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はっぴーめりーくりすます。4

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はっぴーめりーくりすます。4
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25


 それは、予想外のことだった。
「あ、あの……マスター!」
 思い詰めたような、あるいは切羽詰ったようなフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)の声に、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は疑問符を浮かべながら振り返る。
「なんだ、真っ赤な顔して。風邪か?」
「い、いえ! まったくもってこの通り、私、元気でございます!」
 両手をぎゅっと握り締めてみせるフレンディスに、ベルクはいっそう疑問の色を濃くして首を傾げた。フレンディスは、「ええと」「あの」と意味のない間投詞を繰り返している。
「どうした」
「あのっ……! く、くりすますとは、世の主流に則りますと大切な人とご一緒するものとお伺いしたので……その……ちゃんとマスターと、ふたりで過ごしたく……」
 声は、だんだんと尻すぼみになっていった。見れば、顔は先ほどよりも赤くなり、恥ずかしさのあまり目は潤んでいる。
 そんな様子も含めて、愛おしい、可愛い、と思っていたら返事を忘れていた。
「あのそのっ、お、お嫌でしたら別に、あの……っ」
 ベルクの無反応が不安を掻き立てたらしく、フレンディスが泣きそうな顔で訊いてきた。手を伸ばし、彼女の頭を乱暴に撫でる。
「嫌なわけあるか。……楽しみにしてる」
「は、はいっ! 必ずや、良い日に……!」


 とはいったものの。
 フレンディスと別れて帰宅したベルクは、まず、大きなため息を吐いた。
 フレンディスからの誘いは、本当に、本気で嬉しい。けれども正直、悲しい予感しかしない。
 泊まりがけで出かけたことは何度かあった。そして恋人同士、お泊りとなれば雰囲気次第で展開は大人びたものとなってくる。
 そうなったことが、一度もないわけじゃない。
 けれどそのたび、フレンディスは怯えた目でベルクを見上げるのだ。
 羞恥に染まった赤い頬。不安に震える長い睫毛。濡れた目元。
 逆に何かいけない気持ちを抱きそうになりつつも、ベルクはそこで我慢する。無理強いをしたいわけじゃないのだ。彼女を怯えさせたくはないのだ。愛し合う行為でそんなことになったら本末転倒もいいところだろう。
 だからベルクは我慢する。もう少し、彼女の不安がなくなるまで。
 それが辛くないかといえばもちろん辛いけれど、彼女は彼女なりに頑張っていることも知っているから耐えられた。また、稼業上寝つけない体質である彼女が、自分の隣では規則正しい寝息を立ててくれることにも信頼されているという実感がある。
 焦ることはない。ベルクは、自分に言い聞かせるように繰り返す。
 手を出す機会が潰れたことなど数知れず。
 手を出し失敗したことも数多く。
 いまさら焦ってどうにかなるはずもあるまいと、一種悟りにも似た気持ちで当日を迎えたのだった。


 一昨年のクリスマスは、まだクリスマスのことを知らなかった。
 去年のクリスマスイブは、クリスマスについて知識を得ていたが学んだ内容は嘘のもので、間違った知識を軌道修正してもらっている間に『むーど』が壊れていた。
 翌日クリスマスには泊りがけで出かけたものの、そういう雰囲気になった瞬間、羞恥心と例えようのない不安で涙目かつ小動物化してしまい、結局ベルクをうろたえさせてしまった。
 なので今年こそ、とフレンディスは思う。
 今年こそ、もう少しでいいから、距離を縮めたい。
 それでなんとか、今年は自分からのお誘いにまでたどり着けた。が、誘う段階でものすごく消耗した。どうしてあんなに恥ずかしいのだろうか。けれど、ベルクは少し嬉しそうだったように思える。なので、嬉しくもあった。
 そして迎えた当日夜。
 フレンディスは、敷かれた布団の上に正座していた。正面には、ベルクがいる。ベルクは、苦笑いに近い表情をしていた。
「無理すんな」
「で、でも……」
 と発した声は情けないほど震えていて、フレンディスは言葉を詰まらせた。情けない。ベルクの気持ちに応じたいのに、身体も心もついていかない。
 こんな体たらく、従者、いや忍者失格だ――と、ずれたことを考えていると、右手を取られた。
「……?」
「予約」
 ぼそりと呟いて、ベルクはフレンディスの薬指に指輪をはめた。シンプルな銀の指輪だ。真ん中で、緑色の小さな宝石が光っている。
「あの……マスター?」
「……クリスマスだからな」
 少しの間を置いての返答に、フレンディスははっとした。緊張していてプレゼントのことを忘れていた。今日はクリスマスなのに。
 慌てて立ち上がり、荷物からベルクへのプレゼントを取り出した。戻り、ベルクに手向ける。
「めりーくりすます、です。マスター」
「ありがとな」
 受け取ったベルクが包装紙を解いていくのを、フレンディスは見ていた。
 ベルクの言っていた『予約』とはなんのことなのだろう、と頭を悩ませながら。