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【終焉の絆】禍つ大樹の歪夢

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【終焉の絆】禍つ大樹の歪夢

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【幕開け前】


 作戦開始前。
 シャンバラの契約者たちと、エリュシオンの龍騎士たちとがそれぞれ、準備に追われていた、そんな最中のことだ。

「へぇ……変わった口の龍だね。可愛い」
 エリュシオン第三龍騎士団が引き連れてきた蟲龍たちを見やった黒崎 天音(くろさき・あまね)の言葉に、パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は微妙な顔で、溜息を吐き出した。口先が吸血の虫のように尖っていて、けれど体そのものは龍であるという、アンバランスなその見た目は、とても可愛いとは言えないが、天音の声音が本気だったからだ。
 二人の表情差に、僅かに口元を緩めて、第三龍騎士団長創龍のアーグラは蟲龍たちを複雑な顔で眺めた。
「対アールキング専用の龍だ。それ故に他に役立つことも出来ぬ奇異な姿だが、そう言ってもらえると龍等も喜ぶだろう」
 そんなアーグラの言葉を受けて、軽く蟲龍たちの肌を撫でた天音は、その体がナラカ……そしてアールキングの根に対応した作りをしているのを見て目を細めた。
「しかし……大陸の裏、とはね」
 呆れたような天音の声に「一朝一夕で張れる根ではない……ずっと、そこで根を伸ばしてきたのだろう」とアーグラは苦い顔だ。
「アールキングはかつて、先代のイルミンスールを滅ぼした後、関係者の記憶を封じた上でシャンバラ刑務所へ入っていたと聞く……恐らく、「これ」を気付かせないためだったのだろう」
 なるほど、と天音が納得の声を上げたところで「あ」と声を上げたのは小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だ。その手を振る先では、そちらも気づいたようでキリアナ・マクシモーヴァが笑みを浮かべながら、美羽たちに頭を下げた。
「お久しぶりです」
「来てくれたんだね、ありがとう!」
 そんなキリアナに駆け寄って、美羽が手を繋いで笑いかける。久しぶりの再会に声を弾ませる二人に、続けて会釈して見せたのは祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)だ。
「ごきげんよう、キリアナ。みんな元気にしてる?」
「へぇ。セルウス……陛下や、ドミトリエはんも、元気にしてはりますよ」
 その言葉に、ふとこれまで一緒に戦ってきた時の思い出が蘇って、そんな場合ではないと知りつつも、見知った仲間達の間で柔らな空気が一瞬流れた。

◆ 

 そんな光景から僅かにだけ離れ「まさか一緒に戦う日が来るとは思わなかったな」と、天音が話しかけたのはダイヤモンドの 騎士(だいやもんどの・きし)だ。同じ思いに頷くダイヤモンドの騎士に、ブルーズは「一応言っておくが」と口を開く。
「お前には、ラクシュミと言う守るべき存在と守るべき地があるのだ。死に急ぐなよ」
「ああ……判っている」
 その言葉をどこまで鵜呑みにしたものか、とブルーズの心配性が顔を覗かせる中、別の懸念に眉を寄せていたのはニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)だ。
「でも……良いのかしら。第三龍騎士団は、ユグドラシルの防衛が仕事でしょう?」
 その間の世界樹ユグドラシル、同時に帝都ユグドラシルの守護はどうなるのか、と懸念を口にしたニキータに「心配はいらん」とアーグラは即答した。
「現時点で最も警戒するべき相手が、ここにほぼ揃っている。それにこと世界樹において、我々をおいて他に良く識る戦力はない、という、セルウス陛下の判断だ」
「皇帝らしくなったねえ」
 どこまでがセルウスの意見かは判らないが、そう言って第三龍騎士団を動かしたのは間違いなく現皇帝であるセルウスだ。一緒に逃げていた頃の少年は、どうやらそれなり立派に皇帝業をやているらしい、と、当時の記憶を共有するキリアナと、美羽はひそひそと言い合って笑った。本来なら不敬だと口にするべき立場のアーグラが見て見ぬふりをしているのは、彼女等の、ひいては帝国とシャンバラ間の親交に罅を入れないため、だろうか。そういった、エリュシオンの騎士の態度ひとつひとつにも、セルウスの考え方が浸透してきはじめているのだ、と感じて、祥子は目を細めた。
「セルウス、頑張ってるのね……私たちが、その背中を押してあげないと」
「うん」
 独り言のような祥子の言葉に美羽も頷き、そして、思い出したように「そうだ」と手を打って、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)と一度顔を見合わせると、照れくさそうにしながら
「私、この戦いが終ったら結婚するんだ」
「それはまた……おめでたいことどすなあ」
 その報告に顔を綻ばせるキリアナに、美羽は僅かに伺うように首を傾げた。
「キリアナたちに来てもらうのは……流石に難しいよね」
「そうどすな……」
 その問いには、申し訳無さそうにキリアナは苦笑した。
「ウチはともかく、セルウス……陛下は、難しい思います」
 かつてであれば兎も角、今となっては他国の皇帝である。立場上難しいのは美羽も判っている。気にしないで、と笑う美羽に、キリアナは「けど」と呟くように言って視線を上げ、その目をアールキングへと向ける。その横顔は、久方ぶりに会う友人との会話を楽しむ美少女ではなく、戦いに燃える騎士のものとなっていた。
 
「……せやったら、この戦い……何としても勝たなあきまへんね」

◆ 

 イーダフェルト。
 イーダフェルトに駐留していた龍騎士団はアールキングの本体へ乗り込む準備を済ませており、刻一刻とその時は近づいていた。
 その時――
「キリアナ、アーグラ」
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)がエリュシオン帝国軍のもとにやって来た。
 それは帝国兵にとって異様な光景というわけではなかったが、さすがにざわついた。と、二人の騎士団員がアキラに近づく。それは彼に呼びかけられた張本人――キリアナアーグラという二人の帝国騎士だった。
「いきなりどーしんどすか? アキラはん。こんな所まで来て」
 キリアナがきょとんとした顔で訊いた。
「そうだぞ、アキラ」
 アーグラが憮然とした表情を崩さぬまま、アキラに言った。
「時間はそれほど残されていない。作戦開始時間が迫っているのだ。それが分からない貴殿ではあるまい」
「ああ、分かってる」
 アキラはうなずき、それでも譲れないものがあるように彼らを見つめた。
「俺が訊きたいのは一つなんだ。――ヴァジラ。あいつは一体、どうしてるんだ? あいつほどの執念がある奴なら、ここまで来てもおかしくないと思ってたんだが……」
 そのアキラの問いに、アーグラは冷然と答えた。
「奴はここには来ない。それにブリアレオスもな」
「なんだって……?」
 アキラは動揺を隠せずに瞠目した。
「奴には一度、ジェルジンスクの監獄に移ってもらう予定だ。もっとも、宮殿にいつまでも置いてはいられないための処置でしかないがな。いずれにせよ貴殿には残念だが、承知されよ」
 そう言って、アーグラはキリアナとともに去っていった。
 アキラは二人の後ろ姿を見つめながら、どことなく納得のいかないような表情をしていた。ヴァジラもブレアレオスも、アールキングとは因縁があったというのに……。
(きっと、本人は悔しがってるだろうな……)
 アキラはそう思いながら、その場を後にした。
 戦いは迫っている。ヴァジラの分までその思いを乗せながら、アールキングに決着をつけてみせると、アキラは誓ったのだった。