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比丘尼ガールと恋するお寺

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比丘尼ガールと恋するお寺

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chapter.7 交戦 


「ここが噂のCan閣寺ですね……うう、大変緊張致しますっ」
 境内では戦いが始まっているとも知らず、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)はパートナーのレティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)を連れてCan閣寺の階段を上っていた。
 その目的は、言わずもがな、色恋沙汰の相談であった。
「あの、レティシアさん、この度は私の我侭に付き合って頂き、ありがとうございます。その……私、勇気を出して中に行ってまいります!」
 ぐっ、と目の前で拳をつくり、フレンディスが言う。超感覚で生やした耳と尻尾は、小さく揺れ動いており、まるで主を前にした飼い犬のような可愛らしさがあった。
「まったく、なにゆえ我がフレンディスの戯れ言に付き合わねばならぬのか……誘うのならば、戦場にしてほしかったものだな」
 レティシアは、そうぼやきつつ、フレンディスを見送ろうとする。どうやら彼女は、フレンディスに頼まれ、付き添いできたようだ。
 さらには、ふたりに続くように葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)、パートナーのコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)も階段を上り門をくぐろうとしていた。
「なぜ自分がここに来なければならないでありますか!」
「あなたが最近、リア充爆発しろとか言ってカップル相手にテロを企ててるからです」
「リア充は、爆発しなければいけないであります!」
「ほら、そういうところを矯正してもらってください」
 どうにか帰ろうとする吹雪を、コルセアが無理矢理引っ張っていた。どうやらこちらもこちらで、色々と事情があるらしい。
 そうしてCan閣寺に期待を寄せながら、門をくぐり抜けた彼女たちであったが、そこで目にしたのは侍の集団と生徒たちが激しく戦っている光景であった。
「こ、これはっ……!?」
 突然の予想だにしていなかった出来事に、面食らうフレンディス。がしかし、呆気に取られていたのも束の間、彼女はその素直さゆえ、この場を収めようと動き出した。
「この様子はただ事ではなさそうです! とにかくお止めしないと……!」
 普段の忍装束ではなく着物を着ているこの状態で、どれだけ動けるかは分からない。が、黙って見ていることは彼女には出来なかった。
「もし、そこの殿方の皆様! 乱暴な真似はいけませぬ!」
 謙二を中心とした戦いの輪に向かって声をかけるフレンディスであったが、喧騒に紛れてしまい声は届いていないようだ。
「落ち着いてくださいまし! 何があったか存じ上げませぬが、私で良ければお話をお伺い致しますゆえに……っ!」
 より喉を震わせ、フレンディスが言おうとした時だった。彼女は隣にいたレティシアが、何か動きを見せたことに気付いた。
「……?」
 ちらりと、横にいたレティシアを見る。すると、なんと彼女は、先程までの面倒そうな表情とは打って変わって、生き生きとした顔をしていた。
「ふむ、欲求不満な男共が多いようだな」
「レ、レティシアさん!? レティシアさんも落ち着いてくださいませー!?」
 レティシアを止めようとするフレンディスだったが、一歩遅く、既に彼女は戦場の真っ只中へと駈け出してしまっていたのだった。
「そこのお主」
 レティシアは謙二の近くまで一気に近づくと、持っていた剣の切っ先を彼に向けた。
「我と付き合わぬか? それなりに満足させてやろうぞ」
 彼女はどうやら、勝負を挑む気満々だ。
「何者だ、お主は……っ!?」
 謙二がレティシアに向き直ろうとしたその時。急に背後に危険な気配を感じ、謙二は咄嗟に横へ飛び退いた。慌てて後ろを振り返ると、そこにはスパナを振り下ろした吹雪がいた。
「うぬっ……二対一、しかも背後からとは卑劣な!」
「ゲリラ戦は得意であります!」
 いまいち話が咬み合っていない謙二と吹雪。吹雪はこの状況を、軍事演習か何かと勘違いでもしたのだろうか。それとも、ただ単に暴れられそうだからやりたい放題動くことにしたのか。それは彼女にしか分からないが。
「勘違いするな。お主の相手は我がしてやろう。一対一だ」
 レティシアが不敵な笑みを浮かべ言う……が、その間も、吹雪のスパナ攻撃は止まない。
「お、お主ら言っていることとやっていることが違うぞ……!」
