェの式神は異形の触手に分解されていた。
「まだかっ!?」
 正悟が声を張り上げる。美羽がマシンガンを撃ち続けているお陰で異形の攻撃対象は晴明たちには向かないものの、代償に異形の体積を徒に増加させていた。もう、あれだけ広かった空間を生徒たちは自由に移動できなくなっていた。
 次の攻撃で異形を倒せなければ、一斉に放った攻撃は一気に異形の体を増大させ、ここにいる全員が押しつぶされるだろう。それが、異形の体積と広間の残り空間から導きだされた答えだった。
「……よし、準備オーケーだ」
 晴明が術を終え、式神を浮かせた。
 狙いは、晴明に合わせての全員一斉攻撃。各自が、それぞれの武器を握りしめた。
「さあ! 今だ! ゴーカイに止めを!」
 巽が合図を送る。
「正しきを示せ……式神『圧倒的な肯定(バイ・オール・ミーンズ)』!!」
 晴明が唱えると同時、その式神は高く、高く。天井付近まで舞い上がった。
「その位置、文句なしだな」
 唯斗も、発動させていた式神を異形の根本に位置取らせ、自らの肉体による攻撃と、式神との同時攻撃で異形を突き上げる。それだけでは異形の巨躯は宙に浮かなかったが、美羽が光弾で後押しするように勢い良く噴射し、異形は地面から少し浮き上がった。その頭上で待っていたのは、晴明の式神バイ・オール・ミーンズである。
「肯定しろ。その強さを。悪意の放逐を!」
 晴明が腕を振り下ろす。式神はそれに呼応するように、異形の頭頂部から急降下し、底まで突き抜けるような勢いで異形を裂いていった。式神が異形の体の半分ほどの位置に到達した時、やはりそれだけでは足りなかったのか、ふたつに割れかかった異形が式神を挟みこむようにして元に戻ろうという動きをみせた。同時に、それが彼らにとっての合図となった。
「悪い晴明、使わせてもらう!」
 刀真が軽身功で飛び出し、浮力の僅かに残っていた晴明の式神を足場にしてより高く跳ぶと、平面から立体の動きへと展開し、ゴッドスピードで勢いを増したまま一刀両断の斬撃を叩き込んだ。その斬撃に合わせるように、パートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)がラスターハンドガンから光弾を異形に放った。物理的な弾を出さないその銃は、刀真の体を通り抜けて異形に眩い光を染みこませた。晴明の式神に合わせた刀真の攻撃、その刀真の攻撃に合わせた月夜の攻撃。その見事な流れに、もうひとりのパートナー玉藻 前(たまもの・まえ)は月夜の背後から声をかけた。
「晴明か……以前なら殺してやろうと思っていただろうが、我も丸くなったな。誰のせいなんだろうな」
 月夜の肩に手を回しながら、彼女は自らの尾からブリザードを生成する。それも、ヒロイックアサルトで強化された飛び切りの氷の嵐だ。
「刀真にまで当てるのは酷だ。月夜、狙いはどこだ?」
「あの刀真の斬撃なら……あそこ!」
 行動予測によって刀真の動きを把握しきった月夜は、刀真の斬りつけたばかりの部分を指差す。そこなら、落下を始めた刀真に当たらない範囲内だからだ。
「承知した……我が三尾より、氷刃がいずる!」
 玉藻がブリザードを異形目掛け放つと、それに重ねるように円も同じ技を撃ち込んだ。
「これは、本当に最後の一撃だよ?」
 背後からは、朱美が祥子に確認をとり、神速を発動させていた。それは祥子自身の技チャージブレイクと相まって、すべての力を攻撃に注いだ一刀両断の一撃となった。
 女王の加護で守っているとはいえ、防御完全無視のその攻撃はまさに捨て身の技である。それを承知の上で、祥子はヴァルザドーンを振るった。
「とっておきよ……!」
 刀真が斬りつけた裏側から、祥子の斬撃がまるでクロスを描くように大きく罰印をつける。
 さらなる追い打ちとして、透乃と陽子が連携攻撃を繰り出した。
「陽子ちゃん、今回もしっかり決めるよ!」
「はい、私たちの力、存分に見せつけましょう」
 これまで幾度となく見舞ってきた、烈火の戦気による灼熱の拳。そこに、アルティマ・トゥーレで冷気を込めた陽子の一撃も加わる。対極の属性を持つそのふたつによる同時攻撃は、単発で当てるよりも倍以上の威力となって異形に降りかかった。
「さて、頃合いか」
 息継ぐまもなく、今度はモードレットがとっておきの技を披露する。
「味わうが良い、この龍顎咬の恐ろしさを……!」
 言うと、モードレットはなんとその頭部を、龍へと変化させた。その口に生えているのは、獰猛な牙。人だった時よりも、噛み切る力は何倍、いや何十倍もの威力となっている。
 モードレットは、咆哮と同時に異形の根本に深く噛み付いた。そこには先ほど自ら放ったジャガーもいたが、それすらモードレットは一切躊躇なく顎の餌食とする。
 ぶしゅう、と赤い鮮血が飛んだ。もちろんそれは異形のではなくジャガーのであったが、飛び散ったその血液は、龍顎咬の威力を存分に示していた。
「残り一発を……ここで」
 上から、正面から、背後から、足元から。あらゆる角度から異形に一斉攻撃を見舞う中、レイカはディス・キュメルタに氷を番えた。六発が限度というその弓の、最後の一発。
 レイカは、その弓を引いた。鮮やかな放物線を描き、魔術が異形に衝突する。
 それらすべてを受けた異形は、一瞬動きをぴたりと止めた。次に待っているのは、破裂か、膨張か。
 ここで膨張がリミットなら彼らの勝利となるだろう。しかし、まだ膨張を残していたのなら、彼らの放ったすべての攻撃を取り入れ、敗北となるだろう。
 数秒前までの猛攻が嘘のように、しんと静寂が空間を支配した。
「……」
 異形の目が、何かを訴えかけるように大きく見開いた。
 直後、その巨大な塊は一際大きな音を立てて弾けた。
 後には元通り、広間としての空間が姿を取り戻す。
「やった……のか?」
 一呼吸置いて、何も起こらないことを確信した生徒たちは、ワンテンポ遅れて勝利の訪れを歓迎した。
「倒した! 倒したぞ!」
 誰からともなく喜びの声を上げると、生徒たちは疲労も忘れ、近くの者とその感情を分かち合った。