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【第八幕:訓練場にて】





「――参った!」

 
 時を同じくして、エリュシオン宮殿内、第三龍騎士団詰め所の一角。
 本気を出したキリアナの剣技の前に、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が息を切らせながら膝をついた。
「……はぁ、流石、難儀しました」
 剣先をその喉元に突きつけながら、にこりと笑うキリアナも息を切らし、額にも汗が浮かんでいる。唯斗も健闘はしたものの、流石に「プリンス・オブ・セイバーの再来」との名は伊達ではない。激しい攻防の後、最後はキリアナの剣技が圧倒し、決着がついたのだった。
「やっぱり、強いな……けど、これはどうにかならんのかね?」
 呟き、武器を収めながら唯斗は息をついて、本気を出した反動か、剣を支え代わりにしていたキリアナを支える。倒れこみはしない分まだましな方だが、明らかに剣に身体が追いついていないのだ。
「力を小出しにするとかさ……でないと、いつどっかで倒れてるんじゃねーかって、俺は心配だ」
 まぁ、俺の背中の背負われ心地が気に入っているというならやぶさかではないけどな? と冗談めかすのに、キリアナは苦笑しながら「難しいですね」と首を振った。
「スイッチが切り替わるようなもんや、小出しに出来るんやったら、本気とは言いまへんやろ」
 そもそも、それに頼らずともキリアナの実力は確かだ。そう全力を出す機会も無いらしい。なるほど、と納得に頷く唯斗に「良い試合を拝見させてもらった」とアーグラは拍手を贈った。
「それに、うちの騎士と親しくしてくれているようで何よりだ。これからも、友誼を深めてやってくれないか」
 上司としてというより親のような物言いに頷きながら、唯斗はそうだ、と思い出したように手を打った。
「それなら、交換留学にキリアナはどうだ?」
 いや、ですか? と言い直して唯斗は続ける。
「な、どうだキリアナ、明倫館に来てみねぇ? 衣食住はウチをホームステイ先にすりゃ良いしな」
「……けど、ウチは第三龍騎士団の騎士やし」
 首を振ったものの、一瞬の間にキリアナの中にある強い好奇心を感じて、アーグラは目を細めると、視線をわざとらしく訓練場へと向けて「さて」と独り言のように口を開いた。
「騎士だから留学生になってはいかんという法は無いのだがな」
 からかいを込めたような言葉を耳に挟んで、風森 望(かぜもり・のぞみ)は「ひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」とアーグラへ話しかけた。
「こちらにいる方々からも、シャンバラへの交換留学生を選ばれるのですか?」
「候補者は数名いるが……それが何か?」
 首を傾げるアーグラに、望は続ける。
「私にそれを決める権限はありませんが、出来れば好意的ではない方も選んで頂ければ、とは思いますね」
「ほう?」
 アーグラはその言葉に面白そうに首を傾げて見せた。余計な摩擦を避けるのであれば、好意的な人間を選んでもらう方が楽でいいはずだ。それをわざわざ、好意的ではない者を選べというのは何故か、と問う視線に、望はにっこりと笑った。
「好意的でない方が好印象を得てこそ、味方が増えるというものでしょう?」
「なるほど、一理あるな」
 その物言いが気に入ったのか、アーグラが表情を緩め、頷いた。
「わかった、検討しよう」
「有難うございます」
 そんなやりとりをしていると、丁度龍騎士たちとの訓練を終えたクリストファーとクリスティーを乗せた龍がゆっくりと降下してくるのが見えた。
「お疲れさんでした」
 危なげなく着地を終えた様子に、キリアナは笑いかけたが二人は苦笑を浮かべながら、疲労に荒く息をついて、騎乗していた龍の首を軽く撫でた。
