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パラ実占領計画(最終回)

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パラ実占領計画(最終回)

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 牛皮消アルコリアを振り切った大和田は、だいぶ参っていた。
「まさか、ここまでやり合える者がいるとはな……坊ちゃん……」
 きっと苦戦しているだろうレンに加勢しなくてはならない。
 足を引きずるように歩いていると、ふと前方に人の気配を感じた。
 体格の良い男が待ち構えている。
「よぉ。お疲れのとこすまねぇが、このおっさんとも遊んじゃくれねぇか?」
「今は忙しい……一週間後ならあいてやすが?」
 眼光の鋭さを裏切る軽い口調のラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)に、大和田もとぼけて答える。
 ラルクは低く笑った。
「一週間後なんて待てねぇよ。頼むよ」
「オトナなら我慢しなせぇ。短気を起こすと早死にしやすぜ」
「はは、短気なんかじゃねぇよ。今だ。今、てめぇらをブッ倒さねぇと、いつまでも終わらねぇんだよ。だから……付き合えや!」
 吼えるように会話を断ち切ると、ラルクは軽身功を使って疾風のように大和田に迫った。
 ヒロイックアサルト『剛鬼』により力の増した重い拳と、神の首を飛ばすほどの膂力を持つ大和田の拳が激突する。
 力のぶつかり合いだけではない。
 闘気も衝突し、ビリビリと大気が震える。
 急所を狙った大和田の突きを龍鱗化させた腕で防いだラルクは、その硬さに眉を寄せて腕を引いたための一瞬の隙をついて回し蹴りを叩き込んだ。
 大和田の態勢が崩れる。
「とどめだ!」
 ラルクが大きく踏み込んだ時、大和田が視界から消えた。
 直後、ラルクの世界が上下逆転する。
 そして背中に衝撃。
 一瞬、息が詰まった。
 背負い投げをされた、と気づいたのはその時だった。
「そう簡単には倒されてやりやせんぜ」
 間合いをとって構える大和田に、立ち上がったラルクはニヤリとした。
「俺だって、そんなにあっさり決着がつくとは思ってねぇよ」
 ──守りを考えていては勝てない。
 ラルクはそう判断した。
「俺の、本当の本気を見せてやんよ!」
 低く構え、チャージブレイクで力をためていく。
 大和田もラルクの攻撃に備えた。
 先に仕掛けたのはラルクで、一撃必殺の気迫で拳、蹴りを繰り出す。
 大和田に防がれ、あるいは反撃を防ぐ腕や足がしだいに熱を帯びていく。
 それは相手も同様で、ある瞬間二人は次が最後だと感じた。
 二人分の咆哮が荒野に轟き、闘気がぶつかりあう様はまるで爆発が起こったようだった。
 その後の静寂の中、先に膝を着いたのは大和田のほう。
 ラルクの体もぐらりと傾いたが、彼は一歩踏み出して踏ん張った。
「俺の……勝ちだな」
「……そうだな」
 大和田の漲っていた闘気が静まった。


 恐ろしい幻を見せ、ミゲルに隙を生じさせて一気に畳みかけようと、機会をうかがっていたグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)
 倒れそうになるのを必死でこらえ、ようやく訪れたチャンスを逃さず、この身を蝕む妄執を仕掛ける。
 瞬間、ミゲルは何を見たのかカッと目を見開くと、ぶるぶると体を震わせた。
 そして。
「おのれ巨人めが! 今度こそ成敗してくれる!」
 かつてドン・キホーテをこてんぱんにのした(と、本人は思っている)巨人(実は風車)が再び現れた……ようにミゲルには見えていた。
 狂気を宿した目で槍をふるい、猛然と突っ込む。
 力は強いが、雑な攻撃だった。
 グロリアーナはその雑な部分に切り込もうと剣を構えた。

 志方 綾乃(しかた・あやの)がミゲルを見つけた時、彼はあちこちに傷をつくり荒い呼吸を繰り返していた。
 槍を支えに、レンのもとを目指している。
 綾乃に気づいた様子はない。
 が、綾乃にとってミゲルの体調などどうでもいいことだった。
 種モミの塔で交わした約束はどうしたのか。
 それをはっきりさせたいのだ。
「最初のお給料ももらってませんし……」
 というわけで、綾乃はミゲルを呼び止めた。
 彼女を見たミゲルは、何故こんなところにいるのかわからないというような顔をした。
「前回の約束はどうなったんでしょうか? 約束不履行が続くと、こちらにも考えがありますけど」
「考えとは?」
「争議権の行使……あなたを倒して私が首領・鬼鳳帝の新店長になります!」
 言い放った綾乃に、ミゲルは大笑いしようとして傷の痛みに咽た。
「そう容易く経営権を手放すと思いましたか?」
「私のほうがその地位にふさわしいですから」
「やれるものならやってみるがいい」
「もちろん、そのつもりです──よッ」
 綾乃は両手にウルクの剣を握り締め、ミゲルに突進する。
 ミゲルも応戦姿勢をとった。
 剣より間合いのある槍で返り討ちにしようという構えだ。
 最初からそれを狙っていた綾乃は、ミゲルが槍を突き出そうと踏み込んできたと同時に、駆ける足に力を入れ、横に飛んでかわした。
 空を切った槍を叩き落そうと、左手の剣を打ち付ける。
 ギィン、と耳障りな金属音が響きミゲルの手をしびれさせたが、武器を手放すことだけはしなかった。
 とはいえ、さすがに次の動きへの速度は鈍った。
 それに気づいた綾乃は攻撃を続ける。
 右手の剣をスタンクラッシュの要領で斬りつけた。
 ミゲルの体は弾かれたように震え、一歩、二歩とよろめきながら後退する。
「うぅ……っ、こんなところで……ッ」
 倒れまいと蒼白な顔を悔しさに歪めてこらえようとするが、とうとうショットランサーを落としてしまった。
 そして、支えを失ったようにミゲルの膝も落ちた。
 綾乃は静かな表情でそれを見ていた。
 しかし、心の中では──。

 このことを皆さんにお知らせしませんとね。そして私こそが首領・鬼鳳帝の新店長、と宣言しましょう……肝心の店舗がないですけどね!

 次なる野望が渦巻いていた。


 パラ実生達の阻止により、レンのもとに集まることができたハスターは、随分と少なかった。
 しかし、三人で相手をするにはややきつい数だ。
「で、作戦は?」
 何かを期待するように瞳を輝かせて問うルルール・ルルルルル(るるーる・るるるるる)
 彼女のそんな様子に気づくこともなく、夢野 久(ゆめの・ひさし)はキッパリと言った。
「無ぇ!」
 いっそすがすがしいその断言に、期待通りと言いたげにルルールは爆笑し、佐野 豊実(さの・とよみ)は「やっぱりね」と生ぬるい笑みを浮かべる。
「それじゃ、周りは任せていいよ。久君は思った通りに」
「あははははっ。それって結局いつもと一緒だよね! というわけで、先制のアシッドミストー!」
 ギャザリングヘクス前提のアシッドミストだ。
 会話の一部のように唱えられた呪文に、ハスターはとっさの反応が遅れた。
「トロットロのヌルヌルに溶・け・ちゃ・え……☆」
 うろたえるハスターにくすくす笑うルルールの脇を、雷術が掠めた。
「ただじゃ転ばないねぇ」
 豊実は海神の刀を抜くと、酸の霧を抜け出して突進してくるハスターに立ち向かう。
 則天去私で一気に薙ぎ払おうとするも、運が良かったのか実力か、かいくぐってきた者が釘バットを振り下ろす。
 刀で受け止めた豊実と押し合いになった。
 ふっ、と軽く身を引いた豊実が相手の腹に蹴りを入れる。
 久に襲い掛かろうとする者には、ルルールのアシッドミストが二回、三回と重ねられていった。
 二人がそうしている間に、久はレンの正面に立った。
「言っておきたいことがある」
 静かに話し出した久に、レンはピクリと片方の眉を震わせた。
「俺はな、喧嘩だの制覇だのに血道を上げる奴は好きだが、その裏に侵略だの利権だののこすっからいもんがあんのは大嫌いだ! 本当に強けりゃ裏なんざいらねぇはずだろうが! 違うか!? お前らは、そんなもんに寄りかからなきゃ立てねぇほど弱ぇのか!」
「ハッ、言いたい放題だな、おい。言っておくが俺は大和田を呼んだ覚えはねぇよ。あいつが勝手に来ただけだ。それに、組のことは俺にとっては手段の一部だ。てめぇにとやかく言われる筋合いはねぇよ」
「そうかよ。じゃあ、どっちがパラ実にふさわしいか決めるしかねぇな」
「総長が相手なら不足はない」
 久はショットランサーを、レンは金属バットを相手に突きつける。
 二人はほぼ同時に攻撃を仕掛けた。
 ヒロイックアサルトにより身体能力をあげた久が繰り出したチェインスマイトを、まったく無視してレンは力任せにバットを水平に払う。
 斬りつけられたレンの体から鮮血が散り、打たれた久の腕から嫌な音が鳴る。
 飛びのき、間合いをとった二人の口元からはそれでも笑みが消えない。
「なんだ……総長の攻撃とはこんなものか」
 レンが挑発的な言葉を吐けば、
「今の一撃で腕の一本も潰せねぇとは、日本をシメたっつってもたいしたことねぇな」
 負けじと久もやり返す。
 そしてまた、同時に挑みかかる。
 二撃目、三撃目もほぼ防御というものを無視した攻撃が繰り返された。
「さっさとくたばっちまえよ!」
「死にそうなツラして言ってんじゃねぇ!」
 どっちがどっちの怒鳴り声かわからないが、気づけばルルールも豊実もハスターも、二人の戦いを息を詰めてじっと見つめていた。
 ショットランサーの穂先が撃ち出され、金属バットが曲がるほどに頭に叩きつけられ──久とレンは睨み合いながら膝を落とした。
 まるで金縛りがとけたように周りで見ていた者達が二人に駆け寄る。
「ほんっとバカよね! どうしてこんな戦い方になるのかな!?」
 文句を言いながら久にヒールをかけるルルールの表情は、反対に「久らしい」と言っていた。
 実際、久とレンが戦っていたのは短い時間だったのだが、どちらも力を出し切ってしまっていて、何かをしゃべる余裕もなく息を切らせている。
 やがて呼吸が落ち着いた頃、久がレンに切り出した。
「パラ実に来いよ。こんなんで諦めるようなタマじゃねぇだろ。ヤクザも人工衛星もナシの、真っ向勝負だ」
