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はっぴーめりーくりすます。4

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リアクション



26


 今年も、なんだかんだで仕事上がりに寄る流れとなってしまった。
 テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)は、工房へと続く道を急ぐ。
 夜遅い時間なので、他の人がいなくてふたりきりになれるのは嬉しいけれど、一緒に過ごす時間が短くなるのは考えものだ。
 なるべく早く、と早足でドアの前までやってきて、それから息を整える。急いで来たなんて、そんな風に思われないように。
 ドアに手を伸ばし、ノックしようとした瞬間、先日のことが思い出された。
 上手くいかなくて、拗ねて、工房を飛び出した自分。こちらを見ていたリンスの目。
 失望されていないだろうか。リンスのことだ、なんとも思っていないのだろうけれど――考えれば考えるほど想像は悪いほうに転がり、無為な時間となって流れた。
 こうしている間にも共に過ごせる時間はなくなっていくのだと気付いて、ようやく腕に力を込めることができた。ドアを叩く。
 少しの間を置いて、ドアが開かれた。リンスが立っている。顔を見た瞬間、言おうとしていた言葉が吹き飛んだ。何も言えないでいると、リンスが口を開く。
「おかえり」
「その……ただいま」
 言葉のおかげで、自然とそう言うことができた。同時に、今日も待っていてくれたのだとわかって、嬉しく思う。
「メリー、クリスマス」
 祝福の言葉を告げると、リンスはふっと笑った。
「入りなよ。外、寒いでしょ」
「はい」
 促されるまま部屋に入り、適当な椅子に座った。クリスマスパーティはとっくに終わっていたらしく、飾りつけもほとんどが外されていた。
 ことり、と音がして視線を正面に戻すと、目の前にマグカップが置かれていた。コーヒーを淹れてくれたようだ。ありがとうございます、と礼を言って、カップを両手で包み込む。暖かかった。
「この前は、すみませんでした」
 しばらく指先を暖めた後、やっとのことでテスラが謝罪を口にすると、リンスはきょとんとした顔でテスラを見た。なんのこと、とでも言いそうだ。と思っていたら、「なんのこと」思った通りのことを言われた。らしいといえばらしいが、やはり、拍子抜けする。
「空回ってしまったので。リンス君が悪いわけじゃないのに、勝手に拗ねて」
 説明しようとしてみたものの、どう言えばいいのかもわからない。全部言ってしまったら、きっと恥ずかしいし。
 初めて一緒にハロウィンを迎えた時のことを、ふと思い出した。あの時みたいに言ってみようか。
「かみまみた」
「…………」
 真っ直ぐ見つめ返された。滑る、とはこういうことを言うのだろうか。無性に恥ずかしくなって、俯ける。
 俯けていたら、初めてのバレンタインの時のことも思い出した。泥だらけでも構わない。言葉に、形に出すこと。そう思っていた最初の頃の気持ちを。その気持ちを、忘れていたことを。
 あれから色々と格好つけてみたけれど、きっと全部お見通しなのだろう。少なくとも、リィナにはあっさり看破されてしまった。リンスだって、自分の気持ち以外には敏いのだから、もしかしたらすべてわかっているのかもしれない。
「リンス君は、かっこつけないですよね」
「なんの話」
「目玉焼きも作れない、真っ黒に焦がしちゃうようなリンス君ですけど、どうしようもなく方向音痴ですけど、私はそんなリンス君が好きなのに」
「どうも……ってちょっと待って。なんで目玉焼きのこと知ってるの」
「クロエちゃんに聞きました。リンスったらめだまやきもつくれないのよ、と」
「白身も黄身も固くならなかったんだよ。火を通そうとしたら、焦げてた」
「そういう時は蓋を被せて蒸せばいいんですよ」
「……なるほど。次の機会があったら、そうする」
 ほら、こうして、失敗談も話して、解決策をすんなり受け入れている。