「流石、龍騎士の訓練は甘くないな」
「もう少しで振り落とされるかと思ったよ」
 何しろ、この詰め所の高所をあらゆる角度で旋回して回ったのだ。龍騎士達の訓練の場としても作られた建物は、コースとしてはかなり難所であったらしく、それについていけただけでも大したものだ、と賞賛してからキリアナは「後は経験を積んでいけば、自ずと上達しはりますよ」と評価し、アーグラも頷くと「強いて言えば」とそれに付け加えた。
「そう、君はそちらの相方より乗りこなしているようだが、もう少し龍に心を預けるよう、意識をすると良いかもしれないな」
「そうですか……」
 アーグラの指摘に、クリストファーが頭を下げた。
 そうしている間にも、上空ではまだ訓練を続ける龍騎士たちの声が響き、地上の試合場と思しき場所では、騎士同士の激しい戦闘が行われている。剣と槍、盾と盾とが激突する様子は、本当の戦場と遜色ないほどの殺気と気迫に満ちている。
「見応えがあるわね」
 うっかりすると死者が出るのではないかと疑ってしまう程、訓練とは思えないような激しい試合風景に、ルカルカが思わず感嘆に息を漏らすと、アーグラは微かに表情を緩めた。
「我々第三龍騎士団は、帝国守護の最後の砦。訓練とは言え、常に本気で挑んでこそ、実力として培われる」
 相手が怪我をするのも厭わない激しい激突に、団員達の自負と意気が見える。その様子に、ルカルカは感嘆半分、そして残念がる気持ち半分で息を漏らした。
「互いに剣を交えて、強さを高めあえれば、と思ったんだけど……」
 この様子だと、勝敗に関わらず、激突した両者が無事で済みそうにない。出来るだけ怪我をさせたくない、と思うルカルカにとって、それは余り望ましくない。肯定するように「止めておくのが賢明であろうな」と声が割り込んだ。
「我々の剣は帝都守護の為のもの。交えるならば倒さねばならん。倒せずば、身を差し出さねばならん」
 口を挟んだのは、アーグラの傍に控えていた細身の騎士だ。第三龍騎士団でも実力者なのだろう、視線ひとつにも威圧感がある。隣にいた大柄の騎士に至っては、あからさまな敵意を隠しもせずに眉を寄せた。
「楽しみ、競う為の剣は持たん。我々の騎士道はシャンバラとは相容れぬ」
「慎め」
 敵意の含んだ言葉を、アーグラが斬りつけるような声で断じた。二人が身を縮める様子に息をつき、ルカルカ達に向かって頭を下げる。
「無礼をした」
 短いが、恥入っている気配に、ダリルの方が慌てるように首を振った。
「いや、此方が迂闊だった」
 シャンバラとエリュシオンは表向き友好関係にあるものの、わだかまりが無くなったか、と言えばそうでもない。戦争があったこともさることながら、継承の儀の一幕やアールキングの一件にしても、キリアナという協力者がいて、氏無とアーグラが裏から手を回していたこととは言え、第三龍騎士団はユグドラシルに侵入を許すという失態を演じさせられた、と言えなくもない。彼等の中に苦い感情があっても不思議ではなかったのだ。もっと気を使うべきだった、と悔いるダリルに、アーグラは首を振る。
「あの件は有事のこととして、皆に納得はしてもらっている。が、彼等のような考えもあることを理解頂きたい」
 暗に含まれた言葉の意味に、ルカルカは軽く息をついた。
「お手合わせ願いたかったんだけどなぁ」
 溜め息と期待とをない交ぜにしたような呟きと上目の視線に、アーグラは苦笑した。
「言ったろう、立場をわきまえろ、と」
 呆れたような声にルカルカは頬を膨らませたのに、ダリルは肩を竦めて見せる。佐官でありロイヤルガードであることを自覚して臨め、と出立前に言い含められたのを思い出して、それ以上は反論しなかったが、直ぐに思い直して目を輝かせた。
「じゃあ代わりに……」
「断る」
 ルカルカの視線にその言いたい言葉を察して、ダリルは先手を打った。
