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イルミンスールの冒険Part1~聖少女編~(第2回/全5回)

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イルミンスールの冒険Part1~聖少女編~(第2回/全5回)

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「一発の炎でこの威力……何があっても受けるわけにはいかないね」
「ケイ、私がケイの目になります。ケイはあの巨大キメラを!」
 地上にその姿を晒した巨大キメラの頭上を、峰谷 恵(みねたに・けい)エーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)が様子をうかがうように旋回する。まだまだその数を残すキメラ、そしてたった一匹ながら異様なまでの威圧感をかもし出す巨大キメラ。
 苦戦は必至だが、それでも、戦わねばならない。
「誰も、やらせない。行くよ、エーファ!」
 エーファに背後の護りを任せ、恵が巨大キメラへと向かっていく。そこに立ち塞がる複数のキメラ。
(一つ一つ相手していては、他のキメラに虚を突かれるかもしれない……なら、これで!)
 飛び荒ぶ炎弾をかわし、十分距離を詰めたところで、恵が自身の周囲に酸の霧を発生させる。素早く離脱した恵の視界には、酸に身体を蝕まれながら落ちていくキメラの姿が映った。
(これを巨大キメラの周りに放って、その後炎を放てば、爆発に巻き込めるはず……!)
 巨大キメラを見下ろして恵は、どこに攻撃を撃てば効果が見込めるかを思案する。そこにふと、背中の辺りにできた大きめの傷を発見する。これまでの戦闘で誰かがつけた傷であろうか、恵にとっては好都合であった。
(そこだね!)
 即座に決断した恵は、急降下の姿勢に入る。そして浮上する瞬間、できる限り高濃度に圧縮した酸をその傷の周囲に発生させる。酸に身体を蝕まれつつも、流石は巨大キメラ、他のキメラのようには苦しみを表に出さない。
「流石だね、でも、これならどう!?」
 上空から、恵が火弾を投下する。まるで槍のように鋭く撃ち出されたそれは、酸の発生した地点に落ち、強烈な爆発となって巨大キメラを襲った。

 複数の炎弾による攻撃を回避し切れず、生徒の一人が失速を起こして制御不能に陥る。それに目を付けたキメラが口を開き、炎を発射する直前、二つの魔法が炸裂し、虚を突かれたキメラが制御不能となって地上に落ちていく。
「危ないところだったな。この場は危険だ、早く立ち去るんだ」
「怪我してたらちゃんと治癒してもらうんだよ〜♪」
 危機を救った姫北 星次郎(ひめきた・せいじろう)シャール・アッシュワース(しゃーる・あっしゅわーす)に礼を言って、生徒が治癒を受けるべく後方に下がる。それと同時に、新たなキメラが彼らの視界に入ってきた。
「数が多いな……遺跡に向かった者たちは無事だろうか」
「それだけは気になるところじゃの。ま、何とかしておるだろうよ。聖少女とやらには全く興味ないしの」
「それは同感だが、仲間を護るとなれば話は別だ。……それにしても、他人には相変わらずの猫被りだな」
「いちいちツッコむでない。弟子にわざわざ被る必要なぞないじゃろうに。……ほれ、行くぞ。さっさと退治してしまう他あるまい」
 先んじて飛ぶシャールを追って、星次郎も遅れずについていく。魔法の射程外から容赦なく飛んでくる炎弾をかわし、ギリギリの位置で二人詠唱を始める。
「裁きの雷鳴よ!」
「彼方より連れ去れ冥府!」
 詠唱の完了と共に放たれた二条の雷光が、狙い違わずキメラを撃ち貫く。ショックで既に絶命したキメラが、その身体を黒く変形させながら地上に落下していく。敵討ちのつもりか、また別のキメラが襲いかかろうとするが、彼らに牙を向けたのは誤りであったと後悔することになる。
「焼き尽くせ、業火よ!」
「覚醒せし憤怒の火炎!」
 自らが放つより熱い炎に焦がされ、黒く変色した塊となってキメラが土の肥やしとなる。彼らの戦いぶりによって、キメラは次々とその数を減らしていった。

