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海の都で逢いましょう

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海の都で逢いましょう
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●I Want It That Way

 想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)の足は歩きから、すぐに小走り、全力疾走へと変化した。
 黒パンの水着にパーカーを羽織り、息を切らせて夢悠は彼女の姿を求め続けている。
 彼女――雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)の姿を。
「ちょっと、待ちなさいよ」
 想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)が抗議の声を上げている。これまでなら、先導するのはまず百中九十九は義姉の瑠兎子で、夢悠はそんな彼女に振り回されるのが普通だった。それなのに見よ、現在彼は、と青のストライプ柄ビキニ、白のロンTワンピを着た義姉を置いて行きそうな勢いだ。
 確かに広い会場だった。思っていたよりずっと広い。九校合同というだけあて参加者も多数だ。だから見落としたのだろうか。もう随分かけずり回っているが、夢悠はまだ雅羅の姿を見ていない。
 所属学校が違うから、これは滅多にない重要な機会なのだ。
 焦っているかって? ……その通り。
 きっかけはあの春の日だ。偶然、夢悠は音楽ショップで雅羅とめぐり逢うことができた。そのとき彼のパートナー想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)が雅羅にプレゼントした楽曲――そのテーマが『君』を探す『僕』というものだったことが、今の夢悠の焦りにつながっている。
 探し求めながら、『君』……雅羅に辿り着けないかもしれないという不安が芽生えたのだ。
 この不安に潰されてしまうような夢悠ではない。そんな時期もあったかもしれないが、少なくとも今は絶対に違う。
 探すだけでは嫌だ――これが現在の夢悠の考えだ。
 君を見つけたら、次は君がオレを探すような。
 君の目を離さないオレになりたい。

 そのとき雅羅は遅れ気味に到着し、さっそく同会場で四谷 大助(しや・だいすけ)と遭遇していた。
「……っと。ほら、焼けたぞ七乃。ちゃんと野菜も食えよ」
 大助は、パートナーの四谷 七乃(しや・ななの)の皿にとる野菜を見つくろっていた。カボチャにピーマン、ナス、あるいは玉ねぎ……。
「あう……マスター、ピーマン食べなきゃダメですかー……?」
 七乃が弱々しく抵抗するも彼は聞かない。
「そりゃそうだろう。ピーマンは代表的な野菜だ」
「あうう……やっぱりそうですね……」
 このときふと顔をあげた大助の目が、雅羅の目と合った。
「あ……」
 大助は目を逸らしかけたが、すぐにその考えを捨てた。
「雅羅」
「Hi、大助」
 雅羅は静かに返事して近づいて来た。学校指定水着の上に、白いパーカーを着用した姿だ。長い脚がまぶしいくらいだが、大助にそれを見ている心の余裕はない。
 雅羅とバーベキューといえば、大助はどうしても一年前の七夕を思い出さずにはいられなかった。あのときは単純に、雅羅と仲良くなりたいとだけ思っていた。けれど今では、彼ははっきりと、彼女に恋している自分を自覚している。少し前には告白もした……まだ返事は得られていないが。
 それだけではない、つい先日の映画撮影のときのことだってある。それが今一番の問題だ。
 あのとき、大助は映画を台無しにしてまで雅羅のキスシーンを妨害しようとしたのだ。結果彼女は激怒し、『好きになった女に心配かけさせるな!』と怒った。その言葉をそのまま好意的に捉えられるほど大助は自信過剰ではない。
 どう話しかけたらいいかわからず、大助の視線は泳いでしまった。
「マスター……!」
 このとき唐突に七乃が口を開いた。
「七乃はもう一人でお肉も焼けますし、お口だって汚さないですよ! だから面倒は見なくていいです! ほら!」
 言うなり彼女は、まだ生焼けのピーマンをひとつ取ってガブリとかじったのだった。七乃にとってはひどく、勇気のいる行動だった。実際、少し涙目になっている。けれどこれで、意図は通じたと七乃は信じていた。――だからマスターも、ファイト! ですっ! という意図は。
「だからマスター、雅羅さんとゆっくりお話、してくださいね」
 苦いピーマンを噛み砕きながら七乃は言うのである。
 七乃がここまでやっているのだ。大助も意を決した。
「あの時は、本当にゴメン……自分でもどうかしてたと思う」
 雅羅の目を見ながら伝えた。
「あのキスシーンを認めてたら……雅羅が、オレから遠く離れていってしまう気がして……」
「そのことなら、もう私は怒ってないわ」雅羅は肩をすくめて言った。「まあ、私も怒りすぎたと思うし」
 さっぱりした性格の雅羅なので、おそらく言っている通りなのだろう。だが、足枷と鉄球の重りが足から外れたような感覚になるのはまだ早かった。
 雅羅は大助の袖を引き、七乃から離して問うたのだった。
「ところで大助、あなた今まで、女の子と付き合ったことないでしょう?」
「え? なんだよいきなり……」
「いいから。イエスかノーかで答えて」
「そ……その通りかもしれない……」
 やっぱり、というような顔をして雅羅は言った。
「いい、大助? あなた私に告白したってことはつまり、私と付き合いたい、ってことよね? でも『付き合う』って意味、ちゃんとわかってる?」
「意味、って……」
「付き合う……つまり恋人同士になるってのは、互いを尊重するってことなの。大助、先日の映画撮影のことに限らず、あなたのこれまでの私へのアプローチは、いつも自分のことしか考えていない……要するに自分本位すぎるのよ。ちゃんと恋人のいた経験ある男の子なら、もっと私のことを尊重してくれるわ。だから私、大助のことを『女の子と付き合った経験がない』って思ったの」
 このあたりはアメリカ流か、滔々と自説を展開して改めて雅羅は言い加えた。
「一度ゆっくりと考えてみて、あなたは私が好きなのか、それとも、私のことが好きな自分のことが好きなだけなのか。後者ならもうそろそろ目を覚ますべきよ。それとも、そんなアプローチにふさわしい別の女の子を見つけるか」
 ほとんど雅羅に圧倒される格好になったが、それでも、なんとか大助は答えることができた。
「……わかった」
 それを聞き、私の言いたいことはこれだけ、と雅羅は締めくくると、また大助の袖を引いて二人で七乃の元に戻った。
「七乃、話は終わったわ。さあ、バーベキューの続きをしましょう」
 そこから彼女はいつもの雅羅に戻って、大助にも分け隔てなく接してくれるようになったのである。
 男性らしく勢い良く火をくべながら、それからずっと、大助は言葉少なくその日を過ごすことになった。