 謙二は攻撃を回避しながら、この混戦を抜け出す方法を模索していた。
「師匠!」
 と、そこに呼ぶ声がかかった。弟子の声だ。
「師匠は先に建物の中に入ってください! ここは俺たちがやっておきます!」
「……恩に着るぞ!」
 吹雪、そしてレティシアとの対峙で時間を取られたくなかった謙二にとって、弟子たちのその言葉は大助かりであった。謙二は「頼んだぞ」とだけ言い残し、その場を離れ建物内へ突進する。
「おおおおっ……!」
 雄叫びを上げながら突っ込んでいく彼だったが、直後、Can閣寺から出てきた影がひとつ、自分の近くに飛び込んできたのが見えた。
「む……?」
 謙二が咄嗟に一歩退き、間を取る。しかし影の正体は見えない。思い過ごしか。いや、違う。影は、謙二の背後へ回り込んでいた。
「こんにちわぁ」
「っ!?」
 突如、背後からの声。謙二は驚き、体勢をくるりと変え影に向き合った。そこにいた影の正体は、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)だった。
「何奴」
 短く、謙二が問いかける。人目をひく容姿をしたリナリエッタを前に、彼の語調は若干険しげだ。対する目の前のリナリエッタは、掴みどころのない表情で笑っている。
 おそらく彼の心中を察しているのだろう。彼女は口を開いた。
「私が誰かなんて、どうでもいいでしょう? それより貴方、女の風紀が乱れてるのを嘆いてるんだって? ま、それは一理あると思うわぁ」
 寺の中から話を聞いていたのだろうか、リナリエッタは謙二の事情をある程度把握していた。彼女の言葉はその通りなのだが、この手の女性に言われては、謙二からすれば「馬鹿にしている」と思うだろう。
「お主のようなチャラチャラした格好の者が言っても、説得力の欠片もない」
 それを聞いて、またリナリエッタが笑った。まるで、そう返ってくるのが分かっていたかのように。
「あのね、私も好きでこういう格好しているわけじゃないの。これが男を捕まえるのに最適だから、ただそれだけ」
 さらに、彼女は話を続ける。
「言っとくけどね、世の中清楚そうに見えてビッチな女と、ビッチそうに見えてビッチな女の割合なんてそう変わらないものよ。肌の露出で他人の性格まで分かるなんて、随分人生経験があるのね。マジ尊敬しちゃう」
 言いながらリナリエッタは、くるくると謙二の周りを歩いてみせた。それは、挑発以外の何者でもなかった。謙二が無言の怒りを示し、刀の鞘を大きく振り回す。リナリエッタはそれを後方に飛んで回避すると、謙二に質問をぶつけた。
「あのさ、ビッチが貴方の人生の何を狂わせたというの?」
「お主に言ってもわかるまい」
「あぁ、てことはビッチのせいで人生が狂ったのは本当なのねぇ」
 ちっと舌打ちする謙二を尻目に、リナリエッタは「でも」と言葉を繋げた。
「こっちは階段で手を押さえながらミニスカは履かないの。見せるためミニスカよ。その位の覚悟で狩ってるの。他人の存在意義に口出してまで襲撃をやる理由がちゃんとあるわけ?」
 言うと、リナリエッタはそのスカートの裾をひらひらとさせた。
「……拙者の存在意義のために、これはやらねばならぬことだ。拙者も相応の覚悟を持って、ここに来ている」
「ふうん」
 リナリエッタは短くそう相槌を打ちつつ、思った。その口ぶりから察するに、もしかしたら彼は「品がないから」という理由だけでここを襲ったのではないのかも、と。
 もっとも、では他に何かあるのかと言うと、分からないし今の彼からは聞けそうにもなかった。
「それでどうするのだ。お主もまた、拙者を止めるか」
 謙二に聞かれたリナリエッタはしかし、首を横に振った。
「私は、それが聞いてみたかっただけよぉ。正直、別にここがどうなっても構わないわぁ」
 やはり掴みどころのない素振りでそう告げると、リナリエッタはそのままその場を離れていってしまった。若干遊ばれただけの気もしないでもない謙二だったが、あまり深くは考えまいと、突撃を進めた。



 謙二があと少しで建物内に突入しようかというその頃、境内では弟子たちと防衛側が激しく戦闘を繰り広げ、謙二を倒そうとしていた者らもその混乱のせいでなかなか謙二まで辿りつけずにいた。
 弟子たちひとりひとりの力量は、謙二と比べて明らかに低い。本来であれば、そこまで契約者たちが手こずる相手でもないはずだった。
 ところが、現況はといえば戦いはすぐに収まらず、弟子たちは予想以上の粘りを見せていた。その原因のひとつに、彼らに手を貸す者の存在があった。
「そうです、皆さんその調子です!」
 戦場に、彼らを奮い立たせる声が響く。それは、先程謙二と対面したリナリエッタのパートナー、ベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)のものだった。
 一体ベファーナはなぜ、このような立場を取っているのだろうか?
