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パラ実占領計画(最終回)

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パラ実占領計画(最終回)

リアクション

 九十九と同じように人工衛星の内部に下りて来ていた和希達は、天井がドーム状になった広い空間でやっとウィングに追いつくことができていた。
 彼女とはぐれたら死ぬと思っていた良雄も、肩で息をしながらもしっかりくっついて来ている。
 ウィングは空間の奥にある、液体に満たされた円筒を前にしていた。
 太さがバラバラの無数のコードが円筒から延びている。
 その円筒の中に、ヒトの脳と思われるものが収まっていた。
 今回の標的に間違いない。
 見ていて気持ちの良いものではない。
 ウィングは構えた槍でその脳を串刺しにしてしまおう、と足に力をこめた。
 その時、和希の制止の声が鋭く飛んだ。
「待て! 攻撃するな!」
 踏み出そうとしていたウィングの足が止まる。
「何故止めるのです? 早くしないとパラ実が滅ぼされてしまうのでしょう?」
「その前に、親分と話したいことがある。──なあ、おまえは」
 言いかけた時。
 和希の足元にレーザーが撃ち込まれた。
「死にに来たか。肥満にいいように使われる哀れな子供らよ」
 響いた声は、機械的で抑揚がないが、前組長のものだと名乗られずともわかった。
 和希は慎重に一歩出る。
「それは、どういう意味だ?」
 誰にも言っていないがパートナーのガイウスが石原校長に懸念を感じていたことを、和希だけは知っていた。
 それに、ここには話し合いに来たのだ。
「話せることがあるなら、聞かせてくれないか?」
 低い機械音のみがしばらくその場の音となった後、親分はゆっくりと話し始めた。
「関東魔王会というものがある。蓮田組の上位組織だ。日本のヤクザの過半を占めている。そこの組長のわしと肥満は古くからの友だった。パラミタの開拓も共に進めるつもりでいた。だが……」
 パラミタ訪問の後、やつは変わったと言う。
「あいつの形振り構わぬ姿勢は目に余るものがある。言って聞くようなやつではない。力ずくででも止めようとしたが、そう簡単に倒せる相手でもなくてな……肥満とは手を切り、鏖殺寺院と手を組み、このような姿に自らを改造したわけだ」
「そうか。それでどうしてパラ実全員を標的にするんだ?」
「これくらい強力な兵器でないと、やつは倒せん。それにすっかりやつに洗脳されてるお前達はとても危険だ。一緒に始末するにかぎる」
 そんな、と悲しい声をあげたのは七瀬 歩(ななせ・あゆむ)だった。
「荒野にいるのはパラ実生達だけじゃありません。それに、パラ実の人達だって洗脳なんてされてません。それに、今そこにいるレンくんだって死んじゃうんですよ!?」
「あいつは大丈夫だろう。昔から何かと悪運だけは強かったからな……」
「そういうことを言っているんじゃなくて」
「なーなー、レンにーちゃんと仲良く暮らしてあげてよー。けっこう寂しがってそうだったからさー」
 七瀬 巡(ななせ・めぐる)がじっと脳を見つめて訴える。
 しかし、彼女の真剣な言葉を親分は笑い飛ばした。
 巡はムッとしたように口を尖らせる。
 歩も少し気分を害したようだったが、まだ諦めてはいない。
「石原校長との因縁はわかりましたが、やっぱり荒野の人達を巻き込んでまですることとは思えません。……意地になってませんか?」
「ふふふ、そうだな。年寄りの頑固さかもしれんな」
「あのさ、地球に帰りたいとは思わねぇの? 物騒なこと考えるのはやめて、一緒に帰ろうぜ」
 泉 椿(いずみ・つばき)の誘いには、親分は無言で返した。
 対しているのが脳みそなので表情も何もあったものではないが、それは確かにゆるやかな拒絶の沈黙だった。
「もう手遅れだ。じきに、荒野へ向けて攻撃を開始する。肥満の野望はこれで終わりだ」
 どうあっても親分の意志は変えられない、と誰もが思わざるを得なかった。
 そして宣言通り攻撃を始める前触れとして、静かだった機械音が大きくなりコードに沿うように光が走る。
