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イルミンスールの冒険Part1~聖少女編~(第2回/全5回)

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イルミンスールの冒険Part1~聖少女編~(第2回/全5回)

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●第三章 黒髪の女、暗躍

 『もうひとりのわたし』を捜索するため冒険者が遺跡に向かおうとしている、まさにその頃のこと。

 遺跡内部、円状になっている空間の中心には、かつて何かの像を奉った名残が残されていた。
 天井は他より高く、いくつか崩れたそこからは陽光と、遺跡を覆う森の緑が覗いていた。
 
 次の瞬間、一つの点が発生し、それは人の姿を取って天井の隙間を潜り、空間の中心に据えられた台座にとん、と足を着ける。
(もう一人は、今もあの場所にいるのだろう。……フッ、懐かしい、などと思ってしまった私の愚かなことよ)
 漆黒に染まった翼をはためかせ、最初は布切れのようだった服をしっかりとしたものに変えて、黒髪の女が機械的にも見える表情を浮かべて辺りを見渡す。
(ちびなどと呼ばれおって、私に対抗するか。……いいだろう、貴様に絶望を味あわせてやる)
 台座から降り、部屋を出て行こうとした黒髪の女は、誰かの気配を感じて立ち止まる。
「……黙って様子をうかがわれるのは気に入らんな。出て来い、さもなくばこの場で葬る」
 声を飛ばした黒髪の女が、はったりではないとばかりに握り締めた拳に漆黒のオーラをまとわせる。少しの後に現れたのは、メニエス・レイン(めにえす・れいん)ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)であった。
「ほほう……あたしが隠れていることを察知するなんて、やはりその力は相当の物のようね。……気に入ったわ。あたし、あなたのような人間が好きよ」
「……メニエス様、わたくしたちだけでは厳しいのではございません? せめて他の者と共に接触を図るべきと――」
「……そんなの分かってるわ。これは、注意をひきつけて離脱するためよ」
 小声で話すミストラルに答えて、メニエスが続ける。
「もしあなたが望むなら、あたしがちびや遺跡に眠る少女とひとつになれるようにしてあげるわ。だから今一時、あたしとひとつになり力を貸さない?」
「フッ、何を言うかと思えば……貴様如きを喰ったところで何の足しにもならぬわ。……だが、そうだな。ここまで飛んできたせいで私は少々お腹が空いた。この空腹を満たすために、貴様を喰ってやるとしよう!」
 言った黒髪の女が微笑んだ瞬間、彼女の身体はメニエスとミストラルの眼前に現れる。それはまるでワープを使ったかのような一瞬の間のことで、二人は用意していた魔法を撃つことすらできない。
「! うっ……」
「メニエス様! ぐっ……」
 メニエスが黒髪の女の一撃を受けて昏倒し、反撃を試みようとしたミストラルも、返す刃の如く放たれた拳を食らって地面に伏す。
「……他愛もない。貴様らごとき何の価値もない。殺す価値すらもない。そんな貴様らに私が『私の食事になる』という価値を与えてやるのだ、有難く思うがいい」
 気を失った二人に微笑んで、黒髪の女が手をかざせば、二人の身体から霞のような物が湧き出て、掌に吸い込まれていく。
「味は悪くない、が……誰だ、私の食事の邪魔をする者は。今すぐ出てこなければ、貴様を骨まで食い尽くしてくれようぞ」
「あら〜♪ やっぱりバレちゃうのね〜、困ったわ〜♪」
 影から姿を現したのは、ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)であった。にこやかな表情を浮かべながら、黒髪の女に近付いていく。
(失敗してあの二人のようになるのは嫌だけど〜、やっぱり圧倒的な力には惹かれるわよね〜♪ ま、いきなり殺されることはないだろうし、やるだけやってみましょ♪)
 そのようなことを思いながら、ヴェルチェが口を開く。
「見させてもらったけど、ホントに強いのね〜。でも、どれだけ強いにしたって、手間を省くに越したことはないでしょ♪ というわけで、あたしと協力しない? こう見えてあたし、物を見つけるのは得意なのよ」
「……ほう、それは心強いな。ならばその力、役立たせてもらうとしよう。では早速尋ねるが、ここに眠る少女はどこにいる?」
「そうですね〜、多分、あっちの方じゃないでしょうか〜♪」
 適当な方角を指差して振り向いたヴェルチェの視界に、黒髪の女はいなかった。首をかしげたヴァルチェは次の瞬間、自分が宙を舞っていることに気付く。
