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七不思議 憧憬、昔日降り積む霧の森(ゴチメイ隊が行く)

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七不思議 憧憬、昔日降り積む霧の森(ゴチメイ隊が行く)

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    ★    ★    ★
 
「ここに近づいてはいけません」
「あんた誰?」
 突然現れた娘に、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が首をかしげた。
 見た目は、少しアルディミアク・ミトゥナに似ていると言えなくもない。もっとも、白いドレスを着た妙齢の美少女なら、ある程度はみんな似ていると言っても過言ではないわけであるが。ましてや、ここは今現在は生きた霧の中である。誰かのイメージが投影されていてもおかしくない。むしろ、誰かに似ていると思った瞬間から、相手はその通りに見えてしまう霧の魔物かもしれないのだ。
「いったい、この洞窟の中に何があるというのです」
 ロゼ・『薔薇の封印書』断章(ろぜ・ばらのふういんしょだんしょう)も訊ねるが、娘は来てはだめだと繰り返すだけであった。
「だめと言われれば、入りたくなるのが人間の本性でもあるのだよ」
 そう言うと、リリ・スノーウォーカーは、ロゼ・『薔薇の封印書』断章と一緒に遠慮なく洞窟の中へと入っていった。
「入っては、だめです」
 洞窟の入り口で、娘はただそう繰り返すのみであった。
「暗いな……」
 光る箒カスタムを灯り代わりにしながら、リリ・スノーウォーカーたちは洞窟の奧へと進んで行った。
「なんだか、ここは見覚えがある場所のような……。錯覚であればいいのですが……」
 進んで行くうちに、ロゼ・『薔薇の封印書』断章がちょっと顔を顰める。
「なあに、探検に危険はつきものなのだよ。リリが最初にパラミタに来たときも、大変な目に遭ったが生き残って……」
 その言葉が終わらないうちに、何かが二人のすぐ傍を追い越していった。
「今のは?」
 見覚えのある背格好に、リリ・スノーウォーカーがつぶやいた。入り口にいた娘が追いかけてきたのだろうか。それにしては、シルエットが違う。
「あれは……リリ!?」
 ロゼ・『薔薇の封印書』断章が言った。本人よりも、いつも外からリリ・スノーウォーカーを見ているロゼ・『薔薇の封印書』断章の方が、はっきりと同じ人物だと認識できる。
 おそらくは、霧から生み出されたリリ・スノーウォーカーなのだろう。
 なおも進んで行くと、洞窟の行き止まりで霧のリリ・スノーウォーカーが、壁の紋章に何やら指を這わせてサインを描いていた。見れば、リリ・スノーウォーカーが持っている母の形見と同じ薔薇の意匠の文様だ。
 封印が解かれたのか、奧の岩壁が左右上下に複雑なパーツとなって吸い込まれていき、何重にも厳重に閉ざされていた扉が開いた。
「いっちばーん。みんな、早くー!」
 霧のリリ・スノーウォーカーが迷うことなくその中に飛び込んでいく。
「これは、あのときの……」
 リリ・スノーウォーカーが呻く。もしそうであるならば、この奧にある物は……。
「ここは、なんでしょう、うっすらと覚えが……」
 すぐに逃げろと心の中で警鐘が響くのに、好奇心に負けた二人が扉のむこうをのぞき見た。
 部屋の中央には、一冊の魔道書が浮かんでいた。ロゼ・『薔薇の封印書』断章の本当の本体、その書名は……。
「触ってはだめなのだ!」
 悪夢を思い出してリリ・スノーウォーカーが叫んだが遅かった。
 霧のリリ・スノーウォーカーの指が魔道書に絡みつく黒い薔薇の蔓に触れる。そのとたん、封印が解けた。魔法陣のバランスが崩れ、黒い蔓薔薇の一つが魔道書に弾き飛ばされて霧のリリ・スノーウォーカーの腕に絡みつく。
 残りの蔓薔薇をも弾き飛ばして自由になろうとした魔道書を、バランスを崩した蔓薔薇の魔法陣が崩壊の力を使って引き裂こうとした。
 あわてて転送陣を使って逃げだそうとした魔道書を、蔓薔薇が六つの断片に引き裂く。その反動で、転送陣が暴走した。
「逃げるのだ!」
 リリ・スノーウォーカーが、自分の断片をつかもうとするかのように手をのばすロゼ・『薔薇の封印書』断章をかかえて、光る箒カスタムをつかんだ。一気に、洞窟の出口を目指して飛び進んで行く。そして、背後で爆発が起こった。
 実際の爆発では、生き残ったのはリリ・スノーウォーカーただ一人だ。それも、腕に絡みついた黒薔薇を体内に呪いとして取り込み、ロゼ・『薔薇の封印書』断章との契約を果たすという形でだ……という。
 リリ・スノーウォーカーたちが洞窟から飛び出してくると、後を追うようにして爆発の魔法炎が吹き出してきた。最初に警告した娘の姿はどこにもない。中から飛び出してくる物の姿もなかった。
「しょせんは紛い物」
 洞窟自体が偽物だ。ロゼ・『薔薇の封印書』断章は、それをファイアストームで焼き払った。
 
