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春が来て、花が咲いたら。

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春が来て、花が咲いたら。
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23


 ――私の中で、シズル様はどのような位置に居るのでしょう?
 考えていてもわからなかったので、秋葉 つかさ(あきば・つかさ)加能 シズル(かのう・しずる)を誘いだした。夜桜を見に行かないかと。
 会って何かしたいとかではなくて、会うことで何かわかるのではないかと思って。
 呼び出した時間が夜だということで若干警戒はされたけれど。
 今、シズルはつかさの隣に居る。
「…………」
「どうしましたか、そんなに私のことを見つめられて」
「本当に何もしないわよね?」
「そうですねぇ、そんなことしかしてきてませんからね。そう思われても仕方ありません」
 飄々と言ってのけて、桜の木の下に躍り出る。
「でも、今日は本当にお花見ですから。ほら私、大奥の御花実様でもありますし。心配しないで桜を堪能してください」
 現に、今日は必要以上のスキンシップもしていない。隣を歩き、のんびりと夜桜を見て回っているだけだ。
 そのことにシズルも思い至ったらしく、警戒を解いて桜を見上げた。
「綺麗ですね」
「そうね」
 短く会話して、ライトアップされた桜を見る。空には月が浮かんでいる。
「私、お酒を頂かしていただきますね」
「酔って襲ったりしないわよね?」
「嫌がる女性を襲う趣味はありませんからね。酷い目に遭う辛さも知っているつもりです」
 え、とシズルが声を上げた。気付かない振りをして、手酌で杯に酒を注ぐ。
「お酒。シズル様にはまだ早いので駄目ですよ?」
 さらに話を有耶無耶にするように、軽口も言って。
 夜桜を見上げ、酒を飲んだ。
 少し、酔ったらしい。
 頬が熱くなり、頭がぼんやりしてきた。そんなに多く飲んでいないのに。
「少し酔ってしまいました。弱くなったものです」
「体調でも悪いんじゃないの?」
「……そうですねぇ。弱っているのかも、しれませんね」
「今日はもう帰、」
 シズルの唇に人差し指を当てた。最後まで聞きたくないとでも言うように。
「話を聞いてもらえますか?」
 微笑むと、一拍置いてシズルが微笑んだ。
「ありがとうございます。シズル様はやっぱりお優しいですね」
「いいから言ってみなさいよ。何があったの?」
「……最近、色々と失ってばかりでして」
 ぽつり、ぽつりと話し出す。
「マホロバ将軍の貞継様……それに我が子、貞嗣とも離されてしまいましたし……」
 ――それに、あの方とも。
 思い出すと辛くなるから、出来るだけ深く思い出さないように意識しながら言葉を紡ぐ。
「シズル様は私の傍に居てくれるのでしょうか。……それさえも不安になる日々」
「つかささん……?」
 シズルの声音が微妙に変わった。本気で心配するような声だ。そこで少し、酔いが醒めた。
「っと。いけませんね、せっかくのお花見なのにこんなに暗くしてしまっては」
 笑顔を向けるけれど、正直それも限界だ。
「……もし、よろしければ、なのですが。……抱き締めていただけませんか?」
 人の温もりが、恋しかった。
 何にも換え難いそれが、どうしてもすぐに欲しかった。
 ――なんて、私が言っても。
 シズルは警戒するだろう、とつかさは自虐的に笑う。
 けれど現実は違った。そっと、抱き締められる。
 先程までつかさのことを警戒していたのに、優しく抱き締めてくれている。
「私は貴方の傍に居るわ」
 いつもより、声が柔らかく聞こえた。つかさもぎゅっと、抱き締め返す。
「シズル様」
「うん?」
「シズル、と呼んでもよろしいでしょうか?」
「構わないわよ、別に。そもそも今までが丁寧過ぎなのよ、貴方は」
「慇懃無礼とも言いますけどね。……それともう一つ」
「今度は何?」
「私のことも、呼び捨てで呼んでいただけませんか?」
「……つかさ?」
「はい」
 さん付けなしで呼ばれることで、少し距離を近くに感じられるから。
 そのことで独りじゃないと思えて、嬉しくも温かく思えて。
「ありがとうございます」
 つかさは微笑んだ。


*...***...*


 春だし、暖かくなってきたし、桜の花も綺麗だし。
 そう思ったのは天海 護(あまみ・まもる)だけでなく、天海 北斗(あまみ・ほくと)も同じだったらしい。
「そう。花見、行こうぜ? 今日は割と暖かいしさ。桜が綺麗だったんだ」
 夜、北斗がレオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)に連絡を取っているのを見た。花見のお誘いだ。
 ――今から行くつもりかな?
 北斗がどうするのか、思わずこそりと見守ってしまう兄のさが。
 弟が、レオンに恋をしてそろそろ半年。
 いろいろな祭りやクリスマス、お正月など様々なイベントを一緒に過ごしてきた。
 だけど、進展らしい進展は一切ないままだ。
 想いを伝えるのは北斗からばかりで、レオンの対応が変わることはない。
 その上レオンについて、知ろうとすればするほど謎が深まって行く。
 生い立ち。私生活。趣味。家族関係。
 どれもこれも、はっきりとはわかっていない。
 ――そろそろ次のステップに進みたいところだよね……北斗も。
 そんなことを考えていると、北斗が部屋を抜け出して行くのが見えた。今から行くようだ。夜桜を見に。
 護もこっそりついて行く。弟の恋路を見守りたくて。


 昼間いくら暖かくても、やはり夜は肌寒い。
 けれど、夜に見る桜は昼に見るそれとだいぶ違って見えて。
「綺麗だな」
 北斗はレオンに笑いかける。
「だな。夜桜とかあまりじっと見たことなかったけど、たまにはいいな」
 桜を見上げるレオンの横顔を見た。
「? どうかしたか?」
「べ、別にっ」
 視線に気付かれ問われると、ぱっと顔を逸らす。
 ――レオンはオレのこと、どう思ってるんだろ……。
 恋をして半年、自分の気持ちを伝え続けてきた。
 日頃の行動や言動。そして事あるごとにプレゼントを贈ったり、考えられる全てをやった。
 だけど、反応はいつも変わらなくて。
 友達のまま。
 ――もっと、レオンのことが知りたいな。
 だからこそ、今日こうして誘ってみたのだ。色々な話をするために。
「あのさ、レオン」
「んー?」
「恋話しないか?」
 言ってから直球すぎたかな、と不安になってレオンの顔を見たが、レオンは軽く「いいぜ」と頷いた。
「でも何を話せばいいんだ?」
「えっと……今まで付き合ってきた子とか、好きになった子のこととか。っていうか、付き合ったり、した?」
「ああ、したな。なんかよく告白されてた」
「えっ、そうなのか!?」
 驚いた。モテるだろうとは思ったけれど、その事実を本人から聞くと、やっぱり。
「ギムナジウム時代にな。何人かと同時に付き合ったこととかもあった」
「へぇー……。じゃあさ、好きな相手のタイプは?」
「タイプって言うか……好きになるのは話していて楽しい奴とか、気の合う奴だな。容姿でも性格でもない気がする」
 ――話していて、か。
 ――オレ、どうなんだろ?
 考えてもわからない。
 聞いてしまいたい。
 そう思うけど、聞くのも怖くて。
 北斗は桜の花を見上げる。
「桜、綺麗だな」
「それ二回目だぞ」
「いーじゃん、綺麗なんだから」