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【アナザー戦記】死んだはずの二人(後)

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【アナザー戦記】死んだはずの二人(後)

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♯13


 自走プラズマキャノンを用いた作戦が完了してからも、しばしの間は昆虫人間の掃討作戦が続けられる事になり、契約者達が活躍したイギリスにおいても、逃走した指揮官型の中型怪物の捜索及び撃破をする必要があったが、ひとまずの区切りはついた。
 国連軍は作戦の中枢である自走プラズマキャノンによる黒い大樹の破壊が確認されたのち、間もなくイギリスに居る契約者達を回収するためのヘリを派遣してくれた。
「何かと便宜を図るように言われているのでね」
 欧州から直接オリジンに帰還する手段は無いため、遠回りになるがロシアを経由して日本への輸送の手続きされる最中、甲斐 英虎(かい・ひでとら)はもひとまずオリジンに帰る手段が確保できた事にほっとした。
 国連軍と合流すると、特に教導団の生徒が顕著だったが、自分達の知らない大規模な作戦が、しかも契約者を伴って行われていたのかという疑問を解決するために行動した。
 技術監修役として同行していた柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)らはおおよそ事情を察知しているようだったが、完全に把握しているわけでもないようであり、今回の作戦の総指揮を務めたセルゲイ大佐から事情の説明を受ける機会を得る事ができた。
「欧州における奪還作戦はもともと構想されていたものであり、今回の作戦に利用したプラズマキャノンも、その為に研究されていた試作品なのだが、本来であれば今回のような不完全な状態で導入されるものではなかったのだ」
 作戦に利用されたプラズマキャノンは、現地にて廃棄されている。急造品かつ強度増強をほとんど図られなかったため、砲撃の負荷に耐えられないのは当初の想定通りだった。
 地図があるといいな、と大佐は乱雑な資料の中から、地図を一枚引っ張り出した。そして、この辺りと指で円を描く。
「我々の諜報部が、この地域でダエーヴァの奇妙な行軍を確認した」
 そこは、中国の奥地を示している。範囲はかなり広い。
「この地域には我々の戦力も、中国国内で行動を行っているレジスタンスが潜伏している地域でもない。軍事的にはあまり意味を成さない地点だけではなく、工業的にも恵まれているわけでもない。だが、ダエーヴァは数十万の怪物を率い、この地域を包囲し完全に孤立させたのちに、殲滅戦を行った」
「殲滅……」
「うむ、この地域には言ったとおり、怪物の軍勢に対抗できる程の戦力は無い。殺されたのは、一般市民がほとんどだったようだ。まるで人間を殺す事が目的のような行動は、今日までダエーヴァの活動でも、異質なものだった」
 ダエーヴァは利用価値があれば、人間であってもその末席に加える事がある。親衛隊のように改造されるものもあれば、人質や利益で従わせる事もある。彼らにとって人間とは、今すぐに根絶やしにしなければならないわけではないらしい。
 そうした中で、危険と思われる戦力を保有するでもない地域の人間を、逃走できぬように包囲し、殲滅したのだ。

