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リアクション
●スプラッシュヘブン物語(14)
アルツール・ライヘンベルガー（あるつーる・らいへんべるがー）は、スプラッシュヘブンへの道すがら司馬懿 仲達（しばい・ちゅうたつ）と合流を果たしていた。
角を曲がったその先の物陰より、あの冠が覗いている。
「司馬懿先生！」
最初に気づいたのはミーミル・ワルプルギス（みーみる・わるぷるぎす）だった。
「さよう」
ひょっこりと物陰からあらわれた司馬仲達だ。これが三国演義なら、ジャーンジャーンジャーンと銅鑼の音が響くところであろうか。いやその登場は、別のキャラクターっぽいか。
司馬懿は口髭をなでつけながら言う。
「たまたまタイミングが合ったのでね。よければ同行させてもらおうかな」
「司馬先生、たまたまとおっしゃいながら伏兵、いえ、待ち伏せとは、穏やかではありませんな」
「はっは、孫子曰く『兵は詭道なり』、たまたまなのは事実、ただ、サプライズの要素を加えてみただけのことだよ。さてお二方、ご迷惑でなければ、だが、涼を求めるわしを随行させてもらいたく候」
「はは、そうまで言われては断れません。しかし今日はミーミルと遊ぶのがメインの目的ですので、いくらか忙しくなるかもしれませんがご容赦願います」
「なんのアルツール君、わしに遠慮はいらないよ」
といった塩梅で、アルツール父娘と魏の武将（英霊）は、スプラッシュヘブンへと到達したのである。
さっそく着替えると、背のところが空いた可愛らしい黄色時のワンピース水着で、ミーミルはとっておきの夏を楽しんだ。
「お父さん！ あれをやってみたいです！」
とウォータースライダーを示せばアルツールは二つ返事だし、さらに彼はミーミルの羽が水を吸って溺れる原因にならないかとおもんばかって、小型のボート、ビート板、あるいは浮き輪を状況やプールに応じてさっと用意する。
「お父さーん！」
ミーミルがボートの上から手を振る。アルツールは振り返す。アルツールの手にはデジタルビデオカメラがあった。娘の貴重な時間を、しっかりと記録に残しておきたい。
「司馬先生−！」
同じくミーミルは司馬懿にも手を振るのだが、仲達、それよりも水着ギャルたちの観察に夢中で気がつかなかった。
「うむ……ピチピチギャルだのう」
詩を口ずさむようにして言う。今現在では死語であろうとも、二千年前なら未知の言語だ。
「さて、休憩がてら、南君がバイトしているというアイスクリームスタンドにでも行ってみようか」
「それはいい。しかしアルツール君、このあたりはアイスクリームスタンドだらけではないかね……？」
司馬懿はまた口髭をひねった。
売店はいっぱい、アイスを売る売店もいっぱい。
広大な敷地内に、大袈裟に言ってそれこそ星の数ほどあるろうか。
――これは探し出すのに骨が折れそうだ。
というわけで絶妙に時間がかかったおかげか、三人が南のスタンドにたどりついたときには、アイスクリームスタンドの混雑はあらかた解消していた。
「南君の夏休みはバイトとは聞いていたがここだったのか」
探した、とか、大変だった、とかアルツールは言わない。ミーミルもそのことはわきまえており、偶然見つけたといわんばかりに南を見てはしゃいでいた。
教師としてアルツールは南に言う。
「勉強に影響が出ないように無理はせんようにな」
「はい！」
そして父親として、それも娘に甘い父親としてアルツールはミーミルに言った。
「さあミーミル、せっかくきたのだから、好きなアイスを注文するといい。三段重ねでも勿論可だ。ただ、食べすぎでお腹を壊さないようにな」
「はいお父さん！ メロンシャーベットとティラミス風アイスと……」
ミーミルはたくさんあるアイスの種類に、早くも目移りしている様子だ。
