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七不思議 憧憬、昔日降り積む霧の森(ゴチメイ隊が行く)

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七不思議 憧憬、昔日降り積む霧の森(ゴチメイ隊が行く)

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    ★    ★    ★
 
「うーん、なんだか、霧が濃くなってきてやな感じだよね」
 たくさんのペットたちに囲まれたノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が、困ったように言った。牧神の猟犬に、サラマンダー、ドンネルケーファー、ディーバード、白虎という、そうそうたるペットたちだ。
 さすがに、このメンバーでは、空京の大通りをのんびりと散歩というわけにはいかない。
 その意味では、イルミンスールの森はちょうどいい散歩コースだったのだが、運の悪いことにこの霧の事件に遭遇してしまったというわけである。
「あーあ、こういうときにおにーちゃんがいたら心強いのになあ」
 ここにはいない影野 陽太(かげの・ようた)のことを思って、ノーン・クリスタリアがつぶやいた。
 それでも、今は、頼もしいペットたちがたくさんついてきてくれている。もしかすると、ううん、もしかしなくても、このメンバーなら、霧の根本をなんとかできるかもしれない。
「ねえねえ、霧がどこから来てるか分かる?」
 ノーン・クリスタリアが、牧神の猟犬に訊ねた。この子の嗅覚なら、発生源をつかめる可能性は大だ。
「わんわん」
 それに応えるかのように、牧神の猟犬がノーン・クリスタリアにむかって吠えた。
「えっ、どうかしたの?」
 不思議そうに聞き返すノーン・クリスタリアの背後に、人影があった。影野陽太だ。もちろん、本人がこんな場所にいるはずがない。間違いなく、霧から生まれた偽物だろう。
「どうかしたの? ワタシの後ろに何かいるの?」
 そう言って、ノーン・クリスタリアが後ろを振り返った。背後にいた影野陽太がさささっと素早く動いて、ノーン・クリスタリアの死角へと回り込む。
「誰もいないよね。もう、驚かさないでよね」
 ほっと安心すると、ノーン・クリスタリアがペットたちの方へむきなおった。再び、影野陽太が彼女の死角へ音もなく移動した。
 それを見たペットたちが、ワンワン、ピーピー、と吠えたてる。
「もう、どうしたのよ。みんな、行くよー」
 みんななんで興奮しているんだろうと訝しみながら、ノーン・クリスタリアが歩き出した。その後ろを影野陽太がついていく。
「ワン、ワン!!(御主人様、後ろー!!)」
 そんな、声にならない声で叫ぶペットたちの警告も、ノーン・クリスタリアにはさっぱり届かなかった。たまに振り返ったりキョロキョロしたりもするのだが、そのたびに影野陽太は素早く隠れてしまう。まさに、背後霊とでも言うべき完璧な動きであった。別にノーン・クリスタリアを襲おうとしているわけではないようなのだが、ペットたちにしてみれば御主人様の身が心配で、それこそ気が気ではない。とはいえ、相手は臭いが違うので別人だと思うのだが、姿形は慣れ親しんだ影野陽太その物である。むやみに噛みつくというのも躊躇していた。
らんららーん♪
 何も気づかずに進むノーン・クリスタリアに、さすがにペットたちも決断した。隙を見て、一気に霧の影野陽太に襲いかかったのだ。白虎の猫パンチに弾き飛ばされた影野陽太を、サラマンダーの炎が焼き尽くす。
「み、みんな、どうしたの?」
 一瞬遅れたノーン・クリスタリアが見たのは、ちょっと焦げた地面だけであった。
 
