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リアクション
♯4
「うわっ」
猿渡 剛利(さわたり・たけとし)は足を滑らせて、その場に尻餅をついた。パワードスーツラストスタンドのおかげで、痛みは無い。
足元には、怪物の残骸もあるが足を滑らせた原因は別だ。足首ぐらいまでべったりとついた濃いオレンジ色の液体のせいだ。卵の中身である。あとで洗うことを考えると頭が痛い。
倒れた剛利に、昆虫人間が未だとばかりに飛び掛る。
「もうっ、ぼーっとしないの」
飛び掛った昆虫人間が、空中でばらばらに引き裂かれる。動体視力に自信があれば、機晶制御テンタクルが通り過ぎたのを見る事ができただろう。テンタクルはエメラダ・アンバーアイ(えめらだ・あんばーあい)の手元に戻っていく。
「ぼーっとしてるわけじゃないんだけどさ」
立ち上がる。飛び掛ってきた怪物の体液で、全身もベトベトだ。
倒れていようがこけていようが、怪物達の勢いは変わらない。既に弾切れして鈍器にクラスチェンジした対神像大型バズーカで殴り倒す。
「さすがPS用正規装備、頑丈だ」
「いや、普通の武器を使おうよ」
「卵の破壊は順調だな」
クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)は弾切れしたバズーカを足元に下ろした。
戦いが始まってまだ三十分も経過していないが、卵の三割は破壊したように見える。自分達の卵への攻撃もあるが、戦闘の余波による影響も少なくない。
「昆虫人間は卵の安全にはそこまで頓着してないね。頭が回ってないってのもあるんだろうけど」
セリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)が見る限りでは、昆虫人間が卵を踏み潰したりはしていない。だが、卵からこちらの戦力を引き離そうとするような戦術は無いように思える。
「ここに向かってる指揮官タイプは、道中で仲間が足止めしている。とはいえ―――」
クローラが視線を向けた先からは、続々と昆虫人間の増援がやってきている。増援の遊撃に出ている仲間の数は決して多く無い、いずれ指揮官型もこの場所に姿を現すだろう。
「卵を狙え、怪物どもは近寄ってくるまでは無視していい」
クローラは部下にそう指示を出しながら、自分は向かってくる怪物にヴォルテックファイアで蹴散らす。
「やはり、仲間の死にも周囲の変化にも反応は無いか」
セリオスがショックウェーブで残りをまとめて蹴散らす。
「そこまで強くはないから、直接潰しちゃえばいいんだけど、ガス欠が怖いね」
「相手が単純故に策が通じないというのも不思議なものだな」
「数があるからできる手段だけどね」
「やはり元を断つしかない、というわけか」
昆虫人間が卵を気にしないのは、卵が多少損失してもそこまで影響が無いと考えているからだ。昆虫人間自身の思考力もあるだろうが、重要であれば事前に対策はできるはずだ。彼らにとって昆虫人間と卵を用いた戦いはこれが最初ではないのだから。
「なんか、俺の方ばっか狙ってきてないか、これ?」
アルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)はサンダークラップで迫り来る昆虫人間をまとめて痺れさせる。十体も痺れさせると致命傷にならなくなってしまう。
「気のせいだろ」
エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)は銃声と魔法の爆発の音で通信が聞こえなくならないよう、片手を耳に当てながら答える。
「気のせいじゃないって、ほら、ほらほらほら、こっちすげー来るのに、そっちは全然じゃん。カッコいいから、イケメンだからか!」
この昆虫人間に、人間の顔の違いがわかるのだろうか。疑問に対して当然答えは得られないが、確かにぱっと見る限りでは、エールヴァントよりもアルフに敵が集中しているように見える。