「俺は“ルカルカの剣”だ。振るえばお前が振ったのと同じことになるぐらい、判るだろう」
 一転、ますます膨れ面になったルカルカに、アーグラはその手で僅かに口元を隠しつつ苦笑を深めた。
「君たちがどういう立場で来たのかに寄るが……国軍としてであれば、お互いの立場上、どちらの勝敗にしろあまり好ましい結果は生むまい」
 現実には、シャンバラとしては外交の一部ではあるものの任務めいたものではなく、訪れた契約者達の立場は一介の学生であるが、彼らが何のために訪れているかどうかは、エリュシオン側には預かり知らぬことである。であれば、ルカルカはシャンバラでも名の知られた人物であることに違いは無く、それはアーグラも同じことだ。いまだに水面下で火種の燻っている可能性がある以上、危うい橋は渡らぬが吉、といった所だろう。そんな中。
「留学生としての手合わせであれば、構いませんの?」
 そう、口を開いたのはノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)だ。
「それは、勿論」
 アーグラが頷くのに、ノートはにっこりと笑みを浮かべた。
「アーグラ様にとは申しませんわ。こんな訓練を目の当たりにして、わたくし、じっとしていられませんの」
 率直に好戦的な言葉に、アーグラも少し表情を緩めた。
「良いでしょう。相手を」
 言って、アーグラは痩身の騎士を目で示した。
「無礼を利いた口分の力量を示して来い」


 そうして、試合場の上で向き合った二人の装備は、ある意味で良く似ていた。双剣を構えるノートに対して、騎士が持つのは一本の槍だ。互いに防御よりも攻撃を取ったその得物は、そのまま構えにも表れる。
「帝国龍騎士の力、試させて頂きますわよ!」
「後悔せんと良いがな」
 挑発的な台詞の応酬より数秒。開始の合図と同時に、互いの足は地面を蹴っていた。
 避けもフェイントもないノートの真っ向からの攻撃が、接近と同時に横薙ぎに払おうとしていた槍先と激突してガギンッと鈍い音を立てる。瞬間、騎士が僅かに顔色を変えたが、ノートは既に次の動きに出ていた。槍のリーチの長さは、中距離では有利ではあるが、ここまで接近すれば利点が逆に弱点となる。間隙を入れないノートの双剣に、騎士は更に顔色を変えた。
 とは言え、騎士の方も不利な槍を扱っているとは思えないほどの速度で、立て続けのノートの攻撃を防いでいた。受け止め、あるいは流して巻き込み、剣先をその身体へ届かせない。そのスピードは脅威と言えたが、速さがある分なのか、一撃の重さはノートの方が上のようだ。
 ガギ、ギィンッと剣と槍の穂の激しい激突が続き、両者が引かないまま経った、数秒後。このままでは力で押し負けると思ったのか、騎士は剣戟をわざと乱して地面を蹴り、槍の間合いまで下がろうとした。が、その判断が、両者の雌雄を分けた。
「逃しませんわよ……!」
 騎士が体を退げた、次の瞬間。ノートの足が加速した。その高速接近に、後ろへ引くために体を傾けていたことが仇となり、攻撃に繰り出すまでの体勢を整えるまで、数秒のラグが生まれる。そしてそれを待ってもらえるような甘いことは、無い。瞬く間もない次の瞬間には、ノートの一撃が真っ直ぐに騎士の中心を目掛けて突き出されていた。
「……ッくそ……!」
 が、騎士も大したもので、その一撃を咄嗟に攻撃から防御に転じた槍の柄で受け止めた。だが、衝突の力は強く、弾かれて脇が僅かに浮く。そしてその隙をついて二撃目。今度はその剣先は、正確に鎧の中心へと激突したのだった。
「勝負あり!」
 アーグラの声が響き、床に腰を落とした騎士が、悔しげに兜を脱いだ。それを荒い息で見やりながら、ふうっと一際大きく息を吐き出して、ノートは騎士に向かって手を差し出した。
「流石はエリュシオンの騎士、こちらも本気にならざるをえませんでしたわ」