 それから間もなくして、
「皆様お揃いですわね」
 と優雅に合流したのはアルセーネ・竹取(あるせーね・たけとり)であった。彼女もちゃんと、水着にレースの上着という姿での参加だ。それとほぼ同時に、
「もしかしたら………見つけられないんじゃないかと、思って……あ、こっちの話しだから! 気にしないで!」
 ぜえぜえと荒い息を吐きながら夢悠が加わったのである。夢悠は一度だけ大助のほうを見た。二人の視線が交差することはなかった。
「なんだかお疲れですわね? どうか致しまして?」
 アルセーネが朗らな口調ながら首をかしげた。
「色々と……立て込んでて」
 と夢悠が言ったところで瑠兎子もたどりついた。
「ああ、もう、会場中まわった気分よ」
 ふーっ、と息を吐きながらさっそく、取り出したカメラで瑠兎子は夢悠を撮影した。
「あっ! 瑠兎姉(るうねぇ)、何を?」
「何、って記念撮影よ。夢悠が気張っている様子が面白かったからね。流浪の弟君?」
 瑠兎子の『流浪』という表現には、「今日一日あちこち移動して回ったね」、という意味だけでなく「一年前の夢悠は別の女性へ恋していたのに、その想いを口にできないままいまは雅羅へ心を寄せているのね」という意味も含まれているのだが、さすがに夢悠にもそれは理解できないようだった。
 あまり口を利かない大助を訝りながら、夢悠は雅羅、アルセーネ、七乃とも話した。最初にも書いたが学校が違うため、彼らは毎日顔を合わせるわけではない。だから話題は自然、この一年間、一緒に冒険した思い出話や雅羅の災難に関わったりした話となった。
「でもそれももう、今は楽しい思い出かな?」
「そうかもしれないわね。思い出は、きっとこれからも増えるわ」
 雅羅が穏やかに言った。
 いい流れかもしれない、そうえて夢悠は切り出した。
「オレと瑠兎姉は何度か蒼空学園へ行って雅羅さんたちと会ってるけど、いつか、雅羅さんたちにもイルミンスールへ来てもらいたいなぁ」
 と、さりげなく手をさしだした。、
「いつかイルミンへ来てね、約束。それと……これからも宜しく。い、今まで以上に」
「行けたらいいわね。私もアルセーネも興味あるし……じゃ、これからも宜しく」
 雅羅はその手を握った。夢悠が若干雅羅の手を自分の方へ引くようにしているのには、気づいたのか気づいていないのか、特に反応は見せなかった。