 ありのままだなあ、と、再び思った。そして、ありのままだから好きなのかもしれない、とも思った。
 ありのままを見せてくれる相手に、格好つけていいところを見せようとするのは、もしかしたらずるいのかもしれない。同じように、ありのままの自分を見せても、いいのかもしれない。
 と言っても、もう随分と見せている気がするけれど。まあ、それはそれだ。
「こんな私でも、いいですか」
「いいよ。よくわからないけど」
 言葉の後半に苦笑しつつ、テスラは鞄から包みを取り出した。
「何、これ」
「開けてみてください」
 リンスの指先が、丁寧に包みを開いた。中から出てきたのは、
「リンス君人形。リベンジ、です」
 二年前のクリスマス。衿栖が作ったリンスとリィナの人形には程遠い出来だけど、今の気持ちを精一杯込めて作ったものだ。
「あ、でも、あんまりじっくり見ないでください」
 今気付いたけれど、上手く縫えていない場所が目立つ。そのことにリンスも気付いたらしく、少しだけ、笑った。
「だから、今度また教えてください。
 私は、クロエちゃんにピアノを教えます。クロエちゃんはリンス君に家事を教えます。それで、リンス君は私に人形作りを教える。……そんな感じで、どうでしょう?」
「いいんじゃないかな」
「えへへ。ありがとうございます」
 はにかんでから、自分ばかりが話していたことに気付く。クリスマスは、毎年、リンスの話を聞かせてもらう日なのに。
「ねえ、リンス君。今年も何か、聞かせてくれますか」
「もう話すことがないんだけど。この間の秘密語りで大体尽きた」
「じゃあ、近況でいいです。今のなんでも」
「……友達が増えた?」
「それはそれは。いいことですね」
「あとは――」
 ぽつりぽつりとこぼれる他愛のない近況を聞いて、相槌を打つ。
 そんなやり取りが三十分も続くと、ふっと沈黙が落ちた。沈黙は心地よくて、無闇に破る気はしない。時計の音だけが響く工房で時間の流れに身を任せていると、ひとつ、欲が芽生えた。
「あの」
「?」
「あのですね」
「うん」
「あの……お返し、なんかを期待しても……いいでしょうか」
「クリスマスプレゼントの?」
「はい」
「俺があげられるものなら」
「じゃあ――あの、その。そろそろ、『マグメル』じゃない呼び方をして……欲しいんです、けど……」
 再び、沈黙が落ちる。今度は、先ほどと違って胃がきりきりするような沈黙だ。
 どうして、リンスは何も言わないのだろうか。わがままが過ぎた? 呆れている? きっとそうだ撤回しよう。そう思って口を開こうとした時、
「テスラ」
 呼ばれたので、口を開いたまま固まることとなった。
「……変な顔」
「! おっ、女の子に変な顔とか……言っちゃ駄目です」
 色々な意味で恥ずかしくなって、ぷいと顔を逸らす。
「うん。ごめんね」
「いえ……」
 逸らしたまま、答えた。なんだかもう、顔を見れそうにない。名前呼びの破壊力がこうも高いなんて。大体、リンスが少し笑いながら言うのがいけない。恋人同士か何かかと、錯覚しそうになるじゃないか。
「も、もう遅いので、帰りますね」
 ぎくしゃくと言って、荷物をまとめる。
「わかった。気を付けて帰ってね」
「はい。……ありがとうございました」
 ぺこりと頭を下げて、工房を出る。
 冷たい夜風に火照った頬を冷やしてもらいながら、帰途に着いた。


担当マスターより

▼担当マスター

灰島懐音

▼マスターコメント

 お久しぶりです、あるいは初めまして。
 ゲームマスターを務めさせていただきました灰島懐音です。
 参加してくださった皆様に多大なる謝辞を。

 既にクリスマスどころか新年も三が日も過ぎました。
 もっと早く出す予定だったんだけどなあ……! 遅くなっちゃってごめんなさいです。
 また、今回は、時間軸優先・シーンごとにページを分けてあります。
 そのためちょっとページが多く、お客様によっては出番がばらけている方もいらっしゃいます。
 探しづらくてごめんなさい。暖かい部屋で、暖かい飲み物片手にゆっくり探してあげてくださいませ。

 それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました。