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薄闇の温泉合宿(第1回/全3回)

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薄闇の温泉合宿(第1回/全3回)

リアクション


〇     〇     〇


(……襲撃を行うとしたら、どこからだろう)
 幻時 想(げんじ・そう)は、自主的に合宿所とその周辺の警備を行っていた。
 盗賊のアジトが近くにあるという噂がある。
 契約者が沢山集まっているここを、攻めることは考えられないけれど……もしもの可能性に備えておくことは必要なことだから。
 潜める場所はどこか、放火をするのならどこから狙うか……。
 そういった、盗賊側の視点で見て回りながら、想は賑やかな声が響いてくる温泉の方に目を向ける。
「混浴温泉、どうなるんでしょうね」
 先ほど見回ったときには、意気揚々とパラ実生を中心に湯船作りが行われていた。
 建物内で風呂は用意できそうも無いので、素早い完成が望まれる。
「混浴は反対が出るだろうけれど、禁止と言ってしまえば、パラ実生達のやる気を削いでしまう結果になりかねないね……」
 そう思って、温泉は最終的に2つ作ったらどうかと、想は提案したいと思っていた。
 パラ実男子が納得しないのなら……覗きを防ぐためにも、自分は男湯に入ることを約束してもいいと思っていた。
 想は百合園の生徒だけれど……実性別は男性だから。
 タオルで体を隠して、恥じらいを見せたりしながら、お酌をして彼等を労ったりすれば、満足してもらえるんじゃないかと、そんなことを考えていた。
 また、パラ実生には合宿所の周辺で休んでもらえたらとも思っている。
 荒野で生きている彼等ならば、異変が起きた時に逸早く察知し、対処に動くこともできるだろうから。
 後で提案をしてみようと思いながら、想は歩いていく。
「あ……」
 木々を越えた先に、光が差し込む広場があった。
 そこは、色とりどりのコスモスの花で満開だった。

「地球と電波がリアルタイムで届く場所……不思議な場所ですね」
 エンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)は、周囲を見回しながらそう言った。
 この辺りは、特に特徴があるわけではない、自然の溢れる場所だった。
 西側にトワイライトベルトが見え、そこから契約者達の明るい声が響いてくる。
 異空間のような場所だけれど、繋がっている。薄い闇の中の、不思議な場所だ。
「次はあの辺りを回ってみましょう」
 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が、花畑の方を指差す。
「はい」
 返事をして、エンデは小夜子に続く。
 本当は手分けして警備をした方が、より皆の安全に繋がるのだろうけれど……。
 小夜子は自分を単独で行動させたくはなかったのだろうと、エンデは思っていた。
 まだまだ、自分は未熟だから。
(早くエノン様のように強くならないといけませんね)
 エンデが空を見上げると、小夜子のもう一人のパートナーのエノン・アイゼン(えのん・あいぜん)がちょうど下りてくるところだった。
 ヴァルキリー彼女は上空から周囲を見回していたのだ。
「特に異変はありません。ただ、トワイライトベルト内は日中でも暗いため、空からではわかりませんが」
 そして、この建物以外にはやはり建物の類は存在しないこと、近くに人里や人が訪れるような場所は存在しないことも報告していく。
「としますと、賊が近くに潜んでいるとしたら、トワイライトベルトの中でしょうね。……あら?」
 小夜子は、咲き誇るコスモスの中に、可愛らしい少女の姿を見つけた。
 少女はコスモスに目をとられたり、あたりをきょろきょろと見回したりしている。
「お一人でこんなところにいては危ないですよ。合宿参加者ですよね?」
 小夜子が声をかけると「あっ」と小さな声を上げて、少女はぱたぱたと走り寄ってきた。
「迷ってしまったのですわ」
「盗賊のアジトが近くにあるという噂もありますから、皆から離れたら絶対にダメですよ」
 エンデが近づいてきた少女――エマ・ルビィ(えま・るびぃ)の手をとってそう言う。
「ええ。木々も花もとても美しくて、いつのまにかここまで歩いてきてしまっていたのですわ」
 ふわりとエマは微笑みを浮かべる。
「危ないですから、戻りましょう。パートナーの方も合宿に参加されているのなら、常に一緒に行動してくださいね」
 エノンのその言葉に、エマは「わかりましたわ」と微笑んで答える。
 だけれど何だかわかってないような気がして、小夜子、エノン、エンデは苦笑しあうのだった。
「エマー!」
 後方から声が響いてくる。
「あら、ごきげんよう」
 その相手に、エマはにっこり微笑む。
「見つけた!『ごきげんようですわ』じゃなーい!!」
 近づくなり、声の主――授受はぐっとエマの腕を掴み寄せた。
「すみません、ご迷惑かけて。責任持って連れて帰りますので」
 小夜子達にぺこぺこ頭を下げると、授受は。
「先生達のところに挨拶にいくよ! スイーツ愛好会入るんでしょ」
 と、エマを引き摺るように引っ張って、合宿所の方へと帰っていった。
 小夜子達は穏やかな目で2人を見送る。
「お疲れ様です」
 2人の姿が見えなくなってから、小夜子達に近づく者がいた。
 ちょうど、同じ辺りを巡回していた想だ。
「小夜子様も警備を行っていたのですね。お互いずっと続けることはできませんから、体制を決めて交代で行っていきませんか?」
「ええ、ありがとうございます。トワイライトベルト側を特に注意いたしましょう」
 小夜子がそう言い。
「今の時間は温泉作りが行われているため、賑やかですけれどね」
 エノンがそう続けた。
「夜は夜で賑やかそうですねれどね」
 くすりと想は微笑み、小夜子とエノン、エンデも微笑みを浮かべる。
 そして互いが見て回った周辺の状況を確認しあって、担当範囲や交代時間について決めていくのだった。