    ★    ★    ★
 
「やれやれ、トラックを降りたのはいいが、あまり視界は変わらないな。よそ見すんなよ
 こんなことならば、十田島つぐむのメタルトータスに乗ったまま移動すればよかったと、ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)がぼやいた。
「確かに、移動は楽だったかもしれませんがあ、事故ってしまってはあ、なんにもなりませんからあ」
 てくてくと湖を目指して歩きながら、清泉 北都(いずみ・ほくと)が言った。
「それよりも、つぐむさんたちのように迷子にならないでくださいよお」
 清泉北都がソーマ・アルジェントに釘を刺した。本来ならば十田島つぐむたちと手分けして、黒蓮のありそうな湖を調査する予定だったのだが、トラックを降りたとたん、この霧で全員バラバラになってしまったのだ。これならば、最初から徒での移動を前提とした行動計画を立てていた方が確実であったかもしれない。
「大丈夫。一応地図はあるからな。水辺というと、ちょうどこの時期に姿を現す紫色の湖があるって話だから、多分そのへんだろ」
 意外と大雑把に、ソーマ・アルジェントが言った。さすがに、それがスライムの湖だったと知る者は少ない。表むきは、突然現れる不思議な湖という七不思議の一つとされている。
「地図があったとしても、現在位置が分からないんじゃ、だめなんじゃないかなあ」
 至極もっともな指摘だ。だが、だからといって、それで諦めるわけにもいかない。
「なあに、あちこちでドンパチやっているみたいだし、いずれ何かに出会うだろう。行くぜ
 それを期待して、ソーマ・アルジェントがどんどん進んで行った。
「まあ、近づけばあ、例の黒蓮の香りがするはずですからあ。分かるでしょう」
 清泉北都も、座して待つよりは行動することを考えているようだ。
「森に、分け入らないでください」
 そんな二人の前に、一人の娘が現れた。剣の花嫁が好んで着るような、薄く透き通った花嫁衣装のようなドレスを着ている。白く長い髪は、ほっそりとした身体のシルエットにわずかにボリュームを与えていた。
「どうしてですかあ?」
 清泉北都が、見知らぬ娘に訊ねた。
「隠されている物を暴いてはなりません。どうか、森に入らないでください」
 だが、娘はただただそう繰り返すだけであった。
「それじゃ分からないぜ。もっと、ちゃんと説明しろ」
 ソーマ・アルジェントが詰め寄ろうとしたとき、突然近くで爆発が起こった。何かの流れ弾のようだ。謎の娘に対して少し身構えていた清泉北都たちは、かろうじて受け身を取りながら後ろに転がった。
 だが、その爆発で霧が打ち払われ、同時に娘の姿も消えてしまった。
「霧が作った偽物でしたかあ」
 危ない危ないと、清泉北都が服についた土を払いのけながら立ちあがった。それにしても、あれは自分たちを爆発に巻き込もうとしていたのだろうか、それとも、何か本当に警告を告げていたのだろうか。
くっ……やるじゃねーか。近くで派手にイコン戦やってる馬鹿がいるぞ。どうする?」
 流れ弾の正体を知って、ソーマ・アルジェントが拳を突きあげた。
 再び集まってきた霧の中に、小さな子供のような人影が飛び交っているように見えた。
あー……ヤバイかも。いったん、つぐむたちと合流をした方がよさそうですね」
 霧の中にいたのでは、超感覚だろうかなんだろうが、敵は周囲すべてという結果にしかならない。これでは、個別にポイントを見つけるのは困難であった。
 はたして、この霧自体に個という概念があるのかどうか。少なくとも、霧から生まれた者がよほど強烈な個性を持っていない限りは、個にはなり得ないのだろう。タシガンの城では、本物のストゥ伯爵なる人物は存在していなかった。他の幻影が、霧に入り込んできた者たちから作られたことを考えれば、これはもの凄く異質だ。もしかすると、霧がストゥ伯爵という意識を取り込んで個体を作りだしたのではなく、ストゥ伯爵自身が霧を利用して自身の存在を移し替えたのかもしれない。いずれにしろ、キーとなるのは、この霧の中に本人がいないのに具現化している者たちだろう。
 イコン戦に巻き込まれることを避けるために、清泉北都たちは安全な場所へと移動していった。