 キメラの放った炎が冒険者を襲う。熱波が引いたその場においてなお、羽瀬川 セト(はせがわ・せと)が涼しげな笑みを浮かべて佇む。
「この程度ですか? これでは決してオレを抜くことはできませんよ?」
 セトの挑発の言葉を受け取ったのか、キメラが唸りをあげ二発目の炎を発射する。しかしそれも、加護を受けたセトの前には少々温かい風でしかない。もちろん勢いはそのままなので無傷というわけでもないが、損害は軽微だ。
(ここで、みんなを護るための盾となる……!)
 ナイトが敵の攻撃を防ぎ、ウィザードが強力な魔法の一撃を浴びせる。そんな戦闘の王道に則って、エレミア・ファフニール(えれみあ・ふぁふにーる)がセトの背後で魔法の詠唱に入っていた。
(見かけ以上にキメラの動きは素早い……直接火弾なりをぶつけようとしても避けられる可能性がある……ならば!)
 キメラの動きを目の当たりにしていたエレミアの選択が、実行に移される。
「セト、下がっておれ!」
 声に反応して飛び引くセトに一瞬遅れて、エレミアの掌から吐き出されるように酸の霧がキメラを覆う。顔を激しく振って抵抗するキメラだが、酸の霧は身体を蝕み、キメラから抵抗力を奪っていく。
(よし、目論み通りじゃ! あとは――)
 微笑を浮かべたエレミアの掌にぽっ、と火種が浮かび上がる。
「わらわの魔力、其の眼に焼き付け逝くがよい!」
 火種は魔力を含んだ息によって増幅され、炎の風となってキメラを包み込む。普段なら避けられたかもしれない、しかし今は直撃を受けたキメラは全身を焼かれて悲鳴をあげる。抵抗力を大幅に削られたキメラは、残りの攻撃を受けて息絶え、身体は原型を留めない黒ずみと化していった。
「セト、この調子でゆくぞ!」
「うん、頼むよ、エレミア」
 互いの信頼を力に、新たな敵へ立ち向かっていく。

「来やがった! アイン、アレを試してみるぞ、準備はいいか!?」
「こっちは準備OKだ。しかし、本当に試すのか? 失敗しても知らんぞ」
 地上に落とされ、遺跡方面へと向かっていくキメラを発見したラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)アイン・ディスガイス(あいん・でぃすがいす)が、ある試みを実行に移そうとしていた。
「おら、これでも食らえ! サンダーバレット!」
 言ったラルクが弾丸を発射するのと同時に、アインが雷をまとわせんとする……が、両者の速度差があり過ぎるためか、まとったのかどうかそもそも分からないまま、別々にキメラに当たってしまう。
「ちっ、やっぱ実験してねぇとこんなもんか」
「まぁ、実験だからこんなもんだろ。いっそオレがラルクに放電して、その状態で弾丸を撃てばいいのではないか?」
「へっ! おもしれーこと考えんじゃねーか。なんなら試してみるか!」
「……本気か? 冗談混じりに言っただけなんだが――」
「ごちゃごちゃ言ってねーで、来い、アイン!」
「……どうなっても知らんぞ……」
 呟いてアインが、ラルクの背後に立ち、詠唱を開始する。掌に浮かんだ雷の種を、威力を加減してラルクにまとわせる。
「うぅぉおぉおぉおぉ!?!?」
 雷の衝撃に身体を震わせながら、ラルクの放った弾丸は通常よりも速い速度でキメラを襲い、損害にキメラが悲鳴をあげる。
「ふむ、効果は見込めるようだ。が、壁を撃ち抜くといったような場合でなければ、別々に攻撃した方がいいのではないか?」
「……そ、そのようだぜ……へっ、こんなところで倒れるわけにはいかねえ……俺には不屈の闘志ってヤツが――」
 言葉半ばにして倒れ伏すラルクにため息をついて、アインが彼を背負い、治癒を受けさせるべく後方へ下がっていく。