「お誘いありがとうございます。しかし、私は確かめなければいけない事があります」
 イギリスでの戦いが終わってすぐ、アナザー・マレーナと黒血騎士団はこれからやってくる国連軍の救援隊とは合流できないと申し出た。
 救援隊は清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)の二人からの連絡だった。この一日にイギリスを出て、海を越え、国連軍に合流するという強行軍の果てに、今度は自分達の居場所を教えるためにヘリに乗ってやってくるという。
「確かめたいこと?」
 英虎にアナザー・マレーナは、ええ、と頷いてからリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)をほんの僅かに見た。
「なに?」
「あの戦士の名前は、何と言うのでしょう」
 それが、夢想の宴で呼び出した幻だと把握し、リカインはその名前を教えた。
「ドージェ……ですね。わかりました、ありがとうございます」
「確かめたいっていうのは、ドージェの事なの?」
「わかりません……お父さんは、最強の契約者になりえる存在が、誕生する事までは予見していましたが、それが誰であるかまではわかりませんでした」
 アナザー・マレーナは、もうご存知かと思いますが、と前置きをして続けた。
「私は、最強の契約者を見つけ、シャンバラに導くため地球に残りました。そして、私はまだ最強の契約者となる可能性を見つけられていません。そしてシャンバラは訪れず、ダエーヴァが現れました。女王はこれに対抗するために準備をしていたようですね、私もその手段の一つとなっているようです。予期せぬ目覚めも、癒しの力を使えないのはその代償なのでしょう」
 女王とは先代のアムリアナの事だろう。
「いいの、そんなあっさり一言で片付けて」
「世界の破滅を防がなければ、私もお父さんとの約束を果たす事ができなくなります。その為であれば助力するのはやぶさかではありません。しかし、その為この身はダエーヴァに追われる事になりました。いくらか策を講じましたが、私は最強の契約者の可能性が誕生すると予言された地に、たどり着く事はできませんでした」
 国連軍が早々に欧州戦線に見切りをつけたのは、守るべき遺跡をダエーヴァに占拠されたという事情がある。アナザー・マレーナの講じた策というのは、それも含まれているようだった。
「つまり、確かめたい事って」
「はい、かの人が……まだ、生きているかどうかを、確かめる必要があるのです」
「まだ生きているかって、そんな、死んでるみたいに」
「可能性は低いと考えています。女王がどのような手段を持ってダエーヴァの意図を押し留めているかはわかりませんが、私のような者の助力を必要とするのであれば、その手段は薄氷のように薄く脆いものだと思います。女王と比較すれば、私そのものの力なんて微々たるものでしょう。そして……」
 アナザー・マレーナは契約者達の顔を見回した。
「皆さんがここに居るというのは、その薄い膜に穴が空いた事に他ならないのではないでしょうか?」
 なぜ自分達はここに来てしまったのか。誰もがその疑問を当然抱いてはいたが、目の前の問題のために敢えて目をそらしていた疑問だ。
「最強の契約者になりえる存在は予見されていました。その力が、必要とされるのは、たぶん、当然なのだと思います。しかし……」
 アナザー・マレーナが言いよどむ。
 ここにいる多くが知る最強の存在は、幾度もの戦いと、修行をへて、その力をより強大なものにしていったではないか。ましてここに彼女が一人で居るという事は、その人物は契約者ですらなく、また彼女の言葉が事実であればその力の一端は世界を維持するために持ち去られている事になる。
 そして、隔てられているはずの世界を、正規の手段を用いず契約者達は現れた。
「リカインさん。ありがとうございました」
「え? なに?」
「私は、あなた達の世界の私は、確かに最強の契約者を連れてシャンバラへと戻る事ができたのですね。あの人がそうなのだと、一目見た時にわかりました。もう一人の私はお父さんとの約束を、果たす事ができた……それを知る事ができたのは、よかったと思います」
 その言葉は、わかっている者の言葉だった。
 もう自分の探すべき人は居ないだろう。そう確信してもなお、自らその現実を確定させようとするのは、責任感からだろうか。
「とりあえず、止めても無駄ね? じゃあさ、一つだけ聞いておきたいんだけどさ、アカ・マナハがあなたに執着していたのって、単に立場の問題?」
「……心当たりという言い方は奇妙に思うかもしれませんが、一つあります」
「確かに、奇妙ね」
「親衛隊が現れたのは、私達が怪物達と戦うようになってからでした。恐らく……」
「なるほどね」
 アナザー・マレーナの目的は、最強の契約者を探す事だ。ダエーヴァとの戦いそのものに、最初は積極的ではなかったのだろう。それが国連軍の支援の為に行動していたのは、自分達を参考にしたと思しき新たな怪物が現れ、その為に多くの犠牲者が出た事に対する自責の念もあったのだろう。
 アカ・マナハの執着は、恐らく子供じみた見栄に端を発するものだったのだろう。特別な騎士を抱えたお姫様、という立場を自分だけのものにしたかったという事に違いない。
 アナザー・マレーナは一人ひとりに、短くはあったが感謝を告げると、国連軍の迎えが来る前に姿を消した。黒血騎士団も、それに続いた。



