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chapter.10 二日目(三時間目・保健体育) 


 賑やかな音楽の時間が終わり、三時間目、昨日に引き続き保健体育の授業の時間となった。
 と言っても、保健の授業はここでは行われない。どうやら講師陣全員が、体育を教えるとのことだ。だが少し様子がおかしい。
 外に出た生徒たちを待っていたのは、大きなブルーシートだった。四隅には丸太が立てられており、丸太と丸太の間にはロープが固く結ばれている。
「これは……」
 メジャーが声を漏らす。そう、この形状といえば答えはひとつ。プロレスのリングである。
「遅かったわね、もう準備は大体出来てるわよ」
 このリングを設営していたと思われる、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が集まった生徒たちに話しかける。不思議がって近寄ろうとする生徒たちだったが、ローザマリアはそれを手で制した。
「そこは危険よ。下、泥沼だから」
「ドロヌマ!?」
「沼の上にシートを敷くとは、斬新なインテリアだね」
 生徒たちの反応に、ローザマリアは小さく笑った。彼女の言葉通り、ブルーシートの下には泥の沼が広がっていた。さらによく見ると、シートの上が何やらテカテカしている。
「これは……?」
 メジャーが尋ねると、ローザマリアがあっさり答えた。
「オイルよ。ただのリングじゃ、味気ないじゃない?」
 なるほど、これはローザマリア特製の、オリジナルリングというわけだ。一度リングに上がればそこはヌルヌルのオイル地獄、一度リングアウトすればそこはドロドロの沼地獄。まさに逃げ場なしのデスマッチ仕様である。
 だが、ここで疑問が浮かぶ。
 誰が、このリングで試合を? というかそもそもなぜプロレスを?
 先に二つ目の疑問を明かしたのは、これもローザマリアであった。
「プロレスとは、肉体美の競演。そういう意味ではベベキンゾ族に最適な競技よね。でも、全裸ではさすがに観客の前で試合は出来ない……そこで、パパリコーレ族の存在が重要になってくるのよ。おしゃれな彼らがデザインしたリングコスチュームを、ベベギンゾ族のレスラーがまとって試合をする。そうすれば、相互理解、及び一層の交流が図れるはずよ」
 なるほど、その理論はあながち間違いでもないだろう。というかまあ、前日のカバディが大盛況だったのだから、おそらく大抵のものは大盛況だろう。

 さて、問題は一つ目の疑問。誰がここで試合をするのかということである。まさかこれから生徒ひとりひとりをリングに上がらせるつもりなのだろうか。
 と、ここで新たな体育教師が登場し、その疑問に答えた。
「設営ありがとう! みんな、こっちに注目!」
 いつの間にかリングの上に上がっていたのは、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)とパートナーの冬月 学人(ふゆつき・がくと)だった。
 いや、果たしてジェライザであろうか。彼女は、明らかにいつもの格好とは違う出で立ちだった。サイバーな魔法少女服を着こなすその姿は、魔法少女といえばまあそうだよねくらいの感じだった。
 彼女は、生徒たちの方を見ながら、正体を明かす。
「キラッ☆ろざりぃぬだよ! 今日はみんなに、体育を教えたいと思います!」
 教える、といってもリング上にいるのは彼女と学人だ。つまりは実演ということである。
「何をやるのかって? それは見ての通り! 受け身についてだよ☆」
 プロレスじゃないんかい、と大勢が思ったが、もう講師陣のボケは日常茶飯事になっていたので、このくらいでは誰もずっこけない。
 そんな中彼女は、リング上で嬉々として説明を続けている。
「受け身は大事だよ? 怪我や痛みを軽くすることができるからね! 対処の仕方も知る必要があるけど、今回はそれを最小限に抑える方法をみんなで学んでいこうね! というわけでお相手は、助手の学人君!」