(研究所での戦いでは、無闇に死傷者を出してしまった……この戦いでは、誰一人として負傷はさせない! 俺がみんなを護る!)
 箒にまたがったクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が、決意を秘めた眼差しで戦いを続ける冒険者を見据える。
「で、どのような手段を考えているのだね?」
 肩車されるような格好で、マナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)が尋ねる。
「これで、キメラの吐く炎を防ぎます! 耐火耐熱状態のカーテン、さながら闘牛士の気分です!」
「なーんか間違ってるような気がするが……よし、やってみせよ!」
 マナの指示に頷いて、クロセルが戦場へと割り込んでいく。
「俺が来たからにはもう安心です! 攻撃は全て俺が受け持ちます、みんなは攻撃に専念を!」
 冒険者は、カーテンを持ったクロセルに大丈夫なのかという思いを抱きつつ、一応は頼りにするように頷いた。
 そしてキメラが、新たな乱入者に狙いを定めて、口から大きな炎の塊を放つ。
「オーレィ!」
 すっかり闘牛士の気分で、クロセルが放たれた炎弾をカーテンで絡め取る。それを見ていた冒険者からどよめきがあがり、
「……絡め取ったはいいけど、これ、どうしよう?」
 拡散するわけでも勝手に消えるわけでもない炎弾を前にして、困った表情を浮かべるクロセルに、冒険者はため息をつく。
「……凍らせるしかないのではないか?」
「そんな! 凍らせたらもう使えないではないですか! これ準備するのに手間かかったんですよ!?」
 なおも一悶着あったものの、結局は氷術で凍らせて投棄することになった。解けない最低限の氷で包み込み、人気のないところに落として数秒後、爆発と共に散り散りになったカーテンが風に吹かれていく。
(……次は、もっと準備してこよう……)

「おー、えらいぎょうさん来とるなぁ。ここを突破されると面倒なことになるんやけど、アレと一体ずつ戦うんは骨が折れるわぁ。……よっしゃ、今から俺がオモロいもん見せたるわ!」
 飛んできたキメラに対して、日下部 社(くさかべ・やしろ)が迎撃の準備を開始する。
(氷術で周囲の温度下げるんは、えらい苦労しそうやし、俺らまで動き辛くなってまうしなぁ……そや、これならどうや!?)
 当初考えていた案をアレンジして、社が準備を終える。掌に浮かんだ氷の結晶をキメラへ投下すれば、結晶がキメラの表面で吸い込まれるように溶けていく。
「俺一人じゃやっぱきっついわぁ。ちょい、みんなも協力してくれやー」
 社の呼びかけで、社と同じ魔法を行使する者たちは首を傾げつつも、真似するように氷の結晶をキメラへ投下する。一つ二つでは何の変化もなかったが、十個目辺りから段々とキメラの表情が歪み始め、そしてゆっくりと高度を下げていく。
「おー、上手くいった! もうあのキメラは寒さで動けへんでー、今のうちにやっちゃってなー」
 独特の方法でキメラの抵抗力を奪うことに成功した社が、上機嫌で地上の仲間に声を飛ばす。
「クルードさん、まだ行かないんですか?」
 その地上で待つクルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)に、ユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)が不安げに声をかける。
「……今だ! 行くぞ、ユニ! 銀閃華を出せ!」
「はい! 行きます! ……銀の炎が、この世の全てを照らし出す……銀光の華よ、開け! 銀光の煌き、銀閃華!」
 ユニの服が裂け、身体から煌きを放つ柄が現れる。
「はあぁぁ! 銀光の煌き、その身で受けろ!」
 一息に引き抜き、身の丈ほどもある太刀を一振りして、クルードが落ちてきたキメラへ駆ける。
「クルードさん、頑張ってください!」
 ユニが生み出す加護の力が、クルードに戦う勇気を与える。まるで閃光の如く踏み込み、振り上げた太刀を振り下ろせば、キメラの肉を抉る確かな手ごたえと悲鳴が木霊する。
「閃光の銀狼の爪牙……見せてやろう……その身に刻め!」
 万全の準備を整え、闘気をむき出しにして剣を振るうクルードに、既に手負いのキメラは徐々に押されていく。体温低下による行動の制限からは解放されつつあったが、一方で身体には無数の傷が刻まれ、抵抗力を削られていく。
 キメラの振り上げた爪が空を斬り、体勢を崩したキメラが大いなる隙を晒す。
「これで終わらせる! 冥狼流奥義、銀狼爆雷刃!」
 闘気の篭った声はそのまま太刀筋に乗り移り、その勢いで振り下ろされた太刀が、キメラの首筋を捉える。致命傷を負ったキメラは最期に一声吼えて崩れ落ち、身体は瞬く間に風化していく。
「……これが、銀狼の刃だ……」
 刀身に滴る血を振り落として、クルードが今しがた斬り殺した魔物に目もくれず、静かにその場を立ち去っていく。その後ろをユニが、とりあえず一安心したといった表情で付いていく。
 彼らの戦いは、まだ終わらない。