エールヴァント自身は攻撃の手よりも、仲間との通信や部下の指示に重きを置いているので、単純に近い方を狙う昆虫人間に狙われにくいだけだというのは、きっと考えすぎだろう。
「なら、もっと前に出て敵を誘引すれば、こっちの被害は減るな」
「援護するどころか、人を囮にするのか! あ、でも、ちゃんと働いてるところ見せないと、このままじゃダメだよな。デートできなくなっちまうかもしれない」
「理由は不明だけど、敵を引き付けられるのを上手く利用すれば活躍できるかもしれないね」
「よーし、化け物ども、俺が相手だ!」
うおおお、とアルフが前に出ていく。
「……何時からデートができる事になったんだろう」
奮戦するアルフの背中に、エールヴァントはため息交じりに零した。記憶が正しければ、「これが終わったら慰安とかもらえないかなー」とか呟いていたのが、いつの間にか「これが終わったら慰安が貰えるし」になって、「慰安がもらえればここのかわいい子とデートできるかも」と飛躍し「この戦いが終わったらデートだ」という結論に着陸した。
やる気になっている人の気持ちを折るなんて残酷な事、エールヴァントは当然したりしない。
「この局面でもデートでモチベーションを上げるアルフには脱帽だよ」
それが何の約束もされてないものであるのだから、尚更だ。
昆虫人間の群れとの戦いの中、親衛隊のうち二人は後方の位置が動かずに構えている。残りの親衛隊は一人であり、その一体は斎賀 昌毅(さいが・まさき)とマイア・コロチナ(まいあ・ころちな)のヤリーロの間に立っていた。
「さすがに、強い強い言われるだけはあるな」
親衛隊は片腕の途中から、黒い体液を流している。昌毅の滅技・龍気砲が食いちぎったのだ。痛みをそもそも感じていないのか、親衛隊の見えている人間の顔には表情が無い。
「直撃したと思ったんですけどね」
ヤリーロから飛び出した昌毅が仕掛けた時、回避する余裕は無いように見えた。状況的にも、防御すべきところだったのを、親衛隊はこれからくるであろう攻撃を敏感に察知し、防御をせずに回避したのだ。
最初の一撃は回避されたが、多くの卵を巻き込む事はできた。それからヤリーロと共にこの一体を倒すべく立ち回ってきたが、今を持っても倒せていない。
戦っているうちに、昌毅もマイアもこの親衛隊についていくらか理解が進んできていた。親衛隊の強みは、判断力の高さと、思い切りのよさだ。今、この怪物は昌毅もヤリーロも破壊しようと思って行動していない。
ヤリーロの火力を危険視し、時間を稼いでいるのだ。だが、そうだとすると後ろで待機している親衛隊の動きは奇妙でもある。
気にはなるが、昌毅達からでは手は打てない。現状は優位に親衛隊の一人を押さえ込めているが、露骨に隙を見せれば手痛い反撃を受けるだろうし、複数を相手にするのは少々部が悪い。
「あれは……」
マイアがヤリーロの操縦席から、新たな親衛隊の接近を確認した。他の怪物とは全く違う地点から出現した。新しい親衛隊は、戦いに参戦するのではなく、後ろで待機している二人に近づいていく。
「……そうだ、これで!」
ここから後ろに攻撃を仕掛けても、眼前の親衛隊が防ぐだろう。そこで、マイアはソニックブラスターを使ってみた。ソニックブラスターの大音量が、後方で待機している襲った。
ダメージは与えられなかったが、そこで奇妙な事が起こった。
一旦近づいた親衛隊は離れていったのだが、すぐさま戻ってきたのだ。まるで、ちゃんと伝達が届いていなかったから再度言いに来たように。
「おい、ぼーとしてんな!」
昌毅の声を聞き、マイアははっとなった。目の前に居たはずの、隻腕の親衛隊の姿が確認できない。
「上だ」
その言葉で、マイアは敵の姿を見つける。
ヤリーロの頭上でくの字のナイフを振りかぶった親衛隊が、横合いから飛び込んできた佐倉 薫(さくら・かおる)に切られた。親衛隊はきりもみ回転し、地面に着地できずに倒れこむ。
