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リアクション
chapter.3 突破
詩穂らやリカインらはいなくなったものの、依然門の前に立ち、謙二らを阻む者は残っていた。
その中のひとり、キャロライン・エルヴィラ・ハンター(きゃろらいん・えるう゛ぃらはんたー)はハンバーガーをもぐもぐと頬張りながら謙二のこれまでの言動に少し驚きを見せているようだった。
「Oh……Lastを通り越してKASEKI―SAMURAIね!」
「拙者の考えが、おかしいと申すか」
馬鹿にされたと感じたのか、謙二が食ってかかる。キャロラインはそれに軽快な口調で答えた。次のハンバーガーの袋を開けながら。
「女性は淑やかであるべき、なんて誰が決めたの?」
「古来からの常識だ。異国の者には分からぬかもしれぬが、日本ではそういう習わしがあるのだ」
謙二の回答にキャロラインは笑みを浮かべる。想定内の答えだったのだろう。キャロラインはみっつめのハンバーガーを食べながら言った。
「たしかにJapanではそうかもね。でも、このCan閣寺ってのは、WAYO―SETCHINAなのよ。んでもって、CanってのはStatesの言葉で『〜をすることができる』って意味」
「……?」
ちょこちょこ英単語を織り交ぜるキャロラインの言葉に首を傾げる謙二。キャロラインはそれに構わず、さらにハンバーガーを取り出しながら言う。
「要は、ここにはUSAの体現する『自由』があって、かつJapanの誇るWASABIをミックスした究極のHybrid―Tempuraなのよ!」
「西洋人がいくら天ぷらだのワサビだの言って日本を分かったつもりになっていようと、拙者は誤魔化されぬぞ。西洋人には、東洋の女性に対する価値観は分からぬもの」
キャロラインのボケなのか天然なのか分からない話を一蹴すると、謙二は溜め息をひとつ吐いた。その言動が癇に障ったのか、これまで黙って話を聞いていたキャロラインのパートナー、トーマス・ジェファーソン(とーます・じぇふぁーそん)が突如怒りだした。
「利いたふうな口をきくな〜ッ!!」
「っ!?」
突然上げられた大声に、謙二らが思わずトーマスの方を振り向く。見るとその顔は、真っ赤になっている。
「女性はお淑やかに、だと? そんなことで戦乱の世を生き抜ける訳がないだろうがっ!」
「おい、お主何を……」
謙二の言葉が引き金となったのは確かだが、当の本人はそれに気づいていないらしかった。困惑する謙二をよそに、トーマスはこれでもかとまくし立てた。
「いいか、よく聞けっ! 我がアメリカは、独立を勝ち取るために乱世の時代を男女分け隔てなく戦った。その折に培った精神で、己を決める選択権は自分自身にのみ帰属する権利である事が証明された。かように尊いその権利を潰し、お前の価値観を押し付けていい道理が一体、どこにあるというのだ?」
「いや、そもそも何を突然乱世などと……」
「この寺を見よっ! 確かにこの寺は大なり小なり乱れているかもしれん! つまりこれも、ひとつの乱世の形だ! そして、その乱世を生き残るのは、たくましく強き女だっ!!」
凛とした声が響く。あまりの迫力に思わず後ずさった謙二だったが、そこをトーマスは言葉でさらに押し出そうとする。
「一見、乱れているように見えるだろう。だが、その実この寺は乱世を生き抜く術を教えているに過ぎない。これより未来、お淑やかな女性は淘汰され、真の男女同権がもたらされる! そして、それこそが! 自由を尊ぶ精神をこの国にもたらすことになるのだ!」
もはや説得というより演説に近い口ぶりでそう話すトーマス。とどめとばかりに、トーマスはびしっと謙二を指さして言った。
「お前の浅慮な軽挙妄動は、道を正そうとしているように見えて、その実この国の未来をさん奪しようとしている行為にも等しい!」
ここまで黙って聞いていた謙二だったが、その上からものを言う態度が彼の気に食わなかったのか、謙二は鞘に収まったままの刀をどん、と地面に立て場を静めた。
「お主らの言葉など、所詮詭弁にすぎぬわ! もっともらしいことを言って煙に巻く算段であろう! その手には乗らぬ!!」
これ以上話には付き合わない、と固く心に決め、謙二が門を強引に通ろうとする。が、それを体を張ってレグルス・レオンハート(れぐるす・れおんはーと)が止めた。
「待て! 少し落ち着いて、冷静に考えた方がいいのではないか?」
「また無駄な話を持ち出すか」
既に頭に血が上りかけている謙二は、レグルスをどかそうとする。が、レグルスはその巨躯でもって、謙二の歩みを止めた。
「少し話だけでも聞いてくれ」
謙二の熱を少し冷まそうと声をかけるレグルス。彼と視線が合ったところで、レグルスはまだ話をする余地があると判断し、言葉を投げかけてみた。
「お前の言う理想の女性像を、すべての人間がそう感じるとは限らないんじゃないか? それに、様々な個性を持つ女性がいるからこそ、淑やかな女性を魅力的に感じるのではないだろうか?」
喧嘩腰ではない、あくまで考えのひとつとして提示したレグルスの言葉に、謙二は少しだけ沈黙をつくった。レグルスの言葉は確かに正論であり、それをぶつけられた謙二に残ったのは侍であるという信念だけであった。
が、それすらも、レグルスは揺さぶろうとする。
「自分の理想と異なる女性も受け入れる寛容さを持つことも、強い男として必要なことだと思うぞ」
「む……」