〇     〇     〇


 トワイライトベルトの中の温泉が湧いている場所では、パラ実生が中心となり、温泉の作りが進められていた。
 薄暗い河原に源泉が湧出ている。
 源泉のままでは熱いため、湯船となる場所に岩清水を流し入れて温度を調節できるよう、造っていく。
「細かいこと気にしない俺らのような奴等は、入りながら調節してもいい感じだな。とはいえ、百合園のお嬢様達にはちとキツイだろうな!」
 現場の指揮をとっているのは、パラ実の生徒会長の姫宮 和希(ひめみや・かずき)だ。
「よぉぉぉし、ここぶっ壊すぞ、離れてろー!」
 ドラゴンアーツを使って、邪魔な石をどけたり砕いたり、効率よく作業を進めている。
「思いっきり汗かいた後のひとっ風呂は気持ちいいぞぉ」
 若葉分校の番長である吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)も分校生を率いて、精力的に作業に勤しんでいる。
 辺りは暗いが、若者達は清清しい汗を流し、瞳を輝かせてそれはもう熱心に湯船を作っていく。
 石で縁取りし、砂利を詰めていく。暗いこともあり、怪我をしないよう床もできるだけ平らにして砂利を敷き詰める。
「頑張れば可愛い女どもが背中とか流してくれるかもしんねぇぞぉ」
「うおおおおお!」
「おーーーーー!」
 竜司の言葉に、若葉分校生達が雄叫びのような声を上げる。
 細かいことを気にしないパラ実生だけなら、数十分の作業で、十分もう入れる状態だった。
 とはいえ、このままではパラ実以外の女性は入ろうとはしないだろう。
「この岩は景色を見るのに邪魔だよな」
「温泉を監視するのにも邪魔だよな!」
「しかし大きすぎて動かないぜ」
 大きな岩をどかそうと苦心している男達に竜司が目を向ける。
「そうだな、その岩もどかした方がいいなァ! オレに任せろグヘヘヘヘ」
 竜司は岩を両手で持ち上げて、トワイライトベルトの外の河原へと運ぶ。
 彼は、若葉分校生に指示を出しながらも、率先して力仕事を行っていた。
 それは停学になったことへの反省からの行動でもあるが、一番の理由は可愛い舎弟達を喜ばせたいといういつもどおりのイケメン番長的思考だった。
 ……混浴温泉を作っておけば、いつかオレの優子と入れるかもしれないという気持ちもあったが。
 色々妄想もしていたが。
「こんよくー!!!」
 パートナーの口から飛び出て大声に、思わず夢野 久(ゆめの・ひさし)は岩に頭をぶっつけた。
 彼は本校の授業でゼスタから説明を受け、地球の電波が受信できる便利な場所にパラ実生も利用できる湯治場を作るという話に興味を持ち、力仕事なら任せておけと男らしく協力を申し出たわけだが。
「温泉!」
「混!浴!!」
 重い岩を除去するたびに、パートナーのルルール・ルルルルル(るるーる・るるるるる)は、パラ実生達とそんな掛け声を上げている。
(そういや、レイランは温泉で保健体育の授業をするとか言ってたが、それって何だ。……いや、聞くまでもないか)
 ルルールの張り切る様子を見ながら、久はため息をつく。
「しかしさ、混浴風呂に反対する気はねえが、それとは別に女湯と男湯を作るべきだとは思うぜ」
 久は生徒会長の和希に話しかけてみる。
「異性が居たらリラックス出来ねえって奴は少なからずいる筈だ」
「そうか? 俺は別に気にしないぞ」
 和希は男勝りだが、性別的には女だ。
 今日もスカートをはいている。とはいえ、ぬれてしまった裾を縛っており、時折ショーツが見えていたりするが、全く気にしてない。ちなみに、仲間のパラ実生達も全く気にしてない。
「俺は気にする。ゆっくり浸かってられるか。それじゃ温泉の意味がねえ」
 しかし久の言葉を否定するかのような大声が響く。
「混浴万歳! このルルール・ルルルルは、自分がキモチ良い思いをする為に労を惜しんだ事は無いわ! 不健全な悦びは健全な努力の上にこそ輝く! 明日のキャッキャウフフの為に今日は働け働けーい!」
「……って、パートナーは言ってるぜ?」
「そんでそんでぇ、混浴で嬉し恥ずかし見えちゃうイベントとか触っちゃうイベントとかを堪能するの!」
 岩をぶち飛ばしながら、ルルールはすっごく楽しそうな笑顔を浮かべる。
「最低3人は口説いてしけ込む。絶対にだ」
 ぐぐっと拳を固めていく。
「働くわよ、超働くわよ!!」
「…………」
 パートナーの言動に久は軽く頭を抱える。
 野放しにしておいていいんだろうか、アレ。
 そんな不安がよぎっていくが、彼女は労力、及び確実にパラ実生達の原動力となっている。
「細かいこと考えることねえって! とりあえず作るぞ、作ってから必要なら間仕切りとか考えようぜ。おおっ、そっち方面は随分形になってきたな。崩れないよう固めるぞ!」
 和希は作業に戻っていく。
「諸君には夢があるか! ならば働けー!! 私には(非常に不穏当な)夢がある! だから働くわよー!!」
 久も作業に戻ろうとするが、ルルールの大声に頭痛がしてくる。
 そしておもむろに空を仰いでいく。
(……本当、何で俺あんなのと契約したんだっけ……)
「みなさーん、お食事ですよー!」
 そこに、可愛らしい声が響く。
 百合園女学院の稲場 繭(いなば・まゆ)が、河原から手を振っている。