    ★    ★    ★
 
「霧か……。いつの間にかつぐむたちとも離れてしまったようだが、さて、どうしたものであろうな」
 周囲を索敵して進みながら、ガラン・ドゥロスト(がらん・どぅろすと)がつぶやいた。
 霧の中には、何か潜んでいるか分からない。敵がいたとしても、不思議ではない。そのため、離れ離れになってしまうのは得策ではなかった。
 本来であれば、つぐむのメタルトータスで霧の発生源まで移動する予定であったのだが、道の途中に大穴が開いていて断念したのだ。いかにも戦闘で開いたような大穴だったため、道を行くのは敵に狙われるのではないのかと考えてのことである。
 霧の中では、攻撃を回避するためにスピードを出したら木にぶつかって自滅する可能性の方が高い。かといって、ゆっくり進んでいたのでは、大きなトラックは格好の的だ。
 だとすれば、徒歩で逆に霧に紛れた方が、不用意な的になることは少ないだろうということである。だが、予想していたリスク通り、各人がバラバラになってしまったのは痛い。それとも、はぐれてしまったのはガラン・ドゥロストだけなのであろうか。
 センサーに何かを感じて、ガラン・ドゥロストは進んで行った。霧の発生源の方向がこちらである自信はかなり低いのだが、何か彼を引き寄せるような存在を感じたからだ。
 音がする。
 慎重に近づいていくと、何かが戦っていた。
 片方は、一瞬宙を舞うテルテルボウズのようにも見えたが、その正体は二頭身サイズの小型機晶姫であった。人形のような大きな頭にはなぜか黒蓮の花飾りをつけ、ネグリジェに似た貫頭衣を着たようなデザインをしている。それが、高速で宙を飛び交い、ときおり、揃えて突き出した両手の間から電磁加速されたプラズマ炎を発射していた。
 幼女のような妖精のような外観とは違い、明らかに攻撃用の小型機晶姫だ。
 そして、それと戦っているのは、他ならぬガラン・ドゥロスト自身であった。いや、その姿は、今の彼とはバージョンが違う。それ以前に、両者をくらべてみた場合、誰が同一機体だと分かるだろうか。現在のような左目の損傷は見えず、頭部はヘルメット型の追加装甲に被われている。バックパックは、たたまれたウイング型で、ショルダーアーマーはバインダー併用で涙滴型の先端が長くのびている物であった。前方に突き出た脚部カウンターウエイトは不必要なくらい大型で、ほとんどシールドなみの大きさだ。そして、片刃の大剣と、まさに重厚なシルエットとなっていた。
「違う……。この仕様のオレが戦っていたのは……」
 失われた記憶を辿ろうとして、ガラン・ドゥロストが頭をかかえて呻いた。その足で、装甲破片のアンクレットが小さな音をたてる。あれは、もっと女性的な、騎士鎧を着てハルバードを持ったような姿の機晶姫ではなかったのだろうか。だが、その姿、顔かたちは、ガラン・ドゥロストにはどうしても思い出せなかった。
 そのとき、ガラン・ドゥロストの横を、小型機晶姫が逃げるようにして飛び去っていった。
「ワタシはワタシ?」
 そんなささやきが聞こえたかと思ったのも束の間、ブンと唸りをあげて大剣が襲いかかってきた。かろうじて受けとめるものの、ガラン・ドゥロストが遥か後ろへと吹っ飛ばされる。
「うわっ、やっと見つけたと思ったのに、危ないです!」
 その場に駆けつけてきたミゼ・モセダロァ(みぜ・もせだろぁ)が、飛んできたガラン・ドゥロストに潰されそうになって叫んだ。
「いたわ、やっぱりこっちよ」
 ガラン・ドゥロストがいなくなったのに逸早く気づいて追跡してきた竹野夜 真珠(たけのや・しんじゅ)が、十田島 つぐむ(とだじま・つぐむ)を呼んだ。
「まったく、はぐれて迷子になっていると思えば、何をやって……!」
 やっと見つかったガラン・ドゥロストにぼやきかけた十田島つぐむが、本能的にルミナスライフルを取り出して霧の中に威嚇射撃をした。
 バインダーとカウンターを前面に集めて防御態勢をとった昔のガラン・ドゥロストが、光弾を防いで何ごともなかったかのようにゆっくりと進んできた。
