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海の都で逢いましょう

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●Crossroads(5)

 エヴァっち、つまりエヴァは、そのころどうしていたか。
 実はそれほど離れたところにいるわけではなかった。

 バーベキューと言ったところで、ヘヴィな食べ物ばかりでは飽きてしまうものだろう。大丈夫、ちゃんとそれ以外のものも用意されている。
 それはすなわち、デザートコーナーだ。
「いやぁ相変わらずいい食べっぷりだねぇローラ」
 柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)はうっとりとした様子でローラ・ブラウアヒメルを眺めていた。現在彼女は、満面の笑顔でわっしわっしとケーキやプディング、菓子パイなどのデザートを平らげているのだった。で、桂輔はそんなローラの求めに応じて、デザートバイキングコーナーに足繁く向かっては、ローラのテーブルまでお菓子を運び続けているのである。
 今日は良い日だ、と桂輔は思っている。同行のアルマ・ライラック(あるま・らいらっく)が目を光らせているから、堂々と鑑賞することこそできないものの、各校から可愛い女の子がたくさん集まっており、しかもその大半が水着なので(パーカーを着ていようとその下を心の目で見て)愉しむことができるからだ。
 ぺったんな娘(こ)もいい、掌サイズの娘も、けれど一番楽しいのは豊かなバストの娘だ。いい姿を見たときは、ちゃんと心のフォルダに保存するようにしている。
「桂輔、なぜそんなにニヤニヤしているんですか」
 さっそく監視役アルマが叱咤してきた。「不本意ながら……」と言いながらアルマは水着姿、ただし上は紫色のパーカーだ。
「え〜? ニヤニヤしてないって〜」
 本当だよう、と言いながら、やっぱり桂輔の顔は笑み崩れているのであった。
 なぜなら、今日ウロウロしていて再会できたローラは、コスプレゾーンから出るためにロイヤルガードコスプレを脱いだとかで……つまり水着一枚になっているのである。
 ただでさえ肉感的で挑発的(と桂輔が思っている)な蒼空学園の女子水着だ。ローラはその小さな布にはちきれんばかりのバストを収め、腰のくびれも絶妙、きゅっとしまったヒップも見事で、ゆるやかな背中のラインまで含めてまるでモデル体型、そんなアダルトボディな彼女なのに、顔はまるっきり幼いのもアンバランスで良い。精神状態も体より顔の印象そのままで、完全無防備でぱくぱく、桂輔が運んでくるスイーツの数々を食べてニコニコしているのだった。
 当然、ローラの動きに合わせて揺れるところは揺れる。絶景である。
「ローラ、こっちのケーキも食べるか〜」
「ありがと! 桂輔、大好き!」
 と、素直すぎるくらい素直に、彼女が好意を示してくれるのも桂輔は嬉しかった。
 本当に良い子だよなぁ、と思う反面、悪いやつに騙されないかなぁ、と心配にもなってくる。
 とりあえず桂輔がやっているのは『交流』であり、ナンパをしているわけでもないので、どうも不埒なものを感じないわけではなかったが、アルマはこれを黙って見守っているというのが現状だ。
 このとき桂輔のすぐ隣に、エヴァ・ヴォルテールの姿があった。煉と同じで風紀委員用の黒制服姿だ。気がつけば彼女はここにいたのだ。風紀委員として巡回していたはずが、ケーキのもたらす『引力』には逆らえなかったというわけか。
「く……我慢しろといわれても、やっぱりあのおいしそうな料理の山は見逃せねぇ!」
 エヴァはしきりとキョロキョロして、風紀委員の姿がないのを確認すると、
「あ、あのケーキおいしそうだな! いっただきまーす!」
 カエルが昆虫を舌で捕まえるより早く、エヴァは手を伸ばしてケーキを掴んだ……が、
「ああ、このケーキ美味いよなぁ」