「ここまでだな。姫やん、やるぜ」
「壊す以外にパラ実が助かる道はなくなっちゃったね」
 ミューレリアと{SFM0003973#カレン・クリスティアが覚悟を決めて武器を構える。
「そう簡単に邪魔はさせんよ!」
 天井からイコンよりは小型の人型の機械が落ちてきて、親分を守るように立ちふさがった。
 カレンの魔道銃が最初に魔力の弾丸を撃ちだす。
「本当は、連れ帰りたかったんだけどね。パラ実復興に役立ってほしいとか思ってたんだけどね!」
「肥満を倒してからだな」
「そのために、まず荒野を広範囲で滅ぼすわけね! ダメに決まってるっての」
 魔力の弾丸を防いだロボットの腕が、カレンを殴り飛ばそうと振るわれる。
 カレンは転がるようにしてそれをかわすと、素早く態勢を立て直し、ロボットの隙間から脳が収まっている円筒に銃口を向けた。
 が、壁から突き出てきた先端の尖った攻撃的なアームに腕を持っていかれそうになり、慌てて引っ込める。
「このやろ……」
 ミューレリアが魔砲杖ミルキーウェイをロボットに向けた。
 隣にレロシャンが並ぶ。
「今は共闘です」
「ワタシがアームを引き受けます」
 ネノノが言い残し、栄光の刀を手に壁面からいくつも伸びてくるアームの一つに斬りかかった。
 加速ブースターにより一気に距離を詰め、ソニックブレードで斬りつける。
 アームは破片を散らしたが、一回で切断することはできなかった。
 ネノノが再度の攻撃のためにいったん離れた時、椿のスナイパーライフルとカレンの魔道銃の弾丸が命中し、壊れかけのアームにとどめを刺した。
 レロシャンはサイコキネシスでロボットの動きを封じ込め、その隙に軽身功を使って素早く懐に飛び込むと、関節部分を狙って則天去私を叩き込む。
 うるさそうに払われそうになると、巨大な手がぶつかる前にサッと身をかがめた。
 その腕にミューレリアが古代シャンバラ式杖術による強烈な一撃を振り下ろす。
 『ミューストラッシュ』と名付けられたそれにより、腕が半ばまで斬られた。
 斬られた部分と則天去私に打たれた部分からパチパチと火花が散る。
「かてーな、あいつ!」
 斬りつけた時の衝撃でわずかにしびれた手を振るミューレリア。
 レロシャンも拳をさすっている。
 と、ロボットが無傷のほうの腕を振るい、彼女達を薙ぎ払った。
 壁に叩きつけられ痛みにうめく頭上から、串刺しにしてしまおうと錐のようなアームが狙いを定める。
 ネノノがレロシャンを、巡が歩を守ろうと振り下ろされたアームを受け止めた。
 そして、無防備な和希と椿には滑り込んできたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の盾とシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)の銃弾が危機から守っていた。
「……間に合ったわね。ヘンなとこから入っちゃって、すっかり迷っちゃったわ」
 困ったような微笑みを浮かべるリカインだが、内心ではこの人工衛星の設計者に悪態をつきまくっていた。
 何となく、その心の声を察したシルフィスティが椿を助け起こしながら苦笑する。
「リカイン、まだ壊れてないわよ」
 注意の声に上のアームを見上げたリカインの目が、剣呑に細められる。
 和希と椿を狙った二本のアームは、盾との衝突や銃撃による衝撃で一時的に停止しているようだが、すぐにまた動き出しそうな気配だ。
「これも気になりますが、あのロボットのほうもどうにかしたいものですね」
 ゆらりと扇を揺らす空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)の言うことはもっともで。
「アームは任せろ」
 体の具合を確かめるように肩を回しながら和希が言った。
 リカインはじっとそれを見つめた後、
「じゃあ私はロボットに集中するわね。シルフィスティ、狐樹廊、行くわよ」
 と、振り向かずに床を蹴る。
 その時、思い切り踏み込んだのだろう。ラスターエスクードを武器のように使い、突進する。