「貴様は無力だ。私は無力な者を必要とはしない。去れ」
 メニエスとミストラルが伏せる地面の傍に、もう一つの姿が追加される。
(私を追う者が出てきたか……相手にもならぬが、面倒ではあるな。ここで時間を食えば、万が一にももう一人を先に見つけられるやも知れん。行くか――)
 歩き出した黒髪の女は、前方からやってくる複数の足音を耳にする。すぐにその根源たる者たちが姿を現した。
「くっ、もう追いつかれてしまいましたか……」
「戦いたくはありませんが、やるしかありませんかねぇ」
「もう一人のわが娘よ。お前もちびであるならば、私は父としてお前を正してやらねばならん」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)、それにアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)の三人が、ちびを参考にしたと思しき変装を施した荒巻 さけ(あらまき・さけ)日野 晶(ひの・あきら)を護るように立ち塞がる。
(私を止めようとするその心意気、ここまでくればもはや賞賛に値するな。変装などしても無駄であるというのに。……よかろう、時は惜しいが少しばかり付き合ってやろう。彼らが何を言うか、少しばかり興味が湧いた)
 黒髪の女がそんなことを思っているとはいざ知らず、各々が声をあげる。
「一つになることをちびは望んでいない。そこまでして一つになろうとする理由は? 一つになることで、この世界に何かが起きるとでもいうの?」」
「世界は何も変わらないだろう。だが、私は一つになることを望んでいる。彼女が望まないからといって止める理由はない」
「ちびも既に各々の自己を築いている。それはもう、別個の自立した生命であるといっていい。それを否定することは、誰にもできんのだ」
「個人の意思は誰にも否定されるべきでない、と言いたいのか? ならば、私の意思も誰にも否定されるいわれはないな。互いの意思がぶつかり合うとなれば、後は力が全てを決める、違うか?」
「あなたと一つになるつもりは、ありません! 私はこの人たちと共に行きます!」
「貴様がそう主張する分には一向に構わん。だが、主張したからといってそれが全て通るはずもない。個々の能力差に圧倒的な差異があれば、別かもしれないが……さて、私と貴様とでは、どの程度の差があるのか、試してみるか?」
 北都とアルツール、少女に変装したクナイの言葉に反論を返して、黒髪の女が両手を胸の前で組む。手が漆黒の輝きを放った瞬間、全ての物が急速に、まるでその物であるために必要な物を奪われてそうでなくなっていくように、崩壊を始めていく。
「く……これが、この女の力……」
 段々と動かなくなる身体を懸命に制御しながら、北都が武器を取り出すが、それも錆びてもはや使い物にならなくなる。
「お前を行かせるわけには、いかんのだ……!」
 苦悶の表情を浮かべながら、アルツールが酸の霧を黒髪の女へぶつけんとする。しかし、女にそれが届く頃には酸の効果は失われ、ただの靄だけが周囲を覆っていく。
「魔法すらも効果がないとは……一体、どのような力なのでしょう……」
 癒しの力も祝福の力をもかき消され、クナイが地面に膝をつく。
「フッ……どうした、ちびよ。この前のように私に抵抗してみせたらどうだ!? ……できるわけもなかろう、貴様はちびではないのだからな」
(……! この人、わたくしたちの変装を見破った上で、話を合わせた……?)
 一人、黒髪の女の放つ力の影響を受けずにいたさけが、驚愕の表情を浮かべる。それが事実だと言わんばかりに、黒髪の女が続ける。
「その程度の小細工で、私を騙せるとでも思ったのか? ただ笑い飛ばすだけでもよかったが、それでは呆気なさ過ぎるのでな。この方が貴様らにより深い絶望を味あわせられると思ったのだが、どうだろうか?」
「……最低ね。みんなを、解放しなさい!」
 もはや変装は無意味とばかりに、着ていた服を捨て、武器を抜いたさけが音速の衝撃波を放つ。黒髪の女に届く頃には減速されて旋風程度になってはいたが、それでも服の一部を切り裂き、白くぼんやりと浮かび上がるような皮膚に傷をつける。
「……よかろう。貴様の願いに応じて、この者たちは解放してやろう」
 漆黒の輝きが消え、解放された者たちが荒い呼吸をあげる。その様子にさけがほっと一息をつきかけ――。
「私を謀った罪、貴様が全て被るがよい」
 さけの眼前に現れた黒髪の女、握り締めた拳に漆黒のオーラをまとい、さけに撃ち込む。様々なモノが飛び散り、さけが地面に倒れ伏す。
「私を止めることなど、誰にもできん。……誰にも、させんよ。私たちは、一つにならねばならんのだ……!」
 飛び交う悲鳴と絶叫を背後に聞きながら、黒髪の女が呟いてその場を後にしていく。