 それは、謙二たち侍集団を一目見た時に覚えた衝動のせいだった。
「ジャパニーズサムライといえば、友情を超えた恋愛、衆道、男体盛り……!」
 今にもヨダレを垂らしそうな表情で、ベファーナが呟く、そう、ベファーナは完全に、侍の存在を勘違いしていた。
 そんなベファーナは、謙二に対しても他とは異なった目線で見ていた。それは、彼が女性嫌いゆえCan閣寺を薔薇寺にしようと思っているのではないかと。
 そしてその考えは、ベファーナがやりたかったことと見事に一致していた。
 となれば、もうベファーナとしては味方せざるを得ない。
「皆さんの言う通り、ふしだらな女は死すべしです! さあ男たちよ! 立ち上がるのです!!」
 思いっきり邪な目的ではあったものの、ベファーナが盛りたてることで「他にも味方がいる」と弟子たちの士気が上がっていたのもまた事実だった。
「なんだかすごいことになってますね〜」
 そんな境内の様子を建物の中から見ていたのは、神代 明日香(かみしろ・あすか)だった。彼女もまた、先日の体験学習をきっかけに、女の子として修行に励むべくCan閣寺に通っていた中のひとりなのだ。
 というわけで、明日香は今この時も、まさにその修業の最中であった。
 男子禁制というシステムが油断を生んだか、女子力を際立たせるためか、彼女の服装は際どい下着の上に薄手で透け透けのベビードールのみという、とても刺激的な格好だった。
 明日香は今の今まで、その格好のまま、ぶりっこポーズや誘惑ポーズなど女子力アップのための修行を積んでいた。そして今、寺が襲撃されているこの状況を見て、明日香は思った。
 今こそ、修行の成果を試す時なのでは? と。
「今まで教わったこと、実行してみますね」
 たまたま隣にいた尼僧にそう告げ、明日香は建物の外へ出ていこうとする。尼僧は、それを慌てて止めた。
「ダメ! 危ないから! いろいろと」
「大丈夫です、得意の魔法で滅殺します」
「め、滅殺!?」
「滅殺です。これはしても許されるパターンのヤツです」
「修行の成果どこ行ったの!? 滅殺の仕方とかいつ教わったの!?」
「滅殺はダメですか……」
 明日香はうーんと唸る。
「それと、その服装も危ない気が……」
「これですか? では、一旦着替えてからヤるってことで」
「ヤる!? それ間違いなく殺すって書いてヤるって読ませるヤツでしょ!? それもダメ!」
「これもダメですか、難しいです」
 明日香は少し考えた後、やむを得ずそれらを諦めてもっと女子っぽい対応策を取ることにしたようだ。
「わかりました、とりあえず頑張って女子っぽいことやってみます」
「あ、ちょっと!」
 静止も聞かず、明日香はついに外へと飛び出した。この混戦の原因は、弟子たちの士気が無駄に上がっているから。となれば、弟子たちの気を削げば良い。
 明日香は、大事なところを手で隠しつつ、その場にぺたんと座り込んだ。そして。
「きゃーーーーーっ!!」
 高く、大きい声で叫ぶ。そのボリュームに、多くの者が明日香に注目した。明日香はここぞとばかりに、小刻みに震えたり、あらかじめさしておいた目薬で涙を流したりしてみせた。
 その光景は、明らかに良からぬことをされたいたいけな女の子のワンシーンである。
「おい、アレ……」
「もしかして、俺らの中の誰かがやっちゃいけないことをやってしまったのか?」
 それを見た弟子たちは、明日香の演技とも知らず、互いに顔を見合わせ「俺じゃない」「俺でもない」と口にし始めた。そこに流れる空気は、さっきまでの猛々しいものとは別物だった。
「あれっ、侍の皆さん、どうしたんです!?」
 手が止まってしまった彼らを見て、ベファーナは戸惑った。さらにそこへ、追い打ちがかかる。
「痴漢、痴漢よ〜!!」
 明日香は、演技を続けながら、近くにあった燈籠を掴むと、その外見からは想像できないパワーでなんと燈籠を持ち上げた。そして。
「皆さん、ほらもっとこうげ……へぶっ!!」
 勢い良く明日香が投げた燈籠が、ベファーナにヒットした。そのままベファーナは、仰向けに倒れる。
「女子力って、こんな感じでしょうか?」
 泣きまねを止めた明日香が、けろっとした態度で言う。
「うーん、でもまだまだCan閣寺が推奨する女子らしい行動には遠い気がしますね〜。あざとくなれるよう、もっと精進です」