 巨大キメラの攻撃を受けて、冒険者の一人が吹き飛ばされる。救出に向かった仲間たちも、炎に巻かれて後退を余儀なくされる。
「ちっ、あらかた叩き落したのはいいが、こっからが正念場だぜ」
「この威圧感……簡単には事は運ばないでしょうね」
 それぞれ得物を構える高月 芳樹(たかつき・よしき)アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)の眼前で、巨大キメラが地を震わせんばかりの咆哮を放つ。それに呼応して他のキメラも咆哮を放ち、冒険者を竦ませんとする。
(望まれず生み出された命……それを救ってやれない僕を、お前たちは恨むか? ……その恨みも、そして悲しみも受け止めて、僕がお前たちを地に還してやろう)
 心に呟いて、詠唱を開始する芳樹を援護するべく、アメリアが前線に立つ。
「はーい。戦場に咲いた薔薇が来たよ。ちょっと痛いけど、ガマンしてね」
 そして、攻撃を受けて後退してきた者たちには、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が治癒の力を施していく。自力で戻ってきた者にはその場で、傷が深く動けなくなっているものには、駆け寄って安全な場所まで移動した上で治療をしていく。
「ここであの巨大キメラを先に進ませたら、遺跡に向かったちびがあぶないよぉ。だから、全力でぶつかるよぉ。……倒れたら、ワタシがやさしく癒してあげるよぉ」
 どこかのんびりとした口調ながら、不思議とその言葉は冒険者たちを困難に立ち向かわせる原動力となっていった。
「邪魔をしないで! 芳樹は、私の命に代えても守る!」
 アメリアの一撃が、詠唱を続ける芳樹に向かおうとするキメラを斬り伏せる。アメリアも所々に傷を負ってはいたが、弥十郎や他の仲間たちが癒しの力を行使し続けていること、そして何より、パートナーを守りたいという一心が、彼女に普段以上の力を発揮させていた。
「……! よし、準備完了だ! デカイの一発かますぞ、下がってろ!」
「分かったわ! 芳樹、頼むわよ!」
「これは凄そうですねぇ。とと、ワタシも下がらないと危なそうだ」
 アメリア、そして弥十郎が後方に下がり、芳樹の眼前にキメラの軍勢が露になる。それらに一瞬、哀れみと慈悲の思いを忍ばせた芳樹が、両手を天空にかざして魔法を行使する。
「来たれ、雷電の嵐!」
 瞬間、天空に突如現れた魔法陣が光を放ち、無数の雷が雨霰のごとく降り注ぐようにキメラの軍勢を襲う。次々と身体を串刺しにされるようにして、キメラが天を仰ぎそのままの姿勢で地面に伏せていく。それは巨大キメラをもってしても相当の抵抗力を奪っていき、そして光の嵐が止んだ後には、幾つかの黒ずんだ物体が点在していた。
(二度と、このようなことが起きなければいい……二度と、このようなことを起こさないと……)
 押し寄せる疲労にふらつく身体をアメリアと弥十郎に支えてもらいながら、芳樹は朽ち逝くモノたちへ祈りを捧げるように瞳を閉じた。

