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リアクション
●瀕死の街を、このままにしておけない!
「門? 三つとも大差ないよ。もう門の役割を果たしてないさ。直すってんならあっちの大門からだろな。俺たちはこの通りだが、お前たちにはこの街を救ってもらった借りがある。協力は難しいかもしれないが、邪魔が入らないようには努力するよ」
自警団に門の損傷具合を確認した和原 樹(なぎはら・いつき)が、疲れ果てた中で相手をしてくれた団員の言葉を思い返しながら門の前に立つ。周囲は生徒たち以外、人の姿はない。自警団が目を光らせたのか、そもそも邪魔をするだけの気力もないのか定かではないが、作業中に石を投げられる心配はなさそうである。
「疑心暗鬼に陥るくらいならば、いくらか身体を動かした方が建設的であると我は思うのだがな」
「そのことを忘れてしまうほどに、安寧なはずの日常を長きに渡って脅かされたのであろう。彼らをもう一度動かすには、まず俺たちが動かねば。幸い必要な物資は用意されているようだ」
樹の傍らに立ったフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)の呟きに、ヨルム・モリオン(よるむ・もりおん)が門の前に積み上げられた物資を確認して呟く。そこには住人たちの生活を補填する日用品の他、応急処置は行える程度の施設修理用の工材などが用意されていた。
「レイナ、俺の方で手配はしておいた。後の事はよろしく頼む」
「ええ、静麻。イナテミスは私たちが支えます、騒動の解決はお願いします」
(……しかし、これほど手際がいいとは、本当に静麻が用意したのかと疑ってしまいますね)
運んできた荷物を降ろし終え、走り去っていくトラックを見送りながら、レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)が今頃は他のパートナーと『氷雪の洞穴』に向かっているであろう閃崎 静麻(せんざき・しずま)のことを思う。
彼は自ら運営する軍事会社を通じて、救援物資と人員を確保し、それらの運搬を生徒たちがイナテミスに到着すると同時に済ませていた。
さらには当面の作業が行えるように仮設の休憩所があったり、生徒たちがイナテミスに暫くの間滞在することが可能なように宿舎の手配をしてあったりと、至れり尽くせりであった。おそらくはレイナたちの後方で静麻が、会社の経理を通じてザンスカールを主とした近隣と調整を図り、融通を利かせたのであろう。イルミンスールでもアーデルハイトと『アインスト』の後方リーダーであるカインが一枚噛んでいてもおかしくない。というより、彼らなら生徒たちのことを思って対策を施しているであろう。リンネたち生徒が思い切り行動出来るのも、こういう後方支援がしっかりしているからこそであった。
(まあ、いいでしょう。とりあえず物資も届いたことですし、私は物資が適切に必要な場所へ届けられているか、監視をすることにしましょう)
パートナーの謎の手際の良さのことはとりあえず棚に上げて、レイナが物資とイナテミス周辺の警護を兼ねる形で向かう。静麻が手配した傭兵に守らせるという手段もあったが、流石に荒くれ者まで街に入れるのは、自警団のメンツを潰しかねない。
『飢えた獣に餌をやる』行為は最低限にしなければ、いずれ別の問題が発生する可能性がある。よって今回は、物資の提供のみを受け入れることとした。
「新しいのと取り替えられたら一番いいんだろうけど、そこまでは余裕ないからなあ」
用意された工材で修復を行いながら、樹が思いを口にする。
普段なら一日の始まりに合わせて開き、終わりに合わせて閉じる機構を持った門だが、度重なる獣の襲撃で今は閉じたままになっており、そして所々穴が開いていた。この門が再び住人を迎え入れ、守るための機構を持つには、今ここで起きている異常気象を解決するのが先決であった。今はその異常気象が原因で生じる被害を最小限に食い止めるための措置を、数日以内に行う必要があった。
「この門を本格的に修理する時には、その時こそ人間と精霊とが協力し合えるようになっているだろうか」
樹に工材を渡しながら、ヨルムが呟く。
「そうなるように、ヨルムさんはこうして働いているんだろ?」
「……そうであったな。俺たちの行動を誰か一人でも、見てくれているのならまずはそれでいい」
工材を取りに行ったヨルムと入れ替わりに、フォルクスがやって来る。
「樹、言われたところは補強しておいた。……しかし、あれは役に立つのか?」
「うーん、火術を近くで使われたりしたら厳しいよな。『氷のバリケード 火気厳禁』とでも書いて立てとこうか」
「先に炎の精霊に話を通しておくというのもあるな」
そんなことを話し合いながら、一行は門の修理を仲間と協力して進めていく。
「おう兄ちゃん、なかなかやるじゃねぇか。見かけモヤシみてぇで頼りねぇけど、意外とサマになってんじゃねぇか」
