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【●】葦原島に巣食うモノ 第一回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第一回

リアクション

   十

 御前試合を見学するためやってきたサオリ・ナガオだったが、飛空艇を降りてすぐに起きたこの状況をさっぱり理解できず、パニックを起こしかけた。
「ど、どういたしましょう!?」
「好きなようにすればよかろ」
 パートナーの藤原 時平(ふじわらの・ときひら)は、我関せずといった風だ。
「とにかく、皆さんをお助けしなければ……ああ、でも、どこへ?」
 時平は町の様子をじっと眺め、
「あれは、地面からだけ生えているようじゃな」
と言った。
「それは、どういう……あっ、つまり、雲海なら影響がないということですね!?」
 サオリはたった今降りたばかりの飛空艇の船長に、人々を避難させるよう頼んだ。船長は躊躇っていたが、「このままでは、皆さん、死んでしまいますよ!」というサオリの分かりやすい説得に、了承した。
 船長はハイナ・ウィルソンへ連絡を取ってくれた。いきなり総奉行と話をすることになるとは思わなかったが、ハイナは真剣に話を聞いてくれ、明倫館と雲海の両方に避難を誘導するよう言った。更に、自身の持ち物である飛空艇も出してくれるという。
 サオリは時平と共に、飛空艇への避難を呼びかけることにした。――が、時平は全くやる気がなさそうだ。彼にしてみれば、たまたま居合わせたというだけで、見ず知らずの人間たちを助ける理由も義務も義理もない。
「助けて!!」
 しかしその声を耳にした途端、時平の顔つきが変わった。見れば可憐な女性が触手に捕まっている。
「これは一大事でおじゃる!!」
 ただサオリの活動を見ていただけの時平が、すわ美女の危機と知り、駆け出した。
 銃声が四発轟き、触手が美女を離した。更に【奈落の鉄鎖】で地面へ押さえつけられる。
「キャア!!」
 空中へ放り出された美女を抱きとめたのは、マクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)だ。触手を攻撃したのも彼である。
 マクスウェルは美女を抱いたまま、ダッシュローラーで時平の傍まで移動した。
「大丈夫か?」
 問われた美女は頷いた。マクスウェルの顔を見つめる瞳は、どことなく潤んでいる。
「そこの人」
と呼びかけられ、時平は「麿でおじゃるか?」と尋ね返した。
「この女性を頼む。自分は、敵を排除する」
「あのっ、お名前を!」
 マクスウェルは肩越しに振り返った。
「名乗るほどの者ではない」
 ダッシュローラーで再び触手へ立ち向かうマクスウェルに、美女はため息をつく。
「麿は藤原時平じゃ」
と時平はアピールするが、彼女の目に、白粉で塗られた顔は映っていない。
 時平は口を尖らせた。せっかく恰好のいいところを美女に見せるチャンスだったのに、それを奪われたのだから。……が。
「今の者も見目麗しかったの。逞しい女子もオツというものでおじゃる」
と、遠ざかるマクスウェルの背を見て呟いた。


 触手が窓を割った。翼に絡みつき、へし折った。見る見るうちに、飛空艇が潰されていく。
「た、助けてくれ!」
 パイロットは帽子を振り回し、触手を操縦席から追い出そうとしていた。だが、触手が大きく口を開けたとき、それを見て動けなくなった。
「何やってんのよ!」
 サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)が操縦席に飛び込んだ。パイロットにタックルを食らわし、そのまま残った窓を破って外へ出る。二人を追う触手は、レッサーフォトンドラゴンにターゲットを変えた。
 生命エネルギーという点では、人よりレッサーフォトンドラゴンの方が大きい。いくつもの触手がドラゴンを襲い、食らいついた。ドラゴンが叫び声を上げる。
「仮にも竜なら、それぐらいで叫ぶな」
 操縦席の上に立つのは、木曾 義仲(きそ・よしなか)が憑依した中原 鞆絵(なかはら・ともえ)だ。
 触手は鞆絵(義仲)には気づかない。目の前のご馳走にだけ集中している。
「馬鹿めが。周囲を見ずして、戦いが出来ると思うな!!」
 一閃。
 鞆絵(義仲)の薙刀が触手をすっぱり切断する。どうっ、と触手は倒れ、切られたところから再生が始まった。
「させるか!」
 サンドラが【天のいかづち】を落とす。致命傷ではないが、これで再生を遅らせることは出来るはずだ。
「間に合ってよかった」
 大岡 永谷(おおおか・とと)がホッと息をついた。実家が神社である永谷は、巫女の修行をすべく葦原島を訪れていた。その時、いきなり【御託宣】で町が襲われることを知ったのだが、間に合わなかった。
 巫女装束は、普段永谷が着用している軍服より、葦原の人々には受け入れやすかった。永谷は明倫館への誘導を行っていたが、再びの【御託宣】で飛空艇が触手に壊されることが分かった。
 幸いにして壊されたのは一機だけ。乗組員も無事である。
 が、このまま人々を乗せるわけにはいかなくなったと、船長たちは言った。どれだけの人数か分からない上、重量をオーバーしたら飛べなくなる。何より、待っている間に、触手に襲われる。
 従って、飛空艇は先に雲海へ飛び、小型の飛空艇などで少しずつ輸送すべきだと言うのだ。
 これに人々は反発した。
「俺たちを見捨てる気か!」
「そうだ! 乗せろ!」
「乗っ取っちまえ!」
 置いていかれたら死ぬ、と人々は考えた。せめて家族を、恋人を、子供を、自分だけでも助かりたいと、縋る気持ちで空港へ殺到した。
「落ち着いてください!!」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の【咆哮】が響いた。
 その声に人々は度肝を抜かれ、寸の間、しんとなった。面白いもので、彼らの耳に触手が暴れ回る音は聞こえなくなった。
「周りを見て。あなたの隣の人を。自分だけじゃない、家族だけじゃない、その人たちの手を握って。まだみんな生きている。大丈夫、みんな助かる。そのために私たちがいるのよ」
 気がつけば、皆、リカインの言葉に聞き入っている。ほう、と永谷は息を吐き、進み出た。
「今、御託宣がありました。このままでは全員は乗れません。歩ける者は、明倫館へ。今少し待てる者は、指示に従って行動してください。……大丈夫ですよ」
 永谷が指差すと、人々は整然と列を作って明倫館を目指し歩き出した。
「絶妙なタイミングね」
「嘘だよ」
「え?」
「御託宣がそうそう来るようだったら、教祖様になれる」
 くすり、とリカインは笑った。
「そういうあなたも、大した演説の才能だ。おかげで、俺の言葉もすんなり受け入れられた」
「あら、こっちは種も仕掛けもあるのよ」
「え?」
【激励】と【震える魂】をこっそり使ったのは、ここだけの話である。