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chapter.7 一日目(五時間目・保健体育) 


 舞台はシボラ学校へ戻る。
 給食を食べ終えた彼らは、五時間目を迎えていた。五時間目は体育ということで、生徒たちは揃って教室の外へと出ていた。季節的にまだ暖かいとまでは感じられなかったが、日差しのおかげで震えるほどの寒さもない。
 体育座りをした彼らは、これまた聞きなれない科目に胸をドキドキさせていた。
 保健体育とは、一体どんなことをするのだろう?
 特に保健というワードには、彼らでなくとも、健全な男子生徒なら一度は反応したことがあるだろう。さて、そんなどきどきわくわくの保健体育の教師として最初に出てきたのは、なんと年頃の女性であった。
 ばっ、と勢い良く生徒たちの前に現れたその女性は、飛び出るやいなやみんなの期待を裏切った。
「保健体育と聞いて、セクシーお姉さんが色々教えてくれるとか期待したか!? 残念、俺だ!」
 現れたのは、女性らしさがほとんどないバンカラスタイルの姫宮 和希(ひめみや・かずき)だった。
 世の中こんなものである。和希は今からやることについて話した。
「俺は体を動かすのが好きだ! だから、体づくりのための軽いトレーニングや、ストレッチなんかを教えるぜ!」
 とはいえ、生徒たちは別にセクシーな保健授業を最初から望んでいたわけではない。彼らはさほど落胆の様子を見せなかった。
 いや、約一名。ものすごい落ち込んでいる者がいた。
 原住民と一緒に授業を受けていた、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)だ。
「保健の授業と聞いて、お兄さんとっても期待していましたよ……ええ、それはもうとっても……」
 彼はそれはもう、この世の楽しみをすべて奪われたのかってくらい落ち込んでいた。まあ、それも失礼な話だが。その一方で和希は元気に説明を続ける。
「ベベキンゾ族は鍛え上げることで華麗な肉体美を披露できるし、パパリコーレ族だってお気に入りの服を着るためはプロポーション維持が大事だろ? あ、もちろん、一緒にきたコントラクターたちの参加も歓迎だからな!」
 ちなみに和希の話によれば、無理して体を痛めた時のため、整体術も教えるとのことだった。
「セイタイジュツ?」
 聞きなれない単語にベベキンゾが疑問を投げかけると、和希は少し考えた後、ぽんと手を叩いて言った。
「うーん、口で説明するのが難しいな……これは、実際やってみせた方が早いな! てことで、ちょっとそこのおまえ、こっち来てくれ!」
 和希が生徒たちの中からひとりを指差す。それは、クドだった。
「え? お兄さんですか?」
 保健の授業じゃないなら帰ろうかな、そんな風に考えていたのが見透かされたのだろうか。クドは少しびっくりしつつも、大人しく前に出てくる。
「いいか? みんなよく見とくんだぜ? 整体術ってのは、骨格を矯正して、体をすっきりさせるすごい技なんだ。骨格を矯正するってことは、要するに骨に詳しくなきゃダメってことだな」
 言いながら、和希はクドを地面に寝かせた。クドはこれから何が始まるんだと心配になるが、よくよく考えれば和希もれっきとした女性。
 目の前の女性に寝かされ、何をされるのだろうと思うと期待と興奮があっさり不安を上回った。
 和希は生徒たちに向け、骨格の矯正について話を続ける。
「だが大丈夫。関節技を俺は使えるから、それの応用でこうやってこんな風に……」
 和希がクドの腰に両手を当てる。そして。
「うっっはあぁぁああああっ!?」
 ボキ、と歪な音がして、クドは悲鳴を上げた。たぶん折れた。
 口から泡を吹いて白目を剥いたクドを見て、和希は「あ、これもしかしてやっちまったか?」と思ったが、生徒たちの手前、正直にそんなことは言えない。和希は誤魔化す作戦に出た。
「ほ、ほら幸せそうな顔だろ? 俺に任せとけば、どんなヤツも昇天するほど気持ち良くなれるぜ?」
 和希にとって唯一、不幸中の幸いだったのは、クドの口元が笑っているようになっていたことだろう。
 この時ばかりは、彼の「そういうプレイが好き」という特殊な性癖が役立った。が、さすがに生徒たちはそのくらいでは騙されなかった。
「さあ、希望者は並んでくれよ!」
「オト、ソレアブナイオト」
「体内のデザインが、きっとおかしな構図になってるね」
 和希の誘いには、誰も乗ってこなかったという。



 少しざわついていた空気が収まり、和希と入れ替わるようにして生徒たちの前に出てきたのは、ルイ・フリード(るい・ふりーど)だった。
 ルイはふんどし一丁で己の肉体を存分にアピールしつつ、自己紹介をした。
「はじめまして、みなさん! 私は今、とても感動しています!」
 そんな出だしに、一同は「?」と首をひねる。するとルイは、続きを話し出した。
「私は今この学校が建っている事実に感動しています! いがみ合っていた者同士が手を取り合い、お互いの未来のために学校を作る……実に素晴らしいではないですか!」