 先ほど和希達を薙ぎ払った腕と、自動修復によりまだ鈍いながらも動きを取り戻した腕が、リカインを巨大な手のひらで挟み潰してしまおうと広げられた。
 シルフィスティの左右に握った銃が同時に火を吹く。
 それぞれの弾はロボットの肘を正確に撃った。
 追撃として狐樹廊の周囲に沸き起こった炎が、彼の指示に従って破損した両腕に絡みつく。
 関節が小さな爆発を起こし、ちぎれる。
 まるで二人がそうすることをわかっていたように、リカインは突進の勢いを緩めることなくロボットのボディに盾を突き込んだ。
 突きの勢いに巨体が傾ぐ。
 ロボットを軽く蹴っていったん離れた時、背後から強烈な光の魔法がロボットにぶつけられた。
 リカイン同様、内部をさまよっていたリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)のバニッシュだった。
 リリィはリカインではなく、カレンを見て小さく笑う。
 同じタイミングで銃を撃つ姿がリリィの位置から見えていたのだ。
 が、彼女の笑みはすぐに驚愕に変わった。
「早くよけてください!」
 叫ぶ先にはウィングと良雄。
 ウィングは、怯える良雄にずっとしがみつかれていて身動きがとれなかったのだ。
 そして今、倒れるロボットが二人を押し潰そうとしている。
「ぎゃああああ! ウィングさん、何とかしてほしいっス!」
「何とかしますから、少し離れてください!」
 ウィングは良雄をはがそうともがくが、離れたら死ぬと思っている良雄はますますきつくしがみつく。
 周りの者達が二人を助け出そうと駆け寄ろうとした時、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)の高らかな笑い声が響き渡った。
「あのロボットを吹き飛ばして、後ろの脳みそにぶつけるんですよ! さあ、一斉攻撃です!」
 本当なら高いところからの登場といきたいクロセルだったが、この場には残念ながらそういう場所はなかった。
 だから、ロボットと親分の直線上に立ちロケットパンチを向けた。
「荒野に光の筋を落とすよりも、流星群のほうが喜ぶと思うんですよ。子供達は」
「わしを倒すと後悔することになるぞ……!」
 焦りを含んだ親分の声が響く。
「今ならまだ間に合うのだ、肥満に踊らされるな!」
 しかし、そういう彼も石原校長を倒すために危険な鏖殺寺院と手を組んだという事実がある。
 どちらが良いのかなど、判断できる材料が少なすぎた。
「その時は、その時にまた考えます」
 余裕を見せ付けるように笑ったクロセルが、ロケットパンチを発射した。
 それを合図に他のみんなもそれぞれの攻撃手段でロボットを打つ。
 彼らを応援する菊と卑弥呼の驚きの歌が、最後の一撃に力を与える。
 ウィングは固まった良雄の頭を押して、身を伏せた。
 ロボットは狙い通り、その巨体で脳の浮く円筒を押し潰した。
 一呼吸の後、辺りが滅茶苦茶に光を点滅させはじめる。
「もしかして、危ないスイッチでも入ってしまいまして?」
「ひょっとすると、このままでは俺達も流星群の一部になってしまうかもしれませんね」
「それは……。で、でもっ、わたくし達は契約者ですもの。宇宙でも(たぶん)平気ですわ!」
「ふむ、まあそうかもしれませんが……死亡フラグということも……」
 慌てたり、おもしろそうに笑ったり、希望を見出してみたり、不安を覚えたりと忙しいリリィとクロセルの会話に、和希から鋭い声が飛んでくる。
「お前らなに呑気にしゃべってんだ。早く脱出するぞ!」
 気づけば、もうそこには三人の他に誰もいなかった。
 ヤバいとわかったとたん逃げ出したのだ。
「ビリーが迎えに来る。さあ、早く!」
 リリィとクロセルは蹴飛ばされるように広間から追い出された。
 和希もすぐに後を追おうとして、ふと振り返る。
 形のひしゃげたロボットはあちこちから火花を散らし、ただの鉄のかたまりとなっている。その下には蓮田組前組長の──。
「和希さん……」
 歩の声に、和希は我に返った。
 やるせない気持ちでいっぱいの歩の顔に、和希は力ない笑みを返すと少し先で待っている仲間達のほうへ、その背を押す。
 今度は振り返らずに外を目指した。