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リアクション
教導団の呼びかけに応じて義勇隊に志願した他校生たちは、もちろんメニエスとミストラルのような目には遭わなかった。さすがに遺跡までの地図は渡されず、宿営地も教導団の生徒たちとは別の場所だったが、飲料水や食料は支給されたし(自分の分は自力で担いで行かなくてはならなかったが)、道案内(と言う名の監視)もついて、無事に遺跡付近まで到着することが出来た。そこで遺跡へ侵入しようとして逮捕されていた他校生たちのうち、義勇隊の一員として戦うことを表明した生徒たちに引き合わされ、着任報告をすることになった。ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)とパートナーの吸血鬼アマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)が映像や写真の撮影をする中、他校生たちは現地指揮官の前に整列した。
現地指揮官を務める歩兵科の教官林 偉(りん い)は、年齢は二十代の後半、がっしりとした体躯にくせ毛を適当に切ったと思われるぼさぼさの黒髪、顎には無精髭と少々むさくるしい外見で、眼光が鋭く、何となく羆を連想させる男性だった。
「自ら名乗り出た以上覚悟はして来たと思うが、義勇隊の一員になったからには教導団の規律に従ってもらう。と言っても、他校の生徒であるお前たちには不明な点も多々あるだろう。そこで、教導団の生徒を数名、義勇隊付きとすることにした」
林は斜め後ろに控えていた黒い腕章の教導団生徒たちを目で示した。生徒たちは、お互いに目礼した。
「バリケードや罠など、遺跡前面の防衛線の構築について提案があるのですが、聞いて頂けないでしょうか」
蒼空学園のエドワード・ショウ(えどわーど・しょう)と酒杜 陽一(さかもり・よういち)が、列を離れて林の元におもむいた。
話も聞かない、という態度を取られるかも知れないと思っていたが、意外にも林は、
「採用できるかどうかは聞いてみないと判らんが、とりあえず言ってみろ」
と、二人の策を柔軟に聞く姿勢を見せた。
(義勇隊の生徒が直接作戦を提案しても、聞き入れられないかと思っていたが……)
自分が義勇隊の生徒たちの意見を聞いて替わりに提案するつもりでいた、義勇隊付きの前田風次郎は、驚いて林の後姿を見た。
「……良いのですか?」
エドワードも、同じ気持ちだったらしい。思わず眉を寄せて訊ね返すと、林はぞんざいに手を振った。
「別に、お前たちをいきなり信用したという訳じゃない。ただ、使えるもんは敵だろうが他校生だろうが使うってだけの話だ。敵の手の内が読み切れん状況だし、備えが足らなくて痛い目を見るより、備えすぎて無駄になるくらいの方がいい。それに、やりたくないことをやらせるより、やりたいことをやらせた方が、士気が上がるってもんだろう」
「そういうことですか。では……」
エドワードは、遺跡前面付近の樹海の中に罠を張ることと、バリケードのすぐ内側に落とし穴を設置すること、さらに、部分的に罠が少ない場所を作って、敵を誘導することを提案した。
「敵の誘導に成功した場合ですが、敵が集中すると、味方もつられて敵と同じ場所に集中し、他の場所が手薄になってしまう可能性があります。そこを敵に狙われるとまずいので、そちらもあらかじめルートを予想して、保険として落とし穴などの罠を作っておいたらどうでしょうか」
陽一がそう付け加え、うかがうように林を見た。
「罠か……今となっては、どの程度効力があるかな」
二人の提案を聞いて、林は無精髭の浮いた顎を撫でた。
「罠ってのは、敵がそこに何もないと思ってるか、あるいは、もっと別のものに気を取られていて罠の事にまで気を回せないか……まあ、一言で言えば『不意打ち』だから効果があるもんだろう?」
「はあ、まあそうですね」
林の問いに、エドワードと陽一は頷いた。
「見え見えの罠に引っかかる馬鹿は、普通は居ない。それは判るな? さて、我々の今の状況だが、敵は我々がここに居ることを知っている。前回襲って来たのはオークやゴブリンだったが、あれは捨て駒を使った一種の威力偵察で、奴らを操っていた連中が陰に居るわけだ。そいつらが、その後我々を監視していなければ、ある程度は罠は有効だろうが……」
「監視していない方が、おかしいですね」
