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魂の研究者と幻惑の死神2~DRUG WARS~

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魂の研究者と幻惑の死神2~DRUG WARS~

リアクション

 
 第1章

「……きゃっ!」
 重い空気に包まれたフロアに、フィアレフト・キャッツ・デルライド(ふぃあれふと・きゃっつでるらいど)の小さな悲鳴が響く。パークスの地下でLINサトリ(覚)・リージュンに『ドリンク』を飲ませてから以降、事の流れを目にしていた皆がそちらを見ると、子供のブリュケとイディアを迎えに行っていた皆の顔があった。口元を両手で覆ったフィアレフトは、倒れたLINと黒い衣を着たリンを見て混乱した表情をしている。状況が掴めないらしい。一緒に戻ってきたルカルカ・ルー(るかるか・るー)達も顔を強張らせていた。咄嗟には何が起きたのか判らない状況の前で、御神楽 舞花(みかぐら・まいか)がLINに近付く。
「……『助けて』と言っている人間を見捨てるのは良くありません。とにかく、彼女を治療しましょう」
 舞花は廃れた知識とエセンシャルリーディングでLINの状態を確認していく。LINについてナラカ送りでいいと考えている志位 大地(しい・だいち)も、成り行きを見守ろうと制止はしない。猛毒に侵されているのを確認した舞花は治療のスキルで解毒を行う。それを見ながら、斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)は緊張感の無い声を出した。
「……うーん、よくわからないけど、お姉さん壊しちゃダメだったの?」
「ま、殺されないよう守れとは言ってたけど、殺せとは言ってなかったからな」
 ユーリアンの声もどこか緊張感に欠けていて、どこか他人事だ。
「えー、ハツネ、つまらない」
 ハツネは唇を尖らせる。だが、何か閃いたのか顔を明るくするとうきうきした口調で皆に言った。
「ねぇねぇ、でもお姉さんの引き取り手って誰もいないんだよね? どうせだから、もらっていい? ハツネ、お姉さんで遊びたいの♪」
「…………」
 彼女の無邪気さを前に、空気が揺れる。――勿論、言葉に傾いてのものではない。何となく届いてくる不吉さを感じ取ってのものだ。気付いていないのは、当のLINだけだったろう。
「ハ……ツネ……ちゃん……」
「大丈夫、なるべく優しく長持ちするように遊ぶから」
 ニタァ、とした笑みを浮かべるハツネを前に、ファーシー・ラドレクト(ふぁーしー・らどれくと)はぞくっと肩を震わせた。そんな訳がないのに、一段と気温が下がった気がする。彼女の傍で、リィナ・コールマン(りぃな・こーるまん)は眉をぴくりと動かし、天神山 清明(てんじんやま・せいめい)は呆然としていた。ハツネに引き渡した後にLINがどうなるか、想像する光景は皆同じだろう。そこで「……フフッ」という微かな笑い声が聞こえた。天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)だ。
「確かにハツネちゃんの提案はいいですね。うちで引き取ってもいいですよ、それ。程よく絶望と怨嗟に塗れてますからね……いい研究材料ですよ」
 彼は一瞬アクア・ベリル(あくあ・べりる)に目を遣りつつ、その場の誰もを挑発するように笑んでみせる。
「貴方……!」
「父様……姉様もそんなこと言わないでください! でないと……」
 自らに刃物を向け、“自害します!”と清明は言いかける。だが、葛葉が口を開く方が早かった。
「まっ、引き取り手が居るならそちらに任せますが?」
「父様……?」
 あっさりと引く姿勢を見せた彼に、清明は勢いを削がれて腕を下ろした。本気では無いと察した彼女と全体に向けて、葛葉は続ける。
「ええ、僕はそんな女に構ってる暇はないのです……早く、妻を元に戻さなくてはいけませんから。ですので……」
 そうして、ユーリアンがLINの傷に押し付け続けていた禍津殺生石を取り上げる。
「これは返してもらいますよ。僕の動力源の一部なので」
 石が戻った事で、葛葉の身体はリジェネレーションを再開させていく。怪我が癒されていく中、手に纏わりついた瘴気を振り払うユーリアンと、その裏にいるであろうラス・リージュン(らす・りーじゅん)に彼は告げる。
「ふふ、ひどい仕打ちでしたね……だが、確かに対価は頂きました。契約終了です」