 未だ混乱の続く戦場を、二台のバイクが駆ける。
(戦況はこちらの方が有利か……だが、あの巨大キメラが生きている限り、自分たちに勝利はない。……何としても、倒さねばな)
 鋭い眼差しを向ける比島 真紀(ひしま・まき)の視界に、生き残ったキメラの一体が現れる。口を大きく開けるのを確認して進路を左へ取って回避する。
「うおっ!? 危ねえな、せっかくの網が燃えちまうだろ!?」
 その横を走っていたサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)が、進路を右に取ってキメラの吐き出した炎弾をかわし、お返しとばかりにくくりつけていた網を投下する。炎ですぐに燃えてしまうと思われるが、網に絡まったキメラはその網を解くため炎を吐いて自らをも焼いてしまうため、それはそれで効果的であった。
「ちっ、もっと用意してくればよかったぜ。もう網がない」
 唯一の欠点は、かさばるため数量が限られたことであった。
「自分たちは十分やるべきことは果たした。後の始末は他の者に任せよう。……見えたぞ、あれをどうにかしなければ、これまでの苦労が水の泡だ」
 悔しがるサイモンを労い、真紀が立ち塞がる巨大キメラを見上げる。
(ここから狙撃するにしても、せめて身を隠せるような場所があれば――)
 辺りを見渡した真紀の目に、二人がギリギリ身を隠せそうな窪みが映る。バイクを降り、駆け足でその窪みへと飛び込み、担いできた狙撃銃の調整に入る。
「こんな小さな窪みで大丈夫なのかよ」
「それでも、やる他あるまい。既にかなりの距離を詰められている、これ以上近付かせるわけにはいかない」
「へいへい、ま、いざとなったら怪力でどうにかするぜ」
「フッ、期待しているぞ」
 微笑んで、真紀が狙撃銃のスコープを覗く。視界一杯に映し出される形相は、とてもこの世の物とは思えない異様さであった。
(無駄弾は許されない……集中しろ、真紀……)
 自らに言い聞かせるように呟いて、真紀が引き金を引く。

 空中で強い光が起こり、一体のキメラが地上に落ちてくる。それを追って、二つの影が舞い降りてくる。
「この霧を受けるがいい!」
 フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)の発生させた酸の霧が、体勢を立て直そうとしたキメラを襲う。鼻をつく臭いがたちこめ、身体を蝕まれたキメラが足から崩れ落ちるように地面に伏せる。
「こいつでとどめだ!」
 祝福の力に後押しされるように、飛び込んだ和原 樹(なぎはら・いつき)の振り下ろしたメイスが、キメラの頭部を捉える。昏倒したキメラはそのまま立ち上がることなく、やがて腐食して地面に黒い染みを作る。
「ふぅ、何とかなったか。けどさ、なんであのキメラたちは遺跡を目指すんだろう」
「さあな、何ゆえかは分からぬが……もしかすれば、キメラに関係する何かが、この先の遺跡にはあるのかもしれぬな」
「ふーん……なんかさ、その何かが、キメラたちが平穏に暮らす手がかりとか――あ、ほら、研究所、復興させるかもって言ってたじゃん!? そこでならちょっとはマシに暮らせるのかなーって」
「確かに、禁忌の存在であるキメラでも、平穏に暮らせる術があるのならそれを望むのが、人の業なのだろうな。……だが、いつも事はそう簡単に運ぶわけでないことも、頭に入れておかねばならんぞ」
「分かってるって。キメラたちが遺跡に着いちまったら、元も子もないもんな。その時は、やるしかないよな」
 樹の言葉に、フォルクスが満足そうに頷く。
「ああ、我の樹、我が胸に抱きしめその頭を――」
「バカなこと言ってないで次行くぞ」
 妄想に耽るフォルクスを置いて、樹が箒を手にする。
(そういえば前にもキメラが出てきた時があったな。研究所のキメラはスポンサーに納入されたって……まさか、な)
 考えを振り切り、空中に浮かび上がる。

