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【●】葦原島に巣食うモノ 第一回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第一回

リアクション

   三

 御前試合の準備に向かう途中だった鍵屋 璃音(かぎや・あきと)忍冬 湖(すいかずら・うみ)は、それどころではないと袖を捲った。
 ヤハルを見かけたのは、その直後だ。
「おい、そこのメガネのにーちゃん! そう、銃を使ってる温和そうなにーちゃん! オレは鍵屋璃音! 花火師見習だぜ! こっちは姐さんこと忍冬湖! かっこいいだろー! 宜しくな! って、自己紹介はこれぐらいにして、一体何がどうなってんだ? 何か知ってそうだな、事情を聞かせてもらってもいいか?」
 立て板に水と言った調子の璃音に、ヤハルは面食らった。
「お兄さん、すまないねぇ。元気だけが取り得みたいな奴でさ。あたしからもお願いするよ、どういう状況か、教えてもらえないかねぇ? 困った時はお互い様、事情を知って協力を惜しむなんてことはしないさ。宜しく頼むよ」
 湖のフォローに、ヤハルはにっこり笑う。
「直情型の人間は、嫌いじゃないよ。取り敢えず、あの触手と大蛇だが、本体は葦原城の地下だ」
「本体をぶっ叩けばいいのか!?」
「それはそうなんだが、――本体は非常に腹を空かしている。あの触手は奴の手であり、口だ。大蛇も基本的には同じものだよ」
「じゃ、食って栄養にするってのか!? そんな奴らは、【ポイズンアロー】でボッコボコにしてやる!!」
 璃音はスリングを握り締め、駆け出した。
「ち、ちょっと、アキト! すまないね、お兄さん」
 湖が追いかけていくのを見送り、ヤハルはふむ、と頷いた。
「毒は有効かもしれないな……」
「他の者にそう伝えるか?」
と尋ねたのは、セリティア クリューネル(せりてぃあ・くりゅーねる)だ。セリティアとパートナーの月音 詩歌(つきね・しいか)は、友人に会いに町を訪れていた。
 そこでこの化け物を見た詩歌は動揺し、その場から動けなくなってしまった。セリティアに叱咤され、どうにか落ち着きかけたときに、ヤハルと会った。そして彼と共に契約者への説明と避難の誘導、更に怪我人の治療を行っていた。
「あの化け物は、地下の化け物と同じということだね?」
 同じく避難誘導に当たっていたクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が尋ねた。
「そう、――『ミシャグジ』と我々は呼んでいる」
「君と、それにカタルとオウェン以外にも仲間が?」
「里にはね」
 葦原島の隠れ里に細々と住む一族――それが、彼ら「梟の一族」だった。その血と力を後世に伝え、事ある際に「ミシャグジ」を封じる。ただ、そのためだけに彼らは生きてきた。
「時々、僕のような者が町にやってきては様子を伺っていた。パラミタ大陸の力が弱まっていると知って、カタルを連れてきたんだが間に合わなかったようだ」
「どうやって封印をするのかな?」
「カタルの『眼』の力で」
 クリストファーは眉を寄せた。素直に考えれば、見るだけで相手を封じるのだろうが、そんな簡単な話ではないだろう。
「それじゃ、君たちの先祖が、大昔にその何とかを封じたのかい?」
「答えはイエスでノー」
「?」
「奴は遥か昔――そう、一万年以上前に封じられ、五千年前に一度復活しかけた」
「一万年と五千年……」
 クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は唖然とした。気の遠くなるような昔の話だが、セリティアは「五千年前なら、わしは生まれていたかのう?」などと言っている。悪魔や吸血鬼がいるこの世界では、決して有り得ない年月ではない。
「元々、それに近い能力を有していたんだが、それほどの物ではなかった――らしい。その時、強大な力を持ったある人物の手助けにより、奴を封じることに成功した。しかし、滅ぼすことは出来ない。そのため、再びの時に備えて、先祖は家族と共に隠れ里でひっそり暮らすことにしたんだ」
 詩歌は分かっているのかいないのか、ふんふんと頷いている。
「じゃあ、君たちは全員、親戚?」
「そうなるね」
「カタル以外に、『眼』を持った者はいないのかい?」
 すっと、ヤハルは大蛇に目をやった。
「一人、いた」
「死んじゃったの?」
 詩歌が無邪気に尋ねる。ヤハルはその頭をぽんぽんと撫でた。
「わしはさっきの毒の話を、他の者に教えてやろう」
 唐突に、セリティアが言った。
「触手や大蛇が口なら、本体は胃袋。つまり、餌を与えねば本体も復活せん――じゃろう?」
「理屈としては」
 しかし、触手は次々に復活する。生き物ではあるが、意思はない。ただ、そこにある動物の生命エネルギーを感じ取って、食らうだけだ。
「毒で動かんようにすれば、時間稼ぎにはなるじゃろ。何かあったら呼べ」
「はーい。行ってらっしゃーい」
 詩歌がにこにこしながら、セリティアを見送る。
「これ以上の質問は後にしよう。とにかく動かないと」
「最後にもう一つ」
 クリストファーが指を一本立てた。
「予想より早かった復活については?」
「――何者かが甦らせたのだろう、とオウェンが言っていた」
 なるほどとクリストファーは頷いた。その何者かについては、彼らにも分からないというわけだ。
「だったら、その敵がどこかにいるかもしれない。注意して行こう」
「あ、俺は回復役に徹する」
 触手が生命エネルギーを感知して襲うなら、【隠形の術】は効果がないだろう。最悪の場合は、【龍鱗化】で突っ込むかな、とクリストファーは考えていた。
 クリスティーは「羅英照の鞭」を手に、ヤハルと詩歌、クリストファーの前に立った。
 触手の数は、減っていない。