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リアクション
第四章 主役の座は
緊急に会議室が用意され、そこには、イエニチェリをはじめとする薔薇学の生徒……そして、ジェイダスとラドゥが集められていた。招集をかけたのは、ルドルフ・メンデルスゾーンだ。
さらに同席しているのは、ジェイダスを尋ねてきた湯島 茜(ゆしま・あかね)と明けの明星 ルシファー(あけのみょうじょう・るしふぁー)。そして黎の契約者の一人であるあい じゃわ(あい・じゃわ)だ。茜は、今は空京大学に所属しているが、かつての母校に久しぶりに男装をしてやってきていた。ジェイダスに真偽をただしたいことががあり、校長室に来る途中で廊下で丸まっている(ように見えた。実際には歩いていたらしいが)じゃわを拾い上げ、連れだってここまでやってきたのだ。そのまま、彼女は半ば巻き込まれるようにしてこの会議に参加していた。
じゃわ自身は、今は黎の膝の上にいる。本当ならば、頭の上に乗るほうが好きなのだが、さすがに場をわきまえたらしい。
円卓の騎士のように、丸テーブルを囲むようにしてそれぞれに座している彼らの中央には、ようやく戻ってきた【シリウスの心】が、美しくも鋭い光を放っていた。ここまで運んできたのは、黎だ。
「確かに、せっかく一度は発見されたものを再び消失したのは、アタシのミスよ。責任は取るわ」
雪之丞はそう言うと、唇を噛んだ。
「……今のところの情報を整理すると、【シリウスの心】を盗んだのは、タシガンの一派ということだ。しかし、それを手引きした人間はいる。……そしてその可能性が高いのは……」
「イエニチェリであり、舞台の関係者である、僕か、雪之丞かということだ」
天音の言葉をひきつぎ、あっさりとルドルフは肯定する。
しかし、そこで割ってはいったのは、茜だった。
「あるいは、校長。あなたなんじゃないの?」
茜は元薔薇の学舎の生徒として、今も「薔薇の学舎普通科」と交流がある。そこから噂を耳にした彼女が、一番最初に考えたことだ。
「短剣を小道具に隠すだなんて、いくら時間がないとはいえ、校長室に忍び込むだけの技量や胆力をもった人物にしては、ずいぶん雑な扱いだもん。校長かラドゥが、試験として仕掛けた……そうだよね?」
「それに関しては、否、だ」
短くジェイダスは茜に答えた。それは、朝方にヴィナ・アーダベルトが問うたことと同じだ。そして同じように、ジェイダスは多くを語りたくはない様子である。かわりにラドゥが。
「いい加減、はっきりと言えばいい。裏切り者がいるからだ、と。【シリウスの心】がここにあったことなど、そう多くの人間は知らない。……それこそ、イエニチェリくらいのものだ」
そう言い切ると、一同をじろりと彼は見渡した。今白状すれば、命は助けてやる、とでもいいたげに。
「……犯人探しをしている場合か?」
呟いたのは、ディヤーブ・マフムード(でぃやーぶ・まふむーど)だ。
「そうね。開演時刻は迫っているし、とりあえず短剣はなにか小道具で……」
雪之丞がそう続けたが、「いや」と止めたのはルドルフだった。
「この状況で、僕たちは上演に関わるべきじゃない。いや、イエニチェリは今後、ここから動くとすれば……それは、裏切りを意味するよ」
「でも、それじゃあ……」
ルドルフと雪之丞が演じるということにも、この芝居の価値はある。突発で代役ということそのものは、よく知られている劇だ、それほどに問題ではないだろう。しかし、観客が納得する代役というと、どうすればよいのか。
「……ジェイダス。あなたがロミオをやればいいよ。主演がそうなら、ジュリエットはそれほど問題でもないよね」
「何者だ!」
突然ドアを開けて入り込んできたブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)とステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)の姿に、彼らは一様に身構える。しかし、ブルタは動じることなく、「やだなぁ、ただちょっと、力になれたらと思っただけだよ」と、ビン底眼鏡の奥で粘っこい笑みを浮かべた。
太った身体を揺らし、猫背で歩く姿は、どうしようもなくこの学園の中で浮いている。だが、それ故に、底知れない気味の悪さを感じさせる男だ。