 ジェライザが紹介すると、学人は心底困った様子で一歩前に出た。
「どうしてこうなった……受け身なんて僕できないよ、運動音痴だし」
 そう言った直後、ヌルヌルのオイルで足をすべらせ早速学人は転倒した。その時彼が見せたのは百点満点の受け身であった。
 おぉ、と観客……いや、生徒たちから声が上がる。
「このように、学人君がどんな時も受け身をとってくれるから、みんなよく見ているように!」
「え、どんな時もって、え、え?」
 言うが早いか、ジェライザは学人の顔に狙いを定め、膝を繰り出す。
「まずは軽めに……マジカル☆シャイニングウィザード!」
「うわあっ!?」
 とっさによける学人だったが、そこはオイルの上。思い切りすべって、体がオイルまみれになる。もちろん、攻撃を当てようと飛び込んだジェライザも同じ目に遭っている。
「よけるんじゃなくて、受け身だよ? しょうがないなあ、学人君がちょうど寝てるから、次はマジカル☆カンクーンだよ!」
 捻りを加えたムーンサルトという高度な技を繰り出すジェライザに対し、学人は必死で避け、時には必死で受け身を取っていた。
「そうそう、その調子! じゃあ締めは投げ技、マジカル☆スープレックスで!」
「ス、スープレックス!? ちょっとまっ……」
 慌てて防ごうとする学人だったが、オイルリングだったのが幸いしたのか、彼女はヌルヌルする学人をうまく捕まえられず、もたついていた。
「あれ、ちょ、ちょっ……」
「もう、いい加減にしてよっ!」
 とうとう耐えかねた学人は、オイルの上を素早く滑り、彼女の背後に回ると仕返しとばかりにドラゴンスープレックスをお見舞いした。
 またもや観客から歓声が上がり、ジェライザは見事リングに沈んだ。ちなみに彼女の衣装はスカートだが、スパッツ着用のため期待していたようなことは起こらなかった。
 とはいえ、ヌルヌルまみれになっている状態は、それはそれで危ういものがあったが。
「はっ、僕は何を……?」
 ここでようやく正気を取り戻した学人が、すまなそうに生徒たち、そしてジェライザを見る。しかしジェライザはぴくりとも動かない。ただのヌルヌルのようだ。
「し、失礼しました……それでは次の講義を……」
 言って、学人はずるずるとジェライザを引きずりながらリングを下りた。

「ひゃっはあっ! ろざりぃぬたんから講義を引き継ぐのだ〜!」
 そんな声と共に、息継ぐ間もなくリング上に飛び込んだのは、屋良 黎明華(やら・れめか)。そしてリングの向こう、彼女の対角線上にはゆっくり歩いてくるグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が見えた。リングを設営したローザマリアのパートナーである。
 ここぞとばかりに、ローザマリアは声を張ると、選手を紹介した。
「今こそプロレス浪漫の道を突き進め、ライザーッ!」
 なんだかよく分からないけれど、彼女が大声を出したので合わせて声を出す観客たち。その声を浴び、グロリアーナはリングへと上がった。
「対するは、かち割りココナッツ、黎明華ーッ!」
 たぶん、その異名に特に意味はない。意味はないが、ローザマリアのアナウンスは割と本格的だった。このことからも、今行われているこれがもはや授業ではなく立派なプロレスの試合なのだと分かる。
 先程のジェライザ対学人は、さしずめ前座試合といったところだろう。
 というか、授業教えろよという話だが。完全にやりたい放題やってるだけだった。
 さて、リングの上ではグロリアーナと黎明華がお互い睨み合っている。最初に口火を切ったのは、グロリアーナだった。
「妾がリングの王だ!」
「むむ〜……さすが大英帝国女王! すごい気迫なのだ〜! でも黎明華も負けてないのだ! こう見えても学生時代、夕方六時きっかり、大型スーパーのお惣菜試食コーナーに日参し、周りから同じ呼び名で呼ばれていたのだ!」