 現物を手渡されなくとも、場所が分かれば智恵の実を手に入れる事は出来る。
「それでは皆さん御機嫌よう……またどこかで会いましょう。行きますよハツネちゃん、清明」
「! 母様を元に戻されるのですね!」
「えー、お姉さんは連れていかないの? せっかく、オトモダチが出来たと思ったのに……でも、やっぱり困ったらハツネがもらってあげるね」
 弱り切った天神山 保名(てんじんやま・やすな)を背負い、葛葉は皆に背を向ける。ハツネは不服そうに言ってから、また底知れない笑みを浮かべて家族についていった。葛葉と違い、その凄みはLINで『遊ぶ』事を本気で楽しみにしている事を感じさせた。
「…………」
 彼等が見えなくなるまで、束の間の静寂が訪れる。それを破ったのは、舞花の「呼吸が……」という声だった。石が奪われた影響か心臓の止まったLINに対して、舞花は蘇生術として心臓マッサージを施していく。何とか、これで生命の危機を脱出させたいところだ。
「手伝うわ!」
 ルカルカは神宝『布留御魂』の癒しの力を解放した。髪飾りから光が放たれ、LINの傷が塞がっていく。
「戻りました!」
「良かった! でも、まだ足りない……! インフィニティ・レリーズを使うわ!」
 人1人に死を運ぼうとしていた傷はまだ深く、LINの意識も朦朧としたままだ。ルカルカは更に布留御魂の力を増強させることにした。それを聞いたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、皆に説明する。
「ルカの超能力は、周りの人の願いを力に奇跡を起こす。だから、皆の力と祈りをルカに集めてほしい」
「分かった。彼女の死は私としてもあまり歓迎すべきことではない」
「なら、私も彼女の傷が癒える事を願うよ」
 リィナと椎堂 朔(しどう・さく)がそれに呼応し、癒しの力は少しずつ強力になっていく。パークスからブリュケ・センフィットの実家に移動していた朔には詳しい事情は分からない。それでも、LINを全く理解出来ないかといえば多分そうではない、という気がした。
「わ……わたしも!」「私も祈ります」「わたくしも協力しますね」
 ファーシーとフィアレフト、ルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)もそれに加わり、ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)は先刻のラスの様子を思い出す。
「ラス、お前も彼女の死は望んでいないんだよな……ああ、今は……?」
 何だかよく解らないながら、ザミエルも彼の人格が“交代”しているらしい事は察していた。覚に刺された傷はピノ・リージュン(ぴの・りーじゅん)の治療により大分改善されていたが――
「いや、もう起きてるよ。代わるか? ……そうか。…………望む云々っていうより予想してなかっただけだけどな。予感はしても本気にしてなかったっていうか……」
「お、おにいちゃん……?」
「戻ったのか」
「戻ったけど……まだヤバいのか?」
「まだ足りないわ! もうちょっと!」
「俺達が居ない間に、何があったんだ?」
 LINが死なないように祈りながらも、ダリルが訊く。彼等は、リィナ達と一緒に子供達を迎えに行き、検査の準備を整えていた。「それはまだ、俺もよく……」とラスが言葉を濁すと、「私が説明するわ」とリンが近付いて言う。彼女は、祈ってはいなかった。だが、この時点ではもうLINが死ぬとも思っていない。
「リンを拘束して入れ替わって、サトリに何か怪しい薬を飲ませた……。それで、サトリがおかしくなってラスを刺した……」
 心配が無くなるレベルまで回復して、癒しの光が消えていく。ルカルカはリンの説明を一通り復唱すると、厳しい表情で顔を上げた。
「LINの罪は許されないけど、命を奪うのはダメ。これはやり過ぎよ」
 覚達に関わってきた彼女は、彼等一家が幸せになる未来を強く願っていた。その中には、未来から来たという『もう1人のリン』も入っている。
 死の心配は無くとも、LINの体力はまだ回復していない。ぐったりとしたLINを見て、舞花は言った。
「とりあえず、この状態で拘束して、善後策を話し合いませんか?」
「俺の薬が使われたのはここか!? 早速解毒剤を作ってやろう!」
 エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)プリム・リリムと共にむきプリ君が場違いな大声を出してやってきたのはその時だった。