「おーう、南君頑張っとるのう」
そこに司馬懿も出てきて、気さくにひょいと片手を上げた。
戦略家仲達はただ南のみを見ていない。このアイススタンドのアルバイト店員たちの人間関係をさりげなく観察している。
なので仲達は言った。
「だが、その様子だと相方とは苦労してそうだの。生きるために必要な一種の詐術と考えて、商売上は嘘でも良いから作り笑顔くらいは見せた方が良いと思うのだが……」
つまりはカーネリアンのことを言っているのだが、カーネリアンはちらっと顔を上げて会釈するにとどまった。会釈すらしない数時間前に比べればずっとマシだったりするのだが、それは仲達の知るところではない。彼は不満げに、
「ほれ、ここは南君、先達として一つ営業スマイルの見本でも見せてやってはどうかね」
と提案する。
「営業用、ですか？」
「そう、こんな感じだ」
史上初公開！ 飛び出したのは司馬仲達のお宝フェイスだ！ 曹操がこれを見たらさぞや……いや、やめておこう。
「こんな感じ、ですか？」
南もお宝フェイスだ。司馬懿ほどはこなれていないが。
「そこの彼女も……」
と仲達は言うも、カーネリアンはサンバイザーを外して、カウンターから出て行ってしまった。
「退勤時刻だ」
つまりそれは、南の労働時間が終わったということでもある。
「あ……あの」
――ここでなにか言わなくちゃ！
南は焦りながら、カーネリアンに追いついた。
「お疲れさまでした」
ぺこっと南は頭を下げた。
――ああ、これじゃ私、昨日と同じ……！
昨日、南はこう告げたのだが、カーネリアンには無視された。
その前の日もそうだった。その前の勤務日も。
だから、なにも期待していなかったのだが、なぜかこの日、
「お疲れ……」
カーネリアンは短く、そう応えたのである。
「また明日！」
嬉しくなって南は、大きく手を振った。
カーネリアンが「ああ」と言ったように聞こえた。
南と別れてしばらく、単身で歩いていたカーネリアンであったが、
「カナさ〜ん☆」
と富永佐那に呼び止められていた。
「遅番じゃなかったのか？」
カーネリアンは刃のような目で佐那を見るも、佐那は全然、平気の体だった。
「今日は短時間シフトだったんです☆ 忙しいときだけのスポット勤務かな？ カナさんってば同僚のシフトとかまったく見ないんですね」
カーネリアンはさして感慨もなく歩き続けるが、佐那はしっかりその前方に回り込んでいた。
「カナさんはもうオフですよね？ でしたら、ちょっとお付き合いして頂けませんか？ あ、答えは聞いていませんから」
佐那はカーネリアンの手を取った。カーネは、抵抗しなかった。
佐那がカーネを連れ込んだのは放送設備のある部屋だ。
比較的大きな部屋で、複数の機器とモニターが設置されている。
「ここは……館内放送に使うスポットか」
「そう！ あ、大丈夫ですよ、主催者に許可は取っていますから」
しばしお待ちを、といって一時そこを離れた佐那は、すぐに外見を一変させて戻ってきた。
「変身完了っ☆」
髪の色からして異なっている。海を思わせるブルーの髪、これはウィッグなのだという。
さらにグリーンのカラーコンタクトを装着し、タータンチェックをあしらったゴシックテイストのワンピースを着ている。
「かつてレイヤーだったときの名前であり現在はアイドル活動名……『海音☆シャナ』ですっ！」
「シャナ……？」
「いいえ、海音☆シャナ、ですっ♪ 中央の『☆』は、『海音』と『シャナ』の間にトキメキを込めてくれれば自然に光ってくる無音の記号なのですっ☆」
「…………そうか」
カーネリアンは、とりあえず曖昧な返事をする。だがこれで終わりではない。終わらせない。
つづけてカナさんの番ですっ、と佐奈、いやシャナは元気に言った。
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