 と頭上から呼びかけられて彼女は飛び上がった。
 キロス・コンモドゥスであった。一応、エヴァとも顔見知りではある。
「なんだそんなに驚いて?」
「いや、こ、これは風紀委員として必要な調査であって……ええと……」
 そのように騒いで見つからないはずがない。すぐに煉が香菜と連れだってやってきた。
「……おい、エヴァっち。少し気を抜くといっても、仕事中だぞ。またルルに怒られて燃やされたいのか?」
 煉に見とがめられたこと、それ自体は恐ろしいことではない。しかしルル――つまり風紀委員のルージュに報告されるというのは、エヴァにとって本当に恐ろしいことであった。
「ごめん、お願いだから告げ口はしないでくれ! あの人ほんと容赦なく燃やしてくるんだよ……!」
 言いながらエヴァは青ざめ、膝を付いて懇願している。
「まあケーキのひとつやふたつ、許してやれよ
 キロスも口添えたこともあり、おとがめなし、となったので、エヴァはやれやれと安堵の吐息をついてケーキにフォークを入れた。
 これがきっかけとなり、煉もローラと出会うことができた。
「よう、楽しんでるみたいだな、Ρ(ロー)……いや、ローラ」
「うん、楽しんでる」
 ローラはにっぱりと笑った。しかしその笑顔はすぐに萎むことになる。
「あれからパイとは会えたか?」
 と煉が聞いたからである。ローラはうなだれて首を振ったのである。悪いこと聞いちまったかな、と言葉を濁したものの、それでも前向きに煉は言うことにした。
「まぁ和解は出来たんだし、またいつか会える日もくるさ。大切な親友なんだろう? 大切にしろよ」
 そう言って、自分より背の高いローラの頭を彼は撫でた。
 これがなんとなく、面白くない桂輔だったりする。桂輔とて煉のことは、風紀委員として知っている。その彼が、ローラの頭を撫でることができるほど彼女と親しいとは知らなかった。嫉妬とかそういうのではないが、さっきまで桂輔に「大好き!」とか言っていたローラ(その発言に深い意味はないことくらい判っているけれど)が、他の男に懐いているみたいでモヤモヤする。
「よーし、次は大きなチーズケーキだ。持っていっていいか−」
 桂輔はそこでこうローラに呼びかけ、ちょっと形の崩れたチーズケーキを皿に乗せて運んだ。
 このとき、桂輔の中に巣くうモヤモヤが足を引っ張ったのだろうか。
「……ってやばっ砂に足を取られた!?」
 何でもないところで彼は転んでしまった――しかもローラの立つ方角めがけて!
「ちょっやば、ローラ逃げてぇぇぇ!」
「なに?」
 大きな目をくりっとさせてローラは桂輔のほうを見た。
 どしっ、と両者は激突した。そしてもつれ合って転倒したのだ。
 最初に身を起こしたのは桂輔だった。
「いつつつ、あ〜せっかく取ってきた食材が……って何か右手に柔らかい感触……が」
 砂地をつかむつもりで、彼がむぎゅっと右手で握ったもの、それがとても柔らかいものであったということは書いておかねばなるまい。
 そもそも、桂輔はまるでダメージを受けることなく、柔らかなクッション状のものに顔面を埋めていたということも、書いておかねばなるまい。
 さらに、ラッキースケベという日本語も書いておかねばなるまい。
 つまり状況は、これを読んでいる人が現在想像しているであろう内容そのままだ。
 不幸中の幸いは、ローラが怒ったり悲鳴を上げたりせず、笑い出したことだったろうか。
「あはは、くすぐったいよ桂輔、赤ちゃんみたい」
 だがローラの反応がどうあれ、カタパルトから放たれた戦闘機のようにアルマが猛ダッシュしていたこと、それと、
「流石にこの場で不埒な行為はしないと思っていましたが……考えが甘かったようですね」
 の一言とともに、肘、膝、とどめに拳という三連コンボな鉄拳制裁を桂輔に喰らわせたということも、書いておかねばなるまい。
「はわーーーーーー!」
 天国から地獄へ、桂輔は数秒で大移動を経験するはめになった。