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三つの試練 第一回 学園祭の星~フェスティバル・スター

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三つの試練 第一回 学園祭の星~フェスティバル・スター

リアクション

「舞台の開演には、少し早かったようですね」
 ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は、パンフレットの案内と、校内の時計とを見比べてそう呟いた。
 普段はピエロの扮装をしているが、今日は場をわきまえ、黒のスーツ姿で、口調も改まっている。
「そう、だねぇ」
 答えつつ、ちらちらと佐伯 梓(さえき・あずさ)はナガンを横目で伺っている。待ち合わせをしてから、ずっとこうだ。
「どうかしましたか?」
「あ、ううん」
 尋ねられると、ぱっと梓は視線を外してしまう。そんな梓自身も、英国風紳士を意識して、今日は裾の長いフロックコートに黒いベストとズボンをあわせ、赤い髪はリボンで結んでいる。
 ナガンのピエロ姿以外を見るのは初めてで、いつもと違う格好は、するのも見るのもそわそわした。
 ナガンのほうは、それほど梓を意識しておらず、興味は舞台のほうにすっかり飛んでいるようだ。彼としては、今後自分の道化行動に活かせるように、役者の仕草や小道具を研究することがなによりの目的だったのだ。
「どうしようか。まだちょっと、時間があるねぇ」
「佐伯に任せます」
「え……いいの?」
 ナガンは頷いた。梓は喜んでいるようだが、ナガンとしては、観に行くことしか考えずに来たので、他はどうでもよかったせいだ。
「じゃあ、ティールームに行ってみたいなぁ」
「いいですよ」
 並んで歩きながら、梓が口を開く。
「ロミオとジュリエットって、どんな話だっけ? 恋愛物ていうのは解るけどうろ覚えだー。ナガンはどう?」
「イングランドの劇作家、シェイクスピアの書いた悲劇ですよ」
「悲劇、なの? 恋愛ものなのに?」
 そう首を傾げた梓に、ナガンはかいつまんであらすじを説明してやった。
「好きな人死んだら追いたくなっちゃうかな? わからなくないけどぉ……先に死んだ方からしたら生きて立ち直ってと思ったりしない?」
「さぁ、どうだろうな」
 ナガンの返事は、あくまで他人事といった風だ。だが、梓は真顔で。
「俺は痛いの嫌だしやんない。死なないのがいいよねー」
 その横顔を見つめながら、梓は思う。
(ナガンは、俺が死にそうになってたら助けてくれるかなー)
 梓にとって、ナガンは友達だ。付きあってはいないし、気持ちを伝えたこともない。
 ナガンが佐伯をどう思っているかも、わからない。だけど。
 少しでも近づけたらいいとは、願っている。
(とにかく今は、二人で楽しめたら充分だけどねー)
「あ、こっちみたい」
 ティールームのある校舎の廊下を曲がったところで、薔薇学の生徒が薔薇を配っていた。……黎だ。一通り騒ぎが終わった後で、再び巡回しつつ、薔薇のコサージュを来客に配っていたのだった。
「よろしければ、どうぞ」
 ナガンに薔薇を差し出した黎は、しかしそこで、それが最後のひとつだと気づいた。
「これは……失礼しました」
「いや。お気になさらず
 恐縮する黎に、ナガンは薔薇を受け取り、梓へと寄越した。
「え?」
「彼にあげてください。私はけっこうですから」
(わ……!)
 ナガンにしてみれば、単なる気まぐれの一つにすぎないかもしれない。しかし、梓は嬉しそうに、渡された薔薇を両手できゅっと抱きしめた。
「どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよー」
 あくまで口ではそう答え、梓は、ふふっと笑ったのだった。