エドワードは周囲を見回した。今のところ、身に迫った危険は感じない。だが、それは、相手が今攻撃する意志がないからで、今もどこからか自分たちを見ているかも知れない……そう思うと、急に周囲の気温が下がったような気がした。陽一も不安そうな表情になる。
「そういう状況で罠を設置しても、回避されるか、捨て駒を使って潰した上で本隊が来るか、ってところだろう。バリケードの内側の落とし穴は、味方がはまる事故を考えたら論外だが、バリケードの外側も、敵を遅滞させる目的の障害物以上のものは、おそらく作っても無意味だ」
「……では、その障害物の設置に参加させて下さい。もちろん、設置した場所や内容はすべて申告します」
エドワードが申し出たその時、水渡 雫(みなと・しずく)が林に駆け寄った。
「林教官、お願いします! 私を義勇隊に配属してください!」
雫は林の前に立つやいなや、ふかぶかと頭を下げた。
「それは、義勇隊付きになりたいってことか? それとも、義勇隊に入りたいってことか?」
林は厳しい表情で雫を見た。
「……後者、です」
雫は顔を上げ、まっすぐに林を見た。彼女は、義勇隊が遺跡正面の、もっとも戦闘が激しくなると予想される場所に配置されることに憤りを感じ、義勇隊と共に戦いたいと考えたのだ。だが、林はとりつくしまもなく答えた。
「許可出来ん。どうしても義勇隊と行動したいなら、義勇隊付きになるんだな」
「なぜですかっ!? 私は他の方々に比べて戦闘能力が高いわけでもありませんし、修練は積んできましたけど実戦経験は皆無です。作戦立案や用兵に適した頭もありませんし、教導団に所属しているというだけで、他は一般人と変わりありません。義勇隊に配置されていたって、おかしくはないじゃないですか!」
冷ややかに答える林に、雫は食ってかかる。
(ここまで怒った水渡雫は初めて見るなぁ……)
一方、後からのんびりやって来たパートナーの吸血鬼ローランド・セーレーン(ろーらんど・せーれーん)は、激昂する雫とは対照的に、黙ってその様子を見守っていた。
「何か勘違いをしているようだな。彼らが義勇隊として組織されるのは、能力に劣るからではない。ただ、『他校生だから』という一点によってのみだ。つまり義勇隊は『他校生を教導団に受け入れるための組織』であって、教導団の生徒が入隊する必然性は皆無だ。
それに、他所ではどうだったか知らんが、ここでは義勇隊の奴らはまだ『味方』じゃない。現実に、我々を攻撃しようとした他校生も居たことを忘れたか? 敵の敵は必ずしも味方ではないということを理解しろ。どうしても義勇隊と行動を共にしたいなら、義勇隊付きにであれば配属する。ただし、戦闘の時も混成部隊にはしないで、義勇隊の後方に配置することになる。信用出来ない連中の中に、教導団の生徒を放り込むわけには行かん」
林は、『物分りの悪い奴だな』とでも言いたげにため息をつき、腕を組んで雫を見下ろした。
「寝首をかかれても、自己責任で結構です」
雫は言い切ったが、林は引かなかった。
「貴様が良くても、俺は良くない。だいたい、すっぱり殺られるならまだいいが、人質に取られでもしたら面倒なことになる」
「寝首もちょっとねー、やめておいてくれないかなぁ」
ローランドが初めて口を挟んだ。
「水渡雫、忘れていないかい? 我輩と水渡雫は一蓮托生なんだよ?」
「あ……」
雫は息を飲んでパートナーを見た。パートナー契約を結んだうちの片方が死ねば、もう片方は精神に大きな傷を負い、最悪の場合はそれが原因で死に至ることもあるのだ。
「……わかりました。では、義勇隊付きへの配属を希望します」
「許可しよう」
うつむいて言った雫に林は応えた。雫は敬礼し、小走りに去って行った。ローランドが来た時同様、ゆっくりとその後を追う。その後姿を、数人の教導団の生徒たちがじっと見ていたが、二人はそれに気付かない。
「さて、義勇隊の諸君には、とりあえず壕を掘ってもらおうと……」
林が義勇隊に向き直って言いかけたその時、バリケードの内側に作られた見張り用の櫓の上で見張りをしていた生徒が叫んだ。
「上空に小型飛空艇!!」
生徒たちに緊張が走る。バリケードの外で壕を掘っていた教導団の生徒たちが、道具を放り出して、バリケードの内側に駆け戻って来た。
「数は2機、航空科が迎撃しています!!」
見張りが、双眼鏡で上空の状況を追いながら言う。
「小型飛空艇2機だけなら航空科の敵じゃないだろうが、墜落や落下物の危険もある。監視怠るなよ!」
林が怒鳴る。
「陽動の可能性もある、教導団の生徒は一応配置についておけ。義勇隊はその場で待機!」
林の号令以下、教導団の生徒は武器を取り走って行く。義勇隊の生徒たちは緊張した表情で、それを見送った。