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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●Ten Years After

 西暦2034年。
 いわゆる『創空の絆』事件の終結から今年で十年になる。
 当時、最前線で活躍していた契約者の中には、今でも英傑として自分の所属校で重用されていたり、中央政府でその力を振るっているものも少なくない。
 この節の主人公、長谷川 真琴(はせがわ・まこと)が天御柱学院の整備科の教官となったのは2022年のこと、つまり今年は着任十二年目にあたる。
 真琴は、立場としてはすでに中堅どころである。彼女の薫陶を受け、巣立っていった生徒もかなりの数になっていた。
 真琴は今も、現役バリバリの教官として毎日を過ごしている。現在ではそれと並行して、新型イコンの開発やそれに伴う試作機の整備なども手がけていた。といっても開発関連の仕事の大半は、彼女のパートナーたちがメインで行っており、真琴自身はアドバイザー的な立ち位置であるという。
「さて……」
 どさっと資料の束を机に置くと、凝ってきた肩をほぐすように真琴は腕を回した。どの本も分厚い。機械工学や、イコンに関するテクノロジーの本ばかりである。これはいずれも壁際の本棚から取ってきたものだ。
 ここは教官室、彼女は今、自分に割り当てられたこの部屋で、『イコン整備』の授業要の資料を準備していた。
 時代はますますペーパーレスの方向に進んでおり、実際、真琴も授業ではデータ教材を使うばかりで紙のプリントを配ったりはしないのだが、準備段階で考えをまとめるときにはこうして、紙の書籍を読むほうを好んだ。データのみというのは味気ないし、手触りのある紙資料のほうが『読んで』いる気がする。ディスプレイに表示させたデータを眺めるのは、無機的な電気信号を脳に移し替えているように感じてしまうのだ。
 もちろん、趣味で読む本も存在する限りは紙のものを選んでいる。二十代のころからたずさわっている同人誌サークルでも、発行するのは主として印刷物だ。いくら薄くても紙でなければ、同人『誌』とは言えないだろう。
 授業を組み立てるのも趣味の読書も、イラストを描いたりや文書を描くのもすべて知の格闘技だと真琴は思う。格闘技である以上、バーチャルではなくフィジカルな実体がある相手のほうがいいのはある意味当然ではないか。
 ――ま、私が古い人間なだけかもしれませんけどね……。
 などとぼんやり考えていたところにノックの音がして、
「あの先生……よろしいですか……?」
「どうぞ」
 教え子の少女が、うつむき加減で入ってきた。
 真琴は書籍の山を別の山に積みかえて、彼女のためのスペースを作る。
「どうかしました?」
 もともと人望はあった真琴だが、教師として経験を積むうち、こうやってちょくちょく、生徒から相談を受けるようになっていた。相談内容はイコン整備や授業にかんすることから、進路恋愛など私生活にまつわるもの、はたまた同人誌などの趣味に関して……となんとも幅広い。
 よく相談を受けるのは、それだけ適切なアドバイスができるからだろう。彼女は教官として、どんなに忙しくても生徒のために時間を割くようにしていた。
 彼女の相談は、同人誌にまつわる方向性の話だった。柔らかめの話題なので、真琴も胸襟を開き、自分の経験をまじえつつできるだけ親身になってこれに応じた。
「じゃあ、頑張って。本ができたら見せてくださいね」
 相談が終わり少女が礼を言って去ると、入れ替わるようにして、
「先生あたいも相談がぁー」
 などと明らかにワンオクターブ高い作り声で、ひょいと顔を見せた者がある。了承を得ようともせず、ずかずかと大股で入ってきた。
「先生は忙しいんだからふざけるのは禁止です」
 真琴は資料を読みながら顔も上げない。相手が誰かわかりきっているからだ。
「おいおい、ツレねえなぁ。あたいだってたまには恋の相談くらいするかもしれねぇだろ」
「でも、恋の相談じゃないでしょう?」
「まあそうだけどさ……」
 と言ってクリスチーナ・アーヴィン(くりすちーな・あーう゛ぃん)は、空いている席に腰を下ろした。
 十年経ったものの、クリスチーナの身にはあまり大きな変化は訪れていない。しいていえば、数年前から彼女は恵美とともに新型の開発チームに籍を移しており、整備よりもっぱら開発のほうをメインでやるようになったということくらいだろうか。
「でさ、相談っていうか、見てほしいのがこれだ」
 クリスチーナは真琴の返事も聞かずに、本の山をさらに積み上げてスペースを拡張し、丸めた図面をざっと広げた。
「新しいアームパーツの基本装置だ。これで理論上は問題ねぇはずなんだが、なんだかひっかかるんだよな。どう思う?」
 真琴は図面にざっと目を通した後、今度はじっくりと細部を見ていく。
 それから、
「うーん。率直な意見を言わせてもらうと、この部分にコンバーターが多すぎますね。三つもいりません。ひとつで充分です。無論そのままではダメだから、ここから線を引っ張ってくれば出力は不足しないし、熱がたまりにくくなる……それから、ここの線は直列にしたほうがスマートですよ……あとは……」
 といった風にてきぱきと指摘をしていくのだった。それがいちいち適切なので、クリスチーナは腕組みしてひたすら感心するばかりである。
「いやあ、結局、開発に移ってからも真琴の力は借りっぱなしだな。なんだかんだでイコンマイスターの力ってのは頼りになるねぇ。天御柱のイコンすべてに精通している、ってのはすごい強みだよな。おかげでこっちで製図した図面やデータの最終的な検証をやってもらった上に、実機の整備方法のダブルチェックもできる」
「私はずっと技術畑にいたものですから」
 でも、と真琴はクリスに言った。
「私の指摘は、『こうすればもっと良くなる』という程度のものです。腕を上げましたね。基本の図面の時点で、充分優れていますよ」
「へへ……そうかい? あたいもちったぁ上達したかもな」
 そこに、真田 恵美(さなだ・めぐみ)が訪れた。
「いいかな」
 恵美の手にもやはり、真新しい図面が握られているのだった。
「クリスもさっそく来てたね。オレも、この新型の補給特化型の図面を見てもらいたくて来たんだ」
 やはりクリス同様、恵美も役立つ助言を多数受けることができた。
「助かったよ真琴。じゃあ小休止しようか」
 勝手知ったる真琴の部屋――という感じで、恵美は壁際のポットを持ってきて茶の用意をてきぱきとこなし、三人分ととのえて出してくれた。
 アールグレイの爽やかな香を楽しみつつ、恵美は言う。
「なあ、真琴、クリス。この十年いろいろあったよな」
「なんだよ急に?」
「『創空の絆』の終結から今日でちょうど十年なんだよ、ある意味ひとつの節目って感じでさ」
「なるほど、たしかにそうですね」
「それでこうして、振り返ってみたわけだが……真琴は教官の中でも個室を与えられるような地位になって、オレとクリスはそれぞれ、ラボに入って新型イコンの開発や設計の日々。特に最近は軍事・戦闘目的じゃなく土木や災害救助用っていう注文も入ってきたよなぁ……あの当時じゃ考えもよらないぜ」
「言われてみれば、って感じだな」
 クリスは腕組みした。駆け足の十年、あっという間の三千数百日だったように思う。
 ここでわずかに、恵美は自嘲気味な笑みを浮かべて言った。
「まあ、全員自分の仕事が忙しくて色恋沙汰や浮いた話が一つもないってのは結構さみしいものはあるけどさ」
「うーむ」
「ははは……」
 痛いところを突かれたようで、クリスは眉間にしわを寄せ、真琴のほうは苦笑いした。
「真琴もクリスも普通にモテてもおかしくないんだけどなぁ。全く、世の男どもは見る目がないというかなんというかだぜ」
「それを言うなら恵美もそうだろう。まったく、いっそあたいが恵美を嫁にもらうとするか……」
「おい、見た目的にはこっちがクリスを嫁にする側だろう」
「そういうわけにはいかん。恵美は料理が上手いし……あれだ、今や死語だが『女子力』ってやつはそっちが上だ」
「なにをう? クリスの乙女ちっくなところをここで公開してやろうか?」
「ちょ、ちょっと待て! それはなんの話だ!?」
 このやりとりを聞いていて、思わず真琴は吹きだしてしまった。
 あっという間に十年が過ぎた。でも、みんな現役のままだ。そして十年前と同じような会話を楽しんでいる。
 これはこれで、いい年齢の取り方だと思わないでない。
「……と、のんびりしちゃいられない。今日は駆動系周りのテスト結果の検証があるんだった。そろそろ行かないとね」
 茶を一気に飲み干してクリスは立ち上がった、
「しまったそうだった! 悪い、真琴、片付け頼むわ」
「ええ、構いません。それよりふたりとも、急いだ方が……」
 ああ、と、慌ただしく出て行ったふたりを見送ると、真琴はまた、資料との格闘に戻っていくのである。
 あれから十年年経ったけど、これからもあと十年くらいは――。
 まだまだ現役で頑張っていきたいと、真琴は思うのだった。