「すまぬ、手柄を横取りしたみたいになってしもうたようじゃ」
PS用のカタナについた血糊を払い落としながら、薫はマイアに謝罪した。
「い、いえ、今のは助かりました」
今の攻撃反応できたかどうかをマイアは考え、その考えを振り払った。投擲されたくの字のナイフは、ヤリーロの装甲を貫けないが、今のは手に持った状態で確実にマイアを狙っていた。
「そう言ってもらえると助かるの。しかし、今では効果があったかどうかを判断するのは難儀じゃの」
薫は視線を自身の獲物に落とす。手ごたえとしては、十分なものであり、倒れた親衛隊も動かない。だがそれがこの錬金術で鍛えなおしルーンを刻んだ特製のPS用カタナのおかげなのか、単にラストスタンドのパワーが親衛隊の装甲に勝っていたのか、判断が難しい。
「昆虫人間じゃ貧弱すぎて残念、親衛隊相手にもぼんやりした意見、比較用に二本持ってこないとダメだのー」
「そうじゃのう、効果が無いわけではないのは救いじゃが」
三船 甲斐(みふね・かい)の声に薫は頷いて答える。
「けど面白いものはみれたのー。あいつらは口頭で連絡をするってわけか。怪物達には言葉で指示しないところを見ると、完全に司令系統が別ってわけか。喋れる喋れないは、あいつらの中では重要ってわけだ」
昆虫人間は、指揮官型の怪物が存在する時のみ戦術的な行動を取る。親衛隊の存在は昆虫人間の活動に影響しない。指揮官型と親衛隊は、言葉を用いてコミュニケーションが取れる。
大規模な組織になればなるほど、各部署を繋ぐ線は複雑化していくものだが、欧州ダエーヴァは、指令級・親衛隊・指揮官型・昆虫人間と一直線で繋がっており、枝分かれし細分化されたりしてはいないようだ。
「完全なトップダウンの構造を作ってるってわけだ。反逆を危険視してるわけじゃないようだし、あんま深く考えてねーな」
「数で押し潰す、というスタイルのみで今日まで戦ってきたわけじゃな」
「日本の奴らはもう少し組織だっていたんだけど、それができるだけ数に自信があるってわけか」
部隊を作り、隊長を選び、作戦から導かれる各部隊の任務なんてものは、欧州ダエーヴァにはない。高度な戦略や戦術を用いなくても、ただひたすら数で押しまくる単純でがさつな戦法しかなく、しかも今日までそれで成功してきたのだ。
「ま、そのために昆虫人間は頭が空っぽなんだな」
人間の軍隊では、全員が殺されなくとも戦いに負ける事はある。というよりも、全滅という敗北は古今東西の戦史の中でも、珍しい部類の敗因だ。大抵の場合、戦いが終わってから掃討されるのである。
一兵余すことなく死ぬ展開にならないのは、個々の人間には考える力があるからである。このまま戦っても勝てるとは思えない、そういう結論に達した人にはそれ以上戦う力はないし、戦わせたところで結果は結論に従うだろう。いつの時代でも、逃亡兵がゼロになる事は無いのだ。
昆虫人間の強みがあるとすれば、動く物を襲う、ぐらいの単純かつ明瞭な回路のみを搭載しており、死への恐怖といったものを微塵も抱かない事だ。そもそも、死ぬという概念すら理解できないだろう。
「こいつらと戦わされる軍隊は悲惨だなー。勝つには敵方の全滅以外はねぇって難題にも程があんだろ。当然、頭数に関しては怪物どもに絶対勝てねぇ」
軍隊において士気は勝敗を左右する重要な要素だが、昆虫人間の群れにはそんなものは必要ない。劣勢だろうが優勢だろうが、その性能を百パーセント発揮する。個々を契約者と比べれば、最大限に発揮された性能なんて取るに足らないものかもしれないが、魔法だって銃弾だって、体を動かす事にだっていつかは限界が来る。
「供給源を断つというのは、最も重要な行動であるのは間違いないようじゃのう」
「全くだ。ついでに、卵の一個でも持ち帰りたいんだが、みんな派手に壊しすぎだぜ」
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