 レンは久を胡乱な目で見つめる。
「……お前、バカだろ」
 小さな呟きに吹き出したのはルルールだった。
 そして悪戯っ子のように笑う。
「バカに理屈は通じないわよ〜。諦めてパラ実に来なさい☆」
「オレも賛成だ。舎弟も全部連れて来い。歓迎するぜ」
「あ、武尊だ」
 突然会話に加わってきたのは国頭武尊で、後ろにハスターがついてきていた。
 みんな服はボロボロだが、喧嘩の傷は癒えているようだ。
 武尊や羽高魅世瑠、朱黎明ととことんまでやり合った後、レンのところに行こうという流れになり、シーリル・ハーマンが治療したのである。
 シーリルはレンを見るとすぐに駆け寄って手当てを始めた。
「すぐに癒しますね」
 少し前のレンなら、その手を払いのけていたのに今は黙ってヒールを受けている。
 考え込んでいるような様子のレンに何か言ってやれ、と武尊は途中で拾ったミゲルを見やった。
 ミゲルの傍にはジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)が支えるように付き添っている。
 ナーシング技術で止血と消毒はすませてある。
 ジョウがミゲルを見つけた時はすべて終わった後だった。
「でも、喧嘩の前に会えたとしても止められなかったんでしょうね……。ミゲルさんはドン・キホーテ……騎士ですから」
 それを思うとジョウの気持ちは沈んでしまいそうになるが、がんばって表情には出さないようにしていた。
 武尊に視線で訴えかけられたミゲルだったが、苦笑を返すだけだった。
 険しい目つきで地面を睨みつけているレンは、何か良からぬことを考えているようにも見える。
 そっと近づいたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が、あんたまさか、と声をかけた。
「この期に及んでまだ何か考えてるんじゃねぇだろうな? あんたも仲間の命背負ってんだろ……引き際くらい見極めろよ」
 もし、シーリルに怪我を治されたことに何も感じずに暴れだすようなら、体を張って止める気でいた。
 しかし、それはどうやら杞憂だったようだ。
「勘違いするな、今やり合う気はない」
「だったら何を考えてる?」
「パラ実についてだ。パラ実に入って何ができるのか……考えていた。ミゲル、お前はどうする?」
 レンは剣呑な空気を撒き散らしながら、久や武尊の誘いをきちんと考えていたのだった。
 話を振られたミゲルは。
「あなたが入るというなら異存はありませんよ。それに、もう一度首領・鬼鳳帝を開店したいですし」
「店長は私で」
「認めません」
 すかさず挙げた綾乃の手を叩き落すミゲル。
 レンは短く笑った。
「ライバル出現か」
 どうやらレンとミゲルがパラ実に入学する方向に落ち着きそうな様子に、トライブはひっそり安堵した。
 ハスターのほうをうかがえば、何やら彼らもその気のよう。
「本当にどこまでもついてく気なんだな。パラ実は賑やかになるな。大和田やヤクザはどうなるんだ? あいつらも入学か?」
「帰るだろ」
 独り言のようなトライブの疑問に、レンが答える。
 事実、大和田と彼が連れてきたヤクザは次の日地球に帰っていった。
 それからレン達は荒野のどこかに去っていった。
「次こそお前達がここから出て行く番だ」
 と、挑戦的な言葉を残して。

 地平線のみがオレンジ色に染まっている。
 何気なく見上げたトライブの目に、幾筋もの流れ星が映った。
「あれは……」
 他の何人かもそれを目撃し、感動の声をもらしている。
 魅世瑠は、ロケット組の成功を確信した。
「おむかえ、いくの?」
 ラズの問いに魅世瑠はカラリとした笑顔で答えた。
「そんな危ねぇところには行かねぇよ。間違って当たったらマジで死ぬじゃねぇか」
 それもそうだねー、とラズは納得し、それならと全員で食事をしようと提案した。
「その辺にあるものでいいよね」
 その辺……黄緑色の雑草、肉厚の葉の雑草、毒々しい色の花をつけている雑草、棘でできているようにしか見えない雑草。
 ここでは無理、とみんな首を横に振った。

 彼らの様子を遠くから見ていたガイアは 石原校長と共に姿を消した。