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薄闇の温泉合宿(第1回/全3回)

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薄闇の温泉合宿(第1回/全3回)

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 シャンバラでも大都市周辺ではインターネットを行う事が出来る。
 しかし、地球との常時接続は行うことが出来ない。
 地球と簡単に連絡が取れないということは、故郷で暮らす家族や友人達と、話をすることも、安否の確認も簡単には出来ないということ。
 シャンバラが東西に分かれた今、特に東シャンバラに住まう地球人の中に、不安を感じている者が多く存在する。
 情勢が悪化したのなら、自分達は――地球に帰れるだろうか。
 そんな中、東シャンバラ政府に、地球からの電波を受信できる場所を発見したとの報告が届く。
 そこは、東シャンバラの最南端。トワイライトベルト上だ。
 トワイライトベルトは地球とパラミタ空間の中間、次元の狭間のような異空間――。

 東シャンバラ政府は、ここで契約者達の心身を鍛えるための合宿を行うことにした。
 その場所の近くには、遠い昔、魔術結社の拠点として使われていた古びた建物が存在するという。
 その建物を拠点として、契約者達は自給自足の生活に、訓練や実習を行っていく。
 この合宿を取り仕切ることになったのは、薔薇の学舎に所属するゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)だ。
 彼は、無償で時折パラ実の講師も行っている。
 また、東シャンバラのロイヤルガード隊長神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)のパートナーでもある。
 ロイヤルガードでの地位は、優子の方が高いということになるが、政府での発言力はパラミタ人であり、タシガンの貴族であるゼスタの方が数段上だ。

 ロイヤルガード隊長の神楽崎優子からも、東シャンバラのロイヤルガードの隊員や志願者に合宿への参加が促されている。
 付近にヴァイシャリー湖や河川で賊行為を行っている賊のアジトがあるという噂があるため、警戒と討伐を試みるよう、集まった人々に彼女は指示を出した。

 この合宿には西シャンバラの学園に所属している契約者も参加できる。
 参加を希望してきたメンバーの中には、西シャンバラロイヤルガード隊員にして、シャンバラ教導団大尉の李 梅琳(り・めいりん)を始めとした、西シャンバラのロイヤルガード隊員も数名交ざっていた。

第1章 準備

 ヴァイシャリー湖から川へと出て、トワイライトベルトの側まで、契約者達は船で下った。
 個人所有の小型飛空艇や空飛ぶ箒も緊急用に持って来てはいるが、長時間の使用は認められていない。
 都市に出て物資の調達を行ったり、毎日家に帰ってしまっては合宿の意味がないからだ。
 契約者達はこの何も無い場所、人里からも離れている場所で数日間、協力し合って心身を鍛えていくことになる。
 電気や携帯電話の電波は勿論届いていないが、例の場所に出れば地球のサイトを閲覧することも、地球のサイトを利用したメール交換なども来るだろう。
 携帯電話の充電はソーラーバッテリー充電器で行えるよう準備がしてある。パソコンも数台持ち込んではいるが、こちらはそう長時間使うことは出来ない。
「今晩俺様が安心して眠ることができる場所だけでも確保しないと! でもその前に女子供を差し置くわけにはいかねーよな」
 船から下りて、建物の方へと歩きながら、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が呟く。
 急な岩場を登った先に、今にも倒壊しそうな建物が見えた。
 雑草は建物の中にも生えているようで、既に自然と一体化しているといっても過言ではない。
「人の気配は感じられぬが……」
 オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)はディテクトエビルで探った後、合宿の責任者であるゼスタの方に目を向ける。
「しかし、人や凶暴な生物が潜んでいる可能性は否めぬな」
 下見ではなく、交戦の必要がある際に一撃を排除して相手の戦力が計れる規模の人員を先行、威力偵察にしたほうがいいのではないかとオットーは提案する。
「そうだな、芋虫がうじゃうじゃいたとしても、お嬢様達にはちとキツイかもしれないしな。ま、叫ぶ女の子達も可愛いものだが」
 にやりとゼスタは笑みを浮かべた後、呼びかけて先行調査を行うものを募る。
「俺も同行するぜ。近くに賊のアジトがあるって噂だし、一番怪しいのは此処じゃねぇの?」
 そう言ったのは、レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)だ。
「そうそう、格好のアジトのような気もするよね……。危険な場所がないかチェックする必要もあるし、私も行く」
 最近誰かに使われた形跡がないかどうかも注意して見ておこうと久世 沙幸(くぜ・さゆき)は思う。
「勿論わたくしも」
 パートナーの藍玉 美海(あいだま・みうみ)がにっこり微笑む。
「ん、これくらいでいいだろ。他の奴等はこの辺りの開けた場所の整備からだな。寝袋やテントで眠れるようにしねぇとなー」
 ゼスタは5人に、先行調査を頼み、皆には周辺の片付けを指示していく。