「あ、ありがとうございます」(も、モヤシ……そんなに頼りないように見えるんでしょうか)
持参した工具を手に、門まわりの修理を行っていた影野 陽太(かげの・ようた)が、同じく修理に携わっていた屈強な身体つきの男性に威勢のいい声をかけられる。確かに、彼から見れば大体の青年男性は、モヤシに見えてしまうだろう。
「陽太のモヤシっぷりは、今に始まったことではありませんわ」
「おねーちゃん、おにーちゃんモヤシちゃんなのー?」
「そうですわ、陽太は臆病で地味で頼りなくて、モヤシという言葉がピッタリですわ。……ま、最近はマシになってきましたから? そうですわね、かいわれ大根と呼んであげましょうか」
「……エリシア、それ誉めてますか? もっと酷くなっている気がしますよ? あとノーンに変なこと吹き込まないでください。ついでに手が空いてるなら手伝ってください」
作業の手を止めて、和んでいるように見えるエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)とノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)に陽太が声を掛ける。
「わたくしは外敵への警戒という立派な任務がありますの」
「わたしはねー、おにーちゃんとおねーちゃんのおうえーん! ふぁいと、ふぁいと、おにーちゃんっ!」
色好い返事は期待していなかったが、予想通りの返答をされ、陽太が溜息をつく。とりあえずノーンの応援だけ受け取っておくことにした。
「こちらは……ふむ、順調に進んでいるようだな。ええと、あなたは……」
そこに、サラが様子を見に訪れた。門まわりの監督を任されているらしい彼女が、陽太を指して思案する表情を見せる。
「あ、陽太です、影野陽太。えっと、サラさん、でしたよね?」
「そうだ、よろしく頼む、陽太。済まない、この街の復興に力を貸してくれる者の名前は事前に覚えておこうと思ったのだが、いかんせん急に増えたものでな。長く生きてきて、これだけの人間と接することになるとは、思いもしなかった」
微笑むような素振りを見せるサラ。彼女は精霊の中でも、大分律儀な方に入るであろう。だからこそこうして、疲労が溜まりやすい肉体労働を要する場所に赴き、作業に従事する者たちを見て回っているのかもしれなかった。
「無理はしないでくれ。倒れられては元も子もないからな」
「はい、ありがとうございます」
三人を激励して、サラが去っていく。その背中を見送って、やる気を取り戻した陽太が作業に没頭する。
「えっと、作業をするのに必要な物資は、結構な量が届けられているみたいだね」
「そのようですね。では、これを使ってまず何をするべきなのか、優先順位を決めて作業をするのがよろしいかと」
街に辿り着いた神和 綺人(かんなぎ・あやと)が、神和 瀬織(かんなぎ・せお)と共にこれからの作業方針を決定するべく、街の様子を見に向かおうとする。
「アヤ、私は門周辺の警戒に当たります。いつまた獣の襲撃を受けるか分かりませんし」
「……うん、そうだね。あちこちから殺気立った気配を感じるよ」
クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)が綺人の傍に寄り、武器をちらつかせて周囲に蔓延る気配を牽制する。
「襲撃してくる獣の方も、生きるために必死なんでしょうけど……」
クリスが懸案するように、獣の方も好き好んで襲撃をするわけではない。彼らとて生きるために行う行動であり、それを一方的に悪と決め付けることはできない。しかし、黙って食料や人命を奪われるわけにもいかない。一番の解決はやはり、これらを引き起こした元凶を断つことである。
「無理はしないでね、クリス。何かあったらすぐに連絡して」
「はい、分かりました。アヤもお気をつけて」
クリスと一旦別れ、綺人と瀬織は街の様子を見るべく中に入っていく。門を抜けてしばらく歩くと、ところどころ陥没した畑、張られた水が凍り付いている田が目に付く。平時であれば田畑には緑が芽吹き、季節折々の野菜や果物が収穫されるはずの場所は、今は命の息吹を全く感じられない。
「酷いものだね……」
「ええ、まさかこれほどとは思いませんでした。ライフラインの方はどうなっているのでしょうか?」
話では街の人が最低限維持をしているとのことであったが、果たして先に様子を見ていたと思しきユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)が二人に合流して、見てきた様子を二人に伝える。
「最も厳しいのは、水路だな。あちこち破壊されていたり、水が凍りついていたりして、まともに機能している場所の方が少ない。それと街の中心部を見てきたが、火を起こす備えが足りなくなっているな。各家庭に十分な量が行き渡っていない」