 そう、爽やかに決めたノートだったが、そんな光景を遠巻きにする望が、わざとらしく「あー、あれはですね」とアーグラに耳打ちする真似をした。
「勝ったからこそ相手を持ち上げて、それよりも強い余裕のある自分を演出してますね」
「ちょっと!変な解説入れるの、辞めて頂けません!?」
 それをきっちり聞き取って、ノートがぎゃんと喚いた。
「勿論、不足分は普段は龍で補われているのは判っていますわよ!」
 龍騎士はその名の通り、龍を操り戦う騎士だ。本来であれば、その威力や後ろへ引くための速度を龍が補っているのだろう。本来の土台で戦えば、凡そ敵う相手ではないことも、ノートは良くわかっている。だが、その言葉に「いや」と騎士は首を振った。
「補わねばならん不足は、我が不足だ」
 最初に口を挟んだのと同じように、その騎士の物言いは堅苦しいままだ。だが、先程の嫌味の混じったように感じたそれが、今は率直な響きを持って響く。悔しげに息をついて、ノートの手は借りぬまま騎士は立ち上がると、硬く気難しげな表情こそそのままだったが、潜めるような声でこう言った。
「また剣を交える機会があれば良いが、それを望むのは不忠なのでな」
 口に出すのも本来であれば自粛するべき所を会えて口にしたその心に、ノートと望は顔を見合わせて表情を緩めたのだった。



 そんな興奮も冷めやらぬ内の、2戦目。
「ほら、あなたもさっさと仕度をするのです!」
 第七龍騎士団の末席に名を連ねる相田 なぶら(あいだ・なぶら)に、そんな檄を飛ばしたのはフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)だ。ちなみに、第二戦を希望したのも、戦うなぶら自身ではなく彼女である。
「ほら愚痴愚痴言ってないで行きますよ、折角先輩騎士様方が相手して下さるのに、ここまで来たら腹括りなさい!」
 折角エリュシオンに来たのだから、もっと色々見て回りたかったのに、と愚痴るなぶらの背中を無理矢理に押して、試合場に立たせると、自分はさっさとセコンドとして引っ込んだフィアナに、非難めいた視線を送ったが、もう遅い。
「ええい、こうなったらヤケだ、先輩ぶち抜いて下剋上する勢いでいってやる!」
 意気を上げる為にそう叫んだが、その途端殺気だった目が射抜くのに、びゃっと反射的になぶらは方を竦めた。
「あ、すいません嘘です、よろしくお願いします先輩っ!」


 そんな何のかんのとありはしたものの、両者が合図と共に剣と盾とを構えを取って向き合うと、しん、と空気が一瞬にして冷えて行った。切りつけるような真剣さに、見物している一同も釣られるように息を呑む。
 やがて響いたアーグラの合図に、一拍を空けてまず動いたのは龍騎士の剣だ。初速こそ初めの騎士に劣るものの、初太刀で両断せんとばかりに振り下ろされた剣は、その圧でなぶらの髪先と共に地面を抉った。
「ちょっと先輩、これ訓練ですよね!?」
「心配はいらん。うちの治療師はナラカへ半歩落ちた位なら拾う腕がある」
「そう言う問題じゃないし!」
 なぶらの声が裏返ったが、騎士はにこりともせずに言うのに、その続く横なぎの一撃を剣の腹に這わせて軌道を逸らすと、風圧で裂かれた傷を癒やしながらなぶらは距離を取った。
「無計画に受けたらやばいなあ……かと言って」
 呟く合間にも、中距離からの斬撃が向かってくる。流石、神でもある龍騎士ともなれば規格外だなあ、となぶらは無理に前には出ずにやり過ごしていく。体力切れを狙うべきかと一瞬思ったが、構えと余裕を見るに今までの攻撃は恐らく小手調べだ。その証拠に、連撃を繰り出し終えた騎士の眼光は鋭さを増し、なぶらの挙動を伺っている。
(うぅ、やりづらいなあ)
 自分から動いて来る相手ならこちらも行動を読みながら動けるが、ああも受け身で構えられると手を出しづらいことこの上ない。かといって迂闊な睨み合いも、手の内が分からない以上得策とは言い難い。
(それなら……!)