〇     〇     〇


「しかし、携帯電話が使えないってのは不便だよな」
 光一郎は携帯電話の画面に記された圏外の文字にため息をつく。
 シャンバラでは大都市と大都市を繋ぐ道くらいでしか携帯電話は使えないのだが、都市部にいることが多い契約者達には電話が使えることが普通であるため、こういった時には、通信が出来ないことが非常に不便だと感じてしまったり、僅かな不安を覚えてしまうものだ。
 でもそういった文明の利器に頼らない生活が、この合宿で求められていることでもあるのだから仕方がない。
「特に邪念などは感じないが、十分注意して行くのだ!」
 オットーは意気込みながら、光一郎と一緒に建物に近づいていく。
「ご主人様を守るのもメイドの努め! 目指せここのメイド長としては手抜きできぬわ!」
 そう言いながら、真っ先に建物のドアへと手を伸ばす。
 その石造りの建物は、少し変わった造りの建物だった。
 腐った木のドアを開けた先には、広い玄関と思われる場所だ。
 しかし、中には雑草が生い茂っており、木の根も床に伸びている。
 とはいえ、光が差し込まない所為もあり、背の高い草などは生えていない。
「人の気配はない、し。動物の住処になってもないようだな」
 慎重に見回した後、光一郎が中へと入り込む。
「2階建てだな。俺は2階に向かうぜ」
 入ってすぐの位置にある階段にレイディスが足をかける。
 老朽化が進んでいるが、底が抜けたりはしなかった。
(人が通った形跡は全くないな。とはいえ、2階の窓から入り込むことだってできるし、油断しないでいくぜ……)
 足元に注意しながら。また、上の階に盗賊などがいても対処できるよう慎重に進んでいく。
 少なくても、この階段は頻繁に使われていることはなさそうだった。
「二階の底が抜けて、落ちてきたら大変ですわね」
 くすくすと笑みを浮かべながら、美海も建物の中へと入る。
「やっぱり……薄暗いね。明かりはどうするのかな」
 その後ろから沙幸がついてくる。
「燃料にも限りがありますし、魔法もずっと使っているわけにも行きませんから、夜は早めに火を落として、休むことになりそうですわね」
「そっか」
 びくびくしながら、沙幸は周囲を見回していく。
 調査前に沙幸は美海のアドバイスで、ゼスタとミルミに確認してみたのだが、この建物がいつ頃から存在していたのか、いつ頃から使われていなかったのかは、正確にはわからないということだった。
 魔術結社の拠点があったというのも噂話でしかない。
「1階の部屋は4つくらいか。キッチンのような場所に、居間と思える場所が1箇所、普通の大きさの部屋が2箇所」
 光一郎は、廊下を進み、左右の部屋を確認する。
「掃除しがいがありそうだな……寧ろ掃除できるんだろうか……いや、不可能はない!」
 オットーはそう言って、邪魔な草をぶちぶちぬいて、部屋の中を確認する。
 虫や入り込んでいる小動物もたまに見かけはするが、やはり人の姿はなく、長期間使われた形跡もなかった。
「賊も使おうとは思えなかった場所ということか。他に近くに快適な空間があるんだろうか」
 言いながら、浩一郎は警戒を解かずに別の部屋を見回していく。
 特に変わったところはない。
「あら、沙幸さん、地下もありそうですわよ」
「ええっ!?」
 美海は床に蓋のようなものを見つけて、ぐいっと引き上げる。
 沙幸は恐る恐る覗くが暗くて何も見えない。
「大丈夫、側にいてあげますわよ。まだまだお子様ですわね」
 怯える沙幸にそう言って、美海は光術で地下を照らす。
「離れないでね」
「ええ。後で温泉に言った時はたっぷりとお礼をして頂きますわよ」
「もー……」
 沙幸は美海の腕をぎゅっと掴んでおく。
「作業場、のようでしょうか」
 美海が中を見回す。
 棚や台、大きな釜、何らかの機材のようなものが存在した。
「人はいないみたいね」
 美海と一緒に覗き込み、沙幸はほっと息をついた。

 2階に上がったレイディスも慎重に部屋を調べて回っていた。
 超感覚で警戒しながら、足音を押さえ、物音、空気の流れにも注意して進んでいる。
 人の気配はまるでなかったが……2階の部屋には、鳥が巣を作ったりしており、糞で酷く汚れている部屋もあった。
(これは1日2日の掃除じゃ使えるようにならないぞ……)
 1階もそうだが『掃除』レベルの話ではなさそうだ。
 全員で新たなログハウスを造った方が早い気さえもしてくる。
 その後も注意を払いながら、部屋を探っていくが、特に異常はなく、盗品の倉庫になっているなどということもなかった。
(寝床は期待できねぇなあ。せめて温泉は楽しめればいいな)
 レイディスは懐に入れて連れてきたわたげうさぎを、服の上からそっと撫でて、にっこり笑みを浮かべた。