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【●】葦原島に巣食うモノ 第一回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第一回

リアクション

   十一

 あちこちの家屋が壊されたために、町は実に見晴らしがよくなった。どの道を辿っても明倫館か空港に着くよう、工夫もされているらしい。
 御前試合に参加する空京大学生が迷子にならないよう、佐野 和輝(さの・かずき)は城下町の観光案内図を作る手伝いをしていた。が、
「これじゃあ、やり直しだな」
と苦笑いを浮かべる。
 ハイナのことだから、資産を投じて町を作り直すのだろう。
「きたよーっ!!」
 空飛ぶ箒ファルケに乗ったアニス・パラス(あにす・ぱらす)が、大きな声を出した。
 和輝は手を上げてそれに応えた。今彼が立っているのは、火の見櫓の屋根だ。そして足元には、避難している人々がいる。
「さあ、いくぞ」
 アニスが両手を和輝の足元へ向けた。空中に薄い氷が出来る。スノー・クライム(すのー・くらいむ)を纏った和輝が踏んだところから、あっという間に割れていくが、気にも留めずに走った。
「にひひ〜っ、アニスと和輝の連携は完璧なのだ〜っ」
 アニスはご機嫌に笑ったが、かなりの集中力を要する技だ。少しでも間違えれば、和輝は地上へ真っ逆さまに落ちる。
 触手は、地上の人々を見つけ、鎌首をもたげた。
 和輝は「曙光銃エルドリッジ」を両手に構え、【陽動射撃】を行った。
「こっちだ、化け物!!」
 触手はさして堪えていない。和輝に気づき、ぐあ、と口を開けた。和輝は触手の周りをぐるりと走る。足元に氷が出来ては割れ、出来ては割れていった。
 触手の後ろに回り込み、和輝は氷を蹴った。勢いに任せ、レガースと「侵食型:陽炎蟲」で強化した脛で、思い切り蹴る。その瞬間、触手の表面に氷が広がった。
 触手の背を駆け下りながら、和輝は凍った部分をひたすらに撃った。触手がどす黒い血を吹き出し、落ちていく。
「まずい!」
 下にはまだ、人がいる。和輝は再び空中へ飛び降りた。アニスがすかさず足元を作り上げ、そこに軸足を置くと、力いっぱい蹴飛ばす。
 バァン! とゴムのように触手は跳ね、反対側へ倒れた。
「和輝!?」
 しかし和輝は、そのまま落ちていく。スノーは和輝を優しく包み込んだ。彼に傷一つ負わせるつもりはなかった。
 残っていた家の屋根を突き抜け、畳に穴を開け、和輝は地面にめり込んだ。
「くっ……!」
「和輝、大丈夫!?」
「あ、ああ。スノーのおかげで何とか……」
 落ちるやいなや、回復をかけたために、和輝の傷はそれほど酷くはなかった。が、「侵食型:陽炎蟲」は彼の体を確実に、それも猛スピードで蝕んでいく。
「ぐっ……」
 こみ上げる血の味を堪え、和輝は立ち上がった。小さな家だった。昼食の準備をしていたのだろう、米が研ぎかけになっている。
「さあ、まだ終わってないぞ……」
 和輝は重い体を引きずって、その家を出た。


 空中に次々に現れる氷と、見事な蹴り技で触手を倒す和輝を、“女”は楽しげに見ていた。
 これまでのところ、触手は契約者たちの抵抗であまり目的を達していない。それでも、何人かは目の前で食われた。しかも触手の数はほとんど減っていないに関わらず、契約者たちはどんどん体力が尽きていくだろう。
 長引けば、賭けどころか葦原が滅びる。戦部小次郎は、苛立ち始めていた。
「おい、あんた」
 部屋の外に、三途川 幽(みとがわ・ゆう)が立っていた。誰の許可を得るでもなく、入ってくる。
「こんな騒ぎに逃げもしないでお茶を飲んでるのか?」
「ええ。ちょいとした賭けをね」
「賭け? 何なんだ、あんたらは。怪しい奴らだな」
「そこまでにしてもらえる?」
 幽の背後から、彼の首筋に「梟雄剣ヴァルザドーン」を突きつけたのは、
「ごきげんよう。なかなか悪趣味なことしてるのね。あんなモノ呼び起こすなんて……新手の鏖殺寺院か何か? それとも生物兵器がほしい某国とか企業?」
 ――宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)である。
 彼女は小次郎と同じ方法で、やや違うルートを辿ってここに着いた。
「とりあえず今は敵対する気はないわよ? アナタが何者で何をしようとしてるのか気になるし、裏稼業な実家の絡みもあってお近づきになりにきたんだけど、お邪魔だったかしら?」
 ニッコリ、笑う。ちなみにハイナには、潜入捜査をすると連絡済だ。この場にいる人間の顔を素早くチェックする。今、剣を突きつけているこの男は敵ではないだろうが、――信用を得るために、犠牲になってもらう。
 はあ、と“女”はため息をついた。
「せっかく面白くなってきたのに、少々、五月蠅くなってまいりましたねえ」
「あら、じゃあ、静かなところへ行く?」
「左様でござんすね」
“女”がゆらり、と立ち上がった。酔っているような、覚束ない足取りで、幽と祥子の顔を覗き込む。――否、目を。
「嘘はいけません。あたしには分かるんですよ」
 フッ、と二人の目から表情が消えた。“玉”を持ってきた男と同じ、虚ろな目。
「――楽しうございましたよ、旦那」
「楽しい?」
 小次郎は鸚鵡返しに尋ねた。
「ええ。旦那はあたしとの勝負に、怯えながらも興奮してらっしゃった。勝負を楽しんでらしたでしょう?」
「――馬鹿な」
 否定はしたが、そんな感覚も覚えがある。冷静なつもりでいたが、指揮官として、この戦いを一種のシミュレーションのように捉えていたのかもしれない。そうであれば、確かに興奮はあった。
「でも、旦那には嘘はなかった。駆け引きはありましたけどね。だからお付き合いしたんです」
「この賭けは、どうなる?」
「そうですねえ。あたしの都合でご破算にするんですから、一つだけ、お教えしましょう」
“女”は小次郎の耳元に囁いた。艶めいた声で。
「今度会うときは、“漁火(いさりび)”と呼んで下さいな」
「漁火殿、こちらの準備はすみましたぞ」
 久我内 椋(くがうち・りょう)が、廊下で待っている。
「はいな。では、参りましょうか」
 小次郎は、用済みになった男と二人、残された。
 漁火の着物が翻るとき、小次郎の目にはそれが妙な柄に映った。
 後ろの蜘蛛が、前の蝶を捕えたかのように。
 ゆらゆらと漁火の後をついていく幽と祥子が、小次郎にはその蝶のように思えた――。