「何よ、あれ。ガラン?」
 わずかな共通点に注目した竹野夜真珠が、起きあがったガラン・ドゥロストに聞いた。
「どうも、昔のオレのようであるな」
 ガラン・ドゥロストが肯定する。
「じゃあ、戦うことはないじゃない。話して仲良くしてきたら?」
「そうもいかない。あれは、あのころの俺は、単なる殺戮兵器だ」
 ミゼ・モセダロァに、ガラン・ドゥロストが答えた。
「なんであんな物が。この霧のせいなのか……。だとしたら、遠慮することはないだろう。消し去ろうぜ。ガランとしては、あんな自分見たくないんだろう?」
 ルミナスライフルを霧のガラン・ドゥロストにむけたまま、十田島つぐむが訊ねた。
「侮るでないぞ。俺は全力で行く。そうでなければ多分生き残れぬであろう。行くぞ!」
 十田島つぐむたちを戒めると、ガラン・ドゥロストが突っ込んでいった。
 即座に反応した霧のガラン・ドゥロストが大剣を振り下ろしてくる。それを、素早く横に回り込んだ十田島つぐむが、ルミナスライフルで狙撃した。大剣のベクトルが狂い、直撃から掠めるに変わる。その隙を突いて、ガラン・ドゥロストが高周波ソードを叩き込んだが、装甲を破壊するにはいたらなかった。逆に、超音波振動の反動でガラン・ドゥロストの方が弾かれる。
 その開いた間合いに、ミゼ・モセダロァが飛び込んだ。高速の突撃をメインとするミゼ・モセダロァ得意の戦法だったのだが、霧のガラン・ドゥロストはそれよりもさらに素早かった。
「ワタシより早いなんて……」
 ミゼ・モセダロァが唇を噛む。
 高速移動に翻弄されつつも、十田島つぐむたちはフォーメーションを組んで霧のガラン・ドゥロストと戦っていった。
 竹野夜真珠の魔法攻撃を余裕で跳ね返しながら、霧のガラン・ドゥロストが間合いをとりなおしてミゼ・モセダロァに狙いをつけた。後退して避けようとするが、敵の方が早い。ろくな装甲を持たないミゼ・モセダロァでは、あの大剣の一撃を受けたら致命的だ。
「こっちだ!」
 十田島つぐむとガラン・ドゥロストが同時に叫んで突っ込んだ。わずかにミゼ・モセダロァの近くにいた十田島つぐむが、ミゼ・モセダロァの代わりに大剣を受ける。
「ぐっ」
 十田島つぐむの着ていたパワードスーツの一部が粉々に砕け散った。全身を装甲で固めていなければ、この一撃で命を落としていただろう。
 霧のガラン・ドゥロストが、目標を再設定しようとする。その一瞬の隙を突いて、竹野夜真珠が霧のガラン・ドゥロストの頭部を火術の炎でつつみ込んだ。わずかな時間ではあるが、センサーが死ぬ。
「よくも、つぐむを」
 その機を逃さず、怒りに燃えたミゼ・モセダロァが凶刃の鎖で霧のガラン・ドゥロストを絡めとった。もちろん、その程度の物、すぐに敵は引き千切るだろう。だが、攻撃も回避もできないように動きを止め続けられればそれでいい。
 二人が作った唯一のチャンスに、ガラン・ドゥロストが敵の背後から必殺の一撃を放った。ガラン・ドゥロストが自ら波動斬と称している技だ。その一撃に、霧のガラン・ドゥロストがバランスを崩した。
「今だ!」
 半壊したパワードマスクとヘルムを脱ぎ捨てて素顔を顕わにした十田島つぐむが、光条兵器のデュリゲイヌを取り出して正面から突っ込んだ。敵が防御態勢を取れないうちに、盾の隙間を縫って胴体を一太刀に両断する。
 上下に分断された霧のガラン・ドゥロストが、地面に倒れて元の霧に戻った。
「よかった、無事で。怪我、してませんか?」
 肩で大きく息をつく十田島つぐむに、ミゼ・モセダロァがだきついてきて言った。思わずいててと十田島つぐむがあらためて呻く。
「それにしても、ガラン様、許さないですわよ」
 よくも十田島つぐむを傷つけたと、ミゼ・モセダロァがガラン・ドゥロストを睨む。
「いや、あれは、オレであって、オレではなく……」
 ガラン・ドゥロストが、思わず戸惑う。
「過去は過去、今は今」
 そう言って、竹野夜真珠がガラン・ドゥロストを慰めた。