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リアクション
第八章 そして、誰もいなくなった家 2
「麗華さん?」
六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)に呼びかけられて、麗華は少し怪訝そうな顔をした。
「何だ、お嬢?」
「いえ、今日は何だか普段と様子が違うな、と」
「そんなことはない。あたしは普段通りだ」
間髪を入れず否定した麗華だったが、そう思っているのは自分だけだったようだ。
「どこが普段通りだ。なんだかずっと不機嫌そうな顔してるじゃねぇか」
そう言って笑うアレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)を、麗華が軽く睨みつける。
「ほら、その辺りが不機嫌だってんだよ」
と、そこで優希があることに気がついた。
「ひょっとして……麗華さんって、ゲルバッキーさんに作られていたのでしょうか?」
その問いに、麗華はこれまで以上に渋い顔をしたあと、大きくため息をついた。
「こういうときだけ鋭いな。ああ、その通りだ」
「では、何かつもる話なども……」
その言葉に、麗華は先ほどゲルバッキーに言われた通りに答えた。
「それは『日を改めて』だそうだ」
「よぉ、良雄」
和馬の顔を見て、さすがの良雄も少し表情を硬くした。
それもそのはず、和馬はかつて一度良雄を暗殺しようとした実行部隊の一人なのである。
そして、その暗殺を和馬たちに命じた首謀者こそ、今良雄がどうにかして救おうとしているアスコルド大帝その人なのだから、世の中は何が起こるかわからない。
「あの時は、悪かったな」
先に和馬がそう謝ると、案の定良雄はしどろもどろになった。
「あ……いや……」
器が大きいとも、はっきりしないとも言えるが、もっとふさわしい言葉を探すとするなら、やはり名前の通り、根っこの部分で「お人よし」なのだろう。
「あの大帝と融合してたならわかると思うが、もうオレには良雄を狙う理由もないし、そうするつもりもない」
その言葉に嘘はない。
むしろ、今となってはこんなタイミングで良雄に死なれてもかえって困る。
「とにかく、今は一刻も早く、さっきの写真と『ギフト』ってやつを持ち帰ってもらいたいんだ。手遅れになる前に」
「手遅れって……何言ってるんスか!」
「手遅れ」の一言にあからさまに動揺する良雄に、和馬はきっぱりと言った。
「だから。俺の側から言えたことじゃないから、許せとか水に流せとかは言わない。だが、今のオレが全力で良雄を守ろうと思ってることだけは知っておいてほしい」
「そういや、ラルクはさっき何探してたんだい?」
菊の質問に、ラルクは笑いながらこう答えた。
「ああ、医学書を探してたんだ。一応俺も医学部だからな」
「なるほどね。あたしの方は料理のレシピ本さ」
この二人、実は地下二階の探索のとき、たまたま本屋とおぼしき場所で顔を合わせていたのである。
「ふむ。お互い、やっぱり自分の専門分野の知識は……」
「チャンスがあれば、ぜひ手に入れたいね」
顔を見あわせて笑った後に、一つため息をつく。
「……で、見つかったのがこれ、か」
二人が見つけたのは、いわゆる書物ではなくその代替品――現代でいうメモリーカードのようなものだった。
「貴重な知識が詰まっていることには違いないけどね。あとは、これをどう取り出すか……」
それは、何とも難しい問題であった。
「やっぱり、細かいデザインとかも独特な感じよね〜」
熱心に室内の様子をスケッチしているのは師王 アスカ(しおう・あすか)。
実は移動中なども随所で素早くラフスケッチを描き上げたりしている、というある意味剛の者である。
「最初は、まさかこんなに違うとは思わなかったけど……うん、異国情緒、というか異世界情緒あふれる面白い作品が描けそう」
と、そのスケッチブックを横から覗き込んできた者がいた。
「まあ、すごくお上手ですわ」
無邪気に目を輝かせているのはユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)。
背の低い彼女の視点からでは見えなかったので、わざわざ箒に乗って浮かび上がってきたらしい。
「あら、ありがとう。あとで他のも見る?」
「よろしいんですの?」
二人がそんなことを話していると、そこへ近遠たちが戻ってきた。
「素晴らしいですね。ところで、あなたはここに住んでいた人たちの暮らしぶりについて、どう思います?」
アスカのスケッチを見て、近遠はこう尋ねてみた。
アスカの関心が主に建築物そのものにあるとしても、その観察眼の鋭さはスケッチを見れば一目でわかる。
その観察眼の主にこの世界はどう映っているか、それが少し気になったのだ。
「そうねぇ……ちょっと手がかりが少なすぎるけど、わかる範囲では、そんなに地上やパラミタと変わらなかったんじゃないかしら?」
その答えに、近遠は一度頷く。
「ボクも同感です。機晶技術などを見るに、ニルヴァーナの方が幾分か進んでいた感はありますが、基本的な部分にはそう大きな差異は見られません」
今の段階でわかることは、そう多くない。
けれども、かつてはここにも自分たちとそう変わらない人々がいて、自分たちとそう変わらない生活を営んでいたのだろう。
その日々が、一体いかにして終焉を迎えたのか……それを知ることのできる手がかりは、今は、まだない。