(あのキメラ、ここにいるのかな……できることなら助けてあげたいけど、でも……)
 上空から地上をうかがう鷹野 栗(たかの・まろん)に、隣に寄ってきた羽入 綾香(はにゅう・あやか)が声をかける。
「なんじゃ、気になるのか? じゃが、もし見つけたとして栗のことを覚えていなかったらどうするのじゃ? 躊躇しておればやられるのは栗であり、遺跡に向かった者たちなのじゃぞ」
「うん……分かってるけど――」
「行くわよ! 大きな一撃、お見舞いしてあげるわ!」
 呟いた栗の眼前に、今まさに攻撃に移ろうとしている嵐山 稜華(あらしやま・りょうか)の姿が映る。炎弾を撃ち出した巨大キメラに雷撃を繰り出すつもりなのだろうか、そう思った栗の視界は、巨大キメラを護るべく立ち塞がったキメラの姿を捉える。それはまさに栗が探していた、虎の顔を持つキメラであった。
(! そんな、そんなことって――)
 今割り込めば、間に合うかもしれない。その思いのままに行動を起こそうとする栗の袖を、綾香が引っ張って引き止める。
「私は栗の身が第一じゃ。栗をみすみす危険な目に合わせとうない」
「…………」
 綾香に諭され、歯がゆさに身を震わせる栗。その間にも、みるみる稜華と虎の顔のキメラとの距離が縮まる。
「邪魔するなら、お前から撃ち抜いてあげるわ!」
 稜華の声に呼応するように、生み出された雷が唸りのような音と共にキメラを貫く。後足の辺りを撃ち抜かれたキメラが、悲鳴を残しながら地面へ落ちていく。
「!」
 その様子を目の当たりにした栗が、箒の向きを変えてキメラが落ちた付近へ飛んでいく。
「ま、待つのじゃ!」
 綾香も慌てて後を追いかける。空中で稜華が魔法を撃っては距離を取り、撃っては距離を取るという戦法を繰り返しながら攻撃を続けている中、地上に降り立った栗が辺りを見回す。
(この辺だったと思うけど――)
 瞬間、小さな唸り声を耳にして、栗が駆け出す。すぐに、窪みに身を潜めた虎の顔のキメラを見つける。
 栗の姿をキメラも認めたのか、苦しみつつも威嚇するような表情と唸り声で、近づけまいとしている。
(……やっぱりダメ、私にはケジメをつけるなんてできない……!)
 俯いた栗、その傍で稜華が魔法で撃ち落としたと思しき別のキメラが地面に叩き付けられる。起き上がったキメラが栗を視界に捉え、鋭い爪を振りかざしかけたところで、背後から飛び込んだ綾香の一撃がキメラの脈動を止める。
「綾香……!」
「……私は栗を護るためなら、ためらわんぞ。もう、二度と失いたくはないからの」
「…………」
 何も答えることができない栗の目の前で、虎の顔のキメラが窪みから抜け出し、遺跡とは反対方向へ駆けていく。
「あっ……!」
「……逃げたようじゃの。……私は後は追わん。無事を願うような真似もせんが、栗が望むなら……生き残ってまたどこかで会うことになるかもしれんの」
「……うん、そうだね、きっと」
 呟いた栗の表情に、少しばかりの笑みが浮かんだ。