目の前のレグルスにことごとく反論を封じられ、謙二は言葉に詰まった。しかし、この状況においてなお、謙二は引き下がろうとしてはいなかった。
侍としての意地が、謙二に一度取った行動を貫かせようとしていたのかもしれない。
「男に二言はない。やると決めたら、やらねばならぬのだ」
「……どうしてもか」
レグルスの問いに頷く謙二。それを見たレグルスは、仕方ないといった表情で、両手をばっと広げた。
「なら、俺を倒してからにするがいい!」
「……拙者は、関係のない者を巻き添えにする気はない。そこをどくのだ!」
謙二は刀を抜けずにいた。いくら邪魔をする者といえども、目の前の男には恨みもないし目的にも合致していない。
互いに手は出していないが、緊張感に包まれた空間。
そこに、階段を上がってきたスウェル・アルト(すうぇる・あると)とパートナーのアンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)が現れた。
「さあスウェル、ここがこないだ言っていたCan閣寺ですよ……って、あれ?」
「なにか、様子が、おかしい」
アンドロマリウスもスウェルも、門の前に溜まっている集団、とりわけその中心にいる謙二とレグルスの様子を見て異変に気づく。
そこからは、「どけ」だの「どかしたかったら倒せ」だのと物騒なやりとりが聞こえてくる。そこに、一際大きな謙二の声が響いた。
「拙者は、この風紀の乱れを捨ておけぬのだ!」
その一言で、どうやら謙二がCan閣寺に怒りを覚えているのだと悟ったふたりは、騒ぎの中心へと駆け寄った。
「む?」
その気配に気付いた謙二が振り返ると同時、最初に口を開いたのはアンドロマリウスの方だった。
「風紀の乱れですか! それはアンちゃんも放っておけませんねっ」
アンドロマリウスはそう言って、謙二の意見をすべて否定していないことを示しつつも、自分の意見を述べた。
「アンちゃんも、どちらかと言うと清楚で大人な女性が好きです。でも、それは私個人の好みであって、人に押し付けるものではありません。ゆえに、ゆえに!」
だんだんと口調を強めつつ、アンドロマリウスは言う。
「自分の好みのタイプでないからと言って、すべての女性に自分の好みを押し受けるのは横暴です! ええ、横暴ですとも!」
謙二に向かってびしっと指さしながら、アンドロマリウスはそう言い放った。しかし度重なる説得でフラストレーションが溜まっていた謙二にこれは、火に油を注ぐ行為であった。
「いきなり拙者の前に現れ、あれこれ言うお主にそれを言われる筋合いはない!」
アンドロマリウスの言葉を一蹴し、再びレグルスを押しのけようとする謙二。
と、今度はスウェルが、アンドロマリウスの前に出て後ろから謙二に声をかけた。
「Can閣寺が駄目なら、自分で、自分の納得のいく、お寺を作ると、良い」
できるだけ平和的な解決をしたい。そう思ってのスウェルの発言だったが、謙二がその言葉で連想したのは、階段を上る前に見た謎のホストクラブ、「DAN閣寺」だった。
あの、完全に悪ノリでしかない、寺と呼んでいいのかどうかも怪しい集団を思い出し、謙二はぷるぷると体を震わせた。
「拙者に、道化になれと申すか……!」
「……?」
しかし、そんなことを知る由もないスウェルは、話がかみ合っていないことにも気づかず、頭に疑問符を浮かべるばかりである。
「とにかく、大事なのは、話し合い。そして、相手を、思いやる、心」
「無論、最初から手出しはせぬ! 分かったら、もう拙者に構うな!」
最初から、という言葉に、スウェルは引っかかりを感じる。それはつまり、展開次第では話し合いで済まないケースがあるということだからだ。
力づくで進めることを考えている謙二に、スウェルはぷるぷると首を横に振った。謙二は彼女を少し睨んだ後、正面に向き直り、門を突破しようとする。
当然、レグルスが立ちはだかろうとする。
と、その時だった。
「っ!?」
謙二は、自分の右手に何か柔らかい感触を覚えた。その正体を確かめるべく、バッと右下の方に目を向けると、そこには小さな手があった。後ろにいた、スウェルの手だった。
スウェルは謙二の手を握ったまま、彼を見上げて言う。
「本当に、行くの?」
スウェルはドラマか何かで見たことがあるのだ。
なんか、大事な場面で人を引き止める時にこういう言葉を使っているのを。ただ残念なことに、大抵の場合、このセリフが出てきたら本当に行ってしまうのだが。
そしてそれは、謙二も例外ではなかった。
ただひとつ、予想外だったのは、彼の反応である。
「は、放せっ!!」
謙二は、その威圧感や威厳のある雰囲気からは想像も出来ないほど慌てた声を上げると、明らかに動揺した様子でスウェルの手を振り払ったのだ。これには、スウェルも驚きを隠せなかったようだ。
「い、いくぞ者共! これ以上ここでの問答は意味を成さぬ!!」
らしくない今の姿をかき消すように、謙二が大声で弟子たちに呼びかける。弟子たちも、一瞬何事かと互いに顔を見合わせるものの、元々の目的を達するため、謙二の後についた。
「うおっ!?」
レグルスがそれをどうにか押しとどめようとするが、さすがに十人以上の数で押し寄せられては、それを跳ね返すことはできないようだった。
「このまま一気に寺の中まで入るぞ!」
門が開かれると同時に、謙二の勇ましい声がCan閣寺の敷地に響いた。
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