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【ニルヴァーナへの道】決戦! 月の港!

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【ニルヴァーナへの道】決戦! 月の港!

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chapter.7 晴明と宗吾(1) 


 ハルパーを収める台座へ通じる道を行く晴明は、ハルパーを持っている以上最も狙われやすいだろうということもあり、既に何名かの生徒が護衛についていた。
 分岐点前で作戦提案をした永谷や、地下城で彼と共に行動した風森 巽(かぜもり・たつみ)もそのひとりだ。
「しかし、なんだろうな、護衛っていうと仰々しいな」
 自嘲気味に笑いながら晴明が口にすると、巽がそれに言葉を返した。
「と言っても、寺院の連中はどこから襲ってくるかも分からないし、注意しすぎってことはない。特に向こうの狙いは、ブライドオブシリーズだろうし。ただ……」
 そこまで言いかけて、巽は口をつぐんだ。
 ブラッディ・ディバインの目的は確かにブライドオブシリーズだ。けれど、今やブラッディ・ディバインの思惑とは別のところで動いている人物がいることを、彼は知っていた。
 参道宗吾。
 地下城で晴明と歪んだ友情を見せ、晴明の手によって捕らえられたその男がこの地にいるという話が、彼らの元に届いていた。
 その目的は言わずもがな、ハルパーではなく晴明本人だろう。彼は何よりも、晴明に執着しているのだから。
「……」
 晴明もそのことを分かっているのか、少しの沈黙を生んだ。もし宗吾と会ったなら、どうすれば良いのだろう。おそらく彼の胸中は、そんなところだろう。巽は晴明の気持ちを察し、短く声をかけた。
「どうするのも、貴公の自由だ。ただ自分が後悔しないように決めればいいさ」
 もしかしたら、気休めかもしれない。ただ仮にそうでも、晴明は少し背中を押してもらったような気がして、小さく口を緩めた。
「晴明くん、少し雰囲気変わったかな?」
 そんな彼の様子を見ていた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、そう呟いた。人と話している晴明は、以前より心なしかその距離感が近いように見える。歩は、ぼんやりと地下城でのことを思い出していた。多くの裏切りや疑念が渦巻いていたあの城での出来事。歩は改めて晴明を見る。
 すごく大変なことがあったのに、偉いなぁ。
 もしその変化が、自分たちの言葉を受けた結果だとしたら。それはすごく嬉しいことだと、彼女は思う。
 歩は、その気持ちを伝えたくなり、晴明に近づいた。
「晴明くん」
「ん?」
 声をかけられた晴明が歩の方を向くと、彼女は一言だけ、抱いた気持ちの色々を凝縮して告げた。
「ありがとう」
「え……? な、何がだよ」
 突然お礼を言われ、晴明は戸惑ってわけを聞こうとするが、歩に笑って誤魔化された。
「あはは、晴明くんが、あたしたちと仲良くしてくれて嬉しいなって。変かなぁ?」
「……別に、変、じゃないけどさ」
 どもりながら答えた晴明を見て、歩は再び笑った。



 ハルパールート、頂上付近。
 晴明らのいる地点と、頂上の間の通路には、久我内 椋(くがうち・りょう)がいた。彼が晴明らのところではなく、ここにいる理由はただひとつ。
 椋が、ブラッディ・ディバインに協力している人間だからだ。厳密に言えば、ブラッディ・ディバインのためではなく、ブライドオブハルパーの奪取のため、彼は自分の身をここに置いている。
 ここに来るまでの間、本来ならば時間稼ぎをし、あらかじめ罠などを仕掛けておきたかったのだが作戦が失敗に終わったため、椋は万全を期すことができなかった。
 とはいえ、生徒たちがここを通るより早く待ち構えることには間に合ったし、万全とまではいかずとも、ハルパーを奪取するための手筈はある程度整えていた。
 その手筈のひとつが、高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)とパートナー、ティアン・メイ(てぃあん・めい)を雇い入れたことである。
「思う存分、暴れてくれて良い」
 椋が静かにそう告げる。
 彼、玄秀はブラッディ・ディバインに属しているわけではない。ただ、利害が一致していたため、椋に雇われることを選んだのだ。
「僕にはハルパーにもブラッディ・ディバインも関係ない。ただ、晴明と戦い、倒すだけだ」
 そう言った玄秀の瞳は、冷たく沈んでいた。椋が何とはなしに晴明にこだわる理由を尋ねると、彼はゆっくりと語りだした。
「晴明の名は、日本の呪術師にとって壁なのさ。倒さなければ頂点に立ったと誰も認めない」
 そんなものなのか、と椋は思ったが、口には出さない。目の前の男には彼なりの事情があるのだろう。玄秀は懐から鬼の面を取り出すと、それを顔に着けながら言葉を足した。
「育ててくれた義父への恩もある。ろくでもない男だったとはいえな。そういう意味でも、ヤツを倒すのがせめてもの手向けなんだ」
 玄秀が一番の理由をどこに求めたかは、本人以外知る術はない。ただひとつ、晴明を倒すという確固たる意志だけが、彼にはあった。
 隣では、ティアンが冷徹な気を発しながらいつでも玄秀のフォローに入れる体勢を取っていた。以前はもう少し優しさや憂いの気配を見せていた彼女だったが、玄秀に引きずられたのか、かつての少女の面影は今はほとんどと言っていいほどない。
「……そろそろ、来るな」
 そんなティアンに視線すら向けず、玄秀が言った。彼が感じていた気配は、ただならぬ狂気を孕んでいた。



 ハルパールートの頂点。
 ここに、ひとりの侍がいた。いや、今はその言葉を宛てがっていいのかも分からない。衣服は埃と汚れでくすんだ色に変色し、頬はどこか痩せこけているその様は、侍というよりは浪人、あるいはそれ以下の呼称の方が相応しい。
 ただ、その瞳だけは何かを求めるようにギラギラと怪しく光っている。
 彼の名は、参道宗吾。
 かつて、晴明の友だった男だ。否、彼自身は今でも、晴明を友人だと思い込んでいる。その思い込みの激しい気性と、倫理観のない人格は、晴明の周りの者を何人も殺めた。
 それも、ただ晴明とふたりで遊びたいというだけの理由で。
 晴明や生徒たちの手によって捕まったはずの彼だったが、投獄中、彼はあろうことか、共に捕まったパートナーである虚無僧、神海(しんかい)を自らの手で殺害したのだ。
 近くに晴明がいないことで気が触れ、その時近くにいた神海につい手が伸びたのである。後先を考えないその行動は、彼にパートナーロストという枷をもたらした。
 元々正気と狂気の境目が薄かった彼であるが、神海殺しの影響により完全にその隔たりは埋められた。
 つまり、今の彼は晴明のみを追い求める知性のない狂人である。その狂人を「晴明がいる」と唆しここまで連れてきたのは、言うまでもなくブラッディ・ディバインであった。
「……やーくん、やーくんがいる……」
 宗吾がぶつぶつと声を漏らした。
 晴明の本来の名である八景のあだ名ということで、幼い頃より彼は晴明を、そう呼んでいる。狂人と化してから、彼が口にする言葉はほとんどがこれだけであった。
「やーくん……ふへ、ふへへへ」
 宗吾が肩を震わせながら笑う。つい先程から、彼の鼻は晴明のにおいを嗅ぎとっていた。
 来ている。すぐ近くまで、彼は来ている。
「へへふふふふはへへふへ」
 顔を何度も上下させ、嬉しそうな奇声を上げると、宗吾はとん、と台座のある頂点から飛び降り、道を下った。