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春が来て、花が咲いたら。

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春が来て、花が咲いたら。
春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。

リアクション



25


 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、いつものように熾月 瑛菜(しづき・えいな)と合同バンド練習をしていた。
 その際、ふと思いつく。
「夜桜が見たいわ」
「夜桜?」
 瑛菜がきょとんとした声を上げた。
「そう、夜桜。もう暖かくなったから、外での練習も良いと思わない?」
 それに桜も綺麗に咲いている。
「日本では、この季節に桜を愛でるのでしょう?」
 畳みかけるように魅力的な部分を列挙していく。
「花見といえば宴。そして、宴といえば音楽。宴席に音楽は欠かせないものよ。
 ライブ感覚で練習も出来て、おまけに辺り一面は満開の桜。一石二鳥でもまだ足りないくらいの、最高のシチュエーションだと思わない、瑛菜?」
 ローザマリアの言葉に続き、
「そう言えばこの前テレビで見たのだが、ショーワというかつての日本には夜の店を回って演奏する“流し”という職業があったと聞く。邪魔にならぬよう花見客の楽しめる範囲で、妾等の手でその“流し”をやってみぬか?」
 グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)も加勢。
 二人がかりじゃ敵わないわよ、と瑛菜が両手を軽く上げた。降参、とばかりに。
「はいはい。それじゃあ、向かいましょうか?」
 各々楽器を持って、花見会場へと出発。


 開けた場所に陣取って、楽器の位置を決めていく。
 エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)のドラムの位置。ギターやベースを担当する、ローザマリアとグロリアーナの立ち位置。上杉 菊(うえすぎ・きく)が奏でるキーボードの場所と、ライブでは最も大切な、リードギター兼ヴォーカルである瑛菜のポジション。
「でも、確か“流し”ってギターが一般的じゃなかったかしら?」
 チューニングをしながら問うローザマリアに、
「ライザ様がテレビで御覧になりました“流し”はギターのみであったとのことですが、そこにベースやキーボード、ドラムが加わっても問題はありますまい」
 菊が静かに微笑んだ。
 そういうものか、と頷いて、チューニング完了。会場を見渡す。
「あ」
 すると、教導団時代の同僚である琳 鳳明(りん・ほうめい)の姿を見付けた。思わず駆け寄る。
「鳳明っ♪」
「わぁっ!?」
 跳びついてぎゅっと抱き締めるローザマリアに、鳳明が驚いた声を上げた。
「ローザマリアさん」
「どうしたの? こんなところで会うなんて奇遇ね」
「それはこっちのセリフだよー。びっくりしたなぁ。私は冒険屋ギルドのみんなで夜桜を見に来てるんだ」
 ほら、あっち。
 そう鳳明が指差す先には、わいわいと宴席を広げる面々。
「ローザマリアさんは?」
「私たちは合同バンド練習よ。たまには外での練習も良いと思って」
「そっか。じゃあ、向こうで聞かせてもらうね」
 演奏もあるので、長くは喋っていられない。名残惜しいがバイバイと手を振って、バンドメンバーの許へ戻って行く。
 戻ると、エリシュカがきょろきょろとせわしなく視線を動かしていたので、
「エリー? 緊張してる?」
 手を握って訊いてみた。
「はわ……知らない人、いっぱい、なの。だから……」
 握った手に、ぎゅっと力が込められる。
 エリシュカは人見知りである。ひどいものではないが、さすがにこういった場が得意というわけではないのだろう。
 不安そうな彼女の頭を撫でて、
「そろそろ演奏よ。さあ、貴方の音を聴かせて頂戴?」
 そっと囁いた。
 簡易ステージに上り、
「とくと聴くが善い!ショーワの“流し”が本場英国のロック魂を其方らの心に響かせようぞ!」
「たおやかなる調べ、舞い散る桜の花びらに乗せて――参ります。どうぞ、ごゆるりと御聴き下さいませ」
 グロリアーナが盛り上げるように、菊がしとやかに挨拶をして。
 エリシュカ担当のドラムが、音を奏でた。
 瑛菜のリードギターとローザマリアのリズムギターが混じり合い、そこにグロリアーナのベースが深みを出す。菊のキーボードは控えめながらしっかりとしていて、演奏に華を添えるよう。
 声が響いた。瑛菜の圧倒的声量。歌声。
 演奏が盛り上がり、盛り上がり、それから力強いまま終息していく。
 最後に一礼すると、待っていたのは拍手。
「もう一曲、行く?」
 瑛菜に笑いかける。
「どうしよっかね」
 汗を拭いながら、瑛菜も笑った。
「うゅっ♪ みんなでワイワイ、たのしい、の♪ 瑛菜っ、次の曲いってみよー、なの!」
 エリシュカも楽しそうにそう言って。
 アンコール、決定。
 音はまだまだ止みそうにない。