「……良いですね、青春です……」
 そのやりとりをこっそり見ていたリンドセイ・ニーバー(りんどせい・にーばー)が、ふるふると感動に肩を震わせる。まっすぐに切りそろえた前髪の下の金色の瞳は、うっとりと潤んでいた。
「撮影は禁止って言われたろ〜」
「わかってます。目に焼き付けてるんです……!」
 桐生 景勝(きりゅう・かげかつ)にリンドセイはそう言い返す。
 BL好きの彼女としては、デジカメで是非良いシーンをしこたま撮影して帰りたかったのだが、入り口の荷物検査でしつこいほどに釘を刺されてしまっては、そうもいかない。ただでさえ、益田 椿(ますだ・つばき)と二人、こっそり天御柱学院の男性用の制服で、サラシも巻いて入り込んでいるのだから。
「ごめんな、榊ちゃん。いつものことだけど」
 薔薇学が絡むと、どうもリンドセイは暴走しがちだ。
 榊 孝明(さかき・たかあき)は、「いや」とだけ答えて、パンフレットを見ている。舞台の開演時刻を確認しているのだ。
 孝明も、やはりイエニチェリが出るという舞台には興味がある。それに、こういう息抜きもたまには良いと思ったのだ。
 まさか、椿とリンドセイが、男装をしてまでついてくるとは思わなかったが。
 もしもバレて退場となったなら、一緒に謝って帰る心づもりはある。止めなかったのは事実だ。
「まったく、どこもかしこも派手なところね。さすが、この前の変態が通ってるところだわ。全く悪趣味っていうか何ていうか……。そう思わない、リンドセイ?」
 椿はそう話しかけるが、相変わらずリンドセイは楽しい観察に夢中の様子だ。
「……聞いてないか」
 やれやれと、椿は黒髪をまとめて押し込んだ帽子に手をやり、ずれていないか確認した。
「黒薔薇の森研究はなかなか有意義だったな。後はやはり、やはりイエニチェリ主演の劇は特に気になるかな。景勝はどうする?」
「そりゃ行くよ。俺ぐらいの男になると、ロミオとジュリエットぐらいは予習してきてるぜ! シャンバラ匿名掲示板でちゃんと聞いてきた」
「シャンバラ匿名板?」
 あからさまにうさんくさげな名前に、孝明はやや眉根を寄せる。
「いやーあそこは親切な奴が多くて景勝ちゃんいやされるぜー。まじ癒しの場だー」
 景勝はそう言うと、にこにこと笑った。
「シェイクスピアってさ、今は英霊になっててシャン匿でいろいろ暴露してたぜ。なんでも答えてくれたぞ、まじでいい奴だったぜ」
 ちなみに、シャン匿とは『シャンバラ匿名板』の略称らしい。
「で、どんなことを言ってたんだ?」
「シェイクスピアいわく、ロミオとジュリエットはリア充爆発しろの意味を込めて作られたそうだ。そう思うと深い話だねぇ」
「…………」
 景勝は至って真顔で頷いているが、孝明はちょっと笑ってしまった。
「まあ、あまりネットの情報を鵜呑みにしすぎるなよ」
「榊ちゃんは、知ってんの?」
「いや、俺は名前くらいしか知らないが」
「じゃあ、景勝ちゃんが教えてやるよ!」
 景勝は得意満面で語るが、果たしてそれの真偽については、かなり怪しいものだ。
「まあ、色々と勉強になるが、劇の間は観劇に集中しよう。役者に失礼だしな」
「……なぁ。今更なんだけど。ここって薔薇学なんだよな」
「あんた、ホントになに今更のこと言ってんの?」
 さすがに椿が顔をしかめ、景勝をじろりと睨んだ。
「いや、そしたら、ジュリエットも当然男なのかなーって思ってさ」
「当然ですよ、景勝さん!」
 途端にリンドセイが、ぐいっと話に割り行ってくる。
「本当に、楽しみですね! ……あ、個人の行動ではなく、舞台の演目だったら、撮ってもいいのかしら」
「それはやめておけ。観劇のマナーだ」
 孝明に窘められ、「それもそうですね」と残念そうながら、リンドセイは諦めた。かわりに。
「もう席を確保しても良いなら、並びにいきませんか?」
 最前列でどうしても見たい! とその顔には書いてある。
「しょーがねーなぁ。榊ちゃん、どうする?」
「興味のある展示は回ったし、かまわないよ」
「男同士のラブシーンねぇ……ちょっと、またあの変態が出てきたりしないよね」
 げんなりした顔の椿と、至って真面目な孝明。そして楽しげに歩く景勝の前の、さらに楽しげにスキップで、リンドセイが歩いていく。

 その、肝心の舞台を巡り、まさに今、話し合いが行われているとは知らずに。