「お待ちしておりました、姫様」
「あまりからかわないでください。ルバート、これは?」
「懐かしい友人に会いまして、土産にと受け取ったものです」
 アナザー・マレーナは差し出された、一般的なコンピューター用の外部記憶装置を手に取った。アルベリッヒが、裏椿 理王(うらつばき・りおう)に頼み、こちらの機械で読み取れるように書き直した、インテグラル因子治療研究データが入っている。
「それを、何故私に託すのでしょうか?」
「残念ながら、我々にはこのデータを活かす事はできないでしょう。我々には知りえない事の塊のようなものです」
「私に渡されても、期待には添えませんよ」
「無論、そうでしょうな。今それが必要な時であるとも思えません」
「では、何故?」
「友人の故郷に行けば、そのデータを活用する事も可能であると教えていただきました」
「あなたは、そうやって大事な決断をすぐ人に任せようとしますね。いいのですよ、これを持って皆を連れていけばいいじゃないですか」
「しかし、困った事に我々はまだ姫様に受けた恩を返しきってはいないのです」
「恩なんてもの―――」
「姫様に出会っていなければ、我々は化け物として、あるいは犯罪組織として人に討たれてしまっていたでしょう。姫様は恩人なのですよ、過去においても、未来においても……やれやれ、全く、懐かしい友人というものは、本当に余計な事を伝えてくれるものだ。おかげで、どうやら私の代で終わるかと思ったこの主従も、それでは済まなくなりそうでな」
「随分と、よい友人に出会えたようですね」
「ええ」
「ルバート、あなたの代で、その主従というのは終わりにしましょう」
「ほう」
「しかし、私にはまだしなければならない事があります。その間、これは私が預かります。いいですね」
「なるほど、人質ですか、趣味の悪い」
「あなたが、私に預けたのではありませんか?」
「まさか。預けたのではなく、譲ったのですよ。どうぞお好きに。そんなものが無くても、私はついていきますがね」
「その友人に、どのような話を吹き込まれたのか、気になりますね」
「なに、つまらない男の話でしたな。だが不思議と作り話には思えなくて、自分は随分と恵まれていたものだと思い直した次第です」
 父との約束を果たせず、シャンバラに戻れない自分に意味があるだろうか。彼らと別れてからずっと付きまとう疑問に、いまだに答えは出せないが、自分にはそれとは別に責任があるらしい。
 アナザー・マレーナは、小さな機械の中にある責任の重さと、そこに込められているのであろうルバートと、その友人の思いは、忘れぬよう胸に留めておこうと誓った。



担当マスターより

▼担当マスター

野田内 廻

▼マスターコメント

【アナザー戦記】死んだはずの二人(後)へのご参加ありがとうございました。
 



 さて、今回で無事前後編も終了となりました。
 アルベリッヒとルバートは、何かと思い入れのある人たちだ。
 今回のシナリオは、アルベリッヒの物語にひとまずピリオドを打つという意味と、ルバートについてちょっとだけ書き足しておきたい事があったというのが発端だったりします。

 というのも、ルバートという人間はミスターNO,2とも言うべき人だったからです。
 言うなればカリスマの横に付き従う白髪の執事みたいな存在であり、自分のポテンシャルを自分の力で全て発揮できないのです。
 しかもその辺りを自分で理解しちゃっているので、立場も血筋も名目上はトップなのにアルベリッヒに組織を預けていたりしましたしね。自分には持ち得ない執念や熱意を持っているのも彼に期待していた要因なんじゃないかなーと思ってみたり。
 彼の不幸は、一重に上司に恵まれなかった事です。まぁ、組織の生い立ちを考えると祖先はわりといい思いをしてそうなので、彼にだけしわ寄せが行っているとも考えられるのですが。

 そんなこんなで、色々あってアナザーのお話がありまして、
「これは、ルバートに信頼できる上司を与えるチャンス!」
 と思いつき、今に至ります。
 今にして思うと、せっかくの上司との絡みがほとんど無かったのはどうだったのだろうか……。

 あんまりここに書きすぎるのもあれかなと思うので、このぐらいにしておきますね。
 それでは、またどこかでご縁がありましたら、よろしくお願いします。