 そこまでを言うと、ルイはドンと胸を叩き、「私のお力、ぜひお貸しします!」と力強く言ってみせた。教師としての意欲満々、といったところだろうか。
 そんなルイは、一体何を彼らに伝えようとしているのだろうか。それは、すぐ彼の口から明かされた。
「ふむ……ふむ、そうですね。カバディをやりましょう!」
「?」
 カバディが何なのか分からず、生徒たちは一斉に疑問符を浮かべた。というか、カバディを知っている者でも、「なぜ急にカバディ?」という疑問が湧く。カバディって、そんな真っ先に浮かぶほどメジャーな競技だったっけ? と。
 しかし、ルイにはルイなりの考えがそこにあったのだ。
 ――おそらく、彼らが食料を調達する際に用いる主な手段は狩りだ。
 そう考えたルイは、狩りをより上手に行えるようにするには何を鍛えるべきか思考を働かせた。
 たとえば、それは精神的な忍耐。たとえばそれは瞬発力。
 それらを鍛える手段としてルイが思い浮かべたのが、カバディなのである。
 しかもこれならば、道具を必要とせず、開けた場所さえあれば行うことが可能だ。ルイは、そこまで考えていたのだ。
「必要なのは、地面に書いたフィールド、そして己の肉体のみです!」
 ルイがそう誇らしげに言って、カバディについて軽く説明を始める。
 ここで、念のためカバディを知らない者にも分かるよう簡単に説明しよう。
 カバディとは、ざっくり言えば常にカバディと言い続けながらコート内で相手にタッチするゲームである。確かに忍耐力や瞬発力は鍛えられるだろう。
 そうこうしているうちにルイの説明が終わり、生徒たちも面白そうだと立ち上がって地面にフィールドを描く。
 そして準備が終わると、大きくルイが始まりの合図を口にした。
「さあ、レッツコミュニケーション!!」
 同時に、ルイも生徒たちの輪の中に飛び込む。そして男たちの熱いカバディ勝負が始まった。
「カバディカバディカバディカバディカバディ……」
「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ……」
「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ……」
「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ……」
 物凄く楽しそうに盛り上がる生徒たちとルイ。
 いや、字面では分かりづらいが、本当に彼らは盛り上がっている。
「カバディカバディカバディカバディ……」
「カバディカバディカバディカバディカバディカバディ……」
 盛り上がっているのだ。本当だ。嘘ではない。
「カバディカバディカバディカバディ……」
「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ……」
 すごい楽しそうだ。あまりに楽しみ過ぎた彼らは声が次第に大きくなり、かなりのボリュームでカバディがシボラの空に響く。
「ん……んん?」
 その音に、先程失神していたクドも目を覚ました。彼は目の前で大勢の男が何やらカバディカバディ言いながら動いているのを見て、驚くと同時に胸が高鳴った。
「カ……カバディ!?」
 思わずそう口にするクド。それを見つけたルイが、手招きする。
「あなたも混ざりたいのですかカバディ? さあどうぞカバディ、遠慮せずカバディ!」
「カ……カバディ!!」
 あたかもカバディが合言葉であるかのように、クドは頷き、駆け出した。正直ルールとかまったく知らなかったが、カバディという響きは彼にとって何とも甘美なものだったのだ。
 そして青空の下、ルイやクドは生徒たちと共に爽やかな汗を流した。
「カバディカバディカバディカバディカバディカバディ……」
「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ……」
 爽やかな汗を流しているのだ。本当だ。



 カバディを遊びつくした生徒たちは、疲れきっていた。
 体育の授業が最後で良かった、そんな風に思うまでに、生徒たちはすべてを出し尽くしたのだ。しかし、本日の授業はこれで終わりだが、学校は授業が終われば終わりではない。
 そう、放課後だ。
 学校といえば放課後、そして放課後といえば部活である。
「みんな、保健体育はどうだった? おしべとめしべについてたっぷり学んだ……って、何!? この爽やかな汗!」
 保健体育で色々なことを学んだだろうと勝手に想像していた雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は、外で座ったり寝転んだりしている生徒たちを見て、驚きの声を上げた。
 以前シボラを訪れた際、彼らから尊敬の眼差しを浴び、偉人と称された数少ないひとりであるリナリエッタは、再訪に際し、「エロスを広めよう」と思っていた。それが自称エロスのミューズである彼女なりの、大人の授業でありいけない課外授業であった。