 同じ呼び名? ギャラリーはなんのことか分からず一瞬考え、やがて答えに辿りつく。辿り着いたが、それは書けない答えだった。
 だいえいていこく女王。ていこくは定刻。ならばだいえいは……きっとこれ以上推理を進めたらアウトだ。
 グロリアーナはそんな黎明華の主張をふっと一笑に付すと、手をくいくいと動かし威勢良く挑発した。
「Know your role,and Just bring it!」
 訳せば、「身の程を知れ、かかってこい!」といったところだろうか。しかしパラ実の黎明華にそんな高度な翻訳は不可能だった。
「の、のーゆあろー、あんじゃすぶりんぎ!?」
 必死で日本語に直す黎明華。しかし、一秒で諦めた。
「ひゃっはあっ! 大体こういうのはノーって言うのが正解なのだ〜! さあ、いくのだ!!」
 ふたりがガシッと組み合い、試合が始まった。
 先程の試合もそうだったが、どうもヌルヌルオイルのせいか、見る者によっては邪な考えが入ってしまう。グロリアーナは抜群のプロポーションを強調するような、デニムのホットパンツとノースリーブ。そして黎明華はパラ実セーラー服の下に水着を着用していた。
 情熱的かつ大胆、そして健康的なセクシーさを持つグロリアーナのコスチュームと、見えそうで見えない、きわどい危うさを持つ黎明華のコスチューム。ふたりの勝負は、この時点では互角だった。
 が、実際試合が始まると、展開は一方的なものとなった。
「はっ!」
 横四方固めを仕掛けるグロリアーナに対し、黎明華はあっさりと捕まってしまう。
「どうした? こんなものか!」
「ま、まだまだなのだ〜!」
 グロリアーナはアームロック、タワーブリッジとどんどん技を展開させていく。それを余すことなく、黎明華は受けていた。
「おっと〜! 今のも、受け身を取っていなかったら危なかったのだ〜!」
 オイルのためヌルリと抜けたグロリアーナの技、そこから離れる際両者共に転倒するが、黎明華はそんなことを言いながら体勢を立てなおしていた。
 彼女の一言で、これがまさしく「プロレス」であることを悟る。どうやら黎明華は、あえて技をその身に受けているようなのだ。おそらくは、受け身の見本を多く示すためであろう。
 ただ、彼女が受け身をとればとるほど、着ているセーラー服はヌルヌル具合を増し、なんともアダルティな格好となっていた。これぞ黎明華の必殺、お色気受け身である。
 試合も終盤に差し掛かった頃だった。
「そろそろ大技を出させてもらう!」
 グロリアーナは言うと、黎明華を前かがみの体勢にさせた。さらに彼女の両腕を奪うとそこに自分の腕を絡め、そのままジャンプする。腕をホールドされたままの黎明華は、その厳しい姿勢のままマットへと叩きつけられた。
「ロイヤル・ボム!」
「さ、裂けるのだ〜!」
 落下の衝撃は、下の泥沼とオイルのおかげで大したダメージではなかった。が、黎明華がそう叫んだ通り、彼女は裂けそうになっていた。といっても、腕がではない。服だ。
 何度もグロリアーナの攻撃を受け、さらにとどめとばかりに無理な体勢を取らされたことで、彼女のセーラー服の耐久度は限りなく低くなっていた。
 そして、その時は訪れた。
 びり、と音がして、黎明華のセーラー服が破けてしまったのだ。下に着ていた水着だけの姿になった黎明華は、ヌルヌルの体もあいまって、かなりきわどいビジュアルになっていた。しかし当の本人は、さほど気にしていないようである。
「これなら、裸要素もおしゃれ要素もばっちりなのだ〜! しっかりと注目するのだ〜!!」
 そう生徒たちに言った黎明華は、むしろ見てほしがっているようにも思えた。のだが、彼女の元気さは長くは続かなかった。見本という形でグロリアーナの技を受け続けた黎明華の体は、実は結構限界がきていたのだ。
「ひゃ、ひゃっはあ……はれっ?」