「テーブルを準備しましょう」
 呼びかけた後、繭は台車の上の組み立て式のテーブルを持ち上げようとする。
「ま、繭! 危ないからそれは私が……!」
 繭を主と慕っているルイン・スパーダ(るいん・すぱーだ)が、手を貸そうとするが繭は「大丈夫、私だってこれくらい」と言い、一人でテーブルを組み立てて、作ってきた沢山のおにぎりをテーブルの上に並べていく。
(こんなに大量の料理……一人で作ったのだろうか)
 繭が取り出していく数々のおにぎりに、ルインは感心するばかりだった。
 それと同時に、自分が何のためにここにいるのか……少し、わからなくなる。
 小さな繭に、無理はして欲しくないと思う。
「大変ならいつでも私が代わるから」
 そう言葉をかけても、繭は微笑んで。
「大丈夫です。私に出来ることは少ないですが、だからこそできることを精一杯やりたいんです」
 そうはっきりと言って、手も休めることなく準備を続けて。
「ただ見ているだけはもう、嫌だから」
 そして、彼女はモヒカンやリーゼント、アフロといった奇抜な髪型、特攻服に棘のついた衣装という、理解しがたい服装の若者達に、おにぎりを差し出し、お茶を入れて配っていく。
「……私はジュースを入れよう」
 何故だか少し、寂しいような感覚を受けながらも、今はこれ以上何も考えないでいようと思い、ルインも紙コップを手に取り手伝うことにする。
「いっただきー!」
 パラ実生と共に、われ先にと和希が飛び込んでくる。
「食料多少用意してあったんだけどさ、いつの間にかなくなちゃってさー。助かるぜ!」
 和希は両手におにぎりを持って食べ始める。
 米と調味料以外の食材の持ち込みは許可されていないので、繭が作ったおにぎりは塩おにぎりを中心としたシンプルなものだ。
「こんな場所で、手作りの握り飯が食えるとはなァ……」
 この娘も、オレに惚れてしまったのだろうか。こんなに沢山の握り飯をオレと舎弟の為に用意するとは……!
 などと考えながら、竜司も分校生達と共に、おにぎりを食べていく。
「食材が入りましたら、焼き魚をまぶしたり、野菜を炊き込んだりしてもっと美味しいおにぎりを作りますね」
「いや、十分美味いぜ! 魚はここらで焼いて食えばいいしさ! 温泉が完成した後は、釣りだな」
「俺は狩いくぜ!」
「そんじゃ、俺は果物でも探すかー!」
「俺らここで生活してもいいくらいだな!」
「皆で番頭やるか!」
 ぱくぱくむしゃむしゃおにぎりを食べながらそんな話盛り上がっていくパラ実生の姿を、繭は微笑みながら見守り、茶を出したり、手拭を提供したりと世話をしていく。
「皆が食事している時も私は働くわよー! 混!浴!!温!!!泉!!!!」
 ……そんな中でも、ルルールは手を休めずに、熱意と執念で温泉作りをばりばり進めている。
「あれ? ここにあったはずのスコップがない……。いや、そんなもの無くても進めるだけよ! こんよくぅー!!」
「……どうぞ」
「あ、ああサンキュー……」
 久はルインからオレンジジュースを貰って、飲みながら深くため息をつく。
(合宿所と温泉が完成したらルルールを簀巻きにして川に流そう。うん、そうしよう)
 遠い目をしながら、密かに決意していく。