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リアクション
口上役として、従僕と兼任で、北都がステージの中央に現れる。そして、これから始まる物語についてを語った。
観客たちは皆それぞれに、わくわくと期待する者、観賞に堪えうるものかと値踏みする者、様々だ。
しかし、誰もがロミオの登場には、一様に言葉を失った。よもやルドルフではなく、ジェイダス自ら出演するとは思わなかったのだ。
「こりゃあ、たまげたな」
さすがに驚いたのか、闘神の書が呟いたが、客席は皆そのように感じていただろう。
ジェイダスの台詞は、多少語尾や言い回しが好き勝手に変えられてはいたものの、生徒たちはすかさずそれに対応し、舞台はすすんでいく。
その間、クナイをはじめ警備の生徒たちは、それぞれに客席に目を光らせていた。
客席が二度目に驚いたのは、なんと、毒を飲んで仮死状態となったのが、ロミオのほうだったことである。
そのため、パリスはジュリエットがもみ合ううちに、誤って殺される、という変更がなされていた。
これは、ジェイダス以外には何者も短剣に触れないためと……なにより、ジェイダス自身の趣味のせいだ。
「これはまた、斬新だな」
悠々と足を組んで観劇をしていたヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)は、愉快そうに呟き、一方で「なるほど、こういう話なのか」と、元の話をあまり知らない孝明などは、それなりに納得して楽しんでいる。
それではラストはどうなるのか……。
一同は固唾をのんで見守っている。
……クライマックス。ジュリエットは、仮死状態のロミオに絶望し、自ら毒薬を煽って息絶える。そして、その亡骸を前に、ロミオは息を吹き返した。
「なんということだ、毒薬で自らの命を無情にも断ったというのか!」
ロミオ……いや、ジェイダスが叫ぶ。そして、せっかくだからと言わんばかりに、横たわるエメの唇にキスをした。
(!)
さすがにエメは驚いたが、ふりほどくわけにもいかない。
「この唇は、まだ暖かい」
ジェイダスはエメにだけ見えるようにニヤリと笑ってから、その身を起こし、続きの台詞を口にしはじめる。そして。
「しかし、愛しい人よ。私は後を追うことはすまい。真に強く美しい者は決して倒れたりしない。例え倒れる事があったとしても再び立ち上がることができるであろう。……この痛み、この苦しみ、この嘆きを、私は決して忘れまい。しかし、それに折れることはすまいと、この剣に誓おうぞ」
……そう、ジェイダスが美しい短剣を、十字架のように掲げた。それこそまさに。
「やはり、『シリウスの心』!」
やおら客席で声があがる。やはり、奪おうとする者たちはいたのだ。
「貴様は、『黒き迷宮』を開こうというのか!」
声をあげ、飛びかかろうとした者達を、すかさずクナイたちが取り押さえる。その動きは無駄がなく、まるで一つの寸劇のようではあった。
けれども、客席には動揺がおきる。
……シリウスの心? 黒き迷宮? ……そんな呟きがざわざわとわきおこった。
だが、それをおさえたのは、一人の青年だった。
「キャピュレット家の追っ手か、なるほど!」
ヴァル・ゴライオンの一言に、人々は疑問を感じつつも、ひとまずはおさまり、舞台を注視する。
すると、ジェイダスは不敵に微笑み、口を開いた。
「……キャピュレットの者たちは、私を追うことだろう。おそらくは、モンタギュー家もまた、裏切り者の私を許しはすまい。だが、私は負けぬ。黒き迷宮のごとき人生になろうと、その道を行くだけ!」
浪々と語り終えると同時に、舞台の上空から、薔薇の花びらが美しく舞い散った。それは、ジェイダスの髪や肩に降り、また倒れたエメの上にも、麗しい装飾のように降り注ぐ。まさに、クライマックスという演出だった。
「やった!」
「よっしゃ!」
仕掛け人である輪廻と壮太は、あくまで小声でそうもらすと、静かにガッツポーズを決める。
そんな中、すかさずヴァルは大きく拍手を捧げた。やがて他の観客たちからも、万雷の拍手がわきおこる。
おそらくは何事かのトラブルはあったのだろう。しかしそれを最低限におさめた、薔薇の学舎に対する賞賛であった。
満足げに頷くヴァルの横顔を、誇らしげにキリカ・キリルク(きりか・きりるく)は見つめていた。
拍手がおさまってくると、再び北都が口上役としてステージに現れた。……本来ならば両家の和解で終わるところなのだが、この場合、そうもいかないからだ。
「薔薇の学舎の、ロミオとジュリエット。お楽しみいただけたでしょうか。多少の演出・脚本の変更はご愛敬。時代とともに何事も変化をしていくものです。ひととき皆様のお時間を拝借できましたことを、一同、心より感謝申し上げます。ありがとうございました」 そう言い終わると、深々と北都は客席に礼をした。
そして、観客は惜しみない拍手を彼らに贈り続けたのであった。
その中には、ウゲンの姿もまた、あった。
一方で。
「黒き迷宮……ブラックラビリンスの名前をこんなところで口に出すとは、大胆な」
と、感心するトマスと、まさか本当にそんなものがあるかもしれへんとは……と驚く泰輔がいたことは、付け加えておく。
舞台の後、ヴァルはジェイダスの元に招かれた。キリカはその後ろに、忠実な家臣として付き従っている。
外で販売されていた薔薇の花束を用意してから、ヴァルはジェイダスの待つ部屋へと向かう。
「失礼する」
ラドゥがドアを開け、ヴァルたちを招き入れると、ヴァルは早速花束をジェイダスへと差し出した。
「流石薔薇学、素晴らしい劇だった。演技は勿論のこと、細かい所…そう、装飾品の美しさ!特にあのナイフなど、芝居とは思えぬ出来。是非小道具係に会わせて頂きたい」
「……残念だが、小道具などを用意した者は、今はいない」
そう答えたのは、ラドゥのほうだった。ジェイダスはただ、花束を受け取ると、ヴァルを見つめた。
「名前はなんという」
「ヴァル。ヴァル・ゴライオン」
帝王たるものだ、という言葉は、ここではあえてヴァルは口にしなかった。
「そうか。覚えておこう」
ジェイダスは頷き、花束から一輪の薔薇を抜き取ると、ヴァルの胸元に差し入れた。
「これは礼だ」
「……感謝する」
そう答えるヴァルの傍らで、キリカは自らの帝王が認められたことに、喜びを感じていた。
二人が退室した後、ジェイダスはラドゥへと花束を渡し、「舞台に関わった生徒たちに配ってくれ」と指示をする。「餞は、私ひとりに向けられたものではないからな」と続けた後、一つ、深く息をついた。
「……黒き迷宮のごとき人生になろうと、その道を行くだけ、なのだろう。ジェイダス」
ラドゥがやや皮肉げに呟く。ジェイダスは、答えなかった。
舞台は終わった。
取り押さえられたタシガン人たちへの尋問はこれからだが、ひとまずは決着はついたというところだ。
……あとは、最後の一人だけ。