 彼女の服装もまた、その行動目的を表していた。一見、ブラウスにスカートと無難な格好に見えるのだが、実はその下には一切の下着を着けていない。ド変態だった。
 だがあえて言おう。
 下着をつけた上でブラウスとスカートを着ているその無難な格好もまた、時にはエロスなのだと。

 まあそれはどうでもいいとして、リナリエッタはどうにか生徒たちの内に秘めたエロスを引き出したかった。しかし、実際はご覧の有様である。見事な青春模様だ。
 そこで彼女は、あることを思いついた。
「学校の中でエロスを引き出すには……授業からじゃなく、生徒同士で育まれるべきものかもね」
 言って、彼女が実行したこと。それは、部活を行い、その顧問として動くことであった。リナリエッタは早速、生徒たちに話をする。
「みんな聞いて。学校ではね、放課後に好きな人同士でなにかしら活動をやることがあるのよ。クラブ活動ってヤツ」
 運動のためのそれや、屋内で静かに行うそれがあることを説明しつつ、リナリエッタは話す。
「で、私もひとつの部活動を監督することにしたの。その部活の名前は、『ぱんつはかない部』よ!」
「?」
 カバディに引き続き、またもや目が点になる生徒たち。リナリエッタはひとつずつ説明していく。
「ぱんつはかない部。それはね、ありとあらゆる行動を、ぱんつをはかないことによって制限をつけ、エロスを高めあうという崇高な理念の下に誕生した部活よ」
 リナリエッタによれば、運動時や楽器演奏時、一切の下着をつけないことで、逆に精神を研ぎ澄まし、集中力を発揮させることが可能だという。
 もちろんそんなことは、医学的にも科学的にも証明されていない。が、とりあえず彼女は、顧問的なことがやりたくて仕方ないようだった。
「略して『ぱんない!』でいいわね。放課後にお茶するだけでもいいから、エロスに目覚めなさい」
 どこかのアニメに影響でも受けたかのような発言のリナリエッタ。ちなみにその作品にエロスは絡んでこなかったと、当方は記憶している。
「ブ、ブカツ」
「下着をつけなくても、おしゃれは保てるかな」
 生徒たちはゆっくりと立ち上がった。正直カバディのやり過ぎで体力はあまり残っていなかったが、偉人の言うことは聞いておくべきだ。彼らは何をするべきか、リナリエッタに尋ねた。
 が、それに答えたのは、リナリエッタではなくパートナーのベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)だった。ベファーナは、ここぞとばかりにずい、と前に出て発言する。
 なにか、以前シボラに来た時に目立てなかったことを反省でもしているかのようだ。
「とりあえず……Yシャツ一枚になってランニングしましょうか。きっと綺麗なフォームになりますよ」
 言われるまま、訳もわからずベファーナの指示する格好へと着替える生徒たち。
 と言っても、パパリコーレはまだしも、ベベキンゾは元から何も着ていないので、普通に上からYシャツを羽織っただけだ。
 生徒たちから「あれ、言った本人は?」というような視線を集めたベファーナだったが、なにしろ男装の麗人というスタンスを貫いているベファーナ。そのへんを踏まえると、露出させるわけにはいかなかった。
「え? 私ですか? いやほら、色々なものを守るためにも、そういう格好はちょっと。ジャージを着ます」
 他人に裸Yシャツをさせておいて、自らは色々なものを――おそらく、主にキャラ的なものを守るためジャージを着る。なんという横暴な吸血鬼だろうか。裸の上に直接ジャージを着ているのが、せめてもの罪滅ぼしである。
「なんか、こういう格好してるとマネージャーみたいですね」
 ベファーナは、呑気にそんなことを言っている。偉人であるリナリエッタのパートナーでなければ、問答無用で全裸にされていてもおかしくないだろう。

 そうしてノーパンでYシャツ一枚だけになった生徒たちは「ぱんない部」としてランニング――まあ、彼らからしたらカバディの後のクールダウン的なことをし始めた。
「げ、元気なのね……」
 その様子を観察していた式部が、若干引き気味に呟いた。
 と、そこに新たな登場人物が出てくる。
「放課後汗水垂らす生徒たち……でも、ただランニングするだけじゃ芸がないよ」
 不穏な空気をまとわせ、そう言いながら現れたのはブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)。横にはパートナーのステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)も立っていた。
 不気味な出で立ちのブルタに怯む生徒たちだったが、ブルタは構わず話を切り出した。
「そんなことより、野球しようじゃないか」
「?」
 もう生徒たちは、ハテナを浮かべっきりである。
 カバディの後は裸Yシャツでランニングを迫られ、その後は野球。超体育会系もいいところだ。
 というより、なぜブルタは突然このような提案をしたのだろうか?