「大事なのは、その大事な剣とやらが、他の人間の手に渡らないことなんだろ? 同時にできれば、舞台で他に剣を狙ってる奴らもあぶり出したい。だったら、一番安心できる人間が、最後まで短剣を持っていればいいんだよ。つまり、ロミオを、ジェイダスがやればいい」
突拍子もない提案ではあるが、筋は通っている。ラドゥは醜いといわんばかりにブルタから視線をそらし、ジェイダスを見やる。
「ジェイダス……」
「……おもしろいじゃないか」
ジェイダスはそう答え、くつくつと肩を揺らした。
「しかし、心中は私の美学に反するな」
「それはボクも同意見だよ。だから、筋書きを変えてしまえばいいよね。薔薇の学舎らしく、さ」
「薔薇学らしく……?」
茜が、緑の瞳に戸惑いを浮かべつつ繰り返す。
「美しい舞台になるよ、絶対」
ブルタは、気味の悪い笑みをもう一度浮かべた。
「それと、ジェイダス様がロミオをなさるなら、お相手は薔薇学生ではないほうが良いのではないでしょうか? どんな嫉妬をかうかわかりませんし。わたくしなら女性ですから、適任かと……」
ブルタの背後に控えていたステンノーラはそう言うと、恭しく一礼をする。しかし。
「お気遣いは感謝するが、相手役はあくまで薔薇の学舎の生徒を望むよ」
ジェイダスはそう答えると、黒崎に目をやった。
「なにか」
「おまえが推薦しろ。誰が良い?」
「それならば……エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)を」
「良いだろう。任せた」
「…………」
ラドゥは相手役が自分でないことに、少しばかり不満げではある。しかし、表だってそのようなことを口にすることもまた出来ず、ただ、苛立たしげに舌打ちするのみだった。
そのほかの手回しを相談し終えると、天音はさっそく仲間達に連絡をする。他のイエニチェリたちは、事態が収束するまで、この部屋を出ることはできない。
しかし、天音にはもう一つ気になることがあった。尋人がウゲンから聞いたという、『鍵』についてだ。それと、もう一つ。弥十郎から頼まれていることがある。
「……そういえば、シリウスは『火花を散らす』という意味だそうですね。僕の友人の佐々木が疑問を口にしていましたけれど、この名前に意味はあるのでしょうか?」
「さぁな。名付けたのは私ではない」
ジェイダスの返答は素っ気なかった。
「……しかし、『火花を散らす』か……なるほどな」
ジェイダスはどこか意味ありげな呟きを漏らしつつ、短剣をその手に取り、静かに見つめた。
「……校長」
そんな彼に話しかけたのは、いつの間にか黎の膝から降りたじゃわだ。
「どうした」
じゃわの触り心地は気に入っているのか、ジェイダスは彼の頭を軽く撫でる。その感触に目を細めながらも、じゃわはおずおずと尋ねた。
「以前聞いたのです。イエニチェリは校長の遺志を継ぐ後継者だって……。でも、校長はイエニチェリが揃っても、……ここにいるですよね?
御神楽環菜のことがあり、生徒たちに不安は多いのだろう。ジェイダスはそれを払拭するかのように、いつもの高慢な笑みを浮かべ、じゃわの問いかけに迷わず答えた。
「当然だ」
その返答に、じゃわは安心したのか、にっこりと微笑んだ。
一方、茜とルシファーは、会議室から解放され、学園祭の会場へと戻りつつあった。人々の賑やかさを見ていると、先ほどまでの緊張感が嘘のようだ。
「いっそ狂言なら良かったのにね」
茜はそう呟くと、ため息をついた。生徒同士で疑いあうより、そのほうがずっと良い。
そんな茜の気を紛らわそうとしたのか、ルシファーは口を開いた。
「なぁ、知ってるか? シリウスというのは2つの星から成る連星で、語源はギリシャ語で「光り輝くモノ」だ。重力により惹かれ合い、だが決して触れることはなく、ただ互いを求めて円舞を繰り広げる存在なのだ。まるで契約者のパートナー同士を描いているようではないか」
「……まぁ、そうかな」
『オレだよ、オレオレ。あのチョー有名悪魔のさあ』と軽いノリで契約を持ちかけてきたルシファーの口から聞くと、『重力により惹かれあう』ほどのものだったろうか、とはやや疑問だ。しかし、ルシファーは気にせず言葉を続けた。
「まあもっとも、明けの明星たるこのオレの輝かしさ、美しさに比べれば、シリウスなど犬っころも同様だがな!」
なるほど、主張したかったのはそこらしい。茜はやや呆れつつも、相変わらずな契約者の態度が、少し頼もしくもあったのだった。