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七不思議 憧憬、昔日降り積む霧の森(ゴチメイ隊が行く)

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七不思議 憧憬、昔日降り積む霧の森(ゴチメイ隊が行く)

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「ずいぶんと霧が深いわね。嫌な感じ。ねえ、本当に私たちまで調査に出る必要があったの?」
「こう規模が広いのでは、生徒たちだけでは手が回らないであろうが」
 今回の調査にあまり乗り気ではないらしいエヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)に、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が答えた。
 いずれにしろ、霧であれば発生源が存在するはずだ。森の植物自体の呼吸によることも考えられるが、別に水源があると考えた方が自然だろう。いや、本来は大規模な気圧の変化などによる断熱誇張がなければ霧は自然発生しにくい。温度の低下による大気中の飽和水蒸気量の変化がなければならないからだ。だが、もともとこの霧は異常である。魔法的に黒蓮から発生していたというレポートも、生徒たちからあがっている。ならば、黒蓮を探すのが一つの方法だろう。
「霧の性質も、まだ解明されてはいないからな。周囲の生物の思考を取り込んで、それを模した独自の形態に変化するらしいが……」
 説明しながらアルツール・ライヘンベルガーが進んで行くと、だんだんと霧が濃くなってきた。より霧の中心へと近づいたのだろうか。
「こんな所にいた。早く来い、会議はもう始まっているぞ」
 いきなり霧の中から現れた黒いスーツの男が、乱暴にアルツール・ライヘンベルガーの腕をつかんで引っぱった。
「何をするのだ」
 突然の乱暴に、アルツール・ライヘンベルガーがその手を払いのける。
「君は……」
 相手の顔を見たアルツール・ライヘンベルガーが、驚きで目を丸くした。地球にいるはずの親戚だ。いったい、なんでこんな場所にいる。いや、いるはずがないではないか。これは、本物ではない。
「いいかげんに駄々をこねるのはやめろ。お前しかいないのだからな、拒絶は最初から選択肢には入ってはいない」
 親類の男が言うと、霧の一部がサーッと開けた。
 黒い喪服の男女が何人か集まっている。
 この光景に、アルツール・ライヘンベルガーは見覚えがあった。妹の葬儀のシーンだ。
「アルツール、これはあのときの……?」
 エヴァ・ブラッケがアルツール・ライヘンベルガーにどういうことかと目で訊ねた。
「人の心を模倣する。それだけならいいですが、しょせんはただのコピーにしか過ぎないというわけですな」
 アルツール・ライヘンベルガーとしては、苦笑するしかない。
 人の心を勝手に模倣するとすれば、それは心の何を写し取るのだろう。表面的な意識だけをコピーしたのでは、それはあまりにも弱いだろう。短期記憶は、文字通り短期しか役にたたないはずだ。霧自体が生命体で、活動のための進化形として他の生物に擬態することを望んでいるのであれば、それはもっとより強固で安定した物を望むはずだ。人の記憶の中で、ゆらぐことのない固定された記憶。それは多分、長期記憶、そう、深層心理下の中の無意識。その多くは、トラウマとも呼ばれる心に刻まれた傷、あるいは……。
「俺の記憶の中から、よりによってこのシーンを取り出すとは。だが、それによって、この霧の底も見えるというもの」
 自嘲ともつかない笑みを、アルツール・ライヘンベルガーは浮かべた。自分の過去を見せつけられるというのは、やはりあまり気分のいいものではない。
 このときは、一族の次期当主と目されていた妹が、突然事故死したのだ。そのため、楽隠居同然で好きにギムナジウムの教師となろうとしていたアルツール・ライヘンベルガーが、代わりとして指名されたのだった。代わり……、まさに代替品である。
 それを分かっていながら、説得された自分も自分である。
 その場で差し出された魔道書との契約を強要されたが、それを拒否してエヴァ・ブラッケと最初のパートナーと契約を交わし、こうしてパラミタへと登ってきたわけだ。
 今となっては、パラミタに来たこと自体は、それが悪かったと言い切れないところが、なんとも歯がゆい。要は、きっかけよりは、その後の過程であり、結果だということか。
「だが、ただでさえうっとうしい親戚一同が、倍に増えてパラミタに居着くのだけは我慢がならんな。エヴァ、奴らをサンダーブラストで塵に……」
 アルツール・ライヘンベルガーがエヴァ・ブラッケに霧の処分を頼もうとしたとき、ふいに霧から生まれた親類一同の中央で爆発が起こった。あっけなく霧から生まれた者たちが吹き飛び、爆風でアルツール・ライヘンベルガーたちももみくちゃになって後ろへとそれぞれ飛ばされた。
「ううっ……、アルツール、大丈夫?」
 爆煙とも霧ともつかない物がたちこめて視界が利かない中、エヴァ・ブラッケがアルツール・ライヘンベルガーに声をかけた。だが、返事がない。
「ちょっと、まさか……、アルツール!!」
 アルツールの無事を案じて、エヴァ・ブラッケが叫んだ。
 それにしても、いったい何が爆発したというのだろうか。心なしか、先ほどから機銃の間断ない銃声のようなものも聞こえる。白かった霧が黒くなり、闇となった。音だけが、不気味に反響して聞こえてくる。まさか、先ほど吹き飛ばされたときに、洞窟のような場所に落ちたとは考えにくいが、周囲の音響は地下を意味していた。それは、エヴァ・ブラッケにとっては、あまり耳に心地いい響きではない。かつて地上に暮らしていた魔女として、そして、異能の逃亡者としての記憶だけがよみがえる。
「アルツール、どこ?」
 思わずその場にしゃがみ込み、両手でしっかりと耳を押さえながらエヴァ・ブラッケが叫んだ。
 一人は無理だ。
「エヴァ?」
 そして、手がさしのべられた。
「さあ、立ちあがって」
 見知った顔がそこにあった。
「ええ」
 なんとか立ちあがると、彼はその手を放した。
「それではよろしくお願いいたします」
「誰だ、お前は」
 タイミングよく駆けつけてきたアルツール・ライヘンベルガーが、エヴァ・ブラッケを押し渡してきた男を見て誰何した。
 ――ああ、少し違う。あのとき、私が託されたのは……。
「さあ早く。連合や騎士団とは関係なく。君の道を歩める、君とともに……」
「ええ。行きます。さよなら、あなた。また、いつか……」
 男に答えると、エヴァ・ブラッケがアルツール・ライヘンベルガーの腕にしがみついた。今ひとつ何の場面なのが分かりかねているアルツール・ライヘンベルガーがちょっと戸惑う。
 そのとき、また近くで爆発が起こった。銃声も近づいてくる。
「急げ!」
 叱咤されて、二人は走り出した。