 明日香がグッと顔を引き締める。そこでようやく弟子たちも騙されたと気付いたが、ベファーナが倒れた今、彼らが劣勢になるのは避けられない事実だった。



 境内で激しい戦いが続く。
 だが、実はこの時、既にCan閣寺の中へと侵入を果たしていた者がいたのだ。
 それは、数時間前に階段下でホストクラブの一員として盛り上がっていた鮪と宗純である。
 彼らは謙二が境内のところで騒動を起こしたことをホークアイによって確認するやいなや、その混乱の隙に裏側から寺へと入ったのだった。無論この時、鮪は光学迷彩を使用しており、尼僧らに発見されることはなかった。 
 ただし、宗純はどういうわけか、一切姿を隠そうとせず、堂々と入っていた。
 おそらく通常であれば、この時点で建物に入ることは困難だっただろう。いくら寺が混乱状態にあったとはいえ、騒ぎの中心はあくまで境内で、建物内にまではまだ及んでいなかったからだ。
 にも関わらず姿を消した鮪だけでなく一休も入ることが出来たのは、単純に寺側の人員が少なかったためだろう。
 境内の騒ぎを見守っている者や、階段下のホストクラブの様子を見に行った者らが尼僧たちの中にいたため、その分寺自体が手薄になったと考えられる。
 だが、そうは言っても、視認可能な状態で中に入った以上、発見されるのは間違いないだろう。
 案の定、宗純は建物の中に入って数分もしないうちに、Can閣寺を訪れていた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)、そしてパートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)に見つかっていた。
 恋の悩みを抱えていた美羽がCan閣寺の常連となっていたことが、彼にとっては運の尽きであった。
「えっ……男の人っ!?」
「美羽さん、もしかしたらこの方、先程から外を賑わせている襲撃者のひとりかもしれません!」
 宗純と遭遇するやいなや、美羽とベアトリーチェはそう言ってすぐに戦闘態勢に入った。
「なんか見た目的にも、いかにもって感じだし! きっとこんなとこに入り込むなんて、すごい変態に間違いないはず!」
 美羽はそう言って間合いを詰めようとする。
 がしかし。ここで彼が、危機を脱するため機転を利かせた。
「トイレを借りたいのじゃが、トイレはどこですかのー」
 若干苦しい言い訳である。いけるのか。このトンチはうまくいくのか。
「こんなとこにわざわざトイレ借りにくるなんて、おかしいでしょ!」
 いけなかった。
 美羽の言う通り、あんなに長い階段を上ってわざわざここにトイレを借りに来ること自体が、不自然極まりなかったのだ。
「そうか、教えてくれんのか……ならば仕方ないのう」
 宗純は意味深な口調でそう告げると、自分の手を股間へと持っていった。そしてある構えを取る。右の手ではいている服を下ろしながら、左の手は股間を包むように位置している。それは、ほぼすべての人間が、直感で分かる構えだった。
 そう、宗純はあろうことか、ここで用をたそうとしていた!
 教えぬなら、漏らしてみせようホトトギスとはまさにこのことである。
「少しばかり臭うが、これも修行と思って……」
「思うかーーーーーっ!!」
 美羽が叫ぶと同時に、フルパワーの蹴りを宗純の横っ面にヒットさせた。さらに追い打ちをかけるように、ベアトリーチェが引き連れていたファイティングパンダたちに命令を下す。
「せっかくアドバイスをいただきに来たんですから、邪魔しないでください!」
 一匹、二匹、三匹。
 放たれた計三匹のパンダは、それぞれ俊敏な動きを見せ、美羽の一撃でよろめいた宗純に次々と攻撃を当てていく。
 そしてコンボが繋がったところで、美羽がガシっと宗純の首根っこを持って正面入口側へと引きずっていった。
「あっち行け変態っ!」
 美羽は、そう声を上げ宗純の顔面にドロップキックをお見舞いした。宗純の体が思いっきり吹っ飛び、門を超え、階段に不時着してそこから転がっていく。
 最終的に一番下まで落ちていった宗純は、奇しくもクド、総司らと同じ死に場所を得たのだった。
 宗純を撃退したのを見届け、ふうと一息吐く美羽とベアトリーチェ。しかし彼女たちはまだ気づいていなかった。鮪が、何者にも邪魔されることなく、Can閣寺の内部を奥へ奥へと進んでいたことを。