 探し歩いてどれくらい経っただろう。
 音楽が聴こえたから、何か催し物があるのだろうと見に来た場所の近辺で。
 メティスは、ついにその人を見つけた。
 音楽に耳を傾けるように、あるいはいつもの通りで、静かに座っている人。
「リンスさん」
 名前を呼んで、傍に行く。
 ちょうど冒険屋の面々と一緒に花見をしている最中で、見知った顔も多かった。このままここで花見をしようか、とも思う。
「ボルト。こんにちは」
「こんにちは。お花見、楽しんでいますか?」
「御覧の通りね」
 座っているシートの上には、甘酒の入ったコップと料理の乗っていない紙皿。ただし使用形跡があるのできちんと食べているようだ。
「ボルトこそ楽しんでる?」
「はい。リンスさんにも逢えましたから」
「? 俺にはいつでも会えるでしょ?」
「でも、今日この時逢えたから、一緒にお花見ができます」
 そう言うと、なるほどとリンスが頷いた。
「隣、いいですか」
「どうぞ」
 ちょこんと隣に座ってから、
「それとこれ、食べていただけますか?」
 つつ、と持ってきたタッパーを差し出してみる。
 家族みんなで用意したお弁当から見繕ってきたものだ。お弁当の定番、からあげやタコさんウインナー、おにぎりなどが入っている。
 中には、メティスの作った卵焼きも。
 敢えてそれは伏せて、食べる姿をじっと見る。
「食べづらいんだけど」
「お気になさらず」
「……ボルトも食べたら?」
「はい」
 二人で一つのタッパーに箸を伸ばした。そうしていると、
「? 卵焼き食べないの?」
 そのことに気付かれた。食べない理由を言おうか言うまいか一瞬の逡巡。
「……それ、私が作ったんです」
 結局、言うことにした。
「食べてもらいたいから、私が食べるわけにはいきません」
「そ。じゃあ遠慮なくいただきます」
 箸が卵焼きに伸びる。摘む。口に入る。
 咀嚼する間、妙にどきどきした。
 美味しいと言ってもらえるだろうか。
 喜んでもらえるだろうか。
 喉が動いた。飲み込んだのだ。感想を待って、身体を固くする。
「……うん、美味しい。料理上手なんだ?」
 微笑んで言われたその言葉に、唐突に涙が零れた。
「……え」
 戸惑うのはリンスである。
「どうした? どこか痛いの?」
「ちが、違います。……嬉しくて」
 美味しいと言ってもらえたことが。
 微笑みを向けられたことが。
「私。今、すごく幸せです」
 風が吹き、桜の花びらが舞う中。
 メティスは泣きながら、笑顔を作った。


 必要経費ということで。
 ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)が、レン名義で頼みまくった出前をノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)榊 花梨(さかき・かりん)は堪能していた。
 寿司、ピザ、フライドチキン。和洋折衷極まりないが、楽しく美味しく戴いている。
「外で食べるご飯は美味しいね〜」
 花梨の無邪気な言葉に、
「そうですね!」
 ノアも屈託のない笑顔で返す。
 花より団子の二人である。
「あたしね〜、お薬持ってきてるから、誰かが食べすぎたりしても平気なんだよ」
 花梨の持ってきたお弁当箱の中には、食べ物ではなく薬が詰まっている。
 皆の予想の斜め上をいく持ち物だが、役に立たないわけでもなかった。何せこれだけメンバーが集まると、ノリにノって食べたり飲んだり、食べすぎたり飲み過ぎたり……という人も出てくるのだ。
 それに加えてパートナーの神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が作ってきたお弁当も持ってきて広げていた。豪華な三段お重である。
 一の重には彩り豊かなてまり寿司と、筍、にんじん、油揚げ、鶏肉が入ったおこわ。
 二の重にはのりと明太子の卵焼き、メンチカツ、鶏肉と大根のサラダ風、えのきの醤油煮。
 三の重にはデザートとして桜のチーズケーキが入っている。
 たくさんの食べ物に舌鼓を打ちながら、
「そういえばレンさんは〜? 一緒にお花見しないのかな」
 花梨は問い掛けた。ノアが遠くを見るような目で空を見上げる。空は薄暗くなり、月や星が見え始めていた。
「レンさんは、イルミンスール時代の友達のところへ顔を出しに行っちゃいました」
 それから微笑んだ。同じ空の下に居るレンにも微笑みを向けるように。
 シャンバラが東西に分かれることになった時、レンは空大に移った。が、イルミンスールに危機が訪れようとすればすぐさま駆けつけ、旧友と共に前線で戦う。
 イルミンスールの面々とレンの間には、切っても切れない絆があるのだ。
「昔馴染みとの旧友を温めに行ったんですねー。まあ同じ会場に居るのですから、合流も簡単ですよ。こっちの料理に飽きたら、つまみ食いに行きましょうー」
「あ、いいねぇそれ〜。一粒で二度美味しい!」
「ですよねー♪」
 ……ちなみに丁度この時、デローン丼が暴れまわるという喜劇にも似た悲劇に見舞われていたのだが、こちらの面子が知る由もない。