 ブルタは、シボラがパラ実の分校を作るに相応しい土地だと思っていた。
 まあブルタは薔薇の学舎なのでパラ実の分校どうたらこうたらは割と関係ないのだが、気分的にはパラ実のつもりなのだ。
 そして、パラ実といえば野球だ。いや、パラ実に相応しい言い方をするなら「瞑須暴瑠(べいすぼうる)」か。ともかく、その野球をここで広めれば、パラ実シボラ分校もあり得るのでは、とブルタは思ったのだ。
 何より、パラミタの各地に野球が広まれば、いつの日かパラミタ野球大会だって開けるかもしれない。ブルタの夢は、その外見に似合わず、意外とピュアだった。
「ヤキュウ?」
 ランニングを一旦止め、生徒がブルタの言葉を反芻する。ランニングを率いていたベファーナと、後ろから自転車で追い立てていたリナリエッタは「野球するにも、まず体力がいるでしょ。じゃあ走らないと」などとそれっぽい理屈を立てていたが、生徒たちはひとまずブルタの話を聞くことにした。
「ああそうか、野球のルールを教えないとね」
 言って、ブルタは話し始める。しかしその内容は、聞くに耐えないものだった。
「野球には、これだけは憶えておかなきゃいけない大事なルールがある。それは野球拳というものだよ。点を入れ合うゲームなんだけど、入れられたチームは衣服を脱がなきゃいけないんだ」
 ここでリナリエッタは、同じエロスの魂を抱える者として彼の狙いに気付く。
 ははーん。こいつさては、そのうち対外試合させて、相手チームを脱がそうとしてるな、と。
 考えてみれば、ベベキンゾ族は裸族、脱ぐ者すらないのならそれは最強であり、パパリコーレ族も過度に着飾っているなら脱ぐアイテムはたくさんあるのだから、ブルタがこのチームを率いて女性チームと対戦でもしようものなら、あられもない光景がそこには広がってしまう。
「ちょっと、何教えてるの……」
 さすがに見かねた式部が口を挟みにくると、ブルタは勢い良く振り返り、気持ち悪いトーンで反論した。
「野球だよ! そしてこの競技は、ボクがルールブックだ!」
 その勢いに後ずさる式部に、ステンノーラがダメ押しとばかりに口を開く。
「あなたも、参加されては?」
「え? 私? なんで私がそんな卑猥な競技に……」
「ああ、そうでしたか。あの有名な十二単は、体のラインが隠れますものね。見せるに忍びない体というわけですね」
「ちがっ……」
 激昂しかけて、式部は我に返る。ここで挑発に乗ってしまっては、思うつぼだ。式部は冷静に反論した。
「そもそも、今生徒さんたち、こんな格好でしょ。一点取られたらおしまいじゃない」
 式部が生徒たちを指差す。確かに彼女の言う通り、リナリエッタとベファーナの謎の部活の指導のせいで、彼らは今オール裸Yシャツなのだ。
「しまった……」
 ブルタが小さく漏らすと同時、リナリエッタも同じことを心の中で呟いた。
 せっかくエロスな展開が訪れようとしていたのに、自ら枷を設けてしまうとは。そこにメジャーも駆けつけたことで、事態はさらに収束へと向かった。
「ヘイ! 放課後だからハメをはずすのは分かるけど、明日も授業があるから、そのつもりでいてくれよ!」
 その言葉で、生徒たちもはっとした。
 体力が尽きるだけならまだしも、色々はしゃぎすぎて教室に入室禁止なんてことになっては事だ。生徒たちはその重大さに気づくと、「すません、すませんした」と挨拶だけは野球少年のそれっぽい感じで、次々と去っていった。
「……あーあ」
 リナリエッタが肩を落とした。残念ながらシボラにぱんない部と野球及び野球拳が根付くのは、大分先のことになりそうである。
 その後、夜を迎えた生徒たちは今日の疲れを癒すため、深い眠りへと落ちていった。