 ふらっと足元がよろめく黎明華。そこにグロリアーナの一撃が決まり、終了のゴングは鳴らされた。満足そうにリングを去るグロリアーナ、そして黎明華だったが、生徒たちの心には受け身とかプロレスとかより、なんかヌルヌルしてて楽しそうという印象が強く残ったのだった。



 嵐が去った後のリング。
 撤去作業が行われるかと思いきや、そこにはまだ講師が残っていた。
「はーいみなさんっ! プロレスの後は、柔道を教えますよ!」
 言って、リングに立っているのはサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)だった。以前シボラを訪れた時のように、彼女は既に全裸になっていた。原住民により馴染むためである。当初はかなり羞恥心があったものの、今ではごらんの様子である。慣れとは怖いものだ。
「柔術の力をもってすれば、体をダメージから守ることができるんです! さっきいっぱい見せてくれた受け身がいい例ですねっ!」
 生徒たちに説くサクラコ。
「とはいえ、全裸ではやっぱり心許ない時もありますよね? 力を逸らすには、もう一押し必要です!」
 言うと、彼女は隠し持っていたアイテムをかざし、生徒たちに見せた。
 それは、「シボラのバター」だった。なんのことはない、シボラ産のバターである。それを食べて栄養をつけろということなのだろうか? 
 否。サクラコの選択は、常人の発想を超えていた。
「これを、裸体に塗りたくります! これなら、寝技で押さえつけられよーがご立派な槍で突かれよーが、ぬるりと回避することが可能というわけですね。これぞまさに、ベベキンゾのための柔術! いわばベベキンゾ柔術!!」
 自信満々にそう主張するサクラコ。というかもうリングの上にいる以上彼女は既にヌルヌルなのだが、構わずその体にバターを塗っていく。
 オイルですべってうまく体に塗れない。でも頑張って塗る。塗れない。塗る。塗れない。
「……何やってるんだ、サクラコ。なんだベベキンゾ柔術って」
 その様子を見かねた契約者、白砂 司(しらすな・つかさ)はリングの外から声をかけた。
「あっ、司君どこ行ってたんですか? 早くベベキンゾ柔術教えますよー!」
「……う」
 振り向き、司に声をかけるサクラコ。それを見た司は、あまりの惨状に言葉を失った。おそらく全身にバターを塗りたくる予定だったサクラコ。しかしオイルにところどころ体をつけてしまっていたため、それは出来なかった。結果、サクラコは部分的にバターを体にかけるだけとなっていた。それは、オイルにひたってない部分――顔だ。
 つまり、顔面のみにバターが付着した状態であり、それはなんというか、一歩間違えばアウトなように見えた。
「サ、サクラコ! それはまずいだろう!」
 元々、全裸でバターを塗ると聞いた時から彼、司は止める気満々だった。そんなあられもない状態で取っ組み合いの柔術なんかされた日には、たまったものではない。しかし今、彼女は司が思っていた以上に、あられもない状態になっていた。
「どうしても、やるのか……?」
「当たり前ですよー、たくさんお世話になったんですから、恩返ししないとっ」
 司は思い返す。確かに、原住民にはお世話になった。色々な風習も教わった。下腹部のブツを「コエダ」と呼ぶこと。コエダは自然と同化し、守ってくれるものなのだということ。立派なコエダ持ちは「オオエダ」と呼ばれることなどなど。
 司はこみ上げてきた思い出に抗えず、サクラコに向かって言った。
「……にしろ」
「え?」
「せめて、俺を相手にしろ!」
 どうやら、彼もリングに上がる決意ができたようだ。もっとも、サクラコは最初からそのつもりだったようだが。
「あら、司君もやる気出てきましたねー」
「べべべべつに、そういう意味のアレじゃないからな!」
「?」
 首を傾げるサクラコを尻目に、司は勢い良くリングに上がった。そして再びゴングが鳴ると、彼らのあられもない柔術は始まるのだった。
 この時服を脱いでいた司のコエダが果たしてオオエダになったのか。それは各々の想像に任せるとしよう。