 心中で合図を取って、なぶらは一気に正面へと距離を詰めた。勿論、真っ向勝負を挑むには分の悪い相手だ。接近の瞬間に猫騙しの要領で魔法を発動させると、体を反転させて、遠心力をもって横薙ぎの一撃を放とうとした、が。
「……ッ!?」
 ガギンッと鈍い音が響いた。魔法の発動で逆にそれをフェイントと悟って、盾を無理矢理軌道上に捻じ込んだのだ。完全には防ぎきれないまでも、ダメージの通りが浅い。そして、攻撃を防がれた側は一瞬の隙が出る。それをついて、騎士の大振りの一撃がなぶらの胴を狙ったが、なぶらの方も用心しての接近だ。幾らか残していた間合いを生かして地面を蹴って、自身を回復しながら再び距離を取る。その一撃で息が軽く乱れたが、それは相手も同じようだ。再び軽い剣戟が続いたが、どれもお互いの決定打にはなりそうもなく、離れては近付きの繰り返しを行うこと暫く。
「何故そこで攻め込まないんですかっ!」
 外野ではフィアナが拳を突き上げているが「無茶言わないでよね」と零しながらも、なぶらは強い反論は飲み込んだ。
(体力切れを狙うのは、多分こっちが不利だな……あっちは遠距離波状だけが武器じゃないんだし、回避続けてれば膠着状態は作れるけど、それってちょっとのことで負け確定だよね)
 そうとなれば、覚悟を決めるしかないか、となぶらは息を吸い込んだ。
「いっちょ、やりますか……!」
 次の瞬間、なぶらの足は地面を蹴り、一気にその距離を詰めていた。そして再び、目晦ましの魔法が両者の間で弾ける。だがそれは、その初動作で読んでいたらしく、騎士の盾が直撃を阻んだ。
「同じ手が利くか……!」
 叫んで、騎士が剣を振り下ろそうとした、が。その剣は逆に鈍い音を立てて何かに弾かれた。なぶらが翳していた、混沌の楯だ。先のフェイントと違い、その検圧が体を傷つけるのも構わず、盾を翳しながら真っ向からその体を突っ込ませたのだ。
「な……ッ」
 剣を弾かれて、騎士の胴が露わになる。そこへ、突撃の勢いを加味した直線の一撃がど正面へと叩き込まれたのだった。
「ぐう……っ」
 鈍い呻き声と共に、大きな鎧が崩れて、ガシャリと地面に膝をつく。鎧の頑丈さのおかげで、衝突の激突だけですんだようだが、それでも衝撃はかなりのものだったようだ。
「それまで」
 アーグラの声に、大きく息をついて、なぶらは剣を支えにしながらぜいぜいと息を吐き出した。
「やりましたね! なぶら! やればできるじゃないですか!」
 フィアナが喜びと興奮にぴょんっと跳ねているが、なぶらは素直に喜べなかった。振り下ろされた騎士の剣圧は強く、盾で防いだといっても、衝撃を完全に逃がしきれず、あちこちが傷を負っている。もう少し飛び込むのに躊躇すれば、腕ごと折られていたかもしれないと思うとぞっとする。恐らく龍に乗った状態であれば命だってあったものかどうか。
 身震いするなぶらに「素晴らしい」とアーグラは賞賛に手を叩いた。
「君も彼女も、大変見ごたえのある良い勝負だった。そう、思うだろう?」
 最後の言葉は、龍騎士たちへ向けてのものだ。なぶらと戦った騎士も、まだ痛んでいそうな体をのそりと持ち上げると、苦々しい顔で頷いた。
「……負けは負けだ」
 その様子を見ると、まだわだかまりを完全に払拭できたとはいいがたいが、少なくともその実力は認めたようだ。アーグラ達の間に微笑ましい空気が流れたが、それを破って「ヘたれている場合ですか!」とフィアナが声を上げて、ばしばしとなぶらの背中を叩いた。
「さあ、しっかりなさい、なぶら! 折角なんですからもう一度勝負させてもらいましょう」
「……ちょ……ちょっと! もう勘弁してよ……」

 やる気満々なフィアナに、慌てふためいたなぶらの言葉に、一同の間で思わず笑いがこぼれたのだった。