(さて、感動のご対面、といこうではないか。……もっとも、貴様は何も知らずに私に喰われるのだがな)
 一見壁のように見えるそれを潜り抜け、靴音を響かせながら黒髪の女が歩いていく。しかし次の瞬間、彼女の足音がぴたり、と止んだ。
(む……もう一人の気配が動いた? まさか、何者かが目覚めさせたというのか?)
 翼をはためかせ、少女がいるはずの部屋まで飛んでいく。様々な装置が置かれた部屋の真ん中に据えられた装置を覗き込んで、黒髪の女の疑念は確信に変わった。
(やはりいないか……この場所を探り当てるとは、奴らの仲間か知らぬが、やってくれる。……そう遠くには行っておらんな)
 部屋を飛び出し、翼をはためかせて後を追えば、ほどなく少女を連れたエリス・カイパーベルト(えりす・かいぱーべると)の姿を見つける。
(奪取、といきたいところだが……迂闊に攻撃してはもう一人の私を傷つけることになるな。せっかくの馳走だ、完全な状態でいただくとしよう。このまま泳がせておく程度、問題あるまい)
 気配を消して後を追う黒髪の女の前で、つけられているとは知らずにエリスが一人呟く。
「むぅ、なかなか重いのう……魔法で浮かせるにしても限界があるぞ。……しかし、偶然にもこのような場所を見つけ、しかも『もう一人のわたし』と思しき人物を見つけられるとは、わしもなかなかのものよのう。せっかくじゃからこの子と同化したかったのじゃが、起きてくれんことにはどうにもならんようじゃのう。ならば、この子を連れ帰り、アーデルハイト様に後のことをお願いするかの。んふふ……アーデルハイト様、わしを誉めてくれるかの?」
(私と一つになりたい奴の次は、もう一人の私と一つになりたい奴か。一体どういう神経をしているのだ?)
 ツッコミを入れる黒髪の女の前で、エリスが一旦箒から降り、一見壁にしか見えないそれを潜り外に出る。
(……さて、お遊びもこの程度にしておくか。これ以上泳がせて仲間を呼ばれても面倒だ)
 黒髪の女が速度を上げ、そのまま壁をすり抜ける。エリスが少女を壁に寄りかからせるように座らせ、自らは休憩しているのを確認して、拳の一撃を見舞ってエリスを吹き飛ばす。吹き飛ぶエリスと発生する轟音を無視して、黒髪の女は瞳を閉じて寝息を立てている少女へ歩み寄る。
「フッ……ちびよ、貴様にもう一人の私は渡さん――」
「い、今の音は一体何が――」
 間がいいのか悪いのか、今まさに黒髪の女が少女を吸収しようとしていたその瞬間、城定 英希(じょうじょう・えいき)が姿を現した。
「……私の食事の邪魔をするとは、貴様、いい度胸だ。今すぐ塵と消してくれよう」
 見る者を凍りつかせんばかりの威圧に溢れた微笑をたたえて、黒髪の女がゆっくりと英希へ歩み寄る。
「え、えっと、よく分かんないけど、とにかく……ねえ、君何処から来たの? 名前は? 目的は?」
「ここから来て、一つになるためにここに来た! 名前は……忘れた!」
 掌に浮かばせた漆黒のオーラを弾にして、黒髪の女が英希へ放つ。ギリギリのところでかわした英希の横で、直撃を受けた壁が分解するように砕けていく。
「じゃ、じゃあ、三人一緒になるとどうなるの?」
「私が完全な私になる!」
「なんで6*9は42なの?」
「それが真実ならそうなる!」
「バナナはおやつにはいりますか?」
「貴様は何の足しにもならんわ!!」
「……ダメ! もうネタ切れ!」
 二発、三発と漆黒の弾が壁を破壊していき、ついに四発目で床が抜け、英希がその中に落ちていく。悲鳴を残して消えていく英希を無視して、黒髪の女が少女の下へ舞い戻れば、そこに先ほどの崩落を聞きつけて駆けてきたと思しき森崎 駿真(もりさき・しゅんま)セイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)の姿もあった。
「……ことごとく私を邪魔するか。もはや一片の骨すら残さん。貴様がこの世界にいたという事実すら消してくれる」
「え? ええ? なんかいきなりクライマックス!? 俺すげえピンチなんじゃね!?」
「駿真、どうやら話ができる状況ではないようだ。まずは逃げるのが先決ではないだろうか」
「お、おう、分かったセイ兄、でもどこに――」
 慌てて辺りを振り返った駿真は、壁に寄りかかる一人の少女を視界に収める。
「なあセイ兄! アレってもしかして」
「……なるほど、おぼろげではあるが状況が見えてきた。駿真、あの女の子をここから連れ出すんだ。絶対に女に渡してはならない」
「わ、分かったぜセイ兄!」
 セイニーの指示を受けて、駿真が駆け出す。
「させるかぁ!!」
 叫び、黒髪の女が翼を広げて突っ込む。
「駿真の元には行かせません!」
 女の前に立ち塞がったセイニーが、守護天使だけが使うことのできる光り輝く盾を発生させる。拳と盾がぶつかり合い、ばちばち、と激しい音を立てる。
「どけえええぇぇぇ!!」
「くっ、こ、これ以上は……駿真、どうかご無事で……ぐわあああぁぁぁ!!」
 直後、拳が盾を突き破り、漆黒のオーラに包まれたセイニーが絶叫を残して、少女を抱きかかえた駿真を追い越し向こうの壁に激突する。
「せ、セイ兄!!」
「……手間をかけさせてくれる。面倒だ、貴様ごとまとめて喰ってくれるわ」
 セイニーが吹き飛ばされた方角を振り向いた駿真は、向けられた悪意に身体が居竦まり、どうしようもない震えに冒される。
「あ……ああ……」
 唯一機能を維持している瞳が、黒髪の女が掌を自分に向けるのを捉える。掌が光り輝き、力が行使される――。

「ネラーーーーーー!!」

 その叫びが響いた瞬間、まばゆい光と共に、遺跡を揺るがす大爆発が巻き起こった。