 むきプリ君が薬の瓶を受け取り、成分、効果の分析と解毒剤作りに別室に行ってから暫くの間が経ち、LINは会話が可能なまでに回復していた。状況を把握した彼女は、悔しさで顔を歪めている。操ろうとした覚は拘束され、猿轡をされている。危険な事を言いながら、尚動こうとするからだ。ぎり、と歯を鳴らしながら、LINはリンに対して言った。
「自分を傷つけてまで拘束を解くなんてね……」
「あなたに家族を渡しはしないわ。自分だけ生き残るなんて方法で、自己満足の幸せを得ようとするあなたには!」
 リンは、隙あらば能力を使おうとするLINを能力で度々抑え込んでいた。諦めを知らない性格は、流石に自分とよく似ている。記憶を取り戻したリンは、こう思っていた。ピノの死を受け入れられず、自分が記憶の改竄までしたのは――結局の所、『ピノを諦めたくなかったから』だと。
「……随分とまともな人ぶるのね? 本当は、私と同じ穴の狢のくせに。死ななきゃ家族全員が手に入らないあなたは、私が羨ましいだけでしょう?」
「違うわ! 私は……!」
「落ち着くんだ、2人共」
 彼女達の口喧嘩を止めたのは、リィナだった。間に入り、冷静な口調で彼女達に言う。
「私も子供を亡くした身だ。2人の気持ちは十分に理解出来る」
「「子供を亡くした……?」」
 リンとLINは、同時にリィナに意識を向けた。頷き、彼女は2人に昔話を語り聞かせる。
「私の子供は筋肉の病気で死んだ。医者の子供が病気で死ぬなんて悪い冗談だが、死んだ時は堪えたよ」
 ピノが死んだ時の様子を思い出したのか、リン達は痛みに耐えるような表情になって俯いた。リィナの子供は、最後に『ゴメンね』と言ってこの世から去った。
「何故謝る? と思ったよ。謝らなければならないのは救えなかった私の方なのに……ってね」
「「…………」」
「なぁ、2人共、一度自分の目線で語るのは止めないか? 娘さんが本当に何を望んでいるか、ちゃんと耳を傾けてはどうだろう」
「? 娘って……」
 リンは、ずっと不安気にして、殆ど口を閉ざしているピノに目を移す。もう会えないのだと2度目の絶望をした矢先に目の前に現れた少女。初めて会った時は自分への贈り物かのようにすら感じた、見ているだけで愛しさが込み上げてくる剣の花嫁。リィナが言っているのは彼女の事だろうか――否、違った。
「私は、ピノの幸せを一番に考えてるわ。ピノも、私と同じ気持ちよ」
「本当に? 本当に、気持ちを確認したのか?」
「…………」
 LINが黙る。彼女とリィナが言う娘――ピノとは。
「ナラカに居る娘さんに、逢えるのであれば逢って話を聞いてみたらどうだろう。彼女がどうしたいのか、彼女の選ぶ答えを……」
「解毒薬が出来たぞ! 単体で飲むと『愛する者を嫌いになる薬』だ! 瓶の中身は『愛する者に支配される薬』だ! どうだ女、正解だろう!」
 そこで、別室からむきプリ君が出てきて空気を読めない感じに話をぶった切った。LINは忌々しそうにむきプリ君を見て「そうね、おめでとう」と無感動に言った。