イナテミスは元々冷涼な気候故、寒さに対する備えはしていた。しかし、それでも燃料である薪は有限である。施設が軒並み破壊されるなどして廃材が大量に発生しても、片端から降ってくる雪に埋もれて使い物にならなくなる。これで被害が街の中心部まで進み、家屋が破壊されるような事態を招けば、大量の凍死者を生むことにもなりかねない。
「……うん、大体分かったかな。街は中心部から外に行くに従って被害が酷くなっている」
「となると、街の外側から順に人員を配置していき、外の作業が終わり次第随時中に人を呼んで作業を続ける、そんなところでしょうか」
「うん、そうだね。皆にも伝えてこよう。いつまた何かとんでもない災厄が起きるかも分からない。少しでも効率的に作業を進められるようにしなくっちゃね」
瀬織の言葉に頷いて、綺人が一旦クリスと合流するべく門へと向かう。
彼らの調査により、効果的に人員が配置され、各地で復興のための作業が開始されていった。
「俺、精霊のこと興味あるし仲良くしたいって思ってるんだけど、よく分かってないんだよねー。んでさ、ここに来ればもっと理解できるかなーって思って来てみたんだけど……そういうのってアリかな?」
「……お粗末のようにわたくしは思いますけれど、よろしいのではないかしら? 人間も精霊も千差万別。あなたに興味を持つ精霊はきっといるはずですわ」
「アズサの動機も動機ですけど、それを言ってしまうとは思いませんでしたよ。機嫌を損ねたらどうしようかと思いましたよ」
門の方へ向かっていきながら、カデシュ・ラダトス(かでしゅ・らだとす)が心底ほっとした表情を浮かべて言う。来て早々セイランにここへ来た動機を告げた佐伯 梓(さえき・あずさ)は、事の重大さをあまり分かってなさそうな様子で口を挟む。
「んー、カッコつけたり嘘つくのもなんだかなーって。……うへー、にしても寒ーい! でも動きたくないなー、でも甘い物食えるなら頑張れるかなー」
厚着をしたその上から身体を擦りながら、梓がカデシュの前方を歩いていく。梓は知らないのだろうが、実際その包み隠さない態度は精霊にとっては好感の持てるものであった。人の心を読むことに長けている精霊に嘘を言っても見抜かれるだけであるし、素直で純真な人ほど精霊は好むのである。セイランも梓から悪意の類を感じなかったからこそ、怒りはしなかった――言い方がキツイのは、彼女自身の性格である――のである。
「精霊と街の人、仲良く出来たらいいよなー。確かここって、精霊の襲撃を受けたんだろー?」
「そう聞きましたね。今ではその方も改心して、この街のために尽力しているそうですが」
カヤノのことを話題にあげた二人へ、まるで洞穴からツッコミを入れるかのように、身を切り裂かんばかりの冷たい風が吹き付ける。
「うわー、ダメ、寒い。甘い物とか言ってる前に動かないと凍え死ぬかも」
「大げさですよ……ともかく、僕たちと精霊さんとが協力しているところを見せられれば、街の人の印象も変わってくると思います」
「だよなー。寝込んでるって言ってたキィも、そういう街の人見れば元気になるかも? そうなったら、精霊と付き合うの楽しいって思えるんだろうなー」
「……アズサ、寒さでおかしくなりましたか? ああいえ、アズサからそういう真面目な台詞を聞くのは珍しいように思いましたので」
「失礼だなー、俺だってやるときはやるんだぜー」
軽口を叩き合いながら、門の修理に向かう梓とカデシュ。
「……ふ〜ん。なんかちょっと面白そうじゃない。わざわざ来てみた甲斐があるってものよね♪ さ〜て、どうしてやろうかしら? ……あはっ、いいこと思いついちゃった♪ セイラン様に聞いてみよーっと!」
二人が通り過ぎた路地の上を漂っていた少女が――住人には見えていないようだ――悪戯っぽい笑みを浮かべて飛び去っていく。
「ここだね。もう何人かが作業を始めているね」
門の前に辿り着いた二人は、既に作業が始められているのを目の当たりにする。
「んじゃ、手伝いますかね――っと!」
「きゃあっ!」
作業に取り掛かろうとした梓の背中に衝撃が伝わり、次いで少女の悲鳴が聞こえてくる。振り返ると、イルミンスールの制服に身を包んだ、明るい茶色の髪の毛を脇に結んだ少女が地面に尻餅をついていた。地面には工材が散らばっている。
「おっとごめん、大丈夫ー?」
梓が差し出した手を、少女が掴む。立ち上がった少女が埃を払って、梓に振り向く。
「ごめんなさい、前を見てなくて……あら、あなたあたしと同じ学校なのね。あたし、カリーチェ! ねえ、ちょっと手伝ってくれない? あたしこういうの得意じゃないのよねー」
「俺もからっきしだなー。ま、いいぜ。俺は梓、よろしくな!」
カリーチェと名乗った生徒が、梓と共に工材を拾い上げ、作業場所へと向かっていく。
(あの子はもしかして……しかし何故あのような格好を……)
その後ろ姿を、何かを感づいたらしいカデシュが首を傾げて見守っていた。
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