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リアクション
第二章 《工場(ファクトリー)》
翌朝。
探索隊はいよいよ《工場》の中に入った。前回同様、『白騎士』は『白騎士』、風紀委員は風紀委員、と班は別々になっている。さらに、明花と太乙がいる班がそれらの班とは別に編成された。楓は道案内として、明花と同じ班になっている。とは言え、これも前回と同じく、入った直後の大広間までは皆一緒である。
「ふうん、これが『焦げた痕』ねぇ……」
明花は床に屈み込み、前回の探索でプリモが見つけた痕を指で撫でた。
「確かに、熱線か光線系の攻撃の痕みたいね。だけど周囲にはそれ以外の戦闘の痕跡はなし……か。深山、戦闘があったのはもっと先なのね?」
「はい、この部屋に居る間は攻撃はされないようです」
明花の問いに楓はうなずく。
「とりあえず、最初にあなたが攻撃された場所まで案内してもらおうかしら」
風紀委員たちと『白騎士』たちは、前回とは逆に、『白騎士』が左、風紀委員たちが右へ行くことになった。
(今回も、風紀委員と『白騎士』が表立って足を引っ張り合うようなことはなさそうだな)
楓について行くことにした一色 仁(いっしき・じん)は、それを見て内心で安堵の息をついた。
「私、盾を持って前に立ちますね!」
初めて《工場》に入った一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)が、例の魔法攻撃に強い盾を掲げて先頭に立つ。その後ろに、パートナーのリズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)がぴったりとくっついて続く。
「今回は地図を書きながら行きたいから、あまり早く進まないでね」
吊りひもをつけ、記録用紙を挟んだボードを肩からかけた黒乃 音子(くろの・ねこ)がリズリットに注文をつける。音子のパートナーフランソワ・ド・グラス(ふらんそわ・どぐらす)が、盾を一枚は背負い、一枚は手に持った亀のような姿でリズリットの隣に並ぶ。
「ええ、慎重に進むつもりよ。怪我するのも痛いのも嫌だしね!」
月実は音子にうなずきかけた。
「私、最後尾につきますね」
仁のパートナー、シャンバラ人ミラ・アシュフォーヂ(みら・あしゅふぉーぢ)が隊列の一番後ろに回る。
「私とパートナーは『禁猟区』が使える。充分に警戒しながら進もう」
クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)が言った。
「そうですね。前回入った時は、中央の通路はかなり先まで何も出て来なかったんですけど、今回もそうとは限らないですし」
楓は通路の奥を透かし見た。
「とりあえず、見える範囲には何もない? じゃあ、先に進みましょう」
明花の命令に従って、生徒たちは通路に入って行った。
「前回は、ずーっとまっすぐ行ったよね?」
音子は携帯電話のカメラで写真を撮ったり、地図に線を書き加えたりと忙しく手を動かしながら楓に言った。ちなみに、樹海の中には携帯電話のアンテナが設置されていないので、携帯電話を通常の目的で使うことは出来ない。外部との連絡手段としては無線があるが、遺跡の奥に入ってしまうと電波が届きにくくなる可能性はある、と明花は言う。
「携帯用の無線機だから、出力もそんなに高くないし、おそらく遺跡の構造物にも影響されると思うし」
「……中で何かあった時、ちょっと怖いですね」
常時携帯電話を持っていて、すぐに誰かと連絡が取れるという環境に慣れている音子は、明花の言葉を聞いて少し不安になった。
「遺跡の規模を考えると、おそらく数日がかりの探索になるだろうと思ったから、一応、林に、一日に二回は連絡要員に無線機の予備電源を持たせて寄越して欲しいと頼んではあるわ」
明花は制服のポケットからチョークを取り出し、壁に矢印と自分の名前、そして日付と時間を書き込んだ。
「こうして書いておけば、これを辿って連絡係が来てくれるはずよ」
「『掃除』されちゃわないでしょうか?」
音子は『手書きの伝言』という原始的な通信手段を見て、いっそう不安そうな顔をした。しかし、教導団の内部や都市部では機械化が進んでいて地球とあまり変わらない生活が出来ても、そこから少し離れれば産業革命以前の技術レベルしかない、というのがパラミタの現状なのである。
「わざわざ消しには来ないでしょう。円盤が上を通ったら擦れて消える可能性はあるけど、基本的に安全を確保した場所に書くものだし」
明花は手をはたきながら答えた。
「後方に回り込まれないように注意しなくてはいけないな」
クレーメックは油断なく周囲を見回した。
「はい。今のところ、危険は感じませんが……」
クレーメックのパートナー、守護天使のクリストバル ヴァルナ(くりすとばる・う゛ぁるな)がうなずく。
一方、サミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)は、前回と同じく、風紀委員たちと共に通路を進んでいた。
「皆、なぜあンなに、団長に対立していル『白騎士』が好きなノカ、俺には良くわからないヨ」
サミュエルは憮然として言った。ここに居るのは李鵬悠以下、風紀委員ばかりで、一般の生徒はサミュエル一人だ。
「団長が喜ぶのが一番いいに決まってるヨ。ソシテ、団長を喜ばせるには、『白騎士』に手柄を立てさせちゃいけないヨ。なのになぜ、皆『白騎士』を手伝う? アイツら、団長が凄いから嫉妬してるだけダロ?」
「シュミットは判りやすく正論だからな」
鵬悠は淡々と言う。
「権力を独占するのは良くない、風紀委員や査問委員を使って、生徒たちを監視抑圧している……判りやすい言い分だろう? だが、規律を守るためには、汚れ役が必要だ。シュミットはそれを理解していない。あいつは『正論』を食って生きているが、世の中は正論だけでは回らない」
サミュエルはひょいと片眉を上げて鵬悠を見た。
「あんたハ、汚れ役をやるコトに不満はないノカ?」
「俺は、物心つく前から団長の補佐役になるための教育を受けてきた。まあ他者によって敷かれたレールだが、これで結構面白い人生だと思っている。俺がこの立場をつまらないとか嫌だとか思っていたら、団長は義兄弟の契りなど結んでは下さらなかっただろう」
鵬悠は珍しく、うっすらと微笑した。もしかしたら、妲己は鵬悠のこういうところを『面白い』と思ったのかも知れない、とサミュエルは思った。
「それにしても団長ト義兄弟! 羨ましいネー! 俺も頑張ったら、団長認めてくれるカナ?」
「義兄弟は自ら望んで結ぶ分、実の兄弟よりも強く、そして重い絆となる。軽々しく結べるものではないが……目標を持って努力することは、悪いことではないと思う」
鵬悠は